#438 クリャリンスク
次の早朝。朝食を終えた俺達は、お弁当のサレパルを2食分バッグに入れて、穴を下りて行く。
「後は任せるが良い。火急の事態には穴に爆裂球を投げ入れて知らせよう。」
過激な連絡手段ではあるが、地下深くては通信器も役に立たない。
「お願いします。とりあえず24時間で一旦戻ってきます。」
クリャリンスクは直径1kmの10層構造の地価研究施設だ。とても1日では探索は不可能に思える。1日ずつ、確実に探索をする心算だ。
「ディー、生体反応は無いんだよね?」
「全く有りません。動体検知センサーも作動中ですが、こちらにも反応はありません。」
ディーの言葉を聞きながら、穴を覗き込んでいた姉貴が魔法を使う。
「【シャイン】…もう1つ【シャイン】」
真っ暗だった地下世界が、姉貴の放った2つの光球で明るく照らされる。
ディーがレールガンで開けた大穴を梯子を使って下りるとそこは教室程の会議室のような場所だった。
2箇所ある扉を開けると大きく湾曲して見える通路が延びている。
どうやら円周上に通路を設けて、その両側に部屋を作っているようだ。
姉貴は更に光球を追加した。
俺達の前方と俺達の頭上、それに俺達の後方を光球が照らしている。
「ここがスタート位置になるわね。」
板に紙を挟んだ野帳に、鉛筆で印を付けて何か書き込んでいる。マッピングが必要かもしれないな。
通路に出ると、クレヨンのような筆記具で、扉に『地上出口』と書いている。そして扉の脇に壁に何やら記号を小さく書き込んだ。
「こっちの部屋は何かしら?」
そう言いながら姉貴が扉を開いた。スイっと光球が部屋に入って姉貴の視界を確保する。
「なるほどね…。」
ここも下りてきた場所と同じような会議室だった。
「姉さん。この扉の上にプレートがあるよ!」
そこには1011と書かれた金属プレートが打ち付けられている。
姉貴は野帳にその番号を記載した。さっきの扉を振り返って、そこにある番号も改めて記載している。
「やはり地下1階には面白いものは無いわね。次に行きましょう!」
姉貴を先頭にディーと俺が続く。
ディーが何も言わない所を見ると、この施設に俺達を襲うような生物はいないのかもしれないな。
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どうやら地下一階の通路を一周したようだ。
前方の通路に俺達の足跡が見えて来た。
この周回通路にあった部屋は、会議室と集会場。それに兵隊の詰所のような区画と食堂が2つ、それに娯楽室のような部屋や小さな体育館もあったぞ。
かなりの兵隊達が詰めていたようで、ガンケースの数だけでも100個は超えている。中隊規模でこの施設の警護をしていたようだ。食堂等は兵隊用なのだろう。
そして、この通路はどうやらクリャリンスク施設の最外周通路になるらしい。エレベータのような地下に降りる装置は無かったし、階段すら見当たらない。
そして、3箇所に内側の同じような通路に至る横道を見つけた。
「どうやら、一周したみたい。まだ、入って6時間ね。内側の通路に行って、そこの最初の部屋で休憩しましょ。」
姉貴がスタスタと歩いていくので俺達は急いで後を追った。
1つ内側の最初の部屋は誰かの執務室のようだ。
大きな机とその前に小さなテーブルセットが置かれていた。
何か無いかな?…と背後の書棚や机を探ったが、そこにあったのはこの施設で働く人達の記録のようだ。人事か何かの部署の長だったんだろうな。
テーブルにカップを並べて水出しでお茶を入れる。
確かにだいぶ歩いたから冷たいお茶でも美味しく感じるな。
灰皿があったのでタバコに火を点けた。
その煙の行方を姉貴が注意深く見ている。
「やはり、少し変だわ。この施設に少し気流があるのよ。空調設備は止まっている筈よね。」
姉貴の疑問に俺は頷いた。
「どっかに出口があるんだろうか?」
「解らないわ。でも、ディーに十分注意して貰いましょう。」
内側の通路に隣接した部屋は、どこか事務所的な雰囲気が漂う場所だ。
それでも2箇所に食堂があり、仮眠所までこの区域には存在した。大きな倉庫が6つあり書類を入れた箱が積み重ねられている。最も半分位は下に落ちて中身が散らばっている。
その書類は施設への入庫資材の伝票類だった。
この施設は余りIT化されていなかったようだな。
通路を一周して俺達の足跡が現れた。どうやら、この通路も踏破したらしい。
「内側に向かう通路があったよね。」
「あぁ、やはり3箇所だった。外側の通路とは位置がずれてるな。そして、この通路にもエレベータや階段が無い。」
「コア思想で作られた施設みたいね。重要な部分を一箇所に集めるの。私は分散型が好きだけど、コアの考え方は防衛には適しているわ。」
そう言って先を急ぐ。最初に見つけた内側に向かう通路に向かうようだ。
俺達が穴に下りてから13時間。…もう少し探索が出来そうだな。
「姉さん、階段があるよ。」
「うん。でも警戒が厳重だったみたいね。」
階段は見えるのだがその前に2つもゲートがある。
そのゲートの1つには見慣れた金属製の枠が付いていた。金属探知機だな。奥にあるゲートにある枠には大きな装置が付属している。
「奥のゲートは放射線探知機のようです。」
そう言ってディーが装置に付いているマークを指差した。三角3つが付いてるからたぶんそうなんだろう。
「この位置に警備兵が立ってたんだわ。」
ちょっとしたピストには数人が詰められるようだ。ガンケースまで後ろにある。数台の電話はそのまま残されていた。
秘密研究所って言う割には哲也も知っていたからな。潜り込むスパイもいたんだろう。
「とりあえず、一周するわよ。」
姉貴の言葉に頷くと、姉貴の後に続いていく。
どうやら、この区画が姉貴の言うコアに当たるのだろう。
通路の内側には空調用のダクトや配管、電線管等が扉を開ける毎に顔を出す。
そして、通路の外側には、警備兵用の詰所や、ちょっとした会議室、取調室みたいな部屋が続いている。
そして、上に向かう階段を、下に向かう階段の反対側で見つけた。
生憎と地上に至る階段は途中で鉄の板で塞がれている。
「厚さは50cm程度ありそうですね。耐圧シールドではないでしょうか?」
「普段はこの上の施設からここに降りて来たのね。」
感心しながら姉貴がシールドを見上げている。
「姉さん。そろそろ20時間だ。一旦、地上に戻ろう!」
「そうね。地下1階は調査終了と言う事で良いでしょう。…戻りましょう。」
俺達は姉貴を先頭に地上へと足を進めた。
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「どうであった?」
「かなり大型の施設です。地下1階の調査を終えました。次は地下2階を目指します。」
「地上は変わりありませんか?」
「うむ。昨晩、サル共が襲来しおった。砦の周囲に地雷を仕掛けておるから、後れを取る事は無かったが、戦士以外に魔道師もおったぞ。」
俺達が焚火に戻ってくると、そんな事を教えてくれた。
「魔道師の魔法攻撃範囲に、奴らを近付かせねば何ら問題はない。エイオス達が魔道師をクロスボーで葬っておった。その後は久しぶりに白兵戦を皆で楽しんだぞ。」
アルトさん達でゴリラに似たサルをやっつけたという事かな。
「ジュリーが【アクセラ】を俺達に使ったから、あの程度の者のに恐れる事はない。エイオスがトラ族で戦闘工兵を揃えていたからな。」
ダリオンさんはトラ族の敵ではないと言ってるのかな。
嬢ちゃん達が頷いている所を見ると、相当活躍したみたいだ。
「確かにサルは魔物ですが、その戦闘は魔道師が最も恐ろしい。魔道師さえいなければ戦士達を葬るのは比較的容易です。」
ジュリーさんがそう言って俺達にお茶のカップを渡してくれた。
「申し訳ありませんが、私達はしばらく調査に専念します。」
「解っておる。そのために来たのじゃろう。砦は我等の任せておけば良い。」
俺達はアテーナイ様に頭を下げると、焚火を後にして天幕に潜り込む。
こうして、俺達の調査は継続していく。
地下2階、地下3階と深さを増していくと、少しずつ実験室の雰囲気が濃厚になってきた。
中でどの様な実験を行ってきたのかは不明だが、人に言えないような実験も行われていたようだ。
明らかに人骨と分る断片が装置に入っていた。
「ここって、核の研究所だよね。何か生体研究所にも見えてきた。」
「たぶん途中で目的が変わったんじゃないかな。核施設なら汚染対策が色々ある筈だ。それは、ある意味有害な生物を拡散させない為の設備としても使えるし、放射線を利用する事も出来るしね。」
そんな話をしながら次の部屋を開けると、明らかに人体を輪切りにしたと思われる人骨が手術台の上に乗せられていた。
「この骨…人骨じゃないわ。ほら、尻尾があるし、眼窩が3つよ。」
姉貴が手術台の上の骨を指差して言った。
もしそうなら、遺伝子変容が起こった時代はまだこの施設が機能していた事になる。
そして、その原因を必死になって探し出そうとしていたようだ。
地下4階、5階はさながら生体標本の博物館のようだ。
ガラスのシリンダーに納められた人体や獣、魔物の標本がずらりと並んでいる。そして、かなりの数のシリンダーが破壊されていた。
「人為的ね。ほら、ここにはクラックの跡があるわ。」
そして、足元には斧やハンマーが落ちていた。
「でも、何で破壊しようとしたんだろう?…まだ研究は継続していた筈だよな。」
「自分達にも変化がやってきたみたいね。」
姉貴の指差した先にはミイラのような姿をした亡骸が服を着て座っていた。
その手の皮膚には明らかな鱗が残されている。
「絶望したって事か…。それにしては、破壊の跡が限定的だぞ。」
「あのミイラを良く見て。」
姉貴がミイラの頭を指差した。そこには小さな穴が空いている。
ライフルで撃たれたのか…。治安を維持する為に警備兵達は必死で働いてたみたいだな。
コンロンの変異は緩やかに始まったと俺は思っていた。生まれる子供が少しずつ変異して行ったと思っていたが、がなり劇的に変化したようだな。
それこそ寝る前と起きた後で姿が異なる位の速さで変わったようだ。
それでないと、このシリンダーの変異した者達の数の多さを説明出来ない。
「マスター、僅かですが空間線量率が上昇しています。」
「BGの3倍になったら教えてくれ。」
いよいよ、核施設に近付きつつあるのだろうか?
BGの3倍程度であれば、気にならないレベルだ。10倍でも人体への影響は全く無い。
「姉さん、BGが上昇してきた。これからはディーを先頭にする。ディー、扉を開けたら、先ず空間線量率を計ってくれ。」
その日は、地下7階までの探索を終了し地上に戻ることにした。
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「どうじゃ。進んでおるか?」
「核の反応が現れました。残り3階です。調査自体は順調です。」
「何よりじゃ。…ところで、3日程、調査を休んでくれぬか。水と薪が心持たぬ。」
「分りました。ディー、直ぐに行けるか?」
「大丈夫です。」
ディーの言葉を聞いてエイオスは人選を始めたようだ。
そちらはディーに任せて、俺と姉貴は天幕でひとまず休息を取る事にした。
「お兄ちゃん!…お兄ちゃん!!」
誰かの呼ぶ声で俺は寝床から身を起こした。
天幕から誰かが中を覗き込んでいる。
「お兄ちゃん!…起きたようね。大変なの。直ぐに来て!!」
声の主はミーアちゃんだったな。姉貴を揺り起こして急いで着替えると装備ベルトを着けて天幕から外に出た。
辺りを見渡すと、北の盾で作った壁に皆が集まっている。
急いで、その場に駆け付けると、心配そうに北を見ていたアテーナイ様の姿を見つけた。
「どうしました?」
「婿殿か。就寝中に済まぬのう。あれじゃ、ちょっと気になっての…。」
双眼鏡でアテーナイ様の指差した方角を覗いた。
レイガル族の集団だ。数は…100人はいるぞ。
「近付いて来ますね。」
「それで、急いで起こしたのじゃが…。やはり砦を狙っているのじゃろうか?」
「間違いないでしょう。この間は人数が少なかったから襲わなかったんだと思います。」
「アキト、どうしたの?」
「あれを見てくれ。レイガル族だ。この間の偵察部隊の報告を受けてやって来たようだ。」
直ぐに姉貴は皆を集める。
「敵はリザル族よりも素早いらしいから、【ブースト】が使える人は使ってね。私達のクロスボーは容易に敵を貫通する事は分ってるから、なるべく初檄はクロスボーを使って頂戴。戦闘工兵はクロスボー、爆裂球、槍の順序でお願いします。アルトさん達はクロスボーで戦って、私とジュリーさんは【メルダム】を使って、アキトは200mから狙撃をお願い。100を切ったら、ショットガンで対応して。」
「我とセリウス達も戦闘工兵と一緒でよいじゃろう。クロスボーを2撃する事は可能な筈じゃ。」
アテーナイ様の言葉にセリウスさん達が頷いた。
「じゃぁ、そう言うことで…早速、始めます!」
姉貴の言葉に、俺はバッグから袋を取出してkar98とショットガンを取出した。
ショットガンを盾に立て掛けると、kar98のボルトを操作しチャンバーに初弾を送り込み、ニコンのターゲットスコープを覗き込む。距離は300を切っているから、真ん中を狙えば誰かに当たる筈だ。
静かにトリガーを引くとターン!という発射音と共にターゲットに捉えたレイガル族の戦士がその場に倒れた。
ボルトを操作して次の目標をターゲットに捕らえる。
5発発射すると素早く装弾クリップを銃の弾奏に押し当て、指で弾丸を一気に押し込む。
ボルトを元に戻して、再び射撃を開始した。
最後の弾丸を発射すると周囲のレイガル族も一緒に倒れる。どうやら、クロスボーの一斉射撃を行ったらしい。
Kar98をバッグの袋に戻すと、今度はショットガンを取って初弾をポンプアクションでチャンバーに送りポケットから弾丸を1発チューブマガジンに送り込む。これで6発撃てる。