#486 こいつ動くぞ!
久しぶりに会ったエイオスは亀兵隊を束ねる上級仕官だが、気さくな性格は変わっていない。ミーアちゃんを上手く補佐してくれるだろう。
200人程の戦闘工兵を率いて、サマルカンドの北に天幕を張っていた。
お土産の魚を焚火で焼いて酒を飲む連中の中には見知った者達も大勢いる。
そんな焚火の一つでエイオスと酒を酌み交わす。
「スマトル戦が終ってだいぶ部隊も小さくなりましたが、精鋭揃いです。私としては前よりも戦闘能力が上がっていると自負しています。」
「確かに、亀兵隊は連合王国軍の部隊として比重が上がっている。その機動性は従来の軍隊では想像も出来なかった事だ。だが、それ故に運用が難しい。」
「大丈夫です。何と言っても現在の総司令官殿は我等亀兵隊の生みの親、サーシャ様ですから。」
エイオスの言葉に、同席している兵隊が一斉に頷いた。
サーシャちゃん達への信頼と忠誠心は変わらないみたいだな。それを見て俺も安心出来る。
「しかし、アトレイムの海も中々良い魚が獲れますな。これならたまに我等も漁をしてみたいと思いますが。」
「そういえば、カナトール戦でもアキト殿は魚を獲って夜襲部隊に振舞ったと聞いております。良い場所を知っているなら教えて頂きたいものです。」
「カルナバル砦の話はたまたまだよ。とは言っても、サラブの町にデクトスという漁師の元締めがいるから、彼に相談すると良い。俺の名前を出せば協力してくれる筈だ。そして彼はカリストの釣大会で優勝した男だ。」
「あの時の男はサラブの町に住んでいるのですか? それは一度訪ねなければなりませんね」
エイオスはデクトスと言う名前を聞いて懐かしそうに言った。
酒を飲む顔も、昔の勝負を思い出して微笑んでいる。
「あれには隊長も出たんですよね。確か3位だったと聞きましたが?」
「あぁ、良い想い出だよ。ここにいるアキト殿、前モスレム国王夫妻、サーシャ様、ミーア様、そしてアルト様にリム様。ミズキ様とディー様にセリウス一家総出だったな。
大会前日にシュタイン様が釣り上げたカジキは巨大なものだった。あれが次の日であれば優勝は我等の物であった。…実に残念だ。」
まぁ、勝負は時の運。とは言え、釣をする者は自分が一番と言う思い込みが激しいのも事実だ。サーミスト国王も次の大会を早く準備した方が良さそうだな。
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夜も更けたところで、エイオスに別れを告げて別荘に戻る。
10時を回っていたが、リビングには姉貴とディーが情報端末を見ながら話し合っていた。
「今戻ったよ。エイオス達の作業が終わり次第、姉さん達の町作りを手伝ってくれるそうだ。」
「ありがとう。助かるわ。戦闘工兵の人達ならいろんな事が頼めそうね。」
たぶん、エイオス達の派遣は国王達の働きかけもあるんだろう。役所の建設を名目にして俺達を助けてくれるんだと思う。
「で、何を見てるの?」
「これはサーマルモードでユング達の戦場を見てるの。ユング達の体温は通常は環境温度に合わせてるみたいだから、赤い分布は全て悪魔達と言う事になるわ。
この丸く囲まれた中心付近にユング達はいる筈なんだけど…。」
「別働隊がユング様達以外にいるようなのです。2つの部隊が支援しています。」
それはありえん話だ。哲也達に協力する者等、この世界にはいない筈。
協力するとなれば、哲也と意思疎通が出来て、尚且つ、歪の消去の意味を分かる者達で無ければならない。
「ただ、動きが単調なのよね。無人部隊の可能性もあるわ。」
「恐らく、その考えが正しいかと思います。前に多連装ロケットの攻撃を行っていましたが、10台以上の車両はその後廃棄されています。」
自分達の劣勢を、無人兵器で補っているのか? そうだとしたら、あの二人の持つ潜在的な技術力は、動くバビロンに近いものになるぞ。
「現在は、自走榴弾砲の部隊を2つ配置しています。…ここと、ここです。位置的には後方よりの支援ですが、車両規模は一斉砲撃の砲弾散布界の広さから12両程度と推定します。自走砲の周囲に敵が近寄らないのは、自走砲の周囲に数台の無人装甲車が展開しているものと推定します。」
元は威力偵察用のオートマタだから、分析能力は確かなものだ。
「という事は、哲也達は囲まれているように見えるけど、善戦しているって事?」
「そうなるわ。そして、もう一つ。敵の規模は思ったよりも大きいという事が分かってきたわ。」
「たぶん、後方には更に無人の部隊がいると推定出来ます。私が注目しているのは、この周辺ではなく、こちらの場所です。」
赤く表示された一角が抉られたように色が変わっている。
「発熱反応を伴わない兵器を投入した可能性があります。」
「それって?」
「初期のロボット兵器ってとこかしら。どこで見つけたのか分からないけど、熱源を使わずに敵を狩り取っているわ。もっとも、小銃程度ではこの画像では判別できないけどね。」
とは言え驚くべき事ではある。幾らアルマゲドンの時代が俺達の居た時代よりも後だとしても、電脳が兵器として使えるまでに発展するのは難しい筈だ。ディーはアルマゲドンの遥か後に作られている。そして、動力源の問題もある。効率的なエナジー発生や蓄積もままならない筈だ。
そんな兵器を使うとなれば、目的は限定される。
「敵の本拠地らしき場所と歪の場所。それに歪を守る障壁を展開している砦の場所を表示してくれない?」
姉貴の端末操作により、黄色の点滅でそれらが同一画像に示された。
「やはり…。この障壁を発生している砦に向かってるんだ。威力偵察だな。どの程度敵が薄くなったかを判断する為に送ったと思うよ。」
「数台を送り込んで状況を見るって事? ならば、最後には自爆する事になるわ。」
「私であれば撤退も可能ですが、電脳と動力源の問題を解決していなければそういう事になるでしょうね。」
哲也達は最後の突入を探る為にロボットを投入したようだな。
まだ、同じような部隊を持っているのだろう。殲滅戦だけをしている訳ではなさそうだ。ちゃんと本来の目的を忘れていない。
この、別働隊が砦の破壊を完了した時が俺達と連動した歪の消去を行なう時期になりそうだ。
とはいえ、まだまだ先になりそうだ。哲也達は休息を必要としないらしいが、だいぶ闘いが長期化してきたな。
「まぁ、あっちは任せるしかないな。ほいほいと手伝いに行ける程の距離じゃないしね。」
「う~ん、それしかないわね。」
姉貴の心配する気持ちは理解出来るが、こればっかりはどうしようもないぞ。イオンクラフトを使っても一月以上掛かりそうだ。
それに、イオンクラフトはユグドラシルの南の歪破壊に無くてはならない物だ。破壊されでもしたら、それこそ取り返しが付かない。
俺達に出来る事は、定期的に哲也達の状況を見守りながら応援してやる位の事だろう。
姉貴も同じ思いなのだろう。カタカタと情報端末にメール文を打ち込んでいる。
次の日、朝食を終えると、別荘の井戸で買ってきた天草を洗った。
綺麗な海草だから、何度も洗ってはいるんだろうけど、食べ物だから幾ら洗っても問題は無いだろう。
「何を始めるのじゃ?」
アルトさんがおれの作業を不思議そうな目で見ていたけど、「後のお楽しみ!」と答えたら、リムちゃんと一緒に井戸を去って行った。
新しい何かが食べられると思ったのかな? まぁ、この世界ではまだ見た事が無いから、出来上がった時の反応がたのしみだな。
洗い終わったら、テラスに布を引いて天日干しだ。
風で飛ばないように細い目の網を被せておく。
夕方になったら、取り込んで。とジーナさんに頼んで製鉄所の建設現場へと向かった。
洗っては天火干しを繰り返すと海草の赤茶けた色が段々と薄くなり、白っぽく見える。
いよいよ作ってみるか。
「ジーナさん。酢ってありますか?」
「これで、良いですか?」
そう言って台所から出して来たのは、小さな素焼きのビンだった。何でも内側をウミウシの体液で塗っているらしい。乾けば強力な防水作用を持ち、変な匂いや味がする事もない。正に万能製品だな。
ビンの中身をちょっと指に付けてなめてみる。うん、確かに酢だな。
「葡萄から作った酢です。それで足りますか?」
「あぁ、十分だよ。」
鍋に水を入れて、乾燥したテングサを指で千切るようにして入れる。
それを暖炉の火に掛けてのんびり煮込めば良いはずだ。
沸騰したところで、酢をちょっと入れる。
その間に、次の準備だ。
笊と、鍋にジュースを用意しておく。そして小分けする木の深皿もいるな。
数時間煮込んだ鍋を台所に持って行くと、大きな鍋にジュースと砂糖それに煮込んだ天草の煮汁を笊を通して入れる。
よく掻き混ぜて、深皿に小分けした。
後は冷えるのを待つだけだな。
鍋や笊を良く洗って作業終了だ。後は皆の反応がどうなるかだな。
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「だいぶ形になってきたのじゃ。」
「エイオスさんが手伝うと言ってくれました。これで排水路の目処が立ちます。」
「また、大会に出る時には誘って欲しいと言ってたわ。今夜はデクトスさん達と飲むんですって。」
リビングの俺の座るテーブルに着くと、騒がしく一斉に話し始めた。
要するに、エイオス達が手伝ってくれてるという事かな。そしてエイオス達はデクトスさんを訪ねて意気投合したという事らしい。
順を追って話してくれると良いんだが、姉貴達に言っても無駄のようだ。
「晩秋には試験稼動が出来そうだ。となると、夏以降には次々と従業員がやってくると思うよ。」
「後3ヶ月も無いわね。でもしばらくはお店も無いんでしょう?」
「その辺は、デリムさんと相談してみるよ。仮の商店位は開いて貰えるかもしれない。」
「宿も必要じゃな。だが、分神殿の方はようやく形が見えてきたばかりじゃぞ。タイルは少しずつ届いてはいるが、それを全部張り終えるのはかなり先になるのう。」
「出来栄えは?」
「ペルシアンブルーと言っても良いわ。空の蒼よ。」
それは凄いと思う。
クォークさんの研究熱心は、そこまで色を出せるようになったのか。
石炭を利用することで、モスレムの王族の別荘に作った小さな窯でも良い陶器が出来るようになったと言っていたな。
確かに石炭の熱量は木炭に比べて大きい。そして窯の温度を上げる事が出来る。
それを利用して、更に高度な焼き物にチャレンジするような話をしていた。
クォークさんは磁器を作る事が出来るのかな。
磁器の製造は次の技術に発展していく。セラミックの製造だ。それは電気の不導体として使われる筈だ。
要素技術を一つ一つ再現するのは時間が掛かるが、一旦、その技術を物にすれば色々と応用が利くのだ。
「しかし、後数ヶ月で製鉄所が動くのじゃな。いよいよ鉄の川を見る事が出来るのじゃな。」
アルトさんの言葉に姉貴達が頷いている。
確かに、真っ赤で黄色身を帯びた銑鉄の流れは見るものを圧倒する。
アルトさん達がどんな光景を想像しているかは分からないが、どちらかと言うと綺麗と言うよりは熱いと思うぞ。
「でも、水車が動かなければダメなんでしょう。」
「あぁ、だけどそれは問題ないんだ。仮設の水槽を作って実験したがちゃんと回ったよ。送風機も上手く動いた。ディーの持ってきた圧力計で調べたら数気圧まで圧力を上げる事が出来たから十分に高炉に使う事が出来る。」
圧力よりも風量が問題だったな。結局水車は2基を動かす事になった。更に2機が待機しているから、故障してもバイパスさせる事が出来る。これは転炉用の送風機も同じだ。
ヘンケンさんは感心していたが、止めたら最後と何度も言っておいたからその辺は大丈夫だろう。
それよりも気になるのは鉱山と石炭の方だ。
石炭は船で運ばれてくるからどうしても不定期になりやすい。更に備蓄量を増やさねばなるまい。鉄鉱石もモスレムで採掘した鉱石をカナトールを経てアトレイムの船着場で荷卸をする。荷馬車1台が運ぶ分量はそれ程多くない。200kgが精々だ。
鉱山で砕いているから製鉄所に運んでいるが、まだまだ小石程度の大きさだ。これを更に砕く臼がようやく届いて稼動し始めた。もっともこれは足踏み式で、コークスの破砕に使っている臼を大型にしただけのものだが、けっこう使えるぞ。
後2月もすればこの臼も水車で動くようになる。
「ところで、最初に作るのは鉄道用のレールなの?」
「あぁ、そうだよ。でもそれだけだと収入にならないから、鋳物を作る心算だ。大型のハンマーもあるから鍛造物も出来る。鍛造品はアラアラの形を作って工房に回す予定だ。」
俺の言葉を聞いて3人が急に静かになった。
きっと頭の中で炉から流れ出る銑鉄を使って作る物を想像しているんだろうが、その脳裏に映る品物はなんだろう。
俺としては商売になるものだと良いなと願うばかりだ。
「そうだ! 面白い物を作ったんだ。皆で食べてみよう。後で感想を教えてくれよ。」
「「??」」
俺はそう言って席を立つ。
後にはなんだろう?って顔の3人が残っている。
丁度、ディーも製鉄所から帰って来たみたいだ。
ディーにお願いしてお茶を用意してもらう。
「ジーナさんも一緒だから5つね。」
そう告げると、ディーは台所からトレーにカップとポットを乗せてリビング向かって行った。
後はジーナさんと一緒に深皿から、そっとゼリーを取り出した。陶器の浅い皿に盛り付けるとプルっと震える。
「これ、食べられるんですよね?」
ちょっと震えながらジーナさんが俺に呟く。
「あぁ、大丈夫だと思うよ。皆で食べれば大丈夫だよ。」
まぁ、確かにお腹を壊すぐらいはあるかもしれない。それを気にしてるのかな?
人数分のスプーンを用意して、ジーナさんの後に付いて行った。
リビングに行くと姉貴とディーを除いた3人が、テーブルの上にのっている物体Xをジッと見詰めていた。
「アキト、凄いね! 何年振りかな、これを食べるのは!」
「こいつ、動くぞ! これは、食べられるのか? まぁ、生食をする民族だから、このようにバリアントを食べるのかも知れぬが。」
「小さな頃に一度見たことがあります。このようにプルプルと震えていました。」
リムちゃんは、黙ってジッと見詰めているぞ。その見詰める先にはプルプルと震える紫色のゼリーがある。震えているのは、姉貴が早く食べたくて、テーブルの皿に乗ったゼリーを掴んでいる手が震えているだけなんだけどね。
俺は席に着くと全員にスプーンを配る。
「あの~。これって、食べても大丈夫なんですよね。お腹の中で暴れたりしませんよね。」
「良く噛んで食べるのじゃ。ここに至っては退く訳にもいくまい。」
そう言って、アルトさんがゼリーをスプーンで突付いている。
何か、おかしな会話だな。
そう言えばバリアントってアルトさんが言ってたな。煮た食べ物があるって事かな。
そんな事を考えながらスプーンを持った。
「上手い具合にサラブの町で見つけたんで作ってみた。では、皆で一緒に食べるぞ。」
俺の言葉に合わせて一斉にゼリーをスプーンですくい取る。
そして、口に入れた。
「「美味しい!!」」
うんうん、結構良く出来たな。
そして、ツンツンとスプーンで突付いていた3人もあっという間に完食している。
「おかわりじゃ!」
そう言って俺に皿を向けるけど、これだけだぞ。
「残念ながら、これだけだよ。でもサラブの町で取れるから、これを売ろうと思うんだ。」
「これは良いぞ。うむ、王都で一つ5Lで売れば飛ぶように売れるはずじゃ。」
うんうんと頷きながらりむちゃんと良からぬ相談を始めたようだ。
問題は量産化だよな。結構手間だから、モスレムのうどん2号店の連中に手伝って貰おうかな。