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#445 エントラムズの1日

 


 夜半にエントラムズ王都に着いた俺達は、そのまま王宮に馬車を乗り入れ、近衛兵の案内で用意された広間で遅い夕食を頂いた。

 同席したエントラムズ国王夫妻が、簡素な食事で申し訳ない、と詫びるが俺達には豪華すぎるように思えるぞ。何せ、次々と出される料理の皿だけでも10枚は越えている。


 「で、当人たちは?」

 「我が国の分神殿で式を挙げた後は、それぞれの新居に入っておる。心配はないぞ。」

 トリスタンさんの質問にエントラムズ国王が笑いながら答えた。


 こっちの世界の結婚式って簡素化以前の問題だよな。

 まぁ、郷に入っては郷に従えって言うから、これで良いんだとは思うけど…。

 「しかし、妹が驚いていたぞ。ミーアは一般人だ。通常なら家紋を持たぬ筈。それが見た事もない洗練された家紋を持ってやって来た、とな。」

 「あれは、婿殿の家紋じゃ。ミズキは別な家紋を持っておるぞ。婿殿の国の多くの者達が持っておるらしい。そして、武門の家柄の多くが花の文様を家紋としておるようじゃ。」

 アテーナイ様が兄王に説明している。


 「花を愛でる事を忘れぬ武家であると皆が感心しておった。あの家紋を背に国に使える者が今後多く出る事を望む限りだ。」

 それって、子供を沢山作れって事かな?

 

 「数年後には、リムも何れかに嫁ぐであろう。その時もあの家紋が一緒じゃ。」

 「そうなると、ミズキの家紋は途絶える事になるのか?」

 「残念じゃが、そうなるのう…。あれも良い家紋ではあるのじゃが。」

 

 「ミズキ殿。我の願いだ。その家紋を見せてはくれまいか?」

 「良いですよ。ちょっと待ってくださいね。」

 姉貴がバッグをごそごそと家探ししている。やがて顔が綻んだ所を見ると、目的の物を見つけたらしいが、整理整頓が苦手だからな。何でも一纏めに入れる癖は直した方が良いぞ。


 「これになります。」

 そう言って、マントを翻して後ろを向く。紅い絹地に白く桜花紋が染め上げられている。

 「それは、また…。しかし、赤地にとは派手じゃな。」

 「色々経緯があるんです。アキト達は白地ですけどね。」

 「ミズキよ、それはトリスタンの王位継承に披露した例の話に関係があるのか?」

 「はい。紅は平氏の旗印。そして白地は源氏の旗印です。私の家は壇ノ浦の合戦に破れた平氏一門が山奥に隠れ住んだという落人部落にありましたから。」


 「1千年以上の歴史がその家紋にあるという事ですか。いや恐れ入った。そして、アキト殿はその家紋の家系にミーアを含めたという事なのか。

 誰もが羨む話だな。我も少し気に病んでおったのだ。妹の嫁いだ先はエントラムズの旧家。そこに家紋を持たぬ平民が嫁いだとなると、それを嘲る者達が出まいか、とな。だが、ミーアの持つ家紋の歴史がエントラムズよりも古いとなればそのような輩も出る事はない。アキト殿、有難く思うぞ。」


 俺と同じような事を国王も案じていたんだな。

 だが、そんな国王が頂点に立つ国ならばミーアちゃんを安心して嫁がせる事が出来る。

 「妹の1人ですからね。ヨイマチ家の家紋を背負って嫁ぐのは当然の事です。」

 「なるほど、婿殿の国ではそのような慣わしになるのか。参考までに教えて欲しい。嫁ぐときは実家の家紋を持つ。ならば嫁いだ後はどうなるのじゃ?」


 「母に一度聞いた事があります。俺の国では女性の正式な衣装には家紋が着きます。古くは男性もそうだと言っていましたが、廃れてしまったようです。

 女性の晴れの衣装は、実家より贈られます。その衣装に着く家門は実家の家紋です。そして、嫁ぎ先で新たに衣装を作るときは嫁ぎ先の家紋となるそうです。」

 「面白いしきたりじゃな。古い家系が続く家同士でそのような取り決めが自然と出来たのじゃろうな。」


 「だが、妹はあの家紋を気に入ったようだ。出来れば分家に継がせたいと言っていたのだが、その時は許して貰えるのだろうか?」

 「あの家紋は軽くはないんです。俺達の時代に存在したそれこそ2千年を超える家系を持つ王家より先祖が拝領したと聞いています。俺の直系であれば自動的にその家紋を継承出来ますが分家に継がせる事は出来ません。どうしてもと言うのであれば、このように図案を変更する事になります。」

 そう言って、菊水紋を円で囲った。

 

 「円を持つか否かで直系か否かが分かるのか…。」

 「兄様、そもそも歴史の長さが違うのじゃ。精練された家紋とその用い方は我等には及びも付かぬ。」


 そんな大した物ではないのかも知れないけど、小さい頃から家紋について母にそう教えられた。

 姉貴も頷いてる所を見ると、あながち間違いではないのだろう。


 パロン家に嫁いだミーアちゃんではあるが、何時までもヨイマチ家から来たと言う証を持つ事になる。婚姻により2つの家がミーアちゃんを見守る事になるのだ。あえてミーアちゃんと事を構えようとするものは、パロン家とヨイマチ家を相手に事を構える事になると思わざる得ないだろう。

               ・

               ・


 次の日は、のんびりと王都の見物に出かける。

 披露宴は明日だから、まぁ、時間潰しと言う感じなんだが、俺の後ろに全員が付いてくる。

 「アキトを1人にすると、どんな厄介事に巻き込まれるとも限らん。我とリムも一緒じゃ。」

 「私もマスターが出掛けるなら護衛をしなければ…。」

 「私も付いてくわ!」

 そんな事を言いながら俺の後を追い掛けてきた。

 幼稚園児じゃないんだから、昼食時には戻ろうと思っていたのだが…。

 「良い店を教えてあげるぞ。我も一緒じゃ。」

 そう言ってアテーナイ様までも付いて来た。


 「とりあえず、ギルドに行くぞ。俺達の来訪は伝えておかなくちゃならない。」

 「母様は別格で良いが、我等はハンターとしての義務はあるの。確かに先ずはギルドじゃ。」

 そんな訳でぞろぞろと6人揃って大通りをギルドに向かう。

 エントラムズのギルドも王都の大通りの交差点に面した一際大きな建物だ。

 大きな扉を開けると、モスレムと同じように数人のお姉さんが並んだカウンターに俺が向かうと、姉貴達はホールの真中で周囲をキョロキョロと見渡している。


 「ネウサナトラムのヨイマチチームですね。王都に来たのは、アキト様、ミズキ様、アルト様、リム様、ディー様の5人ですね。了解です。…あのう、ひょっとしてあのアキト様ですか?」

 「どんなアキトかは知らないけど、アキトと言えば俺位だと思うよ。じゃぁ…。」

 ここでも変な噂が広がってるのかな?


 皆の所に戻ると、不思議な事に全員が天井を見詰めてる。

 「どうしたの?」

 「あぁ、そこは立っちゃダメよ。こっちに来て。」

 姉貴が俺の腕を取って、グイっと引き寄せられた。

 

 「どうも、このギルドの普請は安く仕上げたようじゃ。見よ。天井が落ちた補修の後がはっきりと分かるぞ。」

 見上げるとかなりの範囲で天井が崩れたようだ。その後の補修後が石材の色の違いではっきりと見分けられる。


 「ははは…。驚きましたか?」

 笑い声に振り向くと4人の男女が俺達を見て笑っていた。

 

 「む!…誰じゃ。見かけぬ顔じゃが?」

 「私は、王都を拠点にしているハンターです。確かに地方から来たハンターはこの天井を見て皆さん驚くんですよ。

 でも、これは安普請のせいではないんです。地方から出て来たハンターの討伐証を奪おうとしたギルド長に、その討伐証を出せと持ち主のハンターが要求しました。普通のハンターだと思ったギルド長が拒んだ事から、そのハンターが不思議な武器で天井を破壊したそうです。

 その騒ぎを知ってやってきた近衛兵10人をたった2人で片付け、最後にはケイモス将軍が真実審判官によりギルド長を捕縛したという事があったのです。

 ギルド長の不正で蓄えた財力で修理したものですから、あのような目立つ色になったのです。

 まぁ、世の中は広いですよ。その2人はまだ娘だったと聞きました。確か名前は…ユングとフラウでしたね。貴方達も決して相手を貶めるような事はしない事ですよ。」


 「ご説明ありがとうございます。その2人は知っています。まさかこんな事をしていたとは思いませんでした。2人に代わってお詫びします。」


 俺の言葉に相手は驚いたようだった。

 「知人でしたか…。詫びはいりません。その原因を作ったのは、前のギルド長です。その報いは受けた筈です。あれ依頼、この国で彼女達を見た者はおりません。

 ところで、私達と一緒に仕事を請けませんか?

 私は、トレィルというチームを率いるリーダーのディルトと言います。銀1つのハンターです。」


 俺達を村から出て来たハンターだと思ったようだ。確かに村から来たんだけどね。

 そして、王都の仕事を教えてくれようとしているのだろうか。まぁ、少しは下心があるかも知れないけどね。

 「生憎じゃが、我等は今日が暇なだけじゃ。明日の用事が済み次第村へ戻る事になる。」

 アルトさんがストレートに話した。


 「せっかく、ディルトさんが言ってくれたのだ。素直に従えば良い。それにそれ程の用事でも無かろう。」

 「そうも行きません。妹の披露宴ですからね。それでは…。」

 そう言って俺達はギルドを後にする。

 

 「あの手合いは諦めが悪い。さて、どこで出てくるか楽しみじゃな。」

 「たぶん、これから行く店の近くじゃろう。下町の裏手じゃ。」

 アルトさんとアテーナイ様の会話は、待ち伏せを待ってるようにしか聞こえないぞ。

 姉貴の顔を見ると諦めたように首を振っている。


 南に大通りを進んでいくと、段々と家並みが小さくなる。庶民が暮す家が並んでいるんだな。

 大きな店は無いけど、小さな商店が専門店のように並んでいる。

 アテーナイ様はそんな街並みの一角を小さな通りに入っていった。

 「こっちじゃ。大体、大通りにある店は似通っている。やはり味が良いのは裏通りじゃな。」

 何となく、アテーナイ様の子供時代が分かったような気がする。アルトさん以上のお転婆姫だったんだろうな。ひょっとしてそのお目付け役はケイモスさん辺りだったかも知れないな。相当苦労したんだろうな。モスレムに輿入れした時は肩の荷が下りたに違いない。


 「待て!」

 「ふん、思ったとおりに出おったな。」

 

 「せっかくの申し出だ。たとえ妹の披露宴でも、銀持ちの頼みを聞かぬとならば、ハンターの風上にも置けぬ。少し手荒いがその身を持って知るが良い。」

 マントで顔を覆った男がそう言うと、数人が俺達を囲む。

 

 「4人では勝負にもならぬ。婿殿、少し懲らしめてやりなさい。」

 そう言うと俺の後ろに、皆が下がってしまった。

 

 「どうやら俺が相手になるようです。…何時でも良いですよ。」

 俺の言葉が終る前に3人が片手剣を抜いて飛び掛かって来る。

 

 しかし、狭い路地だから1人ずつ相手にする事になる。

 横に凪ぐと家に剣がぶつかるからどうしても切り下ろすか突く形になってしまう。

 俺は横に体を移動させながら次々と腕を掴んで後ろに投げ飛ばす。


 「まて、もう一度言うぞ。銀に逆らう者がギルドからどのような扱いを受けるか知っておるのか?…ハンターを続けられぬぞ。」


 「それは、脅しか?…別に問題は無いぞ。銀6つ。それも虹色真珠持ちに剣を向けたのじゃ。そちらこそどうなるかわかっておるのか?」

 「それだ!…今だかつて、そのように輝く虹色真珠を持った者等いない。偽の真珠で民衆を惑わす事になると気が付かぬ訳ではあるまい。」


 「全く、トラ族と言うのは信念を曲げぬのう。1度決めると中々それを改めるという事を知らぬ。…良いか。こやつはアキトじゃ。その名を知らぬ者でもあるまい。その真珠は試練に勝利しただけでなく、カラメルの長老をも下した印。お主が始めて見るのも無理は無い。アキト相手に数人で来るなど愚の骨頂じゃ。」


 その男はゆっくりとマントを取り去った。

 「ならば、私闘という事で対処願いたい。俺は、レイオン。銀4つを持つ。故あってディルト様に仕える身。ディルト様の仲間として迎えたかったが、アキト殿であれば我が身を持ってディルト様を諌める事が出来よう。」

 

 野望を遂げる為の人材探しと言う訳か。

 どんな野望かは知ら無いけど、売られた喧嘩なら買うしかないか。

 「行くぞ!」

 そう言って長剣を俺に振り下ろす。流石に前の3人とは比べ物にならない。

 グルカを抜くと体を回転させるようにして髪一重の差で長剣を交わした。

 下から突き上げるように返す長剣をグルカで受けると、ガツン!と金属製の音が路地に響き渡る。

 カラン…乾いた金属の音がした。

 「バカな。あのドワーフの鍛えた長剣が…。」

 「これで、気が済んだでしょう。俺達は先を急ぎますので…。」

 そう言って蹲るトラ族の男の元を離れて歩き出した。


 「ここじゃ。まだ店を開いておるな。…店主はおるか、6人じゃ。」

 アテーナイ様がちょっと汚れた感じの扉を開けると中に入っていく。


 「誰だ?…まぁ、6人ならそこのテーブルが空いてるぞ。」

 「ここも代替わりじゃな。息子に主人の座を譲っておったか。」

 「ほう。オヤジを知っているのか?…去年、オヤジが倒れてな。命に別状は無いが店は俺に譲ってくれた。」

 

 「我がここに来ていたのは、お主が近所の子供と遊んでいた頃じゃ。あれから30年以上経っておる。」

 「その言葉使い…。ひょっとして、アテーナイ様ですか?」

 「そうじゃ。我の娘と婿殿の家族と共に昔の馴染みの店に来たのじゃが…。」

 「覚えております。俺達の大将でしたな。この界隈でアテーナイ様に逆らう者等誰もおりませんでした。そして皆が誇りに思っていました。アテーナイ様は俺達の味方だとね。そしてモスレムに輿入れしたと知った時は皆が消沈していました。

 そんな昔の話になったのですな…。」


 「この店の味を我も少し使っておる。ネウサナトラム村で屋台を出したのじゃ。中々に評判が良いぞ。」

 アテーナイ様の言葉に店主は笑っていた。良いオヤジなんだが、アテーナイ様の遊び相手になってたんだな。

 

 そして、俺達の前に並べられたサレパルは、絶品だった。アテーナイ様の作るサレパルと味は似ているのだがどこか違うんだ。何が違うのか…。ディーも悩んでいるようだ。分析値は同じと判断したんだろうな。

 

 「やはり、この味は忘れられぬのう。そして我には再現出来ぬ。」

 「アテーナイ様。趣味と商売は違います。もし同じであれば誰も店には来ますまい。」

 

 深い話だな。確かにそこに真理がある。

 そんな事を考えながら残りのサレパルを頂いた。


 お腹一杯になったところで、店を出ると王宮に戻る。

 「中々に面白い王都じゃ。前に来た時は王都内をそれ程歩けなかったのじゃ。今日は隅々まで歩いた気分じゃぞ。」

 アルトさんの言葉に皆が頷いている。

 「エントラムズの王都は広い。まぁ、退屈せずには済むぞ。」

 そう言ってアテーナイ様が微笑む。


 そんな俺達の前に10人程のハンターが並んで平伏している。

 「ここは天下の大通りじゃ。何故に平伏する。」

 「まさか、アテーナイ様、それにアキト様ご一行とは知りませんでした。」

 

 「それだけでは無かろう?」

 「はい、我等はカナトールの下級貴族。今一度国を再建すべく同志を募っていたのです。」

 「カナトールの再建ならば、アイオスを訪ねよ。我等はカナトールの再建を望んでおる。しかし、そこには王族も貴族もおらぬ。カナトールの残された者達が国を作るだろう。アイオスもカナトールの国政が軌道に乗れば引き上げる事になる。アイオスはカナトールの者ではないからのう。」


 「アイオス殿ですか…。」

 「我と婿殿の名を出せば会ってくれるじゃろう。そして己を売り込むのじゃ。だが、繰り返すが、カナトールは王国にはならぬ。民衆による民衆の為の国家になるはずじゃ。」

 

 「それこそ、我等の望む国です。失礼致しました。」

 そう言ってディルトさんが立ち上がった。彼に続いて残りの者達も立ち上がる。

 俺達に頭を垂れる中、俺達は彼等に見向きもせずにその場を立ち去った。


 「あれで、中々国を思う心はあるようじゃ。早くに国を抜け出してずっと見守っておったのじゃな。」

 「だが、我等を同志にしようとは、余りにも人を見る目が無いぞ。」

 アテーナイ様の呟きにしっかりとアルトさんが答えている。

 上級貴族は腐っていたようだが、下級貴族はしっかりと国を思っていたようだな。

 それは、この連合王国も似たようなものだけどね。

 

 

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[気になる点]  「それだけでは無かろう?」  「はい、我等はカナトールの下級貴族。今一度国を再建すべく同志を募っていたのです。」  「カナトールの再建ならば、アイオスを訪ねよ。我等はカナトールの再建…
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