#443 記念写真
「早く並んで!…セリウスさん、もう少し右。…それじゃ。行くわよ!」
姉貴がデジカメのスイッチを押して俺達の方に走ってきた。
無理やり俺の隣に入り込むと、カメラの方に顔を向ける。
「1+1は?」
「「「2(ニー)!」」」
姉貴の合図で一斉に声を揃える。
トトト…と、デジカメの所に行って、画像を確かめているようだ。
そして、再び走ってきた。
「皆、余所行きの顔をして!」
と言う事で、余所行きの顔を各自がしたんだけど、余所行きってどんな顔だ?
姉貴がデジカメの画像を見て満足そうに微笑んでいるから、まぁ、それなりに出来たんだろうな。
「それにしても凄い技術じゃな。我等の絵があの一瞬で出来上がるとは…。」
「ここまでに技術を上げるには時間が掛かってるんだ。後は、出来上がるのを待ってれば良い。」
「それでも、便利な品じゃ。早う取り寄せれば良かったものを…。」
アテーナイ様はちょっと不機嫌だな。まぁこれは、サーシャちゃんとミーアちゃんの願いで、バビロンから急遽手に入れたものだ。
「ここで暮らしたという何かが欲しい。」
その願いならば、記念写真が一番良い筈だ。
嬢ちゃん達の写真を取り終えて、今日は仲間との集合写真。後は、村の風景を取って上げたいが、4期があるから全て完成するにはもうちょっと時間が掛かるな。
姉貴が三脚とデジカメを片付けているのを横目に、リビングに戻ってお茶を飲む。
久しぶりに見たミクとミトはだいぶ大きくなったな。確か6歳になった筈だ。
それでも、ミケランさんから離れない所を見ると、まだ甘えたいお年頃なんだろう。
「ちょっと待ってね!」
姉貴が情報端末にデジカメを接続すると先程の画像を壁に投影する。
「ほら、ちゃんと映ってるでしょ。こう見えても、カメラの腕はあるんだから。」
皆が一斉にその画像を見る。確かにちゃんと映ってるな。
「これをプリントして配るからね。」
「我等にも、貰えるのじゃな?」
アテーナイ様の質問が、たぶん皆の聞きたかった事だろう。
「大丈夫。ちゃんと頼んで了解して貰ってるから。」
姉貴の言葉に、皆がホッとしているようだ。やはり、記念写真は欲しいんだろうな。
ついでに、と言った感じでこれまでに撮影した写真を壁に投影している。
嬢ちゃん達4人で映した物が殆んどだが、姉貴とサーシャちゃん、俺とミーアちゃんのツーショットもあった。
是非に、と言われて撮ったんだけど、俺に寄り添うミーアちゃんは嬉しそうに微笑んでる。そして、姉貴と肩を組んでVサインを出してるサーシャちゃんは、自信満々の笑みを浮かべている。
「ね。…綺麗に撮れてるでしょ。ちゃんとアルバムにするからね。」
一通り、写真の上映が終わった所で、姉貴が2人にそう言った。
「肖像画は色々とあるが、これ程までに姿を似せる事は出来ぬ。これも、商売になるのう…。」
「ははは…。でも、大変な技術がいるんですよ。もし、商売にするなら…アキト!」
アテーナイ様の言葉に答えていた姉貴だが、理解の範疇を超えたのだろう、俺に話を振ってきた。
「先程の色が着いた画像はバビロンで無ければプリント出来ないでしょう。ですが、白黒の写真であれば、比較的技術的な壁は低いと思います。さらに、紙に写すのではなく、ガラスに直接映すのであれば、1枚しか作ることが出来ませんが、さらに容易に行なえると思います。いずれにせよ、バビロンの援助が必要です。」
「ふむ。1枚ならばかなり容易であるという事であれば、その技術が欲しいのう。その写真がどの程度の値段にもよるが、晴れの日と言うものはどんな人間にも何度か訪れる。その日の姿を何時までも残しておきたいと思うのは人情じゃろう。」
それは、言えるな。町の写真館にもそんな写真が飾ってあった。
結婚式、生まれた子供と一緒の両親、新築の家、…旅行の写真もあったな。
「俺の町には、アテーナイ様の思うような仕事をする写真館と言うものがありました。そこで記念写真を撮ったり、出張って撮って貰ったりしてました。段々と写真機の性能が良くなったんで少しずつ廃れてましたけど…。」
「なるほど、やはり商売としても成り立つという事じゃな。ならば、バビロンと交渉してみてはくれぬか。ダメ元じゃ。」
アテーナイ様の言葉に俺は頷いた。
最初の写真技術であれば問題は無いだろう。
薬品類は定期的に入手しなければならないし、廃液の処理も課題だな。
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夏が終ると、サーシャちゃんとミーアちゃんは帰って行った。
披露宴の準備に忙しいらしい。合同でするのじゃ!ってサーシャちゃんが言っていたけど、それでも色々とあるらしいのだ。
結婚式場でもあれば、全てお任せ出来るのだが、仮にも将来の王妃だし、ミーアちゃんだって国の重鎮の奥方って事になる筈だ。やはり、簡単には行かないんだろうな。
「それで、俺達は何を着て出席するの?」
「ちゃんと、聞いといたわ。…革の上下で良いそうよ。普段の姿で来てください、って言ってたわ。その後でアテーナイ様にも確認しといたから、問題ないわ。これを機会に新調すれば良いでしょ。」
「我が頼んでおいたのじゃ。モスレム王都の館に届けさせる手筈になっておるから、途中で着替えれば良い。」
アルトさんが、リムちゃんとバックギャモンをしていた手を止めて、俺達に教えてくれた。
「でも、質素だね。」
「サーシャ達が、ハンターの仲間として来て欲しいと言うておる。それで良い。…それに、披露宴で着飾るのは花嫁だけで良いのじゃ。我等が着飾れば誰も花嫁を見なくなるではないか!」
そうだよね、なんて姉貴も呟いてるから困ったものだ。リムちゃんもうんうんと頷いてるし。女性って皆自信過剰なのかも知れないな。
まぁ、普段着で出られるならその方が良い。戴冠式のように大鎧では肩が凝る。
コンコンという扉の音に、リムちゃんが席を立って玄関に歩いて行く。
「おや?皆、揃っておるの。」
そう言って、アテーナイ様が入って来た。
早速、ディーがお茶のカップを運んでくる。
アテーナイ様は、まるで我が家のように俺達の前に座ると、優雅にお茶を楽しみ始めた。
「婿殿。いよいよこの村にも学校が出来るぞ。」
「そんな場所があるんですか?それと先生はどうするんです?」
「この村に、カイザーが分神殿を作る、と言い出しての。場所は村長に頼んだのじゃが、東門の広場の北の道沿いに作れば良い、と言うておった。小さな神殿が4つに館が1つ。その館に教室を1つ設けるのじゃ。」
村に分神殿とは…、町にだって無いところが多いぞ。
「分神殿を4つとは?」
「どの分神殿にするか揉めてな、それなら4つ作れとカイザーの一言じゃ。」
「あまり、立派なものを作られても村人が困るのでは?」
「それは問題ない。分神殿の維持費は全て各神殿が責任を持つ。それに、分神殿があると神官が最低1人は必要じゃ。という事は4人の神官が村に増える事になる。移動神官に頼らずとも魔法を覚えられるし、神官であれば【サフロナ】は必携じゃ。重傷を負っても死亡する者は少なくなるじゃろう。」
【サフロナ】使いが4人増えるというのはありがたい話だ。それに、魔法まで覚えられるなら、それを取得する為に村を訪れるハンターも増える筈だ。
「しかし、分神殿を何故急に作る事になったのですか?」
「連合王国の王族達がこの村に別荘を作るからじゃろう。まぁ、集会場にもなる建物は山荘の隣に作っておるから、各国の王族の別荘の規模は小さいものじゃ。この家より少し大きい位じゃな。場所は天文台への通りに作る手筈じゃ。」
そんな話があったけど、現実になるとは思わなかったぞ。
「来年には全て揃うぞ。テーバイの王女もやってくるそうじゃ。雪国の暮らしを堪能したい。と言うておった。」
まぁ、それは理解出来る。俺も雪国には憧れてたからね。でも、実際、そこで暮らすとなると大変な事が身に沁みて判ったけど。
「それに、カイザーなりの思惑もありそうじゃ。村なら、子供の数も少ない。そして分神殿の数は4つ…。たぶん教員の養成をこの地で行なおうと考えておるようじゃ。良い案を提供してくれる婿殿達もおるし、教員の卵達はさぞや心強い筈じゃ。」
「確かに、元はといえば俺達にも少し原因がありそうですから、手伝い位はしたいと思っていますが…。」
俺の言葉にアテーナイ様が微笑む。
「その謙虚さを、カイザーは褒めていたぞ。決して驕る事の無い御仁です。私の跡を継いで欲しい。とも言っておった。」
「母様。その学校は何時から始まるのじゃ?」
「そうじゃの。たぶん、来年の春になるじゃろう。」
アルトさんも何か教えようと言うのだろうか?…体育でもあれば教師に適任なんだけどね。
「段々と村が充実してきましたね。それでも、人口は余り増えてはいないんです。」
「この村には伸びる方向が少ないのが残念じゃ。それでも南にはもう1つ通りを作る位には広げられるじゃろう。山村に若者が定住出来るように、婿殿ががんばっているのは判っておる心算じゃ。」
姉貴は、思ったように人口が増えないのを危惧しているようだ。時代が中世的な背景だから、それ程急激に人口が増えるとは思えない。
それに、この村は村のままで良いように思える。急速な人口増加は環境を破壊しかねない。周囲に影響を与えないような、ゆっくりとした増加が望ましい姿だと俺は思う。
「話は変わるが、カラメル達からの連絡はまだなのか?」
「はい。まぁ、ゆっくりと待ちますよ。原理は単純ですが制御するとなると難しい技術が必要です。カラメル族は義に厚い種族です。」
俺の言葉を聞いて、微笑みながら頷いた。それはアテーナイ様にも分かっている事なんだろう。
「ユング達も今頃は別の大陸で核爆弾を探している筈です。そちらで見つけた爆弾も同じようであればちょっと問題ですが、まだ発見したという連絡は入っていません。」
「そうじゃったな。同時に消さねば意味が無いと言うておったな。」
表情を暗くして下を向く。
焦る事は無いと思う。まだ十分な時間があるのだ。それとも、アテーナイ様は自分が存命中に結果を知りたいと思っているのだろうか?…まだまだ十分過ぎる位に元気な姿だ。自分の余命を数えるには早すぎると思うけどね。
「そういえば、アテーナイ様の欲しがっていた写真機をバビロンから運んで来ました。1回で1枚しか作れませんが、欲しければ何度も撮れば良いんです。
撮ってあげましょう。ただ暗いとダメなので外で撮る事になります。」
「試して見る訳じゃな。うむ、撮って貰おうかの。…リムや、一緒に撮ってもらおうぞ。」
うん。と返事をしてアテーナイ様の手を取って庭に出た。
俺はロフトから、ディーが運んできた銀板写真機の入った魔法の袋を取って外に出る。
アクトラス山脈をバックに並んだ2人は親子に見えるな。
大きな三脚に写真機を載せて、暗幕を被り慎重にレンズのピントを合わせる。F値が小さいから1秒程度の露出で写せるという事だ。
ピントが合ったところで、動かないように言って銀板をセットする。
レリーズでシャッターを切ると、次の銀板をセットして再度シャッターを切る。
「はい、終りましたよ。今晩、現像しますから明日にはお見せ出来ます。」
「それで、ちゃんと写るならば誰もが欲しがろう。楽しみじゃな。」
そう言って、リムちゃんと一緒にリビングに入っていく。俺も写真機を片付けると、リビングに戻る事にした。