#409 偵察?
別荘に来てから4日後の昼下がり、俺達はリビングに集まって地図を睨んでいた。
スマトルの威力偵察部隊がこの地に接近しているとの情報が入って来たためだ。
もっとも通信が入る前に、ディーが教えてくれたから慌てる事は無い。
軍船の速度は50人の櫂による航行だから、この地へ到着するのは今夕方近くになるだろう。その方がスマトルにとっても夜間の上空偵察が可能だから都合が良い筈だ。
バタンっと扉を開けてアルトさんが走り込んできた。
「やってきたぞ。まだ望遠鏡でも詳細は分からぬが…。」
ハァハァと息を吸いながらそれだけ言うと俺の隣に座って、温いお茶をゴクリと飲み干す。
「やはり、夜ですか。」
「さっきも言ったと思うけど、敵の空軍が大蝙蝠だからな。それを見込んでいると思うよ。」
「では計画通りに…。」
ボルスさんの言葉に俺は頷く。
ボルスさんは部下を1人残してリビングを出て行った。
「しかし、町の解体等間に合うのですか?」
「全部は無理だよ。でも、柱や板材は次の町を作る上で必要だ。運べるだけ運ぶのが計画だ。それに、家屋の密集を間引けば延焼を少しは食い止められる。」
出来れば全部解体して運びたいが、どだい不可能。ならば、と言う訳で敵の爆裂球攻撃を受けても町全体が消失しないように、要所要所の家を解体して防火線を作る事にした。
解体した材料を町民が非難した先に運べば、船大工達が急造の小屋位は作ってくれるだろう。
ボルスさんとデクトスさんが指揮を執り、500人程で取り掛かるらしいから、上手く運べば10軒近い家屋を解体出来るだろう。
「迎撃はせぬのか?…つまらんのう。」
「大蝙蝠は対空クロスボーを使うよ。でも、軍船からの攻撃を受けたら引き返すように指示してる。砦には3台の大型バリスタがあるから、それで迎撃するんだ。」
「こっちはどうかのう…。通信では準備完了と言っておったが、港はあまりにも海に近い。」
「最悪を想定して脱出路はあると言っていたよ。誰がカリストの指揮を執るかは分からないけど、今回は問題ないと思う。…だけど、敵本隊が押し寄せてきたら、脱出のタイミングは微妙だな。」
「まぁ、他の戦線を心配しても始まらぬ。我等はこの地で敵を殲滅するのみじゃ。」
「そうなるね。ところで、亀兵隊を選んでくれた?」
「5人じゃったな。戦闘工兵を選んでおいた。無反動砲も2門ある。彼等をどうするのじゃ?」
「イオンクラフトで戦う。ここからカリストなら攻撃して作戦本部にたどり着ける。場合によっては手助けしたいからね。それに浮遊機雷を使うんだって人手がいるし。」
アルトさんとそんな話をしていると段々と夕暮れが近づいて来た。
2人でテラスに出ると町の様子を望遠鏡で見てみる。
数台の荷馬車が大きな荷物を曳いて坂を上っている。そして町からも、続々と荷馬車や荷車がこちらに向かっているのが分かる。
遥か南東の海上を見るとなるほど軍船がこっちに来るな。
「ディー。距離はどれ位?」
「約10km程でしょうか。現在の速度を維持したとすれば後3時間程でこの地に到達するでしょう。」
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今夜は半月だ。それでも2つあるから、テラスの東屋からぼんやりと漁師町が見える。
そして沖合い1km程のところにいる5隻の軍船が少しずつ近付いてきているのが見て取れる。どうやら、2隻が漁師町を3隻が砦の西を目指しているらしい。
多目的船の後甲板には光球が浮かんでいる。フィールドスコープで5匹の大蝙蝠を確認しているから、やはり今回の目的は威力偵察になるようだ。
「大蝙蝠発進しました。続いて2隊目が甲板に並び始めています。」
監視兵の報告を耳にした時、俺は双眼鏡で軍船の舳先の白波が大きくなったのを確認した。
「来るぞ。ナリスとボルスに連絡だ。」
後ろに控えていた屯田兵の通信兵が、発光式通信器で猟師町に布陣した戦闘工兵のノリスと屯田兵を率いるボルスに連絡を入れる。
さて、俺はバッグの袋からkar98を取り出して、肩に担ぐ。
「とりあえず、別荘の軒下に避難して、ネコ族の者は上空に注意しろ!…絶対に左右に矢を撃つな。南に向かってだけ矢を放て。」
そう言って俺は別荘の軒下に向かう。3人程がテラスの東屋に向かって身を潜めている。
ディーは早速、剛弓を取り出した。対空クロスボー並みの高さまで矢が放てるから心強い限りだ。アルトさんはM36を取り出す。大蝙蝠にどれだけ威力があるか判らないけど、ダブルアクションだからな。俺より連射が出来る。
5名の亀兵隊は爆裂球の付いた矢を持っている。その内の1人は見覚えのある奴だ
確か、サライだったな。少年だったが、今ではお俺と相違ない体格をしている。
見張りの1人が走ってくる。
「報告します。カリストの環礁内に入ろうとした多目的船が座礁したようです。後続の軍船が救助を図るようです。3隻は岬を回りつつあります。」
それだけ言うと、東屋に戻っていく。
「間抜けな話じゃのう。」
「そうでも無いよ。少なくとも多目的船で近付けない事が分かったんだからね。破損箇所を調べれば大まかな深さが分かる筈だ。それより喫水の浅い船なら中に入れるからね。」
「例の強襲艦じゃな。」
アルトさんの呟きにおれは頷く事で答える。
補給には難があるが強襲上陸は可能なのかもしれない。それを次は探る筈だ。
テラスからカリストの南に広がる環礁を見る。波で環礁の位置が良く分かる。そこにゆっくりと軍船が入って来た。
そして、カリストの町で炸裂光が見え、しばらくして低い音が聞えてくる。
直ぐに上空に炸裂光が数個確認出来た。
始まったようだな。
「よく空を見といてくれよ。たぶん爆撃の後でこっちを偵察に来るはずだ。」
軒先から皆が空を見詰める。
「北西方向、距離700。」
ディーの報告に、全員が北西の空を見上げる。
「まだ4M(600m)以上だから、見える筈が無いよ。」
「ディーの距離は、どうも我等にはピンと来ぬな。」
アルトさんが北西の空を見上げながら呟いた。
ディーが使う単位はMKS単位なんだよな。距離だけでもこっちの単位にしといた方が良いのかな?
「ディー。Mで距離は教えてくれ。そして数字の最後にMを必ず付ける事。もし付いていなければ、俺の知ってるm単位だ。」
「了解しました。方向変化ありません。仰角30度。距離2M。」
全員が頷いている所を見ると分かったらしい。俺は頭で換算しなければならなくなったぞ。
「南方向意外はアルトさんにディー、そして俺だけだ。良いな!」
皆が頷いたところで、俺はテラスの真中に置いてあるテーブルに向かった。これを台座に狙えば良い。
Kar98を肩から外してボルトをガシャン…。初弾が装填された。
見上げた空に炸裂光が走る。その光に5匹の大蝙蝠が浮ぶ。
アルトさんがすかさず、M36を連射する。
ふらふらと1匹が落ちて来た所へ、サライが2人程連れて出掛けて行く。
俺も、2発程撃ってみたが、どうやら外れたみたいだ。
「大蝙蝠、第2波接近中です。このままだと、別荘の北3M程の所を通過して砦の上空に出ます。」
アルトさんが拳銃に新たな弾丸を装填してテラスの西に向かう。
俺も、今度はと空を見上げて待った。
「来たにゃ!」
大蝙蝠は修道院の付近で進路を南に変更したようだ。その姿はネコ族の亀兵隊にしっかりと捉えられた。
大蝙蝠が俺達を横切る瞬間に一斉に爆裂球付きの矢を放つ。
大蝙蝠の群れの中で炸裂した爆裂球で2匹が海の中に落ちて行った。
「あれでは、ザンダルーの良い餌じゃな。確かにこの砦には強い見方がおる。」
撃てなかったので残念そうな顔をしながら、M36をバッグに隠したホルスターに戻している。
とは言え、強襲用の軍船が環礁空入り込み、バリスタを盛んに町に打ち込んでいる。
残念ながら距離がちょっと足りないみたいだな。
そして、軍船も爆裂球付きのボルトではなく松明のような火矢を放っている。
砦の方に目をやると、こちらはバリスタで反撃しているようだ。相手よりも飛距離が良いから、軍船も近付けないようだ。
「大蝙蝠第3波が発進しました。」
俺の所に多目的船の様子を見ていた観測兵が報告してきた。
「来襲方向は?」
「真直ぐ砦に向かっています。」
そう言って持ち場に戻る兵を見ながらアルトさんが聞いて来た。
「今度は砦の爆撃じゃな。」
「一度に飛び立てる大蝙蝠は5匹。砦の上に光球を上げれば対空クロスボーで威嚇できる。向うも、積極的には攻撃せずに適当に爆裂球を落として今度は西に曲がって行く筈だ。」
「砦の西を見るためか?」
「上陸地点になるからね。だけどスマトルは大きな事を見落としてる。」
西は誰も防御等していない。そこはサンドワームの生息地。近付くだけで襲ってくると言われてるからな。
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一夜が明けて、海を見ると何時の間にか軍船の姿が見えない。
どうやら、彼等の欲しい情報は手に入れたようだ。
昨夜の襲撃では被害は殆んど発生していない。そしてスマトルは貴重な大蝙蝠を4匹失った。
はたしてそれに見合う情報なのだろうか?
海辺の町は強襲で破壊可能と報告するだろう。そして喫水の浅い船を使えば岸辺にかなり接近できるとも報告するであろうが、たかが2千人が住む程度の町を占領してどうなると言うのだ。その町には食料も水も無い。井戸は俺達が上陸前に破壊する。
町から王都に向かうにはどうしても丘を上らねばならない。その坂道は大軍がとおるようには出来ていないから少人数で十分防衛出来る。
そして、砦はさらに困難だ。
陽動という意味では本隊から離れた、ある意味僻地に上陸するのは定石だと思うけど、最悪の場所を選らんだと思わずにはいられない。
でも、ひょっとしたら、ゾウ部隊でサンドワームが駆逐出来るならかなり脅威になるかも知れないな。
「やはり、一夜限りの戦じゃったな。」
「まぁ、向うも様子を見に来ただけだしね。次はいよいよ陽動部隊だよ。」
そう言って振り返ると、アルトさんの後ろにトレイを持っているディーがいた。
テーブルの椅子に座ると俺達にお茶を出してくれる。そしてディーも椅子の1つに座る。
俺はタバコを取り出して火を点けると、のんびりと煙を吸い込んだ。
「作戦本部への報告は?」
「ボルスが報告していた。やはり数箇所襲われたそうじゃ。被害は殆んど無いが全ての軍船が帰路についたと本部は言っておる。」
さて、姉貴とサーシャちゃんは今回の襲撃をどう考えるのかな?
とりあえずは姉貴の言った通りだけど、スマトルがこの情報をそのまま信じるんだろうか?
とは言え、10万を越える兵員を簡単に上陸させる事は、後の補給を考えるとやはり場所が限定される。
テーバイ女王の指揮する海軍を考えると、どうやら、姉貴達は上陸した侵攻部隊を干乾しにする心算のようだ。