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#406 アトレイムの別荘



 王都に日が落ちると、ディーがイオンクラフトを館の屋上まで移動してきた。

 ガルパスよりも近距離の移動にはこれが都合が良い。

 数日後には士官学校が始まるから、ミーアちゃんとサーシャちゃんも館にやって来た。

 久しぶりに全員が集合したな。


 夕食が終って遅い時間になっても、仲間の会話は進んでいる。

 そんな俺達をタニィさんがマイカップを手に微笑みながら見ているのも、何となく王都に来た事を実感させるものだ。


 「…と言う事で、我等の打撃部隊は中々の腕になったぞ。」

 「夜襲部隊の訓練も十分です。士気は極めて高く、も600M(90km)以上の高速移動の後の襲撃訓練もこの頃は行なっています。」

 

 連合王国の夜はミーアちゃんの物だな。月姫の2つ名の通りと言うわけだ。その内、月光部隊なんて部隊の2つ名が出来そうだぞ。

 サーシャちゃんの方も喜んでる所を見ると初撃の散布界がある程度満足出来る所までになったようだ。

 大量の爆裂球を使うから本人も気にはなってたんだろうな。


 「問題は、強襲部隊と戦闘工兵じゃな。セリウスが3千を率いる事になる。頑張ってはおるが大軍じゃ。中々連動しての攻撃に難があるようじゃ。

 それに、エイオスが頑張っておる戦闘工兵は、次の戦で何を目標とするかを迷っておる。 事前に空堀は作っておるし、要衝となる町の防衛は民兵と屯田兵に任せられると、戦闘工兵の規模からして、亀兵隊の陣を急遽作るような事も無いという事じゃな。」


 確かにセリウスさんは前線向きだよな。

 そして、戦闘工兵の規模は500と聞いている。次の戦は工兵としてよりも、特殊戦に特化すべきじゃないかな。

 

 「エイオスの方は、何とかするよ。やって貰いたい事もあるしね。セリウスさんの方は、この際だからイゾルデさんの助けを借りたらどうかな。100人のカルート槍兵だ。強襲部隊と十分連動出来るし、イゾルデさんがいればセリウスさんも無茶はしないと思うけどな。」

 「我は、更に無茶をする気がするぞ…。じゃが、強襲部隊の連動を重視するなら良い考えじゃ。」

 アルトさんが否定とも肯定ともつかない言葉を呟いたが、姉貴はそうだね。って何かメモをしている。


 「バリスタは大砲と順次交換しておる。ケイモスの部隊は、荷車にバリスタを据え付けて移動を容易にしておったぞ。」

 歩兵支援部隊になるわけだ。バリスタの台数は100台近くあったから、攻撃と防御の両方に使えるだろう。

 「バリスタと対空クロスボーは、王都で更に数を追加しておるようじゃ。都市防衛用に使うと言っておるから、海に近い都市に優先して配布すると聞いておる。」

 

 となれば、アトレイムの別荘、サーミストの港町、モスレムのネイリー辺りだな。両者共に20台ほどあれば良いだろう。敵軍が迫れば増強すれば良い。

 それも、連合王国の爆裂球の備蓄と新たな供給量があっての事だ。

 

 「で、無反動砲の数は揃い始めたの?」

 「あれは、戦闘工兵にのみ配布されておる。飛距離が半分以下という事で、他の部隊では運用に疑問を持っておるものが多いぞ。」

 エイオスに大型獣対策を教えても良さそうだな。上手い具合に、小型爆裂球の炸裂時間が1秒程度まで短縮されている。

               ・

               ・


 次の日。アルトさんと王都の工房を歩いて行く。

 「何を作るか判らぬが、槍を作る工房で良いのじゃな。」

 「あぁ、槍だな。ボルトにも似てるけど…。」

 基本的には投槍の筈だ。ゾウやサイを倒すとなると大型の投槍を作る必要がある。

 

 工房街をアルトさんに付いて歩いて行くと、小さな工房に辿り着いた。

 看板には確かに王国御用達の看板が下がっている。

 無造作に扉をアルトさんが開く。


 「モルテンはおるか!」

 知り合いなのかな。それにしても大声だな。

 「なんじゃ、剣姫様ではないか。また剣を折ったのか?」

 どうやら馴染みの工房らしい。

 「いや。連れ合いが槍を作りたいと言っておるので連れてきた。」

 そう言って、俺をユリシーさんみたいなドワーフの前に押し出した。


 「ふむ。お前さんか…。御后様と勝負したと聞いておる。見掛けは強そうでも無いのう。それで、どんな槍を作るのじゃ。剣姫様が降嫁した相手ならばご祝儀に作ってやるぞ。」

 「実は…。」

 俺は、メモ用紙を借りて槍の大きさと構造を描いた。


 「これは、槍なのか?…場末の工房で大量生産しているボルトと呼ばれる矢にも見えるが…。」

 「その認識で問題ありません。違いは、太さと先端部分です。」

 「太さは投槍よりも太くなるな。そして先端は石なのか?」

 

 メモを見ながらモルテンさんは俺を怪訝そうに見上げた。

 「ボルトはクロスボーで発射されます。飛距離は約300D(90m)といったところでしょう。ですが、俺が必要としているのは、飛距離4M(600m)を飛ぶボルトなんです。」

 「クロスボーは俺も見た。あんな仕掛けで誰もが容易くボルトを射る事が出来る。確かに防御戦では有効だろう。だが、あのクロスボーをどんなに強くしても4Mは無理だ。荷車に乗せるような大型でも精々2Mが良いところだ。

 4Mを飛ばせるとなれば全く別な何かという事になる。

 約束だ。…作ってやる。だが、それを飛ばすところを見せろ。それが条件だ。」


 「良いでしょう。でも、こちらにも条件があります。その槍を100本、揃えてください。もちろん御代はお支払いします。」

 「90本分の代金で良い。10本分はご祝儀だ。」

 そう言って、モルテンさんが俺を見て笑った。


 「まぁ、お茶でも飲んで行くが良い。剣姫様ともしばらくは会っていなかったからな。あれからの冒険談を聞きたいものだ。」

 そう言って、奥の弟子にお茶を言い付ける。

 俺達はカウンターの反対側にあるテーブルと長椅子2つの席に座るとお茶を頂く。

 アルトさんが話し始めた冒険談はテーバイ防衛戦だ。

 その話を、パイプを楽しみながらモルテンさんが面白そうに聞いていた。

               ・

               ・


 姉貴達は最初に講義を行なった士官達を集めて再度講義を行なっている。

 リムちゃんもそれに参加しているから、残った俺達は予定通りにアトレイムの別荘に出かける事にした。

 イオンクラフトで行くと、2時間程で着く事が出来るが、荷台は結構冷えるぞ。

 別荘では、俺達をブリューさん達が迎えてくれた。


 早速、リビングに案内される。

 「かなり修道院が出来ていましたから、修道院の施設を充実させる方向で砦を作っております。」

 そう言って、テーブルに地図を広げる。

 この地図は、前にディーが作った物を複写したようだな。

 

 修道院を中心として、3つの建物が作られている。倉庫が2つに居住棟が1つだ。倉庫も、区割りがしてあって居住することが出来るようにしてある。暖炉まであるぞ。

 外壁は前に作られていた石塀を更に強化しているようだ。東に植林した場所を取り囲むように同じような石塀が出来ている。

 そして、町を見下ろす丘の上にも斜面を利用して石塀と、空堀を作っているようだ。

 西の丘の上には南北に連なる空堀が3列作られているが、更に小さな空堀を並行して作っているようだ。

 外側の石塀には4箇所に大砲が据え付けられるようになっている。大砲だけではなくバリスタも使えるな。

 そして、リビングの西に大きく開いたテラスにの南端には小さな東屋があった。

 

 「あの中で終日監視が出来るようにしました。」

 「なら、これが必携だな。」

 そう言って、土産を広げる。コンパスとフィールドスコープにアルトさん達が使っている小型の望遠鏡だ。

 「使い方は後で教えるとして、通信機の方は?」

 「別荘に小型が2台。修道院に移動式を1台設置しました。小型の方は、この砦の中を移動しながら使えます。そして、通信技能検定合格者が5人詰めています。」

  

 「漁師町の住人の避難は?」

 「猟師達はこの砦に立て籠もると言っております。女子供、それに老人達は王都より北に作った避難施設に向う事になります。その移動は西の開拓をしている600人の屯田兵の半分が支援します。残りの屯田兵はこの砦に参集する予定です。」


 それだけ集まると、修道院の施設では収容出来ないんじゃないかな?

 「砦の建物は収容人員に比べて規模が小さいですけど、これは天幕で代用します。果樹園の規模が大きいですから、問題はないでしょう。」

 

 「この砦に海軍の補給所を作りたいんだ。少し面倒かもしれないが、岬の西と石塀をうまく使って、こんな港にしたいんだが…。」

 俺の描いた図面を見て、工兵隊長に相談するとブリューさんが言った。


 「そうなりますと、港の近くに倉庫を作らねばなりませんね。石作りでなければ2月も掛からないでしょう。」

 「申し訳ありませんがお願いします。」

 「いえ、これはこれで後の利用があります。王都に近い場所に小さくとも外洋を航海出来る船が泊まれる港があれば貿易港として使えます。工事は直ぐに始めますが、国王と相談します。場合によっては少しこの図より大きくなりそうです。」

 

 この場所で、アトレイム王国始まって以来の大戦が起こるのだと誰もが思っている。

 その戦が自分達の将来を決めるのだから中途半端な工事は行なっていないようだ。

 そして、船着場を作ることは敵の上陸も想定されるのだが、それに備えるための対策も、港を作る工事で行なえば問題は無いだろう。

 何といっても、俺達の大砲は敵のバリスタの射程を遥かに越える。

 

 別荘に泊まって、次の日は漁師町に出かける事にした。

 3人で東の坂道に作られた階段を下りていくと、俺の背丈程に伸びた林が広がっている。千本にも達する木々に、柄杓で水を与えている修道女の一団に出会うと軽く頭を下げる。修道女達は無言で俺達に丁寧に頭を下げた。

 

 「元売春婦とはとても思えぬ…。」

 「あぁ、土の修道院に勤める修道女として、もう一人前だね。」

 黙々と林に水を与える光景をしばしアルトさんと眺めた。


 漁師町には柵が無い。それでも通りの入口には門番が立っていた。

 「お早うございます。」

 軽く挨拶して、通りに入るとメイクさんの仕事場に向かう。


 海に面した仕事場に着くと、早速木切れを片付けていた若者にメイクさんを呼んでもらう。

 「何だ、お前等。親方はそう簡単に余所者には会わんぞ。」

 「アキトと言えば判りますよ。一応伝えてくれませんか?」

 

 ぶつくさ言いながらも仕事場の奥に向かって行った。

 そして、直ぐにメイクさんがやってくると、俺達を奥の事務所のような場所に案内してくれる。

 「しばらくじゃな。海釣り大会はデクトスが優勝したと聞いたぞ。だが、一番の大物はアキト達だと言っていたが…。」

 「あれは、大会の前日だったんで残念です。ですが、やはり漁師には敵いません。」

 「ガハハハ…。それを聞けばあいつも喜ぶ。今、呼びに行ったからもう直ぐ来る筈だ。」

 

 「アキトが来たんだって!」

 野太い声が聞えたと思ったら、デクトスさんだった。メイクさんの隣に座り込む。

 弟子が俺達にお茶を運んできたが、酒だ!のデクトスさんの一声でお茶を持っていってしまった。俺はお茶の方が良いんだけど…。


 「海釣りは面白かったな。次の機会が楽しみだ。そして、アキトの仕掛けは中々だ。俺達も少しずつ改良をしている。次も俺達が優勝するぞ。」

 「相手にとって不足無しです。俺達だって負けませんよ。」

 

 そんな話をしながら、デクトスさんが持ち込んだ魚を食べながら酒を飲む。

 「ところで、こんな季節になんの用だ?」

 「用というより準備の確認をしに来ました。早ければ来年。遅くとも3年しない内にこの国を海を隔てたスマトル王国が攻めてきます。

 その準備に別荘を砦にして迎え撃とうとしているのですが、問題はこの町です。避難準備とかはどうなってます?」


 「それは国王の使いの者がやって来て俺達に説明してくれたぞ。

 俺は漁師を率いて砦に向かう。メイク達船大工も一緒だ。屯田兵と名乗る部隊が10人程町に来てクロスボーの使い方を教えてくれた。

 あの程度の弓なら漁師達に問題はねぇ、兵隊達も褒めて帰ったな。」


 「だが、問題が無い訳ではない。1つ分からないのは、俺達に知らせが来て俺達が逃げ出すのにどれ位の時間があるのかだ。身一つで逃げれば良いのか、それとも荷車に荷物を持って運べるのか…、それが分からん。」

 デクトスさんに続いてメイクさんが言葉を続ける。


 「それを教えに来ました。…良いですか。この村に知らせが届いて侵略者が町を蹂躙するまでの時間は半日程度です。

 半日で丘の途中に作った石塀を越えれば安全です。あらかじめ丘の上に普段使わない荷物を持っていく事も考えるべきだと思います。」


 「町はどうなる?」

 「襲撃は2つ考えられます。来年から初まる最初の攻撃は、敵兵の上陸は無いと思っています。それでも、遠方から火矢を放って来るでしょう。火矢は2M(300m)以上の飛距離があります。町は火に包まれる事になります。

 そして、次の襲来時には敵兵が上陸してきます。」


 「ふむ…。最初の攻撃を受けたら俺達は暮らしていけなくなるな。」

 「そこで、こんな事を考えて見ました。」

 そう言って、メモをバッグから取り出して広げる。


 「これは、船を運ぶ荷車か?」 

 「荷車と言うよりも、船そのものを荷車にするんです。これを見てください。」

 

 そう言って木製の車輪の取り付け部を見せる。

 あらかじめ船に車輪の枠を付けておき、イザという時には用意した車輪を枠に付ける。これで荷物は運べるし、町が焼けても再度漁をする事も出来る。

 「これなら、船に荷物を放り込んで直ぐに逃げられるな。」

 「船が無い奴らの荷物も運べるぞ。」

 

 「これは何隻か改良してやってみる。上手く行けば皆で街を離れるまでの時間が短縮出来るだろう。」

 

 敵を迎え撃つ事は皆が考えているけど、住民をどうやって安全に避難させるかまでは対策が進んでいないようだな。

 これは、海辺の村や、町を一回りした方が良さそうだ。


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