#466 思わぬ副産物
グライトの谷から西に150kmを連日のように探索していた時だ。
カイナル村の西の森でディーが不思議な地下の反応を見つけた。
「何かの鉱脈のようです。密度の高い物質が埋蔵されています。」
「確かこの辺りでカナトール軍とやりあったんだよな。…あれって、結局原因が分らなかったけど、何か鉱脈を見つけた可能性がどうとか言っていたな。」
白い布を近くの立木に縛り付けて、目印を残して探査を継続する。
俺達の仕事は鉱脈探しでは無くて、トンネル探しだ。誰か、別の連中に何の鉱脈かを探って貰おう。
姉貴達と交替しながら探索を続けているが、10日で北に1kmだから10kmを探索するのに3ヶ月以上は掛かってしまう。まぁ、飽きずに続ける外は無いんだけれど…。
そんなある日、アテーナイ様が尋ねてきた時に、カイナル村の鉱脈の話をした。
「そう言えば、そんな話をしておったの。場所が分ったのならば誰ぞに確認させねばなるまい。金であれば婿殿達は一躍大金持ちになろうぞ。」
「それは、謹んで辞退します。まぁ、どんな物かはまだ分りませんし。それに、連合王国への統合に資金は幾らあっても足りないでしょう。俺も、金目の物である事を期待しますよ。」
そう言って互いに笑い合う姿は、悪徳商人と代官のそれだな。
俺達4人が暮らすなら手持分で十分だ。リムちゃんを嫁に出しても、哲也達が帰ってきても十分に暮らせるだけの金はあるし、足りなくなればギルドの依頼をこなせばいい。
「相変わらずじゃな。じゃが、何が埋まっておるのじゃろうのう…。今動けるのは、イゾルデが居るか。場所は…此処じゃな。確かに、地図は便利じゃのう。…婿殿。楽しみに待っておれ。」
テーブルに広げた地図から座標を読み取って、メモに書き込んでアテーナイ様は帰って行った。
姉貴が帰って来ると、アテーナイ様との顛末を告げる。
「ふ~ん。じゃぁ、イゾルデさんが探しに行くのね。何が埋まってるんだろうね。」
「少しは分け前を貰えるのであろうな?」
「一応、要らない。と言っておいたよ。最初に目を付けたのはカナトールだし、俺達は場所を確定しただけだからね。」
俺の言葉に、もったいないとアルトさんが呟いたが、姉貴は分ってくれたようだ。
「そうね。私達はハンターなんだから、ギルドの依頼書で生活が出来るものね。」
「それは、そうなのじゃが…。ちょっとな。」
意外と、欲張りな所もあるようだ。
だが、何が埋まっているのかで欲を現す者がいないとも限らない。その意味では民間ではなく、王族に任せておくに限る。今の国王達なら一国の利益だけを考えずに統合の為の資金とするだろう。何にしても国境争いを起こす程の鉱脈なんだから、無駄にはならないと思うけどね。
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一月程過ぎた頃、アテーナイ様が息せき切って俺達の家に駆け込んで来た。
「婿殿、大変じゃ!」
扉をドンドンと壊すような勢いで叩くアテーナイ様を、家の中に入れてテーブルに着かせると、先ずはお茶を一杯勧める。
俺と姉貴、それにアルトさんが興味深々に、落ち着こうとしてゆっくりとお茶を飲んでいるアテーナイ様を見詰める。
「で、何が大変なのじゃ?」
「そうじゃった。…婿殿、大変な発見じゃぞ。鉄鉱石の鉱脈じゃ。連合王国の発展には欠かせぬ物じゃ。これまで輸入に頼っていた鉱石が手に入るのじゃ。トリスタン等が喜んでおったぞ。」
それを聞いて、アルトさんがちょっとガッカリしたようだ。金鉱脈と思ってたのかな?
「鉄は連合王国の発展には欠かせない物です。これで、石炭が王国内で手に入れば良いのですが…。」
「余り欲を出す事もない。これだけでも、金や穀物の輸出を他の物に振り替える事が出来るのじゃ。先ずはめでたいと我は思うぞ。」
「それでじゃ。発見者の婿殿に採掘の権利があるのじゃが、それを譲って欲しいのじゃ。タダと言うわけにもいくまい。金貨50枚をトリスタンは提示してきたが、どうじゃ。譲ってくれぬか?」
「高々金貨50枚とは、兄様の言葉とも思えぬ。鉄鉱石が連合王国内で採掘出来れば、その恩恵は計り知れぬ。」
「だから、言っておるじゃろう。トリスタンが50枚とな。アトレイム、エントラムズ、サーミスト、それにモスレムとテーバイがそれぞれ50枚ずつじゃ。」
それって、1国当たりって事か?…となれば、金貨250枚って事だ。幾らなんでも多すぎるぞ。
「良いでしょう。アキト、権利書に署名しなさい。」
姉貴の声に、早速アテーナイ様が懐から書類を持ち出した。
良いのかな?って思いながらも名前を書き込む。
「これで、良し。金鉱脈より我等にとって価値があるぞ。」
そう言って、懐に大事そうに仕舞い込む。
「それで、2つお願いがあるのですが…。」
「ふむ、何じゃ?」
「私達は、ハンターをしていますから当座のお金に苦労しておりません。アキトが作ろうとした温室も連合王国で何とかしてくれるみたいですし。という事で、金貨150枚は神殿に寄付したいと思います。カイザーさんも資金難でしょう。
残りの100枚は、鉄を作る炉を作りたいと思います。場所は、アトレイムの修道院の西の荒地。たぶんスマトル戦の捕虜を使って港を作るとアトレイム王は言っていました。その近くに作りたいのです。」
なるほど、教育には金が掛かる。泡銭だから出来れば世の中に貢献したいよな。そして製鉄か…。運河計画とリンクすれば確かに港の傍は理想的だ。何と言っても、現状の製鉄はようやく木炭から石炭に切り替わったばかりだからな。
「製鉄じゃと!…確かに、今のままでは大量の鉄を作る事は出来ぬ。婿殿は、大量の鉄で何をするのじゃ?」
「鉄道です。2本の鉄の線路の上を馬車や荷車を走らせます。大量輸送では運河には敵いませんが、今の馬車よりは早く進めますし、人や荷物も多く積めます。」
俺の言葉を聞きながら、パイプにタバコを詰めている。俺はジッポーで火を点けてあげた。
「済まぬな…。婿殿は、物流の促進を図る心算か?」
「物流だけでなく、人の往来もです。ハンターでもなければ、他国に出掛ける等、あまり機会も無かったでしょう。各国の祭りで人の往来に活気が出ました。これをもっと活性化させる心算です。その為には…。」
「鉄が大量に必要となる。…その為の製鉄か。国王達に聞かせてやりたい位じゃ。たぶん協力者も必要じゃろう。手配は我が引き受けようぞ。」
そう言って、アテーナイ様は帰って行った。
まぁ、哲也達が動けるまでは俺達は暇だ。トンネル探索も今の所順調に進んでいる。この世界の製鉄はタタラ炉みたいなヤツだからな。
連続的な熔けた鉄が取り出せるような炉があれば、線路のレール作りは確かに捗る筈だ。
家の扉が開き、ディーとリムちゃんが帰って来た。
「本日の調査を終了しました。トンネルの存在は確認出来ませんでした。」
ディーの言葉に、姉貴と俺は、「ご苦労様。」と労う。
今の所は発見出来ていない。だが、カナトールは過去に2度、魔物の襲来を受けたとアテーナイ様は教えてくれた。今までは見つからなかったが、明日の探索で見つかるかも知れないのだ。
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次の日の探索は姉貴が同行している。
俺は、情報端末で製鉄の仕組みを勉強している最中だ。アルトさんとリムちゃんは、久しぶりにカヌーでトローリングに出掛けた。
山荘に寄って行く、と言っていたからシュタイン様が一緒かも知れないな。
まぁ、のんびりと製鉄のやり方を調べる。流石、バビロンの電脳とリンクしているらしく、的確に情報が情報端末の上の仮想スクリーンに表示されて行く。
俺の思考を読み取るように、関連する情報が現れるのは凄いの一言だ。
それに寄ると、俺が作ろうとしているものは高炉の範疇になるらしい。
やはり、連続製鉄はかなりの難しさがあるようだ。一旦、粗鋼の形で取り出して転炉で精製と言う事になるのだろうか。レールを作るだけでも大変だな。
最大の課題は、送風機という事になる。たぶん風車では上手く行かないだろう。水車が欲しいところだ。そして製鉄には水も必要らしい。
アトレイムの荒地には水が無い。カナトールとの国境を流れる河川から水路を作って持って来るしか無いだろう。水路の建設は馬鹿には出来ないぞ。
更に難題は、コークスの製作だ。炭と同じように蒸し焼きにすれば良いとは思うんだが…。
そんな事を考えながら次々と要点をメモして行く。
後は作りながら考えれば良いのだけれど、やはり協力者が欲しいよな。
ついでに、クォークさんが作った地図を調べる。
北の国境を流れる川と修道院の西の高低差は50m以上あるようだ。水路を作れば結構大型の水車が動かせそうだぞ。
水路は、別に船を浮かべる訳ではないから、断面が小さくても良さそうだ。横幅1m、深さが2mもあれば十分じゃないかな?…そして、この用水路を使って荒地の灌漑も出来そうだ。
そう言えばアトレイム国王が灌漑用の池を作ったとブリューさんが言っていたな。その池を利用できれば工事は意外と楽になるかも知れない。
情報端末の画像に科学衛星からのアトレイムの姿を映す。
確かに王都の20M(3km)程西に幾つかの池が見えた。そこから真直ぐ南は…漁師町だな。
修道院の西に10M(1.5km)程の所に大きな港が出来ていた。港を取り囲むように家や倉庫が並んでいる。
あの港を利用するとなると、更に西に作らねばならないだろう。
そう言えば、あの土地ってモスレムの土地なんだよな。これは1度アテーナイ様に確認を取っておいた方が良さそうだ。そして、用水路はスマトル戦の為に掘った溝が利用出来そうだ。その辺はアトレイムと交渉だな。
そんな事を考えているとメモがどんどんと増えていく。
姉貴は簡単に考えているようだけど、とんでもない一大事業になりそうだぞ。
昼近くになって、姉貴が帰って来た。
「見付けたわ。直径3mはあったわよ。しかも、1km位離れて同じようなトンネルがもう1つ。」
そう言って、直ぐに暖炉脇の通信機に向かう。カタカタ電鍵を打っているのは、サーシャちゃん達に連絡してるみたいだな。
通信機のライトが点滅している所を見ると、ちゃんと連絡が通じ合ったようだ。
返信を確認して姉貴がテーブルに戻って来た。そんな俺達にディーがお茶を入れてくれる。ディーがテーブルに着いたところで姉貴が状況を話してくれた。
「場所は、カナトールの王都の北よ。トンネルの近くに村の廃墟があったわ。ディーの話ではトンネルの周辺に獣の反応が沢山あったそうだから、今の所は問題無さそうだわ。」
「それで、サーシャちゃん達は?」
「明日、出発するそうよ。戦闘工兵を1中隊連れてエイオスさんが対処すると言っていたわ。」
エイオスなら無茶はしないだろう。変な指示をサーシャちゃんが出さなければね。ん!…そんな事を考えてたら心配になって来たぞ。山を崩すような事はしないだろうな?
「明日は俺が行く。それと製鉄だけど…、かなり難解だぞ。少し風に吹かれながら考えてみるけど、1つ分かった事は、アトレイムの協力者が欲しい。出来れば工房に顔が利いて人集めが出来る人が良いんだけど。」
「難しい話ね。ブリューさん達も忙しそうだけど、相談してみようか?」
「是非、頼んで欲しい。でないと全く何も出来ない。この村に登り窯を作った時も、マケリスさん達がいたから何とかなったと思うんだ。そんな人物が俺達の計画には必要だ。」
「そうね。アトレイムで新たな産業を興すんだものね。」
姉貴も、賛成のようだ。俺達は製鉄所を作っても維持する事は困難だ。一緒に作り、その技術を維持して産業として定着させる。これはある意味、人作りでもある筈だ。