#441 タンデム二重攻撃
俺達を乗せて、イオンクラフトは王宮へと飛んでいく。
核爆弾は何とか特大の魔法の袋に積み込めたが、マンモスの牙は二台の側面に縛り付けてある。
たまにそれを見てニヤリと笑うセリウスさん達は、満足そうな顔をしている。
まぁ、これで大型獣の狩りを止めてくれるなら、回りもとやかくいう事は無いだろう。特にダリオンさんは近衛兵の隊長だからな。王都を留守にしてホイホイと出歩かれても困るだろう。それにセリウスさんだって、軍の編成作業が終われば後輩に道を譲って、村のギルド長に戻らねばならない筈だ。
20日程の旅はそれ程の問題も無く過ぎて、俺達は王宮の中庭にイオンクラフトを着陸させた。
驚いた事に、大勢の人達が俺達の帰りを待っていた。
どうやら、嬢ちゃん達が無線機でマンモスをし止めた事を連絡していたらしい。
「ほほう…、これがそうか。前に見た物よりも遥かに大きくそして、曲っておるのう。」
「こんな牙が約に立つのだろうか?」
「大きいのう。…欲しいのう。」
色々言ってるな。確かに見世物的にはインパクトのある狩りの証ではある。
「良いか、丁寧に運ぶのじゃ。再度狩るには少し骨がおれる。しばらくはこの牙だけが我等の勇猛さを示すもの。王宮御用達の細工師に運ぶのじゃ。ダリオンとエイオスは同行して、名前の確認をしっかりとするのじゃぞ。」
早速、布に包んで運び始めた戦闘工兵達にアテーナイ様が指示を飛ばす。
俺達は、ミーアちゃん、サーシャちゃんと別れて村へと引き上げた。
後ほど、正式な披露宴の招待状を使者が持って行く、と言っていたがそれは秋になりそうだとも言っていた。
その前に俺達もする事がある。
家の庭にイオンクラフトを止めると、倉庫の中にディーが移動していく。
俺達は、庭先で下りて先に家に入った。
直ぐに、暖炉に火を入れると、ディーが外の通りから道を開いてくれる。
「掃除は私達でするから、アキトはお風呂にお湯を張ったらギルドの様子を見てきて!」
「もう直ぐ夏だからね。ハンターも集まってるだろうな。」
「我等の獲物も探してくるのじゃぞ!」
雑巾片手にアルトさんが脅すように言うけど、どうだろう?
とりあえず、通りをギルドに向かって歩いて行く。
ギルドの扉を開けてカウンターのルーミーちゃんに片手を上げてご挨拶。そしてカウンターに歩いて行くと、村への到着手続きをする。
「戻ってきたのは、アキトさんにミズキさん。そしてアルトさんにリムちゃんとディーさんですね。戻って来て頂いて助かります。この間は、リザル族の戦士が大怪我をして担ぎ込まれたんですよ。直ぐにカレイム村に使いを出して【サフロナ】使いを呼んだんです。」
詳しく話を聞いてみると、レイガル族と小競り合いを起こしたらしい。
戦力差で接近戦に持ち込まれ、レイガル族の棍棒で殴られたとの事だった。死人が出なかったのが不思議な位だという事だが、武器がクロスボーだからな…。山岳パトロールの人員を増やして、遠距離での戦になるようにしなければなるまい。
それより気になるのは、どこから来たかだ。
やはり山脈に抜け穴が幾つか空いているのだろうか。
何かあれば知らせてくれ。とルーミーちゃんに言うと、依頼掲示板に向かった。
薬草採取からガトル退治。それにイネガルやトリフィルまであるぞ。そして、依頼書は掲示板の8割位に張られている。
アルトさん達にとって選り取りみどりじゃないか。
「たぶん明日からアルトさん達が頑張ると思うよ。」
そう言ってギルドを後にする。
家に帰ると、すっかり普段の様相だ。
アルトさん達は暖炉の前で、リムちゃんと新しいスゴロクをしている。バックギャモンの盤と駒を作ってもらったのだが、2人には評判がいい。大人のスゴロクじゃな、なんて言いながら長征中は4人で遊んでいたからな。
俺がテーブルに着くと直ぐにディーがお茶を入れてくれた。
姉貴は情報端末を取り出して哲也達に出すメールを書いていたみたいだ。その手を休めて俺を見る。
「どうだった?」
「あぁ、リザルの戦士が重傷を負ったらしい。相手はレイガル族だとルーミーちゃんは言っていた。」
「重傷じゃと?…彼等はクロスボーを持っておった筈じゃ。」
「それがあったから、重傷で済んだらしい。…だが気になるな。レイガル族はどうやって来たか。そしてアクトラス山脈を越えた目的は何か…。」
ディーの入れてくれたお茶を飲みながら呟くと、姉貴が情報端末を操作して画像を壁に投影する。メールは終ったみたいだな。
「アクトラス山脈の熱源反応の現在の状況よ。…たぶん、これが山岳猟兵達ね。3つの部隊が展開してるわ。位置的に標高2,500m付近を監視してる事になるわね。」
森林限界付近を監視しているんだな。確かに見通しは良いし、山越えしてくる敵を見張るには良い場所だ。相手が多人数なら直ぐに森に後退出来る。
だが、その位置でレイガル族と小競り合いをしたとなると、接近に気付かなかった事になる。
森林限界線より高い場所にも熱源反応は点在している。
高山植物を糧とする動きの素早い小型の獣達だろう。群れで動いているから直ぐに判るな。
「良く判らないな。やはり経緯を確認すべきだろう。ハンターも森には入っているはずだ。危険があるなら、それを取り除くのが俺達の仕事になる。」
「たぶん、山荘で状況は判るじゃろう。我等が行って来る。リム、出かけるぞ!」
テーブルで俺達の話を聞いていたリムちゃんはアルトさんの言葉に頷くと席を立って、2人で出掛けてしまった。
「俺は、アクトラス山脈に抜け穴があるんじゃないかと考えてる…。」
「可能性はあるわ。何と言っても地下に国を作ってるんだからね。」
「ユリシーさんに聞いた事があるんだ。ドワーフ族も地下に町を作ってるんだけど、そのトンネルが別の種族のトンネルと繋がって争いになった、ってね。」
「先行偵察用って事かな…。レイガル族の勢力範囲は予想以上に大きいのかもしれないわ。
そうね…、蟻の社会に近いのかも。中心部はノーランドの東北部にあるとしても、その国家を取り巻く触手状のトンネルを常にパトロール部隊が周回していると考えられるわ。
ノーランドの地下は殆んどがレイガル族の影響下じゃないのかしら。」
そう言って姉貴は端末を操作する。今度はノーランドの王都が拡大されて壁に投影された。
「一応、平静に戻ったようね。それでも、…ほら、ここは前に部隊が地下に下りていった建物だけど取り壊されているわ。そして、兵隊の訓練もやってるね。まだまだ終っていないという事かしら。」
取り壊したという事は、その地下の戦に敗れたという事になるだろう。そして、数百人規模の兵隊を訓練しているという事は、他にも地下世界への入口がノーランドの王都にあるという事だろう。
「まぁ、アルトさんが帰ればもう少し判るかも知れないな。ところで核爆弾だけど…、カラメル族と交渉を始めるよ。」
「それは、アキトに任せるわ。」
そう言って、バッグからキューブを取り出して俺の前に置く。
確か、キューブに向かって話せ、って言ってたよな。
そう思いながらキューブに視線を向けた。
その途端…。
目を開けると、薄暗い天井の遥か上に向かって小さな泡が幾つも上っていくのが見えた。
どうやら、寝ていたらしい。こんな場所に寝た記憶は無いのだが…。
ゆっくりと立ち上がると、淡い照明がこの空間を照らしている。見渡して照明器具は見当たらない。壁自体が発光しているように見える。
「起きたか?」
「ここは?」
「我等が母船じゃ。最大の海域の海底…5千mに鎮座している。我等の王都と言っても良かろう。」
何時の間にか、転移していたのか?
「そう、驚く事はない。精神だけをキューブが母船に運んでおる。お主の肉体はリオン湖畔の小さな家に今でもあるぞ。そして、この時空世界での時間経過は現実世界の時間軸と整合を持たぬ。ここにどれだけ留まろうとも、現実世界では一瞬の出来事に過ぎぬ。」
俺の前には、この前訪ねてきた長老、ギリナム様が立っていた。
老いた感じが少しも無い、どちらかと言うと青年のような姿なのだが、俺にはその姿がギリナム様だとはっきり判る。それも不思議な気がするな。
「この世界では姿は余り意味を持たぬ。気を感ずればそれが誰であるか判るのじゃが、お主の気の修行も中々じゃな。流石はラビト殿の最後の弟子だけの事はある。」
「残念じゃが、ワシは弟子としておらぬ。若者故、躓けば起こしてはやるがの…。」
もう1人の長老の気配がしたかと思うと、俺の横にリオン湖の長老が現れた。
「ようやくお名前を知りました。ラビト様でしたか、この間はありがとうございました。」
俺は、この間の礼を言った。
ラビト様は、ニコリと笑いながら片手を振る。すると空間に椅子を3個出現した。
「先ずは座るが良い。ギリナムもじゃ。」
俺達が椅子に掛けると、真中に小さなテーブルが出現する。そこには陶器のティーカップが3つ載っている。
「これは、アキトの記憶下にある茶器を再現したものじゃ。風雅なものじゃな。」
そう言ってお茶を飲んでいる。
俺も一口…。これって、紅茶じゃないか?
「なるほど、お茶の味も中々。」
ギリナム様も満足そうだ。
「ところで、我等への用件は何じゃな?」
ギリナム様が聞いてきた。
そういえば、…確かカラメル族に頼みたい事があって、キューブに話しかけようとしていたんだ。
「実は、前に話した核爆弾の事です…。」
俺は、発見した核爆弾の事を告げた。見つけたものの、起爆するには核分裂物質の合体を行なうための炸薬が無い事。安全装置としてバレル内部に満たされた水銀を抜く手立てが無い事を説明した。
「ふむ…。見つけたは良いが、そのままでは使えぬか。お主達に強力な火薬を作らせるのも、科学文明が捻れる可能性があるの。
水銀の除去技術は事前に行なっては、事故の元になるやも知れぬ。
我等で何とかせざる得まい。後で取りに行かせよう。
で、見つけた核兵器は1個だけだったのか?」
「他にもあったようです。我等はU235を使用する核爆弾のみを探してました。友人が、Pu239を使用するものは半減期から見て使い物にならないと言っていましたし、毒性が強いという事で安易に触れることを禁じていましたから。」
「そうか。それ以外は爆弾として機能しないと思ったのじゃな。…それで良い。できれば、その核爆弾を使う機会が最後にしたいのう…。」
ギリナム様はそう言って残りのお茶を飲み干した。
俺も、お茶をグイっとあおる。
「では、家にてお待ちしております。」
そう言って立ち上がろうとすると、ラビト様が俺を片手で制した。
「待て、折角来たのじゃ。それにギリナムの姿も長老姿ではない。試しに一戦交えていくが良い。ギリナムもその心算でその姿で現れた筈じゃ。」
「流石は、ラビト殿。…前回の訪問時におおよその技量は把握しました。ですが、どうしても底が見えませぬ。私の方から手合わせを願おうと思っておりました。」
カラメル人、2人で納得してるぞ。ちょっと困ったな。どうしても一戦しないと帰して貰えそうに無い。
「武器は無しじゃ。徒手空拳であっても、その威力はさほど変わらんじゃろう。そして、この空間を破る事は出来ぬ。死ぬ事は無いが精神的なダメージはあるぞ。」
ラビト様が立ち上がると、俺達2人も立ち上がる。
たちまち椅子やテーブルが消えうせ、体育館よりも広い空間が俺達の周囲に広がる。そして、薄暗い照明が段々と強くなっていった。
確か革の上下に装備ベルトをしていた筈だが、今の俺が着ているのは合気道の道着だ。白い袷に黒袴だけど良いのかな?…対するギリナム様は薄い生地の上下だ。
互いに素足で床に立っている。
「面白い装備じゃな。それなりの稽古はしてきたとその姿から溢れる気で判るぞ。」
「では、存分に楽しむが良い。…始め!」
ラビト様の合図と同時に、互いに後ろに飛び下がった。
果たして、合気道がどこまでエーテルを自在に操る種族に耐えられるか。
合気道は受身ではない。護身術として広まってしまったからそんな風潮もあるのだが、攻撃だって出来る。
それは、気の流れに身を置きながら波紋を作らずに移動することから始まる。
敵を目の前にして目を閉じる。気の流れを心眼で見る事により俺の周囲360度が見渡せる。
と、同時に時間の流れが緩慢に感じる。
ゆっくりと流れを切り裂く何かが接近するのが見える。
軸足を移動して、それを避けると同時に右手を繰り出すと、相手の腕を掴んだ。
左掌底をその腕に繰り出すと、大きく気が乱れたぞ。
ゆっくりと目を開ける。
「流石じゃ。心眼で攻撃を避けると同時に攻撃を加えるとは…。」
そう言ってギリナム様が床から起き上がる。
「【アクセル】、【ブースト】」
2つの魔法で一気に身体機能を向上させると、ギリナム様に豹のように近付き、腹へ掌底を放つ。
バン!っと大きな炸裂音がして俺とギリナム様が吹き飛んだ。
「あれ位じゃ、ダメですか?」
「ワシの弟子なら、今ので終っておった。」
だが、あの攻撃をどうやって避けたのだろう?…俺の掌底は確実にギリナム様の腹を捕らえた筈だ。
そして、互いに吹き飛んだ。という事は一瞬で俺の掌底で放った気を相殺する気の高まりを腹に作ったという事か?まるでアクティブアーマーみたいだな。
ならば…、あれを使ってみるか。
低い姿勢で、ギリナム様が近付くと同時に俺に飛び蹴りを放つ。横にブレたように攻撃を避けると、上半身に衝撃が走る。
俺のエリがギリナム様の右腕でしっかりと掴まれてる。それを支点に体を回しながらギリナム様の拳が俺を襲う。
バシン!
咄嗟に繰り出した俺の右掌底とギリナム様の拳の間で気が炸裂した。再び俺達は部屋の両方向に吹き飛んだ。
「それが、気の鎧だ。貫通するには、その者が持つ気を越えねばならぬ。」
俺達の戦いをジッと見ていたラビト様が俺に言った。
「先程の攻撃で、覚えたか…。若いという事は、それこそ技を吸収し、自らの力に変えられる。まこと羨ましい限りじゃ。」
ギリナム様が、ニコリと笑いながらそう言った。
「【メル】」
小さく呟やくと、一瞬の内に拳の中に炎の球体を圧縮して忍ばせる。
ニヤリと笑うと、素早くギリナム様に近付くと再度掌底をギリナム様に放つ。
バン!
さっきと同じように部屋の両側に吹き飛んだが、今度はギリナム様は起き上がる事は無かった。
「フム、勝負あったか。」
そう言いながら、ラビト様がギリナム様の様子を見に行く。
俺も、ふらふらしながらギリナム様の様子を見に行く。
そこに倒れていたのは、若い姿ではなく老いた長老の姿に戻ったギリナム様だった。
「流石じゃ。我の寿命を持ってしてどうにか得られた境地を易々と上って来ようとは思わなんだ。」
「いえ、あれは咄嗟の事で、尚且つ邪道だと思っています。あれでギリナム様が倒せなければ俺に倒す術はありません。」
俺の言葉に横になりながら笑みを浮かべる。
「何の、邪道ではない。あれも技の1つではある。我にはとうとう叶わなかったが、ちゃんとした技じゃ。恥じる事はない。」
「だが、良くも気の鎧を貫通出来たものじゃ。かつて、気の鎧をあのような単純な技で貫通させた者は無かったぞ。」
ラビト様が驚いたような口調で俺に言った。
「俺のいた世界に戦車という鋼鉄で覆われた車がありました。戦と武器の発達で、その鋼鉄に穴を開ける砲弾まで出て来ました。それを避けるために鋼鉄の上に沢山の爆発物を取り付けたんです。
砲弾が当ると、爆発する事によって、炸裂したガスの噴流方向を逸らすためです。気の鎧というのが、この爆発物に似ているような気がしました。そこで、それに対する砲弾。タンデム弾と同じように【メル】で作った小さな炎弾を掌底の少し先に作っていたんです。」
最初の炎弾で気の鎧が炸裂した所を俺の掌底が襲ったんだ。
互いの気の炸裂が俺達を吹き飛ばす、ほんの僅かなズレが俺の掌底から気の流れをギリナム様に送り込んだに違いない。
「しかし、あれで攻撃されると完璧と思っていた鎧でも破れるのじゃな。明日から弟子達に教える事が増えたわい。」
「でも、これは自爆覚悟の攻撃ですよ。鎧の防御を3度受けると流石にキツイです。」
「さも、あらん。…後はのんびりと休むが良い。」
ラビト様がそう言ったかと思うと、俺の意識は段々と遠くなっていった。
ふと、顔を上げる。
「どうしたの?…話し掛けないの。」
姉貴が怪訝そうな顔で俺に聞いて来た。
「俺は、どうしてた?」
「私が渡したキューブを見たと思ったら、仰け反るように顔を上げるんですもの。吃驚よ。」
そう言って、改めて俺にお茶を入れてくれた。
ゆっくりと飲みながら気を落着ける。
「3時間程、精神だけカラメルの母船に行っていた。現実では一瞬だと言っていたけどね。3時間はあくまで俺の体感時間だ。
核爆弾の補修はカラメル族がやってくれると言っていたよ。後で取りに来るそうだ。
問題は、その後。この間の長老と一戦交えてきた。
途轍もなく強い。ちょっとズルして何とか勝ったけど、それも技だと言ってくれた。」
「そうなんだ。でも、どうやったの?私が思うに勝ち目は無いんだけど…。」
「これさ。」
そう言って掌に【メル】の炎球を載せる。そして、それを小さくしていった。
「へ~、そんな事も出来るんだ。私もやってみよ。」
「これを、掌底の前に置く。掌底に気を載せて相手を撃つと、衝撃は少しのズレを伴って2度起きる。それでどうにか倒したけど、もう相手は知っているから2度と勝ち目は無いね。」
そう言って、少しの間休む事を伝えてロフトの布団に潜り込む。
やはり未熟なんだろうな、気の消費が激しいと直ぐに眠くなる。




