#453 連合王国の統一事業
ネウサナトラムの村から、俺達とシュタイン夫妻にロムニーちゃん達を伸せたイオンクラフトは5日前に王都に無事到着した。
早速、アテーナイ様の案内で姉貴とローザが大神官カイザーさんのところにご挨拶に出掛けたのだが、…臨時の教師を頼まれたらしい。
ローザは専用のオートマタだから問題は無いだろうが、姉貴に教師が務まるかは怪しい限りだ。
「私が教えるんだから、皆テストは満点よ。」
そう言って得意そうに俺達に伝えたが、アルトさんとリムちゃんは怪しんでるぞ。
「まぁ、子供達を大人しくさせる事が出来れば問題ないじゃろう。教えるのはその先じゃ。」
「今まで遊び回ってた子供達をいきなり教育するんだからね。少々の事は大目に見てあげないと…。」
「大丈夫。最初にビシ!っと言っとくから。」
何か、強硬手段で行きそうだ。体罰はしないと思うけど、ちょっと心配だな。
「それに、神官さん達が付いてくれるから安心だわ。」
その話を聞いてみると、どうやら教師役の神官達がどうやって子供達に教えるのかが分らないらしい。試行錯誤で学校を運営しているらしいのだが、姉貴が学校に通っていた事が分ると、教師とはどの様なものか、と言う事になって姉貴に教師役が回ってきたとの事だ。
学校は王都の大通りを使って学区を定め、それぞれ1校を作ったとの事だ。午前中だけの授業を隔日で3年間。それが義務教育だ。隔日なので2倍の生徒数に対応出来るし、毎日では家の手伝いをしている子供達を親が放してくれないだろうとの事だ。
どんな、学校なのかは後で見てみよう。参観は自由で、道徳に取入れた紙芝居を見に大人達も結構来ているらしい。
今朝は、朝食を終えると直ぐに、ローザを連れて姉貴が出掛けて行った。
その後をアルトさんとリムちゃんが追いかけていった所を見ると、アルトさん達も気になるんだろうな。
俺はのんびりとお茶を飲みながらディーの操作する情報端末で、ユグドラシルの南東にある歪みの周辺を眺めている。
レイガル族も気になるが、歪みの周辺の状況も気になる。そこはネーデル王国の版図に近い所だ。核爆弾で巻き添えにしては申し訳ない。
リビングの扉が叩かれ、タニィさんがアテーナイ様を案内してきた。
「カイザーから話は聞き及んでおる。婿殿とディーのみが残っておる所を見ると、早速出掛けたようじゃな。」
「アルトさん達は野次馬でしょうけどね。気になって出掛けたみたいです。」
「まぁ、優秀な士官を育て上げたのじゃ。ミズキなら上手くやってくれるじゃろう。」
それって、かなり希望的な期待だよな。
「周辺を見ていたようじゃが、気になる動きを見つけたか?」
「1つはレイガル族に関係しています。もう1つは気になると言うより、事前調査です。核爆弾を使用した時に巻き添えを掛けないかと…。」
「先ずは最初の案件じゃな。後の方は、先に延ばしても良い。まだ、ユング達の目処が立っておらぬ。」
そう言ってアテーナイ様がパイプを取出す。そんな場所にタニィさんが俺達にお茶を運んできてくれた。
俺も、タバコを取り出して一服に付き合う事にした。
「ディー。例の場面を壁に出してくれ。」
直ぐに壁にアクトラス山脈の山並みが映し出される。
「この場所に注意して下さい。1時間後の様子を交互に映し出します。」
「赤の点滅じゃな。…待て、これは移動前の位置がおかしくはないか?…突然現れたように感じるぞ。」
「それが問題です。姉貴はレイガル族のトンネルがここにあるのでは、と言っていました。そして、この付近は深い森の中です。ここで最初のザナドウと遭遇しましたし、サル達とも遭遇しています。」
「アクトラス山脈はもう雪で覆われておる。調査は雪解けを待ってじゃな。だが、ほぼ間違いはないじゃろう。破壊する外はあるまい。そして、このようなトンネルが他にも無い事を確認せねばなるまい。歩兵を派遣するか?」
「彼等も人間ですから、トンネルは巧妙に隠しているでしょう。山狩りは余り意味をなさないかと…。それよりもこのような監視方法で場所を特定する方が良いでしょう。特に過去に魔物襲来があった地域を重点的に行うべきです。」
「レイガル族とサル達に接点があるという事か?」
「姉貴も同じ意見です。その理由までは分りませんが地下国家の周辺に張り巡らされたトンネルをサル達も利用していると見て間違いないでしょう。」
アテーナイ様はパイプを口にして考え始めた。
過去の魔物襲来の場所を頭に描いているのかもしれない。
「我は、エントラムズで育った。そしてモスレムに嫁いでいる。昔は今のように王国が必ずしも友好的雰囲気ではなかったが、それでも魔物襲来の情報は各国に伝わっている。
我が、エントラムズの元妃、我の祖母じゃな、から聞いた話を元にすれば、過去100年間で魔物襲来が確認された場所は、ここと、ここ。それにこことここじゃ。」
壁際に歩いて行くと、指先でその場所を示した。
ディーがすぐさま該当場所に円を描く。
「カナトールの西の荒地や、マケトマムの東でも起こった可能性があるが、残念ながら我らには情報が無い。現時点ではここの周辺を探索する事になろうな。」
そう言って、席に着いたアテーナイ様が少し温くなったお茶を飲んだ。
「その情報だけでも助かります。雪解けを待って山岳猟兵に指示を出しましょう。」
「うむ。じゃが、山岳猟兵はサーシャの直轄じゃ。サーシャに通信を送るが良い。」
そういえば軍の再編が終ったんだよな。アルトさんに頼んでおこう。
「後の問題じゃが、場合によっては少し面倒になる。我に任せておくのじゃ。トリスタン達に話しておこう。」
「助かります。」
「ところで、婿殿。…例の祭りじゃが、どうなのじゃ?兄様が煩くてのう。」
「少し、内容を変えようと言う事は姉貴と相談していました。王都に滞在している間に詳細を詰めようかと…。」
「ふむ…年が明ければサーシャ達がやってこよう。祭りの企画は王子達の仕事らしい。それまでに洗い企画は作って欲しいのじゃ。」
確かに、そろそろだよな。それにしても企画は王子達か…。まぁ、それが実績となるのであればサーシャちゃんの手前頑張らねばなるまい。
「ところで、伺って良いものかどうか判断しかねますが、タケルス王子はエントラムズ国王の実子なのですか?…あまりにも歳が離れているように思われますが…。」
「実子じゃよ。…一番下の子供じゃ。トリスタンより少し年下の長男を筆頭に4人が居ったのじゃが…。例の病でな、タケルスだけがザナドウの肝臓で助かったのじゃ。」
「ザナドウ狩が遅くなって申し訳有りません。」
「よいよい。あれで助かった者は婿殿が想像するよりも多いと思うぞ。我を含めて皆、諦めておったのじゃ。婿殿に感謝こそすれ、恨む者はおらぬ。…歴史的に狩った数がそれまで2匹じゃ。それを短期間に3匹も狩ったのじゃ。それに、ザナドウの生息地は分かっておる。必要ならば狩りに行くまでじゃ。」
俺達でどうにか狩れた相手だけど、俺達がいなくても狩れるのだろうか?…エントラムズでは多くの銀持ちのハンターが帰らなかったけど。
「そうじゃ。忘れる所であった。我が尋ねたのはクォークがもう少ししたらやって来ると伝える為でもあったのじゃ。クォークはスマトル戦には参加せなんだが、例の地図作りを順調に進めておる。その成果を何らかの形にしたいと言っておったぞ。」
「地図作りは進んだのでしょうか?」
「まぁ、それは本人に聞いてみることじゃ。」
「ところで、正規軍の工兵達はどうしました?」
「…悩んでおる所じゃ。工兵は土木に特化した部隊であり、戦闘には適さぬ。トリスタンは除隊方向に進んでいるが、我には勿体ないように思えてならぬ。」
工兵隊が余ったのなら、いくらでも使い道がある。何と言っても土木に特化した部隊なのだ。大規模な国家事業にこれ程適した部隊は無いだろう。
「優秀な工兵を野に放つのはどうかと…。彼等を連合王国で抱えてはどうでしょうか?」
「抱えるじゃと?…目的は…、そうか、連合王国としての大規模事業じゃな。」
打てば響くから有難い。俺の意図を理解してくれたようだ。
「連合王国のつながりは街道と通信だけです。これからは物流と人の流れが連合王国内で加速するでしょう。その為に、物流を促がす事業を始めれば連合王国の建設に弾みが付きます。」
「それは理解出来るが、馬車は街道を今も走っておるぞ。」
そう言ってアテーナイ様は紙をテーブルの上に広げて、パイプの灰をナイフの先で取り除くと新しいタバコを詰める。
俺は立ち上がって、パイプに火を点けてあげると紙を受取って暖炉に投げ込んだ。
「確かに、馬車はあります。でも馬車による輸送はおのずと制限があります。輸送量を上げるには、特大サイズの魔法の袋も有効ですが、それ程広める事は出来ないでしょう。
大量輸送に適したものと言えば運河による船か、鉄道になります。」
「運河は有効じゃ。だが、掘るのが大変…。確かに工兵の仕事じゃ。有効に使えるぞ。」
「鉄道はレールと言う鉄の棒を並べます。その上に大型馬車を乗せる訳ですが、街道を進む馬車より2倍以上の物資を輸送可能です。」
「運河と街道それに鉄道を整備するのじゃな。大規模な工事じゃのう。だが、王都間の移動に要する時間が短くなればそれだけ連合王国の国民の意識が共通化することになるじゃろう。そして商人達も喜ぶに違いない。」
「それを行うには、正確な地図、資金、そしてそれを構築できる組織が必要になります。」
「地図はクォークが作っておる。資金は軍の再編で各国とも余力がある。そして後は組織じゃな。」
「それは、会社組織が良いでしょう。資金を募って会社を興し、その会社に計画を委ねる事で何んとかなります。」
扉を叩く音がして、タニィさんがクォークさんを案内してきた。
「アキトさん、どうにか地図が形になりましたので伺いました。」
そう言ってテーブルに地図を広げる。
モスレムとエントラムズの地図だな。戦争の影響が無かったから比較的順調に測量が出来たのだろう。
等高線の高さは50D(15m)間隔のようだ。そして縮尺は…1万分の1だな。20M(3km)が1D(30cm)だ。
2m×3mの地図にはエントラムズとモスレムそれにサーミストの王都が記載されている。
「だいぶ詳しく出来てますね。」
「そう言って下さるとありがたいですね。現在は測量部隊を5隊に増やして行なっています。前に地図の利便性をアキトさんは言ってましたね。これをどのように使うお心算ですか?…もちろん戦争以外ですよ。」
「町の整備や道路計画には直ぐにでも使えますよ。でも、このような地図はもっと大掛かりな国家事業に使えるんです。」
俺の言葉にクォークさんが身を乗り出す。
「クォークよ。婿殿は、物流の促進を図るらしいぞ。」
「道路計画なら、確かに街道は少し湾曲していますが、それでも各国の王都を結んでいますよ。…新しい道を作ってもそれ程街道を進む馬車はないと思いますが?」
アテーナイ様にそう言いながら、地図の街道を指で示している。
「そうではない。馬車よりも沢山の荷物を運ぶ手立てを考えておるらしい。運河と鉄道と言う物らしい。」
「運河は分かります。農業用水の大きな物と考えれば良いでしょう。確かに船なら大量の荷を運べます。ですが所詮は船です。風では相互に進めませんし、櫂では大きさに制限が掛かります。そして、鉄道と言う物は聞いた事がありませんが?」
流石に博識だ。
運河を船で行き来する事の課題を直ぐに列挙した。
「先ず、運河の船ですが、帆や櫂を使用しないで済む方法があります。運河の際に道を作って、牛やガルパスに曳いてもらいます。運河の流れを遅くすれば十分に荷を運べるでしょう。そして、鉄道ですが、こんな形の鉄路を作ってその上を鉄の車輪を付けた荷台を乗せて馬や牛で曳きます。この方法で通常の2倍は積載量を増やせます。曳く獣を増やせば更に量を増やせます。」
「運河は人手が要りますね。鉄道は鉄の量産が前提ですか…。」
そう言って地図を眺めてる。
「でも、地図を良く見ると、運河を作るに適した場所も見えてきますね。この線に沿って掘ればそれ程高低差がありません。でも、ここだと100D(30m)程の差が出るなぁ…。」
俺は近くにあるメモ用紙を取ると、簡単な絵を描く。
「クォークさん。こんな方法もありますよ。」
「これは…、出来るんですか?」
「この方式を使って運河の高さを合わせる方法は俺の国ではよく行なわれています。閘門式って言うんです。高低差があればこれを組み合わせれば100D(30m)は十分対応出来ます。」
俺の言葉を聞くと直ぐに地図を調べ始める。
「ならば、カリストとモスレム王都それにエントラムズ王都に連なる大きな運河を作れますよ。更にアトレイムに伸ばせば、物流を加速出来ます。そして…物と人の動きが多くなれば、将来的には国境が無くなりますね。」
その影響の大きさにクォークさんは驚いているようだ。
そんな孫をアテーナイ様がニコニコしながら見ている。
「クォーク、やってみるか?」
「流石に、僕1人では無理です。これは、僕達のサークルで取り組むべき課題でしょう。大事業ですから僕達の代で終わらないかも知れません。ですが、これは連合王国の統一事業として是非進めるべきと考えます。」
「その答えで十分じゃ。王族達が新年には集まるじゃろう。その時にクォーク達の案として披露するがよい。」
「でも、この案は…。」
「クォークさんの地図があって初めて可能な事業。クォークさん達で頑張ってください。もちろん、俺達も応援しますよ。」
俺の言葉にクォークさんが頭を下げる。
たぶん、クォークさん達の提案は認可されるだろう。物流は国の血流に等しい。王達はそれを経験で知っている筈だ。
「ところで、他の皆さんは?」
「姉貴とローズが、学校の先生をやるという事で見に行ったよ。もうすぐお昼だから帰ってくると思うんだけどね。」
「カイザー様より聞きました。バビロンから来た修道女という事ですね。僕の疑問にも答えてくれるでしょうか?」
「十分答えてくれる筈だ。この館にリンリン達と住むという事だから、昼過ぎには何時もいると思うよ。ただ、兵器として使えそうなものには答えないと思う。これは俺達にも同じだ。」
俺の言葉にクォークさんは目を輝かせている。たぶん、かなりの頻度で訪れるんじゃないかな。そして、学校教育よりも1歩進んだ勉強を始める事になるかもしれない。




