#475 俺達と遠くの友人達
製鉄所の事務所でパチパチと算盤を弾く音を聞きながら、俺と、デリムさん、ヘンケンさんはのんびりとお茶を飲んでいた。
焼肉パーティから、一月が経っている。もう初秋なのだろうが、アトレイムの南端であるこの付近はまだまだ残暑がきつい。
それでも、作業員達は汗を流しながら働いてくれるから、頭が下がる思いだ。
「…それでも、食べたいと思えば好きなだけ食べさせて貰える。という事で士気は高いんですよ。長期間の作業ですから、怪我等をするものもそれなりに出るのですが、大怪我をした者は誰もおりません。それだけでも私は驚いています。」
「確かにな。きちんとした作業時間と、休息時間。それが守られているからかもしれん。現場の監督もメリハリが付いて、作業が進むと言っておったぞ。」
2人がそんな事を言いながらお茶を飲んでいる。
あの焼肉パーティは皆の評判が良かった。「またやりましょう。」なんて、シグさんが言っていたけど、やるとなると今度は他の連中もやってきそうだな。
まぁ、季節毎にはという事で皆が渋々納得してたけど、事務方のキャラちゃん達も「たまになら良いですよ。」って言ってたからな。
もっとも、キャラちゃん達は、焼肉パーティに資金が要らないという事の方がうれしいのかもしれない。あのパーティに掛かった費用はデリムさんが買い込んできた飲み物だけだったし、それもデリムさんのポケットマネーらしい。
「ところで、高炉は後どれ位で完成するんですか?」
「そうですね。高炉は年明けには何とか、そしてその付属装置が春頃でしょう。送風設備の方は来年一杯は掛かるでしょうね。」
壁の行程表を確認しながらデリムさんに告げた。
「じゃが、製鉄所の施設が全て完成しても、用水路が出来なければ運転を開始出来んじゃろう。それにはさらに1年は掛かるぞ。後2年は必要じゃな。」
資金は大丈夫だろうか?ちょっと心配だな。
「資金は十分です。耐火レンガや特殊な資材をバビロンから頂きました。だいぶ助かってますよ。」
そう言って俺の心配を察したデリムさんが教えてくれた。
バビロンとしても、コロニーを旅立った子孫達の面倒を見るという立場なんだろう。色々と便宜を図ってくれる。
今日も、ディーはバビロンに飛んで、今度は施設間の銑鉄等を移動するためのトロッコ用のレールを運んでいる。
トロッコの車軸も提供してくれるそうだが、トロッコ本体は工房で作ってもらおう。
アトレイムの工房が1つここに移動してきている。
何でも、ヘンケンさんの知り合いらしいが、ユリシーさん並みの腕を持っている。歯車を組み合わせた簡単な起重機を何台か作ってもらった。
転炉は、技術的に難しいので反射炉にしたのだが、そのレンガの移動には随分とこの起重機が活躍している。
「もうすぐ、次の石炭船が港に寄港します。いよいよコークスと言うものが作れますよ。」
「石炭貯蔵所は出来たんですよね。」
「石炭貯蔵所、鉄鉱石貯蔵所それに石灰石の貯蔵所も作りました。全て民家1つ分程の大きさですから、ディーさんの計算では2月分は貯蔵出来ると言っていましたよ。港クスについては屋内貯蔵所にしてあります。これは建屋を3軒連ねた形で、コークス、コークス破砕場と粒状コークスの貯蔵場で構成しています。」
「製鉄には大量の粒状コークスが必要ですから、早めに作っておく必要があります。」
俺の言葉にデリムさんが頷く。
「丘の上の貯水池は順調なんですか?」
「問題は無い。斜面から2M(300m)は離れているから、水漏れで斜面が崩壊する事も無い。…斜面にはケーブルトロッコを作っておるが、面白い仕掛けじゃな。荷を降ろしと荷揚げをあのような仕掛けでやるのは初めてじゃわい。」
ケーブルカーのバッタもんだが、原理は中々に使える。ユリシーさんに特注で太いロープを作ってもらい、ロープを2重にして使う心算だ。
そのトロッコにも線路が必要だ。意外と線路に使うレールが多いな。
とりあえず計画は順調のようだ。
改めてお茶を一杯頂くと、別荘に戻っていく。
途中、ニワトリの群れを引き連れた修道女見習いの女の子を見掛けた。
あの子は確か、マリアさんの使い走りをしていた子だよな。
だいぶ大きくはなったけど、まだまだ見習いみたいだ。
そういえば、修道女になるかどうかは、彼女に選択させるとマリアさんが言っていたな。それも良いのかも知れない。この修道院を故郷にして広い世界を見てみるのも。
「だいぶ大きくなってきたね。」
「はい。来年には卵を産むだろう。ってデュオン様が言っていました。この間、デリムさんが改めてヒヨコを届けてくれました。今日はアルト様達が世話を手伝ってくれてるんです。」
そう言って俺に微笑む、女の子の表情にはかつての暗さが無くなった。
たぶん、追い掛けても捕まえられないから、小屋で捕まえて喜んでるんだろうな。
そんなアルトさん達の光景が目に浮かぶ。
「まだまだ日差しが強いから、日陰にいるんだよ。」
そう言って低い石塀越しに伝えると、別荘にむかってバジュラを走らせる。
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別荘のリビングには姉貴が1人で情報端末を睨んでいる。
お茶のカップを片手に持っているが、口元に運ぼうともせずに画像を睨んでいるのは、何かあった証拠だな。
「何を見てるの?」
「あぁ、戻ってきたのね。これよ。…ユング達、戦争を始めたわ。」
情報端末の画像には広範囲に土煙が上がっている。これが戦争なのか?
暖炉のポットからお茶を入れて姉貴の隣に腰を下ろした。
「俺には良く判らないんだが…。」
「この炸裂パターンだけど、集束爆弾の炸裂よ。小さく一面に土が吹き飛んでるわ。問題はその範囲。ちょっと、画像を引いてみるね。ほら…、約10km四方で炸裂してるわ。師団クラスを殲滅させたと言う感じかしら。」
哲也からの通信では悪魔に進行を邪魔されてると言っていたが、まさか正面突破しようなんて考えてるんじゃ無いよな。
たった2人で孤立無援の状態だ。正面突破はちょっと乱暴だぞ。
「それで、哲也達はどこにいるんだ?」
「この画像の上にはいないわ。多連装ロケット砲を使ったみたい。少なくとも100kmは離れている筈よ。」
この範囲だとすれば少なくとも10台近い多連装ロケットを使った筈だ。オタクだからなぁ、これだけでは終らないだろう。
「たぶん米軍基地跡から接収したものを修理したんじゃないかな。だが、哲也の目的は何だろう?…単なる嫌がらせにしては範囲が広すぎる。」
「全面戦争って感じね。とは言えたった2人だから、相当な準備をしたんでしょうけど、狙いは戦力の低下と歪の場所までの道の確保という事でしょうね。…まさかとは思うけど、一応メールは入れておいたわ。核は使わないで、って。」
そこまではしないと思うけど、確かに連絡はしといた方が良いかもしれない。哲也は意外と気が短く切れ易い。
高笑いしながらきのこ雲を見上げる位やりそうだ。その光景が自然に目に浮かぶのが恐ろしくもある。
「だけど、哲也が正面攻撃ってのが引っ掛かるな。意外と策士だぞ。」
「それは、私も知ってるわ。」
そう言って、姉貴が微笑む。
「となれば、これだけの攻撃で、敵を招き寄せる。ってことかな。悪魔の総数は100万を軽く越えてるようだし、この戦で迎撃部隊が集まってくれば…、なる程ね。」
「集めては殲滅、そして更に集める。これを繰り返す、って事?」
「そんな感じね。たぶんこの戦は2回目だと思うわ。もう一度やると思うわよ。その後、悪魔達がどう出るか。それも少しは考えてるとは思うんだけどね。
これを見て、ユング達が送ってくれた画像だけど、悪魔にとって歪は聖地みたいな感じね。このピラミッドと神殿の奥地にあるわ。そして、この地を写真に取ったという事は、この辺りの山地に忍び込む事が出来たという事になるわ。」
そう言って画像を変えて神殿のある山麓の一部を指で示した。
「問題は、歪の周囲に設けられたこの構造物よ。何らかの役目、恐らくは障壁のようなものを展開していると思うけど、この構造物の直ぐ脇にある山脈の切れ目は海まで達しているわ。
この谷を縫うようにイオンクラフトを飛ばして歪を破壊するのは判るんだけど、この建造物をどうやって破壊するかが楽しみね。」
哲也達も苦労してるな。
だが、こんな大きな戦をしてるんだからある程度の計画を立ててやっているんだろう。相互に歪を破壊する日はそんなに遠くは無さそうだ。
「哲也だから、その辺に抜かりは無いと思うよ。まぁ、吉報を待てば良いんじゃないかな。…ところで、あれはどうなったの?」
「原生生物ね。レイガル族も頑張ってるみたいだけど、版図がだいぶ狭まったわ。」
姉貴がノーランド北東の平原部のサーモグラフィを映し出す。
「どうやら、ここにいるみたいね。ドーナツ状になってるでしょ。」
「熱画像だよね。…あいつは熱を出さないという事は…。」
「生贄と言う事になるわ。さもなければ他の種族を捕らえてここに押し込んだか…。」
「閉じ込めは成功するんだろうか?」
「それが問題でもあるわ。ある意味時限爆弾を自らの版図に作ってしまった事になるもの。遠い将来には再びレイガル族を脅かす事になるでしょうね。」
「そうすると、ノーランドは侵略を何とか阻止出来るという事になるね。サル達は良く判らないけど…。」
姉貴は端末を停止してバッグの中の袋に入れた。
温くなったお茶を一口飲むと俺に顔を向ける。
「確かにその通りではあるけど、連合王国に牙を向けるのはずっと先になるでしょうね。ノーランドの危惧は余り考えなくても良さそうだわ。
そして、スマトル王国は5つ位に分裂してるし、分裂した国家同士で小競り合いをしているのよ。しばらくは輸出や輸入も出来そうに無いわ。まぁ、後100年は国内が動くでしょうね。
サル達は、ユング達が面白い情報を送ってきたわ。
サルの頭は本来肩の上にあるのを、魔道手術と言うべき手段であのような位置にしたらしいの。術式は悪魔の仕業ね。そして、本来の頭にあった小さな頭の寄生体は洗脳用で、あれが乗っている内は悪魔達に服従するらしいわ。
サルが成体になった時に、その術式が行なわれるらしい、と言っていた。
面白いのは、北の大陸に寄生体を失ったサル達や術式から逃れたサル達が独自の文化を作ってるみたい。
こっちの大陸に魔物を連れてやってきたのは恐らく悪魔達の手先のサルだろうと言っていたわ。」
あれって、人為的なものなのか。そうだよな。どう考えてもあの姿体は無理がある。
となると、悪魔を倒せば何れは普通の類人猿のような姿になるんだろう。頭脳もそれなりにあるようだから、国を興すかもしれないな。
何れにせよ、哲也の働き如何と言うところだ。俺達が考えていてもしょうがない話ではある。
「製鉄所が稼動するのは、後2年は必要だな。ここは冬でも雪が降らないらしいから、このまま工事を進めるけど、姉貴達はどうする?」
「そうね。ネウサナトラムはセリウスさん一家がいるから狩猟期もそつなく行なえるでしょうしね。学校のその後も気になるから、皆で行ってみるわ。ディーは残しておくからね。」
「そうしてくれると助かる。結構荷物運びが多いんだよな。これ程製鉄所が大変だとは思わなかったよ。作る程に、巨大な複合施設だと判ってきた。」
「私は手伝えないから、モスレムで適当に狩をして獲物を送るわ。」
それはありがたい話だ。
たぶんアルトさんのガス抜きも兼ねているんだろうけどね。
そして、晩秋を迎えた頃。姉貴達3人はガルパスに乗ってモスレム王都に旅立った。
姉貴は、リムちゃんの鞍の後ろに乗っていたけど、リムちゃんとそれ程背が変わらなくなったな。
それだけリムちゃんも大きくなったという事だろう。今年で16歳。俺達と一緒にいられるのは後何年位だろう。
そんな事を考えるとちょっぴり寂しくなる。
そして、まだ誰かも判らぬリムちゃんのお相手に、少し闘争心を燃やしてみた。