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#423 大攻勢の始まり



 深夜に天幕を抜け出し、作戦本部から離れた大木の下でタバコを吸っていると、カリストの南がぼんやりと赤く光っているのが見えた。

 

 「潜航艇の攻撃で多目的船が燃えているのよ。」 

 何時の間にか、姉貴が来て俺にシェラカップを差し出す。グイっと飲むと、蜂蜜酒のお湯割りだ。

 「連動した作戦って事?」

 俺の言葉に姉貴が頷く。

 「…本来、必要な補給品の3割程度しか、スマトル軍には届かないわ。最初は100隻近い艦隊で海を渡ってきたけど、近頃は30隻程の小規模なものになってきた。兵隊の増援は無くなり商船を使った食料運搬に変わってきたみたい。

 最初は多目的船が護衛についていたけど、今は護衛も無し。この戦も先が見えてきたわ。

 敵軍の食事を作る煙が日毎に減っている。3日前から1日1回になってるわ。」

 

 輸送量が3割か…。1日1食となる訳だ。士気は相当に低下していると思うぞ。

 そして、それが長期化した場合、指揮官の決断は1つしかない。全軍の一斉攻撃…。

 姉貴達は、そのタイミングを慎重に見計らっていたのだろう。

 カリスト包囲戦であれば味方の損害は軽微だが、一斉攻撃となるとそうはいかない。

 スマトル侵攻軍が当初の計画通り戦を進めている中で、俺達の反攻を行う事が重要だ。

 連合王国全体を征服するための計画であれば、スマトル軍も自軍の損耗を防ぐ方向で戦いを進める。

 だが、食料目当てにカリストを攻めるとなると、スマトル国王の思惑から大きく外れる事になる。軍隊というよりは略奪者の集団となる訳だ。相当な損害を受けるだろうが、カリストとて無事には済まない。略奪と無差別殺人が行われる筈だ。

 

 「明日の段取りだと、東のスマトル軍が西の部隊と合流するよね。リムちゃん達で支えられるの?」

 「絶対に、無理。…だから、アキトの所に来たのよ。…西の爆撃が終ったら、時計回りで東の敵部隊を可能な限り爆撃して。タイミングは東の部隊が北に動いてからで良いわ。」

 

 「動くのか?」

 「動くしかないの。西の軍がカリストの港を廻って押し寄せるから、自然と北方向に膨らむ事になるわ。」


 それを爆撃すれば、膨らむ方向が東になるぞ。

 カリストから東に20kmも進めば、大森林地帯の森が始まる。小さな漁村があるらしいがとっくに避難しているだろう。


 「大森林地帯に追いやるのか?」

 「この国土は私達の味方よ。」

 俺の問いに、頷きながら姉貴が呟いた。

 

 俺達が昔、大森林地帯に足を踏み込んだのは、サーミストの王都よりももっと北からだ。

 大森林地帯の森は南に向かう程。魑魅魍魎の世界になる。 

 姉貴達は、そこへ侵攻して来たスマトル軍を追いやる事を本気で考えているらしい。


 「果たして、飲み込めるかなぁ?」

 「そこは、微妙だけどね。…私も同じ質問をしたんだけど、誰も答えてくれなかったわ。…しばらくした後で、アテーナイ様が火を使えとサーシャちゃんに言っていたけど。」

 

 それで、サーシャちゃんが納得したとなれば、アテーナイ様の考えはされに奥深くに敵軍を追いやる考えだな。森を焼くという事では無いだろうけどね。

 

 「話は変わるけど、バビロンからの返事はまだ来ないの?」

 「アキトが別荘にいた頃に一度連絡があったわ。ユグドラシルと激論中みたい…。」

 

 意見が分かれたという事なのかな。どちらも高性能の電脳だ。俺達よりも深く正確に結果を判断できる筈。それが激論中となると穏やかな話ではないけど、ここは任せるしかなさそうだ。


 断続的に炸裂音が聞こえてくる。

 「始まったみたいね。本格的な反攻は早朝からになるわ。アキトも準備をお願い。リムちゃんとミーアちゃんを守ってね。」


 そう言って、俺のカップを受け取ると天幕に歩いて行く。

 俺も、そろそろ準備に取り掛かろうとイオンクラフトへと歩いて行った。

                ・

                ・


 「だいぶ待ったぞ。」

 イオンクラフトの荷台からラケスが俺に言った。

 「リム殿が先程、爆裂球を大量に置いて行った。砲弾用が30個に、袋に入った爆裂球が60個だ。」

 「足りないかも知れないな。もう30個程貰って来てくれ。」

 ラケスは素早く部下に指示して爆裂球の追加を行う。


 「俺達も1人5個は持っている。これ程大量に持ち込んでどうするんだ?」

 「ちょっと集まってくれ。早朝の作戦を伝える。」


 焚火の近くに数人を集めて、地面に簡単な絵を描いて明日の攻勢の概要を伝える。

 そして、俺達の任務である西の部隊への爆撃とその後に行う東の部隊への牽制爆撃を説明した。


 「いよいよ大攻勢か…。その先駆けを務めるとなれば名誉な話だ。」

 ラケスはそう言って、焚火でパイプに火を点ける。

 「問題は東だ。…敵軍が集中するが圧倒的に味方の数が足りない。ラケスの部隊もミーアちゃんの手助けをして欲しい。」

 俺の言葉を聞くと、若い兵隊がどこかに走っていく。

 「彼が伝えた筈だ。ミーア殿の指揮に入れとな…。なるほど、大量の爆裂球は西ではなく東で使うんだな。」

 「あぁ、2つの大軍が合流するんだ。少なくとも10万は越えるぞ。」

 「そして、味方の数は5千程度…。オイ!爆裂球を集められるだけ集めて来い。」

 隣の男にラケスが指示を出す。

 確かに、幾らあっても足りない位だ。


 「そう言う訳だったか。リム殿が次は東の部隊にボルトと矢を届けると言っていたのだが、何故かは分からなかった。…確かに大量に届けねばなるまい。今夜は、徹夜で柵を補強しているだろう。」

 柵だけでは無いだろう。杭や空掘まで作ってるんじゃないかな。

 出来れば無駄な努力になれば良いと思う。


 「いたいた!…私も行くからね。」

 そう言って薙刀を担いだ姉貴がやって来た。

 何時もと違い、鎖帷子に装備ベルトを付けている。腰のバッグから袋を取り出して、膨らんだ革袋を取り出した。

 その袋を操縦席の足元に置いて、薙刀を椅子に革紐で縛っている。


 「爆裂球の爆撃が終了次第、ミーアちゃん達を援護するからね。アキト達も、準備はしといて。」

 姉貴の言葉に皆はガルパスを呼び寄せ鎧と武器を装備する。予備の矢も一纏めにして革紐で結ぶと弓と一緒に荷台の枠に結んでいる。

 「アキト殿は鎧は使わないのですか?」

 「あぁ、バジュラに乗ってる分には良い鎧なんだが、徒歩だとね…重すぎるんだ。」

 

 そう言って、装備ベルトに刀だけを縛り付ける。

 カリストの東西から炸裂音が聞えてくる。かなりドロドロとした重低音で聞えてくるから一斉攻撃が始まったのかな。

 空を見ると、東がほんのりと明るんで来た。


 「マスター!…サーシャ様から洋上で攻撃開始の合図を待つように、との指示です。」

 「良し。全員乗車!」

  

 俺達は荷台に、姉貴は操縦席に乗ると、直ぐに装備ベルトのカラビナにロープを通す。

 前回同様、大森林地帯の森の梢を掠めるようにして海を目指す。

 海上に出たところで、攻撃開始の合図をジッと待つ。

 

 今回の主役は正規兵だ。徒歩兵だから準備に時間が掛かる。装甲車を所定位置まで移動するのも大変だろうな。


 敵陣の後方2km程の海上を、30m程の高さで停止しているから、敵陣の様子が双眼鏡でよく見える。

 周囲には敵船の陰も無く、上陸に使った軍船の大部分は焼かれたか、解体されたかの運命を辿ったようだ。

 それでも港の入口には数隻の支援船が浮んでいる。

 

 散発的に東西の敵陣に砲弾が打ち込まれ炎が上がる。ここから見える火炎弾の数倍が榴弾として降り注いでいる筈だ。

 敵陣がうねるように蠢いているのが分かる。

 

 そして、西の敵軍を見ていた望遠鏡の視野に10個程の火炎が上空に開いた。

 信号筒が使われたようだ。


 「マスター、爆撃指示です!」

 「爆撃は西の部隊を3回だ。北方向に2回、南に1回。そしてカリストの北側を東に回って、敵の東のど真ん中を攻撃する。…準備は良いな。行くぞ!」


 ディーがイオンクラフトの高度を上げて、敵軍目掛けて速度を上げる。上空40m程を時速70kmまで速度を上げた。

 前方で砲弾が炸裂すると、砲撃が中断する。

 そして、敵陣に差し掛かった時、俺達は砲弾を敵陣に撒き散らす。敵陣を過ぎると、俺達の通った後に炎が上がっているのが見えた。

 イオンクラフトが大きくUターンをすると、再び砲弾を落とす準備を始める。

               ・

               ・


 「後は、ケイモスさん達に任せれば良いだろう。」

 3回の爆撃の間に砲弾を装填したのだろう。敵陣に炸裂する砲弾を眺めながら、俺達はカリストの北を大きく迂回する。再び大森林近くで上空に待機して指示を待つ。


 「だいぶ、こちらも動いてるようだな。…というより、西から敵軍が押し寄せてるのか?」

 「それが、サーシャちゃんの狙いだからね。今の所は予想通り、って奴だな。」

 「カリストも頑張ってますね。確か港は海まで1M(150m)程ですから、投石具を使えれば選り取りみどりじゃないですか。」

 爆裂球の炸裂する場所が離れてるから、屯田兵があの一角で頑張ってるんだろうな。


 「良いか。爆裂球5個はバッグに入れておけ。それ以外の爆裂球は全て投げ落とすんだ。」

 「それは、大丈夫だ。俺達の戦はこの船を下りた後になる。」

 ラケスが俺を見てニタリと笑う。

 

 時間潰しにタバコを吸って待っていると、段々と東の敵軍が膨らんできたのが分かる。

 俺が吸い終わったタバコを吸殻入れに仕舞い込んだ時、ディーが振り返って大声を上げる。


 「マスター、攻撃指示です!」

 「分かった。良いか、持ち込んだ爆裂球を全て始末しろ。出発だ!」

 

 滑るようにイオンクラフトが敵陣に突っ込んでいく。敵陣に差し掛かると、どんどん爆裂球の紐を引いて荷台から投げ捨てる。

 先程よりも速度が遅いのか、炸裂する音が真近かに聞えるぞ。そして、カン、カン…と荷台に矢が当たる音が炸裂音の合間に聞えてきた。


 矢位では問題は無いだろうが、バリスタのボルトが当たったら面倒な気がするが、敵はバリスタを打ってこない。バリスタを装甲車に積み込み、西で戦っているのだろうか?俺達の装甲車が負けるとは思えないが、数の脅威は依然として存在する。無茶をしなければ良いんだが…。


 「これで、最後だ。」

 「俺も、後2個だ!」

 そんな声が聞こえてきた時、ディーは進路をカリストの北に取る。

 俺と姉貴をミーアちゃんの部隊に置いてもらって、ディーはラケス達を乗せて作戦本部の方に飛んで行った。

 

 「お待ちしてました。」

 ミーアちゃんが出迎えてくれる。リムちゃんも、ミーアちゃん部隊の後ろにいると言っていた。

 「どんな感じ?」

 そう言って姉貴が地図を広げる。


 敵軍は約1km先にいる。俺達の前には2つの柵とその間の深さ1m程の空掘。そして目の前の杭だ。

 杭にはズラリと盾が並べられており、盾が無い場所はロープが幾重にも張ってある。

 杭から前方30m程の所に最初の柵があり、その先20mに空掘が東西に走っている。そしてその先20mにもう一つの低い柵があった。

 カリストの町に向かって、づっと杭が続いている。ロープは張ってあるが、明らかに手薄だ。

 俺達が守るのはそっちだな。

 

 「クローネさん達はもっと東に大砲を並べています。横に向ければここも援護圏内になります。」

 「東が手薄だな…。」

 「ラケスさんの部隊に援護して貰おうと思います。」

 それしかないか。ちょっと寂しい感じがするが、正規兵3千がどの程度働いてくれるかが勝負の分かれ目になりそうだ。

 

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