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#488 修道女見習いの女の子

 


 高炉と反射炉は24時間の運転が基本になる。20人が1班となり高温下での作業だから1時間が限度だ。2つの班が交代しながら作業する。このため、1つの直要員は2つの炉を合わせると80人が必要だ。1直を8時間として4直、それに休息の直を入れると5直になるから、炉の通常運転に必要な作業員は400人となる。

 更に、コークス炉との運転、コークスと鉄鉱石の粉砕、銑鉄等のトロッコ搬送これらにも200人程必要になるが、24時間運用はコークス炉だけだからこの人員で何とかなるだろう。

 更に、鉄鉱石の用水路運搬とケーブルカーモドキでの搬送、それに設備の保守管理に200人。

 製品の加工は各国の王都から工房が1つずつ製鉄所の中に設置される。現在工房の設備をドワーフの職人達が汗を流しながら据えつけている。

 工房内の炉もかなり大型だ。そして燃料もコークスが使われる。


 「とりあえずは、この体制で行きましょう。人数が不安なところは保守管理部門より出してもらいます。」

 

 事務所のテーブル席には、レジナスさんにバリスさん、ヘンケンさんにデリムさん、そして俺と姉貴にシグさんの7人が座っている。

 

 「炉の運転要員が多すぎませんか? しかも1時間交代ですよ。」

 俺の提示した人員配分の説明書を見ながらバリスさんが言った。


 「たぶんこの人員でも足りないんじゃないかと思っています。例えば、高炉から銑鉄を取出す時は、鉄を直視出来ません。それ位、眩しくて、高温なのです。このため、このような服と面を着けてもらいます。水を被った後でこれを着装しても1時間の作業はキツイものになる筈です。」


 「塩を舐めながらの作業になりそうじゃ。その事は良く言っておくぞ。工房の鉄の加工にも炉を使うが、あの炉はそんなものじゃない。正に地獄の釜に近いぞ。」

 そう言って、ヘンケンさんが脅かしている。まぁ、あながち間違いじゃないと思うぞ。


 「嫁さん連中から、簡単な作業をやらせて欲しい。と要望がありますが、そんな作業があるのでしょうか?」

 「それなら、砕石作業とトロッコでの搬送、それに水車や送風機の見回りが出来るのう。炉に近付かなければ危険は無いじゃろうし、それを代替出来るなら作業員を他に回せるじゃろう。」


 「水路の監視も出来ますね。最もこれはガルパスに乗れなくては話の外ですが。」

 「居るんですよ。元亀兵隊の奥さん連中が…。」


 亀兵隊も他に漏れず削減されたのかな。それとも寿除隊なんだろうか。

 「なら、ガルパスを数匹確保しなければなりませんね。それは私が手配しましょう。その外に手配するものがありますか?」

 

 「屋台でも良いですから、食料品店が欲しいとの要望があります。それと、独身連中が賄いを何とか出来ないかと言っています。」

 「それも、家族持ちの中から出来ませんか?長屋の家賃に上乗せする形で賄いは可能な気がします。」

 

 ヘンケンさんの作業員と新たな屯田兵部隊を合わせれば総勢800人になる。その賃金だけでも総額は一月金貨3枚にはなる筈だ。

 シグさん達はいよいよ株の販売を計画しているようだ。1株銀貨2枚で1万株を発行するらしい。総額金貨200枚になる筈だ。王族達や大商人達で独占しないように販売株数を調整すると言っていた。果たして庶民にどれ位売れるんだろうか。銀貨2枚あればネウサナトラムでは家族で冬を越せるぞ。

 

 「では、誰をどの作業に割り振るかは、私達とヘンケン殿で調整します。奥さん達も100人の枠で募集します。」

 「それで行きましょう。課題が出れば、また調整すれば良いんです。」

 

 次に、作業の概要を説明する。複製した十数枚綴りのメモを全員に配布してカナトール国境の川に設けた船着場での鉄鉱石の船積みから鉄の船積みまでを解説していく。


 「この製鉄所の作業は、今説明したとおりです。明日以降は実際に仕事場で説明する事になりますが、これはヘンケンさんにお願いします。」

 「任せとけ。2年も居るとだいたいの仕組みは嫌でも覚えるわい。」


 「そうだ! 独身者への賄いは、3日後の朝からという事で、賄いの希望者を募ってくれませんか?機材と材料はそれまでに用意します。」

 「了解だ。10人で良いな。」

 「2日後に準備を始めます。」

 デリムさんが頷きながら言った。


 「ここに食堂があります。これを臨時の食堂としますが、将来は奥さん達にお任せしても良いですよ。」

 姉貴は壁に貼ってある町の配置図まで歩くと、長屋に近い建物を姉貴が指で示す。


 「あぁ、あの建物だな。早く開業して欲しいと、連中が言っていたな。」

 「だが、そんなに早く準備が出来るのか?」


 レジナスさんの言葉にデリムさんが笑いながら頷く。

 何と言っても、アトレイムの御用商人の後継者だ。それぐらいは簡単な事なんだろうな。やはり物流を制御している事は凄い事だ。

 必要な物を必要な場所に素早く送る。これが出来なければ大商人とは言えないんだろうな。

 

 「ついでに何軒か屋台も連れてきましょう。内、一軒は酒屋で良いですね。但し立ち飲みですよ。」

 「それは有難い。ついでにシグ殿、王宮からの差し入れも期待しておりますぞ。」

 ヘンケンさんの要請にシグさんが微笑ながら頷いてる。

 という事は、何樽かは贈られるという事だな。


 レジナスさんとバリスさん、それにヘンケンさんが加わって人員の割り振りを始めたので、俺達は引き上げる事にする。

 姉貴を町の建設現場に送り届けて、リムちゃん達に手を振りながら一路修道院を目指す。

 

 修道女にディオンさんの執務室に案内されると、早速要件を切り出す。

 「どうにか、製鉄所が形になりました。丘の上の町にも従業員が集まっています。それで、お願いなのですが、卵を町に卸してくれませんか?」

 「元々は、果樹園の肥料作りから始めた養鶏です。ニワトリが増えて卵の処理にも困っていたところですから有難いお話です。どの様にお渡しすれば良いでしょうか?」


 「事務所の雑用をしてくれる少年達に頼みます。昼食前に取りに来るようにしますが、御代は一月単位でよろしいでしょうか?」

 「それはお任せします。そして、代金はマリアにお渡し下さい。彼女なりに何やら計画があるようですから。」

 

 確かに修道院の予算は厳格に決められているようだ。渡した粒金も余り手を付けていないんじゃないかな。質素な暮らしは自給自足に近いものがある。

 そんな中で、本来の修道院の暮らしと異なる方向にお金が必要になると、修道院の運営費から出す事が出来ないのだろう。卵の売値は安いかも知れないけれど、修道女達が自由に使えるお金として機能するんだろうな。


 ちょっとマリアさんに会ってみるか。

 修道院の玄関に向かう途中ですれ違った修道女にマリアさんの在所を訊ねる。


 「シスター・マリアなら、そうですね…たぶん果樹園の麓の方にいるはずですよ。」

 若い修道女は、俺に小さな声で答えると足早に去っていく。


 バジュラに乗って、果樹園を海辺の方に下りていく。

 直ぐに数人の修道女が果樹園の草を刈る光景を目にする事か出来た。

 その方向にバジュラを向けて進んで行く。


 「シスター・マリアさんはおいでですか?」

 俺の声に一人の修道女が腰を上げて俺の方を向く。日に焼けた顔は優しい笑みを浮かべている。昔のナイフのような鋭い眼光は今は無い。


 「あら、アキト様ではないですか。どうしました?」

 その言葉に、俺はバジュラを下りると傍に歩いて行った。


 「実は…。」

 ディオンさんとの遣り取りで卵の代金をマリア様に払う事を告げる。


 「それで、ちょっと興味が湧いてやって来たんです。そのお金を何に使うんだろう。ってね。」

 「これは、少し説明がいりますね。丁度あそこにベンチがあります。そちらでお話しましょう。」

 

 マリアさんの指差した先には小さなテーブルとベンチがある。作業の途中でちょっと休憩するために運んだんだろう。


 「生憎と、お水ですがどうぞ。」

 そう言って俺の前に木製のカップに入れた水を差し出す。

 俺は礼を言ってそのカップを受取り、一口飲む。冷たく冷やされた水はこの熱い季節には何よりのご馳走だ。


 テーブル越しに反対側のベンチに腰を下ろしたマリアさんがぽつりぽつりと話し出す。

 「私達のささやかな願いがあります。それは…。」


 どうやらマリアさん達の願いは、あの修道女見習いの女の子の今後の話と言う事だ。

 16歳を迎える来年には修道女になるか。それとも俗世間に行くかの選択をしなければならないようだ。

 見習いの女の子は、ここにいたいと言っているが、マリアさんはそれを良しとは思っていないらしい。


 「私達は、あのような暮らしをしていましたから、世間がどのような物かは存じています。ですが、まだあの子は世界を知りません。親に置いて行かれたのは、8歳にも満たない頃です。修道女には何時でもなれます。その前に、私達はあの子に世界を見せてあげたいのです。

 何処かで嫁に入り幸せに暮らせればそれで十分。もし人生に敗れてもあの子には帰るところがあります。

 ディオン様が私に代金を託すのも、その計画を薄々感じているのかも知れませんね。」


 なるほど、あの子が修道院を出るための資金と言う訳だな。

 世界を知らずに修道女になる者もいるだろう。でも、マリアさん達はあの子に世界を見せたいと言っている。たぶん、自分達が叶える事が出来なかったささやかな幸せを彼女には叶えてあげたいんだろうな。

 辛い事もあるかもしれない。でも、くじけずに頑張れるだけの気力はこの修道院で学んだ筈だ。そして、どうしてもダメだったら、帰ってくれば良い。マリアさん達は暖かく迎えてくれるだろう。


 「もし、良かったら俺が仕事場を探してあげましょうか?モスレム王都で知り合いが食堂をしています。」

 「その時はよろしくお願いします。私共は元が元ですから、知り合いがいないのです。」


 俺はマリアさんに頷くと、果樹園を後にした。

 結構、肥料が効いているみたいだ。どの果樹も青々とした葉を伸ばしている。

 さっきのベンチもそんな木陰になっている。まだ数年位だが、将来は立派な果樹園になるな。

               ・

               ・


 別荘のリビングに入ると、ディーが情報端末でまた何かを描いている。

 俺の帰りに気が付いたようで、暖炉のポットでお茶を入れ始めた。

 ディーの隣の席に座って、端末の上に浮かぶ仮想スクリーンの画像を見る。


 「どうぞ。サンドラさんに、写真機と銀板を渡してきました。説明と実演も行なってきましたから、たぶん大丈夫だと思います。」

 「ご苦労さん。どうやら、美人コンテストで需要が膨らんだらしい。商会の利益は教育費に使われるから、なるべく協力してあげたいね。…ところで、今度は何を描いてるの?」


 複雑な歯車仕掛けの図面なんだが、一体何だかさっぱり分らない。

 「これは、カラクリ時計です。ミズキ様のたっての願いで設計中です。」

 

 カラクリ時計って、時間になったら人形が出てきて芸をする奴か?

 改めて図面を見るが俺にはさっぱりだな。

 

 「もうすぐ完成です。そしたら、プリントアウトしてユリシーさんに頼むんです。」

 ディーが自分の事のように嬉しそうに話してくれた。

 もう、オートマタと言うよりは1人の女の子だな。俺としてもその方が嬉しいけどね。


 「哲也の状況を見たかったんだが、これが終ってからで良いよ。」

 「大丈夫です。先程は最終確認をしていましたから、明日にでもバビロンで出力するだけです。」


 そう言って、直ぐに画像を切り替える。

 南アメリカの赤道付近は広大な荒地でメキシコ湾カリブ海も存在しない。


 「真っ暗だな。」

 「サーマルモードに変更します。」

 暗い画像の中に、ドーナツ状に温度の高い場所が見える。


 「拡大します。」

 ドーナツの中心付近に3つの熱源がある。周囲の悪魔達よりもだいぶ温度が高いな。車両のエンジンの排気ガスなのか?


 「エンジンの廃熱のようです。廃熱の温度が数百度ですからタービンエンジンですね。偵察用軽戦車と推定します。」

 

 機関砲を装備して弾を沢山積んでいる方が有利とみたか。そして、遠巻きに集まった所を自走砲で叩くという感じだな。

 

 「先は長そうですね。こちらに敵の次軍が終結しています。そして、明確ではありませんが、この線のように見えるのが更に次の部隊と考えられます。」

 

 人海戦術を敵は取っているという事だな。

 哲也の方に、どれだけ後ろがあるかだな。それによっては一時後退という事態もありえる。

 哲也の事だからこれで終わりという事は無いと思うが、苦し紛れに核なんか持ち出しそうだ。

 念のために、メールだけでも送っておくか。

 「核は使うな。」で分るだろう。

 

 ディーに頼んで送ってもらう。

 「たぶん、核は心配ないと思います。使うんだったら化学兵器です。」


 俺に向かってきっぱりとディーが言い切った。

 化学兵器って…毒ガス?

 それもどっちもどっちと言う気がしないでもない。


 「数日で分解する強毒性ガス。たぶん次に使うのはそれになります。被害半径が限定されますから使いどころと気象条件が鍵になります。このように敵に囲ませるのもその布石ではないかと推定します。」


 強力ではあるが、兵器を小出ししているのはその為なのか?

 奴も、戦術ゲームが好きだったからな。

 姉貴には1勝する事も出来なかったが、クラスでは奴に敵う者はいなかった。哲也なりに勝算はあるのだろうが、傍で見ていると心配になってくるぞ。

 

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