#446 披露宴の言う名の宴会の始まり
「本当に、この恰好で良いの?」
「クォークの時は我等もドレスを着たのじゃが、あれは王族とその友人という立場故仕方が無い事であった。今回は、ヨイマチと言うハンターチームの資格と花嫁の家族と言う立場で参加するのじゃ。ハンターの晴れ着に誰が文句を言えるのじゃ?」
アルトさんはそう言ってくれるけど、花嫁の家族ならば一張羅の礼服を着ることにならないか?最も俺達は礼服を持ってないけど…。
「確かに、アキトの危惧も分かるのよね。これってハンターの普段着でしょ。」
「そう言う輩もいるので、これを纏うのじゃ。我は十分すぎると思うておるし、母様も了解済みじゃ。」
アルトさんがそう言ってマントを広げてる。そのマントの肩には菊水紋が染め上げてあった。
それを見て、リムちゃんやディーがマントをずらすようにして家紋を見ている。
「じゃが、ミズキはその家紋で良いのか?…われらは家族。同じ家紋と思っていたのじゃが。」
「心配してくれて有難う。…でもね。私はまだ結婚していないから、自分の家の家紋になるのよ。この家紋を継ぐ家はいないから大事にしなくちゃね。」
そんな事を言いながら、王宮の一室でお茶を飲んで披露宴の始まるのを待つ。
さっき来た近衛兵は後2時間程で始まると教えてくれた。
「ところで、余興はちゃんと考えたのじゃろうな?」
「あぁ、姉貴は例の平家物語をパロン家が是非にと言っている。ディーは将軍達の要望で剣舞
だな。俺は物語を披露するよ。アルトさん達は?」
「我はリムと一緒にあの歌を歌う事にする。たぶん参加者の半分以上が一緒に歌うじゃろう。…それより、どんな物語じゃ?」
「俺の国の隣国の古い出来事だ。平家物語より千年以上古い物語になる。」
「あれをやるの?…アキトはあの物語が大好きだったからね。」
そう言って姉貴が微笑む。
「どんな物語じゃ?題名だけでも教えて欲しいものじゃ。」
「覇王別妃…天下取りに破れた王と寵妃の物語よ。…手伝うわね。私もあの歌は知ってるわ。」
「覇王と言うとスマトル国王のような人物じゃな。どんな物語かは知らぬが、楽しみじゃな。」
アルトさんは、そう言ってカップに残ったお茶を飲んだ。
「お兄さんは、あのような歌を知っているんですか?」
「あぁ、知ってるよ。…そうだね。閑だからちょっと歌ってみようか?」
俺は、お茶を1口飲むと、立ち上がって歌い出した。
緑なす草原を駆けて戦場へと向かう騎馬隊の歌。祖国を守る為、その身を捧げる兵士達の歌だ。
そして、歌い終わると同時に控え室の扉が開いた。
「良い歌じゃな。それもスマトル大戦で我等が歌ったあの歌と系統は同じじゃな。」
そんな事を言いながら、俺達のテーブルに着いた。
「そうです。あの歌と人気は2分しますね。」
「じゃが、少し物悲しいの…。悲壮感も感じるぞ。」
アテーナイ様の感性は凄いな。そんな事を考えていると、姉貴が歌い出した。
スローに歌うそれは哀愁すら感じる。
「まるで、葬送のような感じの歌じゃ。歌い方でそこまで異なるのか…。」
「100万の軍勢にこの歌を歌って士気を鼓舞したと聞いています。勇壮でしかも物悲しい…。覚悟を決めた者達が歌ったのでしょう。」
「ミズキの歌い方は披露宴に似合わぬが、婿殿の歌い方なら問題ない。昼から、深夜まで続くのじゃ。1つ皆に披露するが良い。」
2つもやるのか?…まぁ、ミーアちゃんの手前、なるべく皆を楽しませたい気はするけどね。
姉貴を見ると、首を振ってるから諦めろって事だよな。
「なら、我等の後に歌うのじゃ。系統が同じなら丁度良い。」
と言う事で、出番まで決まってしまった。
「ところで、御用は?」
「そうじゃった。もう直ぐ、サーシャとミーアがやって来るぞ。まぁ、結婚式は終ったが、事実上の家族との別れになる。ミーア・ヨイマチではなく、ミーア・パロンとなった報告と思えば良い。」
それって、普通は結婚式の前にするんじゃないか?
まぁ、終ってるそうだから、こんな順序になるんだろうけど…。
トントンと小さく扉を叩く音がする。
そして、真っ白な絹のドレスに身を包んだミーアちゃんとサーシャちゃんが付人を従えて入って来た。
俺とディーが見守る中、姉貴とアルトさんそれにリムちゃんが駆け寄って5人で抱き合って泣いている。
嬉し涙なんだろうけど、折角お化粧した顔が台無しになるぞ。
ひとしきり女性達が抱き合っていると、ミーアちゃんが俺の前に歩いてきた。
「お兄さん…今まで有難う…。」
最後まで言えなかったようだ。俺の胸に飛び込んで泣き始めた。
「俺達こそ、どうも有難う。幸せになるんだよ。」
俺の言葉に、俺の顔も水に頷く事でミーアちゃんは答えてくれた。
「アキト。長らく世話になってしもうた。これでお別れという事もないじゃろう。我等は今まで通り、チームヨイマチの一員じゃ。」
そう言って、俺達を見てにこりと笑う。
あれ?…婚姻すると相手のチームに入るんじゃなかったか。
「そうじゃな。婚姻先はハンターではない。確かにヨイマチチームになるのう。」
アルトさんがそう言って感心している。
「と言う事で、これからも何かあれば一緒じゃ。住む場所が変わっただけじゃ。」
サーシャちゃんが悪戯っぽい口調で言ったけど、そんなんでいいのか?
仮にも、将来の御妃様だぞ。
「さぁ、早く化粧を直すが良い。婿殿達も披露宴の出し物を色々と考えておるようじゃぞ。楽しみに待つが良い。」
アテーナイ様の言葉に、付人に渋々従って2人は部屋を出て行った。
「あの髪飾りはアキトが作ったのか?」
「あぁ、フライの技法でね。まだ雷鳥の羽が残ってたんだ。」
小さな髪飾りだが、サーシャちゃんのように沢山の宝石を着けないミーアちゃんには良く似合ってたな。
確かに今日の主役は2人だが、2人の格が異なる。サーシャちゃんは王家に嫁ぐのだし、ミーアちゃんはその重鎮の家に嫁ぐ。
一緒に披露宴をすると言うのであれば、2人に少しは差が出来る。
本来ならば、沢山の宝石を身に着けるのだろうが、ミーアちゃんは自分で見つけた真珠のイヤリングだけだ。後は俺の作った雷鳥の羽根の髪飾りだけど、元が良いのかな、似合ってるぞ。
「後は、リムちゃんだね。」
そう言って姉貴がリムちゃんを見ると、真っ赤な顔をして下を向いてしまった。
まだ誰にもやる心算はない。もうしばらくは俺達の妹でいてほしい。
トントンと扉を叩く音がする。
「準備が整いました。ご案内いたします。」
扉を開けて、そう言った侍女は俺達に深々と頭を下げた。
「さて、出掛けるぞ。我らは客じゃ。のんびりと2人を眺めていれば良い。」
アルトさんに続いて俺達も部屋を出る。
確かに、そうかも知れないけど、披露宴って両家で折半じゃなかったか?…今回は全てパロン家が持つと聞いたけど良いんだろうか?
それに、主役は婿さんもいるから4人だよな。披露宴の婿は刺身のツマとは聞いた事があるけど、いなけりゃいけない大事な人達だぞ。
侍女に案内された俺達は大広間に入ると、ずっと奥のパロン家のテーブルに案内された。隣はエントラムズ王家のテーブルだし。近くには招待された王族達や、商会、御用商人達が座っている。
そして、中央を取り巻くように、士官達と王都の名士達がテーブルを並べている。
俺達のテーブルエントラムズ王家のテーブルの置くには1つのテーブルがあり、どうやらそこが主役の席らしい。
俺達が席に着くと、サンドラさんとアイロスさんが微笑みながら俺達に話し掛けてきた。
「どうやら、親戚になる事になりましたね。パロン家を自分の家と考えて頂いて構いません。何時でも、お待ちしています。」
「それは、こちらも同じです。ネウサナトラムは田舎の村ですが絶景が広がる場所です是非1度お訪ねください。」
ある意味、エントラムズを陰で支えている一家だ。将来はミーアちゃん達が支える事になるのかな。
「しかし、あれ程の婚礼家具を妹に送るとは、アキト殿も中々の妹思いですな。」
「はぁ、まぁ…、妹ですからね。兄であれば少しは無理をしたくもなります。」
一体どんな家具を送ったんだ?…スマトル戦の褒賞という事だったが、俺も姉貴もその実物は見ていないぞ。後でアテーナイ様に聞いておこう。リムちゃんの時は俺達で準備しなければならないからね。
「エントラムズ王子御夫妻のお出ましです!」
俺達の入って来た扉が開くと、タケルス君の腕に腕を絡めたサーシャちゃんが大広間に入って来た。
タケルス君は近衛兵の隊長服を着込み、サーシャちゃんは純白のドレスに煌びやかな宝石を飾っている。
ドレス姿で静々と歩く姿は、何時ものサーシャちゃんには見えないな。俯き加減に歩くのは少し恥ずかしいのかな。
2人は俺達のテーブルの間をゆっくりと進んで、奥のテーブルに着いた。
「パロン家、次期当主。ディートル様御夫妻のお出ましです。」
広間の入口を警護する近衛兵が通る声で告げる。
今度はディートル君と彼に腕を絡めたミーアちゃんが現れた。
純白のドレス姿で、煌びやかな宝石は無い。しかしそのイヤリングは黒真珠だ。そして蒼銀の髪には見る角度で様々に変化して輝く雷鳥の羽根で作った髪飾りがあった。
入るなり、ホォ~!っと溜息に似た感嘆の声が広間に満ちた。
「月姫と言われる所以ですな。あれ程の美人を嫁に出来た事はディートル生涯の誉れでしょう。」
俺の傍を通る時に軽く俺にミーアちゃんが頭を下げる。
2人が席に着くと、アイロスさんが俺に目配せして立ち上がる。俺はアイロスさんに付いて、両王族の並ぶテーブルに行くとエントラムズ国王とモスレム国王が立ち上がる。
4人で両家のテーブルの間に立つと、エントラムズ国王が代表して挨拶を始めた。
「良くぞ我等の後継者の婚姻を祝して集まって頂いた。皆も知っている通り、我が王子に嫁いだモスレムの王女は、スマトル戦を勝利に導いた連合王国軍の総司令官を務めた程の才媛だ。そして、パロン家に嫁いだミーアはレグナスを倒したアキト殿の妹で、スマトル戦の夜襲に活躍した。その戦姿から月姫と兵隊達より慕われている。
そんな両名をエントラムズに迎えられたのも、我等王国が互いに信頼しているに他ならない。
これを機に、5カ国の連合を促がせるよう我等も動かねばなるまい。
だが、それは明日以降でも良い話。
今日は、4人の婚姻を祝って、皆で騒ごうではないか!」
「「「ウオォー!!」」」
これって、披露宴なのか?…忘年会のノリだぞ。
扉が開くと、料理と酒が運ばれてくる。
銀のカップに注がれたのは葡萄酒だな。
トリスタンさんがカップを持って、立ち上がる。
「さて、酒は行き届いたか?…花嫁の父は余り言う事は無いが、4人の幸せを祈る事は出来る。…乾杯!」
短い挨拶に俺達はカップを隣の者とカチリと鳴らして、飲み干した。
短い拍手が起こり、再度カップに酒が注がれる。
「後は、飲め、食え、歌えの宴会じゃな。」
アルトさんはそう言ってカップを傾ける。
テーブルの真中の広い場所では、早速エントラムズ王家の舞姫達のダンスが始まった。
「さて、ミズキは夜でアキトはその少し前で良いな。ディーは適当に場を持たせられるように頼むとして、我等は最初で良いじゃろう。」
そう言って、リムちゃんを引き連れアルトさんはテーブルを離れて行った。
「姉様から聞いて、是非にと頼みましたの。兄様もあれはその場で聞かねば良さが分からぬ。無骨な老将軍でさえ涙を流していた。と聞いてましたから。」
「妻の無理な頼みで済まぬな。だが、玉座で王がその話を皆に披露した時に、是非聞きたいと思った者は多かったのだ。」
「良いですよ。それに、今夜はもう1つアキトの物語もあります。それも楽しみにしていてください。」
姉貴がサンドラさん達とそんな話をしていると、軽快な小太鼓の音が聞こえて来た。
「歌の披露、一番は亀兵隊襲撃部隊指揮官アルト様、そして殲滅兵器カチューシャの考案者にして騎兵隊輜重部隊長リム様によるスマトル総攻撃に際して歌った歌だそうです。なお、飛び入りでその直ぐ後に、戦場の火消し部隊隊長アキト様が加わります。」
小太鼓が段々とアップテンポに変わっていく、そして2人があの歌を歌い始めた。
1番は2人が歌ったが、2番はあの戦に加わった者達全員が立ち上がって歌い始めた。
サーシャちゃんとミーアちゃんまで一緒だ。隣の席ではアテーナイ様とイゾルデさんが歌っている。
何か一体感があるんだよな。
ますます、この披露宴が宴会、それもかくし芸大会に思えてきたぞ。