#478 個人通話
アテーナイ様に散々からかわれた後で、俺達の館にとぼとぼと歩いて帰った。
タニィさんに迎えられてリビングに入ると、姉貴達がくつろいでいる。ローザも一緒だな。
「町を作るんですって?」
「あぁ、とりあえずアトレイム国王とカイザーさんに話を着けてきた。神殿側は教育にけっこう出費がかさんでいるみたいだ。分神殿の建設を渋っていたからな。俺達で祠を作る、と言ったら賛成してくれたけど…。」
「祠ねぇ…。」
そう言って姉貴が考え込んでるけど、何かあるのだろうか?
まぁ、何かあれば教えてくれる筈だから、ここは気にしないでおこう。
「ところで、姉さんの方は上手く行ってるの?」
「中々よ。…10年もすればアカデミーが出来るわ。」
「IQ150を超える子供達23人を、別に教室を作ってミズキ様が教えています。」
IQ150では天才とまでは行かないか。…ところで、教える姉貴のIQって、どれ位なんだろうな?…俺は135だって中学生の時に教えて貰ったけどね。
「でも、必ずしも皆が勉強好きとは限らないよね。本人の意思は尊重して上げないと…。」
「そこは、大丈夫。やる気が無い子はドンドン普通の学級に戻してるから。そして、私の教えは個人指導よ。本人の才能がどこに向いているかを見極めなければならないのが面倒ね。」
全方面に天才ぶりを発揮する者は確かにいない。狭い分野で皆偉業を達成しているのだ。その意味では個人指導になるのかな。
そして、芸術分野ではIQ等問題にならない筈だ。感受性や絶対音感等の数値化出来ないものがある。単にIQで区分しては少し可哀想な気がするな。
最も、姉貴に芸術が理解出来るとも思えない。姉貴が美術館に行った。何て話は聞いた事が無いぞ。
だいたい夏休みの絵の宿題だって俺が代わって描いてたもんな。という事は、科学技術に特化した授業をしている訳だ。
「そんな訳で、3年間の義務教育以外に成績が優秀な子供達はさらに3年間の教育を無料で行えるようにしたわ。神殿、商会、王族達も協力的ね。まぁ、将来の官僚組織を作る上では必要な手段と認識したんでしょう。」
「アカデミーはその上と言う事?」
「科学技術の発展に一生を捧げる覚悟で勉強して貰うわ。医学の発展には5千年以上かかったのよ。【サフロナ】が使えなくなる前に何とか近代医学までの水準に到達したいわ。」
俺達の計画で一番の課題だな。歪みの消失で魔気の流入量が激減する可能性が高い。それは高位の魔法が使えなくなる恐れを含んでいるのだ。
その前には、何とかして…姉貴の行動はそれに起因しているのだろう。
「後の気掛かりは哲也達だな。死ぬ事は無いだろうけど苦戦はしてるんだろう?」
「この間は、気化爆弾を使ってたわ。現在地点をさほど動かず悪魔達と戦をしてるんだけど、ユング達の狙いは大掛かりな間引きね。無闇な殺生はしないような男の子に見えたけど…。」
確かにあいつは切れやすい。だがそれは、理不尽に難題を突きつけられた時だけだ。個人的に付き合えば結構話が分る俺の大事な友人だ。
という事は、余程の事があったのだろう。メールで知らせてこないといい事は、余り姉貴達に知らせたくないか、そんな事を忘れる位に頭にきてるかだ。
「先週、悪魔達の住処を一つ潰したらしいんだけど…。それから、ユング達の行動がエスカレートしたみたい。」
姉貴がぼそりと呟いた。
間違いない。何かをそこで見たんだろう。メールにする事も躊躇われるような何かをな。
「で、後どの位掛かると姉さんは見てるの?」
「…難しい問いね。現在進行形の間引きが終れば少しは見えてくるんだけど。」
「それって、現在の戦だけが理由ではないという事?」
「前に伝えて来たでしょう。私達が使う魔法とは格段に上の魔法を使う、って。それに、悪魔の使える魔法は私達が使う魔法以外の物があるかも知れないわ。アルトさんの例もあるしね。」
あれは、呪いと言っているが、次元を操る魔法の一種だと俺も思っている。確かに幼女のまま永遠を生きるのは呪いと言えるかも知れないけどね。
「もしも、次元断層を作れるなら、強力な結界魔法になるわ。ユング達に対処できるかはちょっと疑問ね。それもあって、間接攻撃で殲滅戦を行ってるのかも知れない…。」
たぶん2つの理由が重なっているんだろう。
そして、短絡的に殲滅戦を行っているような気がするな。となれば、まだ俺達の歪の破壊は先になる可能性が高い。それでも製鉄所の稼動前には哲也達の戦が終るだろうな。
1度状況を俺の方から確認しておいた方が良さそうだ。
そんな所に、アルトさんとリムちゃんが帰って来た。
テーブルに2人が座ると、待っていたようにタニィさんがお茶を運んで来る。
「意外と間が抜けていると言うか、アキトらしいと言うか、とんでもない事になったのう。…町1つとはそう簡単に解決せぬぞ。」
「とりあえず、アトレイム国王に頼んできた。たぶん、次の国王達の会議で何とかしてくれるんじゃないかな。」
「でも、あの荒地には薪がありません。町を作るとなると大量の薪を消費しますそして井戸も必要です。」
流石はリムちゃんだな。ロジスティックとインフラを考えている。
「そこは、これからだ。だけど、井戸を掘って水が出ない時には、用水の水を使えば良い。そして薪は代用品と遊牧民との交易で手に入れれば良い。」
「用水の水は飲めるのか?」
「少なくとも、ろ過した後で沸騰させれば飲める筈だ。」
意外と新しい町で、この世界初めての水道を作る事になるかも知れないな。
薪の代替植物はトーモロコシが使えそうだ。結構、茎は硬いからな。それに、乾燥に強い植物だからね。
「ところで、リムちゃんと何をしていたの?」
「我等か?…小遣い稼ぎじゃ。今日の売り上げは960Lになったぞ。そうじゃ、分配をせねばな。1人190Lで良いな。…これはリムの分じゃ。そしてこっちはリンリン達に渡してくれ。」
ん?…リンリン達も噛んでるのか。一体何を始めたんだ?
「我等はこれで稼いでおるのじゃ。売り上げから200Lを神殿に寄付しておる。ちょっとした援助じゃよ。」
そう言ってバッグから取り出したのは、毛鉤だった。そういえば王都で流行してるって言ってたな。手に取って見ると、リンリン達は手先が器用だから確かに出来栄えは見事だ。
「1個10Lで飛ぶように売れる。我等で流行を作ったと思うと愉快じゃな。」
そう言って、リムちゃんとにこにこと笑う。
リムちゃんは席を立つと、テーブルの上の硬貨を集めてリビングを出て行った。でも、リンリン達はそのお金を何に使うんだろう?ちょっと疑問だな。
そんな俺を姉貴が笑いながら見ていた。
「リンリン達はね、あれで鯛焼きを買うのよ。通信部隊の人達と一緒に食べるのが好きみたい。」
何か、皆で輪になって鯛焼きを食べてる光景が目に浮かぶ。そんな中にパンダが2匹同じ輪に加わって鯛焼きを食べてるのは想像しにくいぞ。
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次の日、大量の鯛焼きを持たされて俺はアトレイムの別荘に買える事になった。
「まぁ、ディーがおるから心配はせぬが、帰ったら計画を再度見直すことじゃ。どんな忘れ物が潜んでおるやも知れぬ。」
そんな、ありがたい言葉を承って、バジュラを西に向けて走らせる。
王都の方は、姉貴がいれば心配は無いだろう。そろそろクォークさん達が技術的な課題に直面する頃だしな。
そんな事を考えながら、バジュラを駆る。
途中で、タニィさん特性のサレパルを頂き、夕暮れ前に別荘に着くことが出来た。
別荘のリビングにはディーがゆったりとテーブルに着いていた。テーブルにはお茶のカップがあるが、まだ手は付けていないようだ。
「今日の輸送は終ったんだね。」
「はい。トロッコ用レール30本を運びました。耐熱防照ガラス板20枚も一緒です。」
「カットは出来る?」
「既にクラックが入っています。皮手袋をして強く曲げれば簡単に折る事が出来ます。」
なら問題ないな。耐火服は、厚手の綿織物を使うしか無いだろう。アルミを塗布できれば良いんだが、この世界では無理だ。
そんな所に夕食が運ばれてきた。
焼き魚と黒パンそれに魚介スープを見るとここに帰って来たと思えるな。
ディーと2人での夕食は口数が少ない静かな食事だ。
まぁ、ディーが美人だからちょっと嬉しくもあるんだが…。
「マスター。バビロン経由で私にユング様から通信が入っています。私を電話として話しかけてください。では、接続します。」
そう言って、ディーが姿勢を正した。
「よう、元気そうだな。1人だと聞いたから連絡を入れたぞ。まぁ聞いてくれ…。」
ディーの口を借りて、徹夜の声が聞こえる。そして語れた話は…。
悪魔の生態だ。
悪魔は最初から悪魔ではない。その姿は成人となった人間を改造して作られた者らしい。
遺伝子改造による筋力の増大。キメラ技術による異種間生物の融合。そして魔力の増大は体に複数の魔石を埋め込む事によって成される。
「彼らの元の姿はお前達と全く変わらない。手際よく数十人を一気に改造して行くんだ。俺は生体では無いが見ていて身の毛がよだつ思いだったぞ。そして、最後にあの角を取り付けておしまいだ。たぶん、マインドコントロールの生体部品のようだ。それまで暴れていた悪魔が角を付けられた瞬間に大人しくなって、本当の悪魔…デーモンとでも言おうか、そいつの言う事聞くようになる。」
一旦、生体改造を受けると元に戻す事は出来ないらしい。
無理やり、ベッドで手足を拘束された悪魔の角を折り取ったらしいが、その悪魔は出血多量で死んでしまったらしい。
「実におぞましい改造だ。反吐が出る。…だが、やつ等を倒さない限り俺達が近付くのは難しい。ミツバチ1匹なら怖く無いが何万匹ともなると話は別だ。今はそんな感じだな。一体、一日で何体改造出来るかは判らないが、何時かは終るだろう。
悪いな。もうしばらく待っていてくれ。
そして、明人。この事は、ミズキさんに黙っていろよ。悪魔の元の姿が人間だってしったら悲しむだろうからな。」
「判った。哲也も体に気を付けるんだぞ。」
俺の言葉に笑い声で答える。
「通信終了しました。画像データが2つあります。」
そう言って、ディーが壁に映し出す。
これが、デーモンか…。姿はツルツルした皮膚を持つ小柄な人間のようだ。
良く磨かれた胴鎧姿だ。剣は持たずに杖のような物をベルトに差している。
だが、人間には見えないな。指には爪が無いし、頭髪もない。鼻もなく口の上に小さな穴が開いているだけだ。目は2つだが、これは立体視を得るためには必要なものだ。耳はエルフ族のように尖っているが、何となく豚の耳に見えるな。
何となく、悪魔に従う下っ端に見えるんだが、これが悪魔を作っているんだな。
となると、歪を通して現れたのは、こいつだったのかもしれない。そして、ククルカンの住民を悪魔に改造したという事になる。
その悪魔は同じような手段でサル達を作ったんだろう。
やはり、歪を早く破壊しなければいけないようだな。
もう1つの画像は見た瞬間、開いた口が塞がらない。
2人の現在の格好らしいんだが、そこはアフガンか?と言いたくなる格好だ。
ベレッタは何時も通りだが、体にフィットした黒の全身タイツのような姿に防弾ベストのようなものを着込んでいる。足はジャングルブーツのような奴だ。薄い手袋をして頭には迷彩キャップを被っている。
問題は手に持ったMP-5と背中にせおったMP-5だ。2つも持っているぞ。弾薬ケースの大きな奴を装備ベルトの両脇に取り付け、手榴弾を6個もベストのストラップに付けている。隣のフラウも同じような格好だが、持っているのはミニミだな。背中には哲也と同じようにMP-5を背負ってる。
こんな格好で戦っているのか。
確かに動き易そうだけど、こっちに帰る時には着替えて来いよ。