#450 防衛軍を統べる者達
この世界に来て何度目の狩猟期なのだろう?
最初の2回は俺も参加したけど、その後は屋台だからな…。これで、もう止めよう。なんて言ったら、たぶん次の朝にはリオン湖にプカリと浮かんでるんじゃないだろうか?
少なくとも、アテーナイ様が元気な内は続けるしか無いだろう。
「皆、ドンブリは持ったか?…さて、恒例の釜揚げうどんだ。俺達の狩猟期は売り上げで決まる。頑張ろうぜ!」
そんな激励をグルトさんがすると、皆が一斉にうどんを啜り始めた。
「美味しいですね。こんなに簡単な料理なのに、不思議ですわ。」
「そうじゃろう。この朝に食べるのが一番なのじゃ。王都でもうどんは食べられるが、このうどんだけは此処でしか、それも我等の仲間でしか食べられぬ。それが何とも秘密の味のようで更に美味しいのじゃ。」
ネビアにアテーナイ様が嬉しそうに説明してるけど、俺としては、ネビアの背中の赤ちゃんと、アテーナイ様の背中の赤ちゃんの方が気になるぞ。
何時も手伝ってくれてたスロットは今年は狩りに参加している。
アルトさん達とルクセム君たちの3人にスロットとアン姫が一緒だ。合計7人のチームなんだが、レイミルちゃんのレベルが低い事が気になるな。アン姫が【サフロナ】を覚えましたわ。って言ってたから、無茶をしない限り大丈夫だとは思うけどね。
「アテーナイ様も赤ん坊を背負ってると、若奥様のように見えますね。」
「そうか?…曾孫なのじゃが、傍目には我が子のようにも見えるかものう。」
グルトさんの言葉にアテーナイ様はニコニコ顔だ。
確かに、そう見えるよな。エルフの血を引くと老化が進まないとは聞いたが、これを目の当りに見るとちょっと不思議に思える。
「さて、今年も何時もの配置じゃ。婿殿の不思議なお菓子はバブーの屋台を使うという事で良いのじゃな。」
「はい。鉄鍋とコンロがあれば十分ですから、少しユリシーさんに改造して貰いました。来年はどちらでも行けます。」
「良し。では俺達の狩りを始めるぞ!」
「「「ウオォー!」」
そんな歓声を上げて通りへと屋台を引き出していく。
ディーにポップコーンの作り方は教えて置いたから、お店はディーと姉貴が受け持つようだ。
早速、ポンポンとトウモロコシを弾けさせている。
「さて、ワシ達は何時ものように釣るとするか。」
「そうですね。魚の串焼きは意外と人気があるんで驚きました。」
「ネコ族の者達の好物だからな…。ネコ族と言えばセリウス達はまだ来ぬな。」
「その内やって来ますよ。何と言っても、ここがミク達の故郷ですから。」
2人でリオン湖に面した庭の擁壁にベンチを運び、のんびりと釣り糸を垂らす。
直ぐに当たりがあり、早速シュタイン様が1匹釣り上げた。
「こっちが先じゃな。」
俺を見て笑いかける。
「何の、まだ始まったばかりじゃないですか。」
俺の呟きがツボにはまったようで、シュタイン様が笑い出した。
その隙に俺が1匹ゲットしたぞ。
「ほらね、直ぐに同点です。」
そう言ってシュタイン様に笑い掛ける。
「まだまだじゃ。妃は2人で30は釣って来い。と言っていたぞ。後28匹だ。」
そう言って、仕掛けを沖に投げ入れた。
アテーナイ様だけかと思ったが、シュタイン様も負けず嫌いのようだ。
まだ早朝の7時前、10時に始まる狩猟期の合図前には何とかなるだろう。
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「済みません。下拵えをお願い出来ますか?」
山荘前のロータリーに作った移動式カマドで、うどんを茹でていた山荘の料理人に頼み込む。
「だいぶ釣れましたね。シュタイン様も中々の腕になってきましたね。分かりました。下拵えを済ませたら通りの屋台に運びます。」
そう言って、俺の籠を受取ると、一緒に茹でていた元ハンターに後を任せて山荘に入って行く。
俺は、屋台の様子を見に通りへと歩き出した。
通りは人で溢れていた。
少し前までは、ハンターが大手を振って歩いていたのだが、近年は見物人も増えている。
前は黒の3つ以上が主な参加者だったらしいが、この頃は赤レベルのハンターも多くなってきた。
大型の肉食獣はリザル族がある程度駆逐してくれるし、カレイム村から【サフロナ】を使える魔道師も何人か集まっている。
それに俺達新鮮組がいるのだ。救助体制は万全だ。
若いハンターが集まると、若い娘さんも集まる。ハンターには当然女性もいるのだが、そんなお姉さんハンターに、キャーキャーと黄色い声を出してはしゃいでいるのを聞くと、何とも平和な気がするな。
アテーナイ様が赤ん坊を背負ってサレパルを焼いている姿は、とても元御后様とは思えない。農家の奥さんって感じだな。ネビアが一緒なので、隣の娘と一緒に屋台を出してるって感じがするぞ。
その隣がうどんの屋台だ。ずらりと人が並んでいる。
そして、姉貴とディーがポンポンと軽快な音を立ててポップコーンを作っている。
「あら?…釣れたの。」
「あぁ、もうすぐ焼き始められる。所で売れてるの?」
「良い、看板が出来たの。」
そう言って隣の休憩所に目を向ける。
そこには、大きな袋に入れられたポップコーンを1個ずつとって口に運んでいるミクとミトが座ってた。
まぁ、コマーシャルって感じだな。ふと、屋台の看板を見ると…、『貴方も弾ける、美味しいポップコーン』と書いてある。
イチコロバブーと良い勝負だと思うな。こんな危険な表示で買いに来る人がいるんだろうかと心配になる。
「オッス!…久しぶりだね。」
「「お兄ちゃんだ!」」
2人に声を掛けると、俺を見て吃驚したような声を上げる。
2人がベンチの両脇に移動してくれたので、俺は間に座る事にした。
ハイ!ってポップコーンの袋を差し出してくれるのが嬉しいぞ。2人の袋から数粒ずつ頂いて食べていると、ディーがポップコーンの大きな袋とお茶を持って来てくれた。
2人の袋より大きいから、少し分けてあげる。
「あれ?…ディーは北門に出掛けなくていいの?」
「今年は、信号筒を使うとシャロンさんが言っていました。」
ちょっと寂しそうにディーが言った。
結構続いていたからな。何となくその気持ちは理解出来るぞ。
直ぐにディーは屋台に帰って、姉貴を手伝い始めた。
物珍しさも手伝って結構売れてるみたいだな。子供連れも多いけど、若い男共が並んでいるのは姉貴とディーが目当てのようだ。
まぁ、2人とも傍目には美人だからね。アテーナイ様達と姉貴達の間でうどんを売っているグルトさん達を睨んでいるようにも見えるが、喧嘩しなければ問題ない。
よほど、妬ましく思って闇討ちしようなんて事になっても、元ハンターに一般人が敵うとは思えない。
「ここにいたのか!」
不意に声を掛けられて上を見ると、セリウスさんとミケランさんが俺の前に立っていた。
ミケランさんにポップコーンの袋を渡して席を譲ると、俺はセリウスさんと一緒に休憩所の奥に移動する。
「あまり、シャロンさんに任せているとギルド長の役を取られてしまいますよ。」
「まぁ、仕方のない事だ。俺はそれでも良いと思っている。まだハンターは続けられるし、老いても近場で狩りは出来るだろう。」
「…という事は、まだ軍の再編が続いているという事ですか?」
「再編は殆んど終了した。問題は指揮官の数だな。亀兵隊はミーアが統率する。副官にエイオス達がいるから問題はない。カルート隊もイゾルデ様が統率してはいるが数年後には誰か適任者を部隊から見つける事になろう。
問題は正規軍だ。ケイモス殿が現在統率しているから連合軍が機能しているが、ケイモス殿は引退寸前、それを継承する者がおらぬ。」
ある意味、カリスマ的存在が見当たらないって事かな。
軍の頂点だから、それなりの功績を持っている事も前提となる。
「全軍の総指令は、サーシャちゃんなんですよね。」
「そうだ。それには誰も異を唱えん。スマトル戦での作戦指揮はミズキが補佐していたとは言え、サーシャ殿が行い、壊滅させた事は事実だ。」
「推薦出来る者が1人いますよ。それなりの実績を持ち、部隊指揮に秀でた人物が…。」
「誰だ?」
「フェルミさんですよ。スマトル戦ではカリスト戦を皆思い浮かべますけど、ネイリー砦でスマトルの陽動部隊を壊滅させています。
そして、副官にはアトレイムの南の修道院で同じく陽動部隊を壊滅させたボルスさんを推薦します。」
「確かにそうだな。俺達は東西の陽動部隊を壊滅させた連中を忘れていた。フェルミやボルスは自ら名乗りを上げる者達ではない。…そして、この推薦者がアキトであるなら、反対者もいないだろう。」
「なるべく、俺の名は伏せてください。」
「相変わらずだな。分かった名は出さずに置く。」
サーシャちゃん達とセリウスさん、それにケイモスさんが中心になって検討して再編した連合王国軍は次のような編成だ。
亀兵隊は、強襲部隊と砲兵部隊、それに夜襲部隊と戦闘工兵部隊の4つだ。合計約3,500人の部隊らしい。
歩兵は1,000単位で構成された大隊を2つ持つ軍団を3つ作ったらしい。
カルート部隊は1中隊、300人で構成して遊撃部隊にすると言っていた。
さらに、屯田兵については2つの大隊に統合して、中隊規模で派遣する形にしたと言っていた。屯田兵は2,000人規模になる訳だ。
「これで、ジェイナス防衛軍の規模は12,000となる。昔は各国がおよそ5,000の軍を持っていた事を考えれば大幅な軍縮だな。カナトールについてもこれで対応するらしい。5カ国とするなら軍の規模は約半分だ。
だが、これはかなり攻撃的な軍であるとサーシャ様は言っていたぞ。他国への侵略は考えないが、侵略軍は全て壊滅出来るであろうとな。」
「という事は、長距離攻撃手段を充実させた、という事でしょう。…何時の間にかサーシャちゃんが大きく見えますね。」
「あぁ、そうだな。俺も歳を取る訳だ。そして、輜重部隊と通信部隊は総司令部の直轄部隊として運用する。山岳猟兵部隊も司令部付きだ。だが部隊の数は総勢500に満たぬ。現状をそのままという事らしい。」
ディーが俺達にお茶を運んでくれたので、それを飲みながら一服を始める。
「まぁ、そんな事で俺とミケランはもうすぐこの村に帰れそうだ。ミク達も山荘で仕事をする事になるだろう。」
「それは嬉しいですね。また皆で狩りが出来ます。」
「おや、セリウスではないか。編成は一段落着いたのか?」
「どうやら…。後は指揮官達ですが、これは若者をなるべく登用させようと思っております。」
「そうじゃな。それが良いと我も思うぞ。」
そう言ってテーブルの対面にアテーナイ様は座るとパイプを取り出した。
「早く帰らぬと、来年のギルドは大変じゃ。シャロンが身重じゃからのう。」
そう言ってセリウスさんを見て笑う。
「まぁ、何とか来春には戻ります。アキトより良い案を貰いましたので。」
「ケイモスの後任じゃな。誰じゃ?」
「フェルミですよ。…ネイリーで陽動部隊を壊滅させた手腕は使えます。」
「フェルミか…。問題無いじゃろう。前なら下級貴族等もってのほか、と言う輩も出ようが、今はその心配も無い。貴族の排斥を図って良かったと思えるのう。」
連合王国の貴族はまだ残っている。しかし、その発言力は以前に比べて殆んど無いのが現状だ。家柄で国政を行なわない事が暗黙の了解で連合王国に根付き始めたのは良い事だと思う。
俺達とそんな話をした後で、アテーナイ様はミク達を連れて屋台巡りに出かけた。
背中の赤ん坊がいないところを見ると、イゾルデさんに代わって貰ったにかな?
ワンマンアーミーなアテーナイ様だけど、ミク達と手を繋げて立ち去った姿は至って普通の小母さんにしか見えないぞ。
「セリウスさんも一緒に釣りをしませんか。シュタイン様と山荘の庭でやってるんですが、釣れる数より売れる数が多くて直ぐに品切れになってしまうんです。」
「そうだな。久しぶりに釣りでもするか…。しかし、シュタイン様と並んで釣りをするなど10年前には考えられなかったな。」
そんな話をしながら屋台の後を通って山荘へと俺達は歩き出した。