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#477 もしもの世界

 


 「それは災難じゃったな。」

 そう言いながらも面白そうな表情で俺を見詰めている。

 「笑い事では済まされぬ事態ですぞ。万が一にもそのような事態が生じた場合を考えると、折角纏まりかけた連合王国の構想が瓦解します。」


 そう言ってアテーナイ様に注意してくれるカイザーさんも、口元が笑っているぞ。

 「まぁ、婿殿ならば信用できるじゃろう。それに万が一にもそのような事態になった場合はサーシャ達が動くじゃろう。連合王国ではなく、婿殿を頂点とした1つの国が出来ると思うぞ。我が思い描いた統一国家が出来ると思うと愉快じゃな。」


 「しかし、その時にはアキト殿も無事では済みますまい。」

 「そうじゃのう…。まぁ、死ぬ事はないじゃろう。」

 

 かなり適当な事を言ってるな。まぁ、笑い話で済めば問題ないけど、国王達がどう動くか心配だな。

 

 「後10日もすれば各国の王達の集まりがある。良い余興じゃな。」

 「話されるおつもりで…。」

 「その方が、後々の禍根を残さぬ。それに国王達も自分の立場を理解するじゃろう。…婿殿達は5カ国、否6カ国を統合するだけの下地が出来ているとな。そして、現状では婿殿に野心は無い。少しでもあれば処罰は可能じゃが、恐れがあるだけでは処罰は出来ぬ。今まで以上に統合化に拍車が掛かるじゃろう。」

 

 「処刑される事は無いですよね。」

 恐る恐る聞いてみた。

 「それは無い。あくまでアトレイム王族の早とちり、笑い話の後に深刻さが伝わるだけじゃ。」

 そう言って、俺を見る2人の顔は、悪戯を思いついた子供達と同じだ。


 「まぁ、それはアテーナイ様にお任せします。私の方は少し面倒ですな。」

 「やはり、先行して修道院を造った事ですか?」

 

 「いや、その件はきちんとデュオン殿より許可願いが出ておる。そして土の神殿側も許可を下しているから問題にはならないのだが…。例の学校建設に神殿は動いておる。現状の町や村に分神殿を作るのがやっとだ。財政的に無理が生じるじゃろう。確かに新たな町を作るのであれば、分神殿は欲しいところではある。」


 「俺達で作れば神官は何とか成るんでしょうか?」

 「1つの神殿に1人であればどうにでもなる。」


 「婿殿はどんな分神殿を作るつもりなのじゃ?」

 「神殿と言うよりは祠に近いものです。御神体だけを神殿を模した小さな建屋に納め、その前を広場にします。誰でも気兼ねなくお参り出来れば良いと思いますから…。」


 俺の言葉にカイザーさんが膝を打つ。

 「それでよい。その手があったのか…。ならば後は神官の宿舎だけで良いはず。悪戯に分神殿を作るなど余分な手間以外の何ものでもないぞ。」


 「使えそうか?」

 「十分です。必要なのは祈る心。神殿に祈るのではありません。神に祈るのです。」


 これで、何とか成りそうだな。祠は俺達で作るしか無さそうだけど、御神体は神殿が用意してくれるだろう。

 

 カイザーさんの許可が下りたから、その後はのんびりとアテーナイ様が自ら入れてくれたお茶を飲みながら、製鉄所の状況を聞かれるままに話す。


 「それにしても雄大な計画じゃな。王都の工房が1年で作る鉄を1日で作るとは、婿殿以外の者から聞いても信じられぬ。」

 「確かに、従事する者達の家族を合わせると町が出来ますな。アトレイム王は動かずにして町を1つ得た事になります。」

 

 「その町にしても、農業ではなく工業が盛んになるじゃろう。王都の工房の多くが引っ越す事になりそうじゃ。」

 「そうでもありませんよ。クォークさん達が行っている運河が完成すれば、物品の移動が遥かに楽になります。しかも大量にです。」

 「商人達が喜ぶじゃろう。」


 確かに見た目には商人達が活気づくだろう。だが、消費は新たな産業と雇用を生み出す。うまい具合に、連合王国は貨幣経済だ。商才に長けた者は莫大な富を得るだろう。

 場合によっては、貧富の差が出て来るかもしれない。そこは、上手く立ち回らないとな。

 新たな階級社会が出来るなどあってはならない。

 

 「俺の危惧はそこにあります。物流を促進は冨を得ます。これを上手く分配する手立てを考えねば、貧富の差が今まで以上に顕著になりますよ。」

 「それは、クォーク達が考えておるようじゃ。王子達も気が付いたようじゃな。婿殿が言った課題とは何かを考えて、そこに辿り着いたようじゃな。直接ではなく、かなり遠まわしに言われた。と言っておったぞ。」


 あれは、技術的課題だぞ。はっきり言わなかったから、そんな方向に逸れてしまったのか。ここは何も言わない方が良いかもしれないな。


 「やがて国王となる方達です。アキト殿からきっかけを与えられたとは言え、それをきちんと自分達の命題として取り組んでおられる姿には頭が下がります。」

 「そう言う事じゃから、婿殿は見守っておれば良い。先ずは考えさせる事じゃ。4人もおるのじゃ少しは良い案が浮かぶやも知れぬ。」


 何となく流れはクォークさんの方に行っているな。だが、あらかじめ聞いておいて良かったぞ。


 「それでは、俺の用件も済みましたから。」

 そう言って席を立とうとする俺をアテーナイ様が手で振って止める。

 

 「まぁ、そう急ぐな。今夜は館に泊まるのであろう。なら、もうしばらく我等の相手をして欲しいものじゃ。」

 「はぁ…。」


 そう言って、浮いた腰を椅子に戻す。

 アテーナイ様が新しいお茶を注いでくれる。俺は、2人に断わってタバコに火を点けた。


 「10年前をカイザーと話しておったのじゃ。あの頃は、まさかこのような時代が来るとは思わなんだとな。」

 「10年前も、20年前もさほど変わらぬ。我等が若くなるだけの話。たぶん100年前もさほど変わらぬだろう。王国同士が、互いに牽制しあって、政略結婚が行なわれた筈だ。しかし、ここ数年の変化はどうだ。王国の統合化に国王達は集まって知恵を絞っている。各国の軍備は縮小されたが、スマトル戦を勝利する事が出来た。さらにはノーランドの野望さえも覆しておる。

 そして、各国の御用商人さえも互いに手を結び合い商品を融通している。

 すべて、10年前には考えられぬ事だ。」


 事を急ぎすぎた。と言いたいのだろうか?

 確かに、俺達は住み易い世界を作ろうと努力してきた。

 だが、人によっては前の方が良かった。と思う者もいるはずだ。そんな者達に俺達の価値観を押し付けているのも確かな事だが…。


 「まぁ、それ程深刻にならずとも良い。我等は、何故我等でこのような改革をすることが出来なかったのかと恥じているのじゃ。

 統一にばかり目が行っておったのじゃろう。どうしたら統一できるか。そればかり病床で考えておった。」

 「確かにそうでしたな。統一後はどう統治なされるか?と聞いた途端、無言になった事を覚えております。」


 「それを考えておらぬから、統一を夢見たのじゃろうな。スマトル国王とさして変わらんと今では思うておる。

 それがどうじゃ。どう統治するかを皆が考えておる。その基本だけは明確じゃ。そのためには?と考えればよい。闇雲に考える必要が無いだけ容易ではあると思う。

 戦をせずに王国が統一されつつあるのは、皮肉を通り越して愉快ですらある。そんな事をカイザーと話しておったのじゃ。」


 そんな話は前に聞いたな。カイザーさんには打ち明けたのか。確かに大神官、その意見は王族とて無碍には出来ない筈だ。

 そして、流石は大神官だと思う。統一の後の治世の乱れを危惧したようだ。

 場合によっては、大乱の世界に俺達は降り立っていたのかも知れない。

 その場合はどうするだろう?

 姉貴なら、統一を図る筈だ。短期間に争いを終結し、その後は圧政から少しずつ治世を国民に委ねて行くだろう。

 最終的には、大統領制でも行なうかもしれない。

 姉貴は面倒な事は嫌いだから、かなり短い時間で政権を委ねるだろうな…。


 「どうじゃ?どんな世界になっておる?」

 アテーナイ様が悪戯が成功したような顔で俺を見た。

 長老並みに俺の考えが読めるのか?

 「たぶん、…アキト殿が統合戦争に勝利した後の世界を想像なさったのでしょう。どんな世界でした?」


 2人で俺を誘導したようだな。

 まぁ、ここは想像した通りを話しておいた方が良さそうだ。

 俺は、短期間で終る統合戦争とその後の治世の委譲、最終的な統一国家を統べる大統領の話をした。


 「ふむ。その場合は婿殿達が一旦国政を仕切って、その後民衆に委譲するのじゃな。全く、野望のやの字も持たぬのう。だが、何故じゃ?」

 「簡単です。その責任に俺達が耐え切れないと思っているからです。治世を行なう者にはその治世に預かる者達全てを幸福にする責任があります。俺達にはその重圧に耐えながら治世を行なう自信がありません。」


 「それが判っておる王族はあまりいないのも事実じゃな。だが、それでは治世の長となる者がおらぬのではないか?」

 「その為の官僚組織です。本来は貴族がこの役になるのでしょうが、自分の地位を天性のものと考えるようになっては機能しません。能力があるもので構成された組織は十分に治世に役立つでしょう。官僚の考えた治世案を長となったものは、裁可するだけで良いのです。ですが、ここに1つ問題があります。治世案は必ず複数を得ること。そしてその案のどれを選ぶかが長の持つ資質に関係します。

 俺個人の考えでは道徳心の在る者が望ましいと思います。

 仮に2つの案があるとします。1つは99人の裕福な者を生み出すが、明日の食べ物も得られないほどの貧乏人を出してしまう。もう1つの案は50人の裕福な者とあまり裕福でない者50人を作ってしまう。

 さて、どちらの案を選びますか?

 こんな案が沢山出てくるのです。治世は難しく、出来れば俺は避けて通りたいと思っています。」


 「面白い例えよのう。どちらの案も今より裕福な者が増えるのじゃな。じゃが、それによって出てくる貧者の質と数が問題じゃ。なるほど、面白い。国王達に話題として提供しても良かろう。カイザーどうじゃ。どちらを選ぶ。」

 アテーナイ様が面白そうにカイザーさんに質問する。

 カイザーさんもちょっと困ってるぞ。


 「正解はありませんな。アキトどのが言いたいのは、その貧者に対する長の責任だと思います。私としては、両者の案を一旦戻して、互いの案の良いところを取り入れてもう一度持って来い。と言いますな。」

 「俺もそう思います。それが出来るのが官僚組織なのです。長はその判断を自分の良心に従って行なう。それならば自分の責任として本人も自覚出来る筈です。」


 「ふむ。官僚は能力主義。そして長となるものは道徳心に溢れるものか…。理想社会じゃのう。」

 「その通り、理想です。ですが、形として私達にはその社会がおぼろげながら想像が出来ます。」

 

 意外と気が弱くなっているのだろうか?

 この先のモスレム王国、そして生国であるエントラムズ王国の行く末を案じているように思えてならない。

 まだまだ一騎当千のアテーナイ様だが、この頃妙に先行きの話が多すぎるように思えてならない。

 まさか、例の奇病が再発した訳ではないよな。ザナドウの肝臓で完全に癒えたと思ってるんだけど…。

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