#425 迎撃戦
一時なりをひそめていた砲声が、歌声を縫うように放たれ始めた。
さみだれ的な砲声ではなく10門ずつ交互に放っている。
「見えているのでしょうか?」
「いや、最大射程で敵陣に放ってるんだ。…ほら、着弾点が集中してないだろ。そして、3発は必ず手前に落としている。火炎弾だから敵の前進状況が判る。」
「…前進はしているようですが、かなりゆっくりですね。」
「この陣まで距離がありすぎる。突っ込んでくるのは、残り2M(300m)になってからだろう。」
俺の言葉に周囲の亀兵隊が頷く。
それでも、少し距離がありすぎると思う。そこから2つの柵と空堀があるのだ、かなり疲れた状態で俺達と戦う事になる。それだけ俺達が有利に戦えるのだが…数の差がありすぎる。
疲れ果てる前に援護が欲しい所だが、西の攻勢を考えると厳しいところだな。
段々と砲弾の炸裂する場所が近付いて来る。
残り4M(600m)程になってくると、火炎弾の炸裂で肉眼でも敵兵の姿が見えてくる。
「俺達の段列は2段だな?」
「指示の通りです。」
「前列は、空堀の先にある柵に敵が取り付いた時に、爆裂球を投げろ。爆裂球が炸裂したと同時に後列が投擲だ。その後は、前列が近接戦闘、後列が爆裂球の投擲だ。3回投げて前列と交替しろ!」
「直ぐに指示を伝えます!」
だいぶ近づいて来た。敵兵の持つ槍の穂先が光球に照らされてススキの野原が近付いているように見える。
敵の発する蛮声が低く荒地に響き、姉貴達の歌声をかき消した時、ウッラァー!!の声が一際大きく荒地に響いた。
20発以上の砲弾が敵軍で炸裂した火炎で前方を埋め尽くす敵軍の姿が一瞬浮かび上がる。
そして、次の瞬間に10発程の砲弾が敵軍に炸裂した。無反動砲を使ったのだろう。近接してるから、飛距離としては十分だ。
それ以外に散発的に爆裂球の炸裂が見えるのは、正規軍がバリスタを使っているのだろう。
まぁ、歩兵に対しては余り効かないと思うけど、飛距離は300m以上あるからな。
「もう直ぐ、柵に差し掛かります。」
「あぁ、予定通り頼む。」
前列の亀兵隊が投石具に爆裂球をセットして柵の方に移動した。後列は爆裂球をセットした状態で、前方に10m程進んだ前列を見守っている。
鞍のガンケースからショットガンを引き抜き、ポケットを叩いて予備の弾丸がある事を確認した。
亀兵隊が一斉に投石具を回転して投擲して、素早く後ろに移動する。
炸裂を確認せずに後列の亀兵隊が裂くまで前進して爆裂球を一斉に投擲した。
素早く投石具を腰に巻くと、今度は弓を構える。鞍に矢筒が2個あるから、しばらくは矢で牽制できる筈だ。
柵の向こう側で、横一列になって爆裂球が炸裂していく。
2度の炸裂でもたちまち敵軍が後ろから押し寄せて来る。
空堀を乗り越えた所で、亀兵隊が矢を放つ。殆ど水平状態で放たれた矢は、狙った敵兵に当たらなくても後の敵兵に突き刺さる。
投石具で更に2回爆裂球が放たれ、最後の爆裂球は手で空堀と柵の間に投げられた。
上空に信号筒の花火が上がる。
前列と後列が素早く入れ替わり、矢と爆裂球が放たれる。
そんな時、間をおいて光条が2度リムちゃんの陣から南東に向けて放たれた。
ディーがレールガンを使ったようだ。
そんな中、数人の敵兵が俺達の目の前に到達した、たちまち数本の矢で倒され、柵にまでは到達出来ていない。
続いて10人程がやって来る。
上空に2つの花火が上がる。
それを合図に、後段の亀兵隊が矢を放ち始め、前列の亀兵隊は鞍の脇から槍を手に取った。
柵を乗り越えようとする敵兵に素早く近寄り槍を刺す。
柵のあちこちでそんな風景が見られるようになってきた。
目の前の柵を乗り越えようとしている敵兵に向かってショットガンを放つ。ダブルオーバックは数ミリの球状散弾が12個入っている軍用だ。
数mの距離で撃つなら外れはしないし、流れ弾で他の兵隊も無効化出来る時もある。
4発撃って素早く弾丸を装填する。
20m程先を一瞬光が走って敵兵が薙ぎ倒された。ディーがレールガンを放ったようだ。
バラバラと敵兵の残骸が俺達の足元に降ってくる。4mの空隙が東西に出来た訳だが、たちまち敵兵がその隙間を埋めてしまった。
号令した訳でもないのに、前列と後列が入れ替わり、再度爆裂球が敵兵に向かって投げられる。
手で投げられた爆裂球は20m程先に落ちて炸裂していく。
2度投げられた爆裂球で敵兵が倒れていくが、先に倒れた敵兵が邪魔をして効果が薄らいでいるのが見て取れる。
遂に最初の1人が俺達の目の前の柵を乗り越えた。すかさずしショットガンで倒したが、直ぐに次の敵兵が策を乗り越える。
素早くポンプアクションを繰り返して、3人程倒したところで、弾丸を装填する。そして発射していく。
4回繰り返すと、ポケットの弾丸が底をついた。
ショットガンを鞍のガンケースに戻すと、薙刀を手にバジュラから飛び下りた。バジュラは直ぐ後ろに退避する。
柵を乗り越え、俺に槍を向けようとした敵兵を薙刀で袈裟懸けに斬りとばす。振り上げながら次の敵兵を倒す。
数人を葬ったところで、軽く薙刀を振って血糊を払う。
向かってきた敵兵を真っ二つにした時、爆裂球とは異なった炸裂音が聞こえてきた。
続いて、もう1回…。
後をチラっと見るとカルート兵達が20人程で紐が付けられた爆裂球を投擲している。
どうやら、イゾルデさんが手配してくれたらしい。投げたのは大砲の砲弾に使う榴弾だな。爆裂球の被害とは比べ物にならない広さの範囲で敵兵が倒れている。
そして、カルートに乗ったまま、弓を射る。
亀兵隊とは高さが違うから、後ろから撃っても味方に当たる事は無い。
柵を乗り越えた敵兵を倒したところで、柵に歩いて近付く敵兵を薙刀で一突きにする。
右側から、たて続けに砲声が聞こえてきた。
その音が鳴り止むと一時に俺達の方に敵兵が流れてくる。どうやら葡萄弾の一斉射撃をしたらしい。
危険と判断して、その分こちらに敵兵が溢れ出した。
次々と敵兵が柵を乗り越えようとしていると、再び光のスジが前方に走る。
一瞬、敵兵の動きが止まるが、直ぐに敵兵の波が押し寄せて来た。
一団と激しい攻防が柵を挟んで始まった。切れ味が落ちた薙刀を投げ捨て、敵兵から奪った槍を手に、柵を乗り越える時の僅かな隙を突いて槍を繰り出す。
矢が尽きた亀兵隊は予備の爆裂球を全て投げると、槍で応戦し始めた。
小隊単位で後ろに下がると鞍に付けたバッグから予備の矢を取り出して、爆裂球を互いに融通して再び前線に戻る。
そういえば、俺も持っていたな。
槍を敵兵に突き刺すと、バッグから爆裂球を取り出して次々と投げ、再び敵兵を蹴飛ばすようにして槍を引き抜いた。
10m程先に爆裂球があちこちで炸裂し始めると、押し寄せる敵兵の波がしばし緩やかになる。
「補給です!」
そう言って、カルート兵が俺達に爆裂球を配ってくれたのは、このタイミングだ。
亀兵隊には矢の補給もしているようだ。
敵兵の中に落ちる砲弾が少なくなってきた。
敵の突入に備えて葡萄弾を装填した大砲を増やしたのだろう。
朗々とした歌声が聞こえて来た。
ディーが歌っているのか…。それに加わった小さく聞こえる声は姉貴だな。
そして、ミーアちゃんの部隊が全員で歌いだした。
本当はちょっと寂しい歌詞だった筈だが、アップテンポで歌うと確かに気が高ぶるのが分かる。
その歌に俺も加わる、そして俺達全員が歌うか、ハミングあるいは口笛でそれに応える。
歌は良い…こんな、絶望的な状況でも士気を高められる。
そんな曲に合わせるように砲撃が始まる。
再び敵兵の来襲が一団と激しくなる。
柵を乗り越える敵兵があまりにも多くなってきたため、亀兵隊達は10m程柵から後退いて敵兵と戦っている。
俺は槍を捨てると、刀とグルカを手に持って敵兵を刈り取っていった。
亀兵隊達の3mほど前に立っているから、柵を越えた敵兵が次々と俺を目掛けてやってくる。そこを矢と槍で倒し、それでも寄って来る敵兵は俺のグルカで裂かれていった。
「婿殿、頑張っておるな!」
突然、俺の隣にアテーナイ様が乱入してきた。
後ろからの矢の数も先程より数を増してきている。
「あっちは、大丈夫なんですか?」
「うむ。亀兵隊1,000人と正規兵が1,000人が東に移動してきた。我等はリムの兵を引き連れて助太刀に来たのじゃ。ディーはミーアのところに移動したぞ。」
200の増員はありがたい。その上アテーナイ様はワンマンアーミーだしね。
リムちゃんは部隊を2つに分けて、1部隊をラケスの方に向かわせたみたいだな。
あっちは、イゾルデさんもいることだし、これで少しは楽になるぞ。
「婿殿。1度後ろに下がって、リムに【クリーネ】を掛けて貰うのじゃ。その姿では動きも鈍ろう。」
何時しか俺の体は返り血で真っ赤に染まっている。革のシャツからは血が滴っているほどだ。
アテーナイ様に軽く頭を下げると、後段で指揮を執っていたリムちゃんのところに駆けて行く。
俺を一目見て、直ぐに【クリーネ】をリムちゃんが掛けてくれる。傍の亀兵隊が差し出したカップの水を飲み干して、急いでアテーナイ様のところに戻る。
舞うように長剣で敵を刈り取るアテーナイ様には殆んど返り血を受けていない。
ある意味、達人だよな。
俺は感心して、しばしその姿に見惚れる。
その時…周囲の物音が全て消えた。周囲の敵兵や亀兵隊の姿がぼやけて行く。
明るいような、暗いようなそんな空間に1人で俺は立っていた。
「久しぶりじゃのう…。」
「長老ですか、いまはちょっと…。」
「大丈夫じゃ。今いるこの場では時は意味を成さぬ。お主の鼓動1つの時間が過ぎ去るだけじゃ。
それより、激戦じゃのう…。そして、なぜにこの場で我の奥義を使わぬ。使い方は伝えた筈じゃ。兵を損耗せぬ内に、使うが良かろう。」
え?…そんなの、教えて貰ったかな??
「フム。体に刻んだ筈じゃが、脳が理解しておらぬか…。仕方あるまい。ワシがしばしそなたを動かす。そしてその動きを記憶するが良い。その動きはお前の体が知っている。」
突然、喧騒が周囲を満たす。
ウオォー!っと叫びながら剣を振り下ろす敵兵をわずかな体さばきでかわすとグルカでその体を両断する。その後ろから来た敵兵もグルカを振り下ろす事で対処する。
…ん?ちょっとおかしくないか。俺は振り下ろしたグルカを上げていないぞ!
そっと左手を見る。…そこには2本の腕が1本ずつグルカを握っていた。慌てて右手を見るとやはり2本の腕が刀を1本ずつ握っている。
そして、俺の意思と無関係に、普段の3倍程の跳躍力でアテーナイ様の元に戻った。
「おや?…ちょっと見ぬ間に姿が変わったのう。ひょっとして婿殿は獣使いの一族じゃったのか?」
「いや、そんな訳ではないのですが…。これは技で姿を変えているのです。」
そんな事を言いながら、互いに舞うような動作で敵兵を刈り取っていく。
「先程の動きとはまるで違うの…。無駄な動きが全く無い。そして、その手の数じゃ。得物が先程と同じである事からして、確かに技である事は納得するが、ホントに自在な動きじゃな。」
とアテーナイ様は感心しているけど、実際には俺は話をしているだけで、この体を操っているのはカラメル族の長老だ。
流石にエーテルを自在に操る種族ではある。
周囲に溢れる気の流れが、これ程激しく敵を刈り取っているのに全く乱れを生じさせない。
これ程までに気を制御する事が俺にも可能になるのだろうか…。
「ほれ、これが最後じゃ。少しは理解出来たろう…。」
そう長老の意思が俺に流れてきたとたん、体の動きが俺の意思下に戻った。
まだ、俺には4つの腕が備わっている。そして、その動かし方、体のさばき方も覚えている。
ウッラァー!…そう大声を上げると敵兵の中に大きくジャンプした。