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#427 カチューシャ?



 作戦本部から前線までは3kmもない。

 天幕にいても時折大砲の音が聞こえてくる。散発的ではあるが、聞こえてくる音はその都度大きさが異なる。時間と発射する大砲の数が一定ではないという事だろう。


 サーシャちゃんとミーアちゃんがその都度報告される連絡を地図に描かれたマスで確認しながら印を付けている。

 本来は、2人の仕事ではないと思うけど…暇なのか、それとも効果を確認しているのかどちらかだな。


 「サーシャよ。上手く行っておるのか?」

 アルトさんの言葉にサーシャちゃんが顔を上げる。

 「まぁまぁじゃな。20門の大砲を使って機動運用しておるようじゃ。クローネの思い付きじゃろうが、裏の目的も理解しているようじゃ。」

 ん?…裏の目的。俺とアテーナイ様が顔を見合わせる。


 「昨夜の話では、本日の目的は敵の削減ではなかったのか?」

 訝しそうに訪ねるアルトさんに俺達は頷いた。


 「表向きはそうじゃ。あれだけの軍団が動かずにいるのなら叩きたくなるではないか。それに叩けば叩くほど後の戦は楽になる。」

 まぁ、それは納得する。俺とアテーナイ様はタバコを吸いながらも頷いた。


 「だが、余り叩くとどうなるかも考えねばならぬ。そして、我等の攻勢を考えて敵を移動させる必要もあるのじゃ。

 叩きすぎれば、敵が反攻して来ぬとも限らぬ。それが散発的な攻撃の事情じゃ。あれではそれ程の被害にならぬ。まぁ煩わしい事は確かじゃがな。そして被害が出れば、敵も陣形を変えて次の攻撃に備えねばならぬ。

 この図を見よ。…早朝の敵軍の配置と現在の配置じゃ。

 だいぶ変化しておるじゃろう。これが裏の目的じゃ。クローネは言わずとも理解しておる。」


 俺と、アテーナイ様は席を立つとサーシャちゃん達が書き込んでいた地図を見に行った。

 その地図には、東西に長方形に伸びた敵陣が東に厚く、西に薄い三角形になって描かれている。


 「あの大軍…をあのような散発的な砲撃で、我等の組み易い陣形に変えたという事か?」

 「そうじゃ。大砲はそれが出来る。」

 驚くアテーナイ様に、サーシャちゃんが当たり前のような口調で言った。


 とぼとぼと席に戻るアテーナイ様は、お茶を飲むと俺に呟く。

 「我には理解出来ぬ運用じゃ。もはや、我等の考える作戦は役にたたぬのであろうかのう…。」

 「作戦には2つあると思います。1つは全体を見据えた作戦。もう1つは目の前の敵をどうやって破るかを考える作戦。これを戦略と戦術と言う言葉で分けて使うのですが…。サーシャちゃんの考えるのは戦略。俺達は戦術です。

 俺達が戦略を理解する必要は余り無いでしょう。前線の将は戦術を使えば良いのです。」


 「婿殿の考えは少しは理解出来るの。確かに全体を見ながら目の前の敵を倒す事は無理じゃ。全体は別の者に任せて我等は目の前の敵を狩る事に徹すれば良いのじゃな。」

 俺はアテーナイ様に頷いた。


 それも、ちょっと危険な考え方なんだけど、作戦本部が前線に近く、前線の将が自由に出入出来るというのであれば、戦略と戦術が乖離する事は無いだろう。

 大本営の構想は良かった。そこで精神論を展開したりしなければね。そんな話はお寺や神社で行なうべきであって、軍略を考える場では物理量のみで判断しなければならない。それが分かるのは前線だ。王宮の奥に作戦本部を作るようなら先が見えている。


 「失礼します!…サーシャ様。ご注文された荷車が納入されました。」

 「うむ。間に合ったようじゃな。数は?」

 「20台です。」

 「それは、リムに届けるが良い。欲しがった品じゃ。存分に使える筈じゃ。」

 従兵が頭を下げて出て行った。


 また装甲車が届いたのかな?

 「サーシャちゃん。リムちゃんが欲しがった物って?」

 「ミーアの部隊が使っている奴じゃ。じゃが、リムはちょっと変わった注文を付けた。

 重くても良い。荷車に乗せるから。だからもうちょっと飛ぶのが欲しい。そして、もっと沢山飛ばせるほうが良い…。そう言っていた。そんな兵器を形にするとどのようになるか、楽しみじゃな。」


 俺には、何となく形が見えてきた。

 姉貴も俺を見ている。たぶん頭の中に浮んだのは同じに違いない。

 

 「カチューシャ!」

 俺の呟きに姉貴が小さく頷いた。

 「婿殿、そんな兵器を知っているのか?」

 「はい。似た物を知っています。広域殲滅兵器と呼ばれる多連装ロケット砲。俗称はカチューシャです。」


 「ミーアの使う多連装砲とは異なるのか?」

 「あれは、数発しか発射出来ませんが、カチューシャは20発以上発射します。それが、20台となると…。」

 「一度に中隊規模で殲滅出来るという事か。じゃが、荷車と言っておった。ガルパスの機動に追従は出来ぬぞ。」


 「元より承知じゃ。たぶん使用は1度きりじゃろう。ガルパスで曳いて行き、使う場所は此処じゃな。」

 ミーアちゃんが頷くと、傍にいる通信兵に指示を与えている。

 

 「亀兵隊の直前に並べるんでしょう。そのまま置いておけば柵代わりにも使えるし…。」

 「その通りじゃ。森の近くが一番の激戦地になる。最初の一撃でどれだけ敵に効果的な打撃を与えるかが大事じゃ。明日の朝には勝敗が決まる。

 という事で、休む事が我等の仕事でもある。敵の上陸は夜になってからじゃろう。それまでゆっくりと休むが良い。」


 サーシャちゃんはそう言うと席を立つ。俺達にも眠るように言って作戦本部を出て行った。

 「さて、どんな結果になるかは分からぬが、サーシャの言葉にも一理ある。数時間程睡眠を取る事にしようぞ。」

 アテーナイ様の言葉に俺と姉貴も席を立った。

               ・

               ・


 ふと目を覚ますと、外が薄暗い。

 急いで寝台から下りて装備を身に付ける。今回は機動戦になりそうだから大鎧になるのだが、これは1人では着込む事が出来ない。

 どうしようかと悩んでいると、姉貴が天幕に入って来た。

 

 「起きたようね。大鎧を着るんでしょう。手伝ってあげる。」

 「お願いするよ。これの不便な点は1人では着られないって事だよな。」

 そんな俺の言葉に、姉貴は笑いながら大鎧の背中の紐を締めてくれた。


 「アテーナイ様から聞いたけど、腕を2本追加出来るんですって?」

 「あぁ、あれね…。戦闘の最中に長老から教えて貰った。最初は長老が俺の体を操りながら教えてくれたんだけど、途中から自分でも何とか出来るようになったよ。

 腕を増やすと言うよりも、腕が4本あるような素早い動きに近い気がする。常に意識すると他人には腕が4本に見えるらしい。

 それに、不思議な視覚の広がりが伴う。まるで目が増えたように周囲が見えるんだ。

 アテーナイ様は少し理解できたようだけど、気配を探る力が鋭敏化したものだと思っているみたいだ。」

 

 「なるほどね。…長老様は結構アキトを気に入っているようね。…はい!出来たわ。」

 そう言って、背中をバシっと叩いた。

 

 「腕を増やすのは私には無理だけど、全周囲を同時に見るという事は何となく理解出来るわ。たぶん気の動きを視覚に変換しているのね。でも、それをアテーナイ様も理解出来るって事は、アテーナイ様の達人としての到達点は想像以上ね。」

 

 モスレム王国の御后様として暮らしてきたけど、もしも嫁がなければエントラムズに道場を開いてアテーナイ流の開祖として評判だったかも知れないな。

 

 「そのアテーナイ様に、家の嬢ちゃん達は教えを受けたんだ。今夜の戦も無事に乗り切れると思うよ。」

 「私は、ガルパスに乗れないからイオンクラフトで応援するわ。」


 それも、不思議な話だ。姉貴はガルパスの声を聞く事が出来ないらしい。

 心を開けば応えてくれるのだが…、まぁ、確かに乗りたくても乗れない兵隊が多い事は確かなのだが…。

 

 「という事は、爆撃だね。4人程荷台に載せて、操縦席には通信兵を乗せれば、面白そうだ。だけど、味方の砲撃には注意しなくちゃならないぞ。」

 「それは大丈夫。私達が攻撃するのは敵の真後ろだからね。」


 そんな話をしながら作戦本部の天幕に入ると、殆んどの顔ぶれが揃っている。

 「遅かったな。お前達が最後だ。」

 セリウスさんの言葉に慌てて俺達は席に着いた。


 「さて、揃ったようじゃな…。

 先程ラミア女王から連絡が入った。夕刻の艦隊戦で、我等の海軍の武装商船は全て損壊した。犠牲も出ているが、何とかその場を離れる事が出来たらしい。そして、敵艦隊へ与えた損害は炎上37隻という事じゃ。本来ならば大勝利なのじゃが、残りは100隻程存在する事になる。

 ディーの偵察では、現在南東200M(30km)の海上をゆっくりと近付いているらしい。カリスト到着まで数時間という事になろう。」


 サーシャちゃんが俺達の顔をゆっくりと眺めていく。

 「昨日言ったように、この艦隊の上陸は行なわせる。折角、遠方より我等を尋ねて来たのじゃ。土位踏ませてやるのが礼儀じゃろう。…じゃが、生かして帰す気は毛頭無い。その前に、ミズキの攻撃に生き残れればの話じゃがな。」


 「水際で攻撃するという事か?我等の大砲で狙うには少し遠すぎるぞ。」

 「大砲ではなく、残った浮遊機雷を流す。その後は爆撃じゃ。」

 

 セリウスさんの言葉にサーシャちゃんが答えた。

 「後ろから火を放つのか…。それが、我等の攻撃の合図となるという事で良いのじゃな。」

 アテーナイ様が念を押す。

 「敵が浮き足立つ時を狙いたい。総攻撃は我が3発の信号筒を打ち上げる。」

 サーシャちゃんの言葉に俺達は大きく頷いた。

 

 「カリストから、発光式信号です。…沖に敵軍船多数。以上です。」

 通信兵が俺達にそう伝えると直ぐに天幕を出て行った。


 「さて、…アキトではないが、狩りの時間じゃ!皆明日の朝には顔を揃えよ。武勇はいらぬ。常に連携せよ。良いな!!」

 

 オオォー!!

 俺達は立ち上がって、それぞれの部隊に急ぐ。

 姉貴も立ち上がると俺のところにやってくる。

 

 「サーシャちゃんはミケランさんとクローネさんが守ってくれるわ。ミーアちゃんとリムちゃんをお願いね。そして、アルトさんが無茶しないように見張っててね。」

 「あぁ、俺もセリウスさんの強襲部隊を預かってるからね。アテーナイ様もいるし、イゾルデさんの部隊も中々だ。姉貴も気を付けろよ。」


 俺の言葉に頷くと、数名の通信兵を引き連れてイオンクラフトに走って行った。

 姉貴が暗闇に消えていくのを見送ると、バジュラを呼んで東に向かう。そこが俺達の戦場だ。


 前方に焚火が沢山見えて来た。そんな中に入り、士官達の居場所を聞くと1人の亀兵隊が案内してくれる。

 「いよいよですね。今まで後ろにいましたから、今回は前線と聞いて皆、興奮してます。」

 「余り気負い過ぎるなよ。隊長の号令で、訓練と思えばいい。なるべく白兵戦には持ち込みたく無いからね。」

 「分かっています。…見えてきました。あの焚火に集まっていると聞いています。では、これで…。」

 そう言って、若い亀兵隊はガルパスの向きを変えて帰って行く。


 バジュラを下りて焚火に近付くと、皆が揃っていた。セリウスさんやミケランさんもいるぞ。


 「遅かったな。それで、アキトの作戦は?」

 セリウスさんの質問に俺は地面に薪を使って簡単な絵を描いた。


 「今は、こんな感じだ。前方に2つの柵と空掘がある。2つの柵の間はおよそ300D(90m)。俺達が投石具を使って爆裂球を投げられる距離とほぼ同じだ。

 という事は、敵が空掘に差し掛かった時に爆裂球を投げれば効果的だ。

 車掛かりで攻めれば良い。そして、柵に取り付いた敵兵は矢で倒す。」

 「敵が柵を越えたら、で刈り取るか。…何時も通りのような作戦じゃな。だが、誰もが理解出来る作戦じゃ。」


 「何時もとちょっと違うのは、リムちゃんのカチューシャだ。あれを此処で使う。」

 そう言って、カチューシャの配置方法を説明する。

 20D(6m)の間隔で横に10台。その後ろに30D(9m)の距離を取って間を縫うように並べる。横に並べる時は10D(3m)程前後させる。


 「お兄ちゃんは私が頼んだのカチューシャって呼んでるけど、どんな物か知ってるの?」

 「俺の国では有名な兵器だ。本当の名前もあるんだろうけど、愛称と言うか俗称で呼ばれている。その名前がカチューシャだ。

 出来れば、カチューシャの間に杭やロープを張ってそのまま障害物として使えるようにしてくれ。」 

 リムちゃんは近くにいた配下に指示を与えている。


 「森に近いというのも、ちょっと気になりますね。」

 「その分、進軍が遅くなる。幾ら大森林地帯に連なる森と言っても、この辺りではそれ程危険は少ないだろう。森を進む部隊もあるかもしれない。そこは俺とラケス達が何とかする。」

 俺の言葉にラケスが配下に指示を与えた。

 「我はリムとセリウスの間で良いのじゃな。」

 「私の場所は?」

 アルトさんの言葉に、ミーアちゃんが慌てて聞いて来た。


 「アルトさんはその場所だ。ミーアちゃんは俺の後ろにいてくれ。森を通る部隊が多いと俺達だけでは収拾が付かない。それと、多連装砲を装備している部隊はリムちゃんの部隊に合流させてくれ。たぶん一番の激戦地になる。

 そしてイゾルデさんの部隊もリムちゃんとアルトさんの後ろだ。機動力はガルパスを凌ぐ。2部隊の火消しは容易い筈だ。」


 「私の部隊の特徴が少し分かってきたみたいね。大丈夫、任せなさい。」

 イゾルデさんの部隊が、モーニングスターを振り回して乱入してきたら敵も驚くだろうな。

 

 従兵達がお茶を配ってくれる。バッグからサレパルのお弁当を取り出して食べ始める。

 姉貴はもう海上に出たのだろうか?総攻撃は、姉貴達が行なう焼き討ちから始まるからな。

 俺達は、何時しか全員で南の海上を見詰めていた。


 

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