#399 軍船の種類
初夏を迎えた村は何となく楽しそうだ。
畑に向かう農家の人達も農具を担いだり、野菜を取り入れる籠を担いで朝早くから通りを歩いて行った。
作物が一番生育する時期だからなんだろうな。作り甲斐を直に感じられるのかも知れない。
そんな事を考えながらギルドの扉を開けて、カウンターのシャロンさんに片手を上げる。
シャロンさんが俺に向かってテーブルを指差す…。その方向を見ると、セリウスさんがテーブル席に座っていた。
「お早うございます。どうですか。連中は?」
「お早う。…まぁ、何とかだ。前よりは遥かにマシだな。」
セリウスさんはそう言うとカウンターに向かって指を2本上げる。
しばらくすると、ルーミーちゃんが俺達にお茶を運んできた。
「もう直ぐ、正式な職員だね。」
「はい。狩猟期前にはなれるそうです。色々とありがとうございました。」
にこっと微笑んで俺達にお礼を言うと、事務所の方に入って行った。
「まだ早いかと思ったが、もう立派なギルド職員だ。9月に誕生日を迎えるという事なので、その祝いにとシャロンが手続きを済ませたようだ。」
「益々、シャロンさんに頭が上がらなくなりますね。」
「まぁ、それだけの働きはしているからな。昨夜に家族共々帰宅したのだが、気になってギルドに来て見ると俺のする事は全く無い。」
そう言って、パイプを取り出したので、俺もタバコを取り出して2人でタバコを楽しむ。
「ところで、連合王国の軍隊の規模はどうなりました。増員するとは聞きましたが?」
「亀兵隊は3,800だ。正規軍が8,000。それに、屯田兵が4,000と言う所だな。そう言えば、カルート兵が150人出来たぞ。イゾルデ様が100、アン姫が50を率いているが…、亀兵隊と張り合っている。どちらも作戦本部の直営部隊になりそうだ。」
総勢1万6千人か…。カルートの走りはガルパスより早いとアルトさんが言っていたな。直営部隊と言うよりは火消しと伝令になりそうだ。
「俺が帰る前に、テーバイからカルートに乗った戦士が数名王都に来たぞ。カルートでの戦いをイゾルデ様達が教えて貰っていた。」
「それって、カルートに乗ってモーニングスターで一撃!ってやつですか?」
セリウスさんは俺の顔を驚いたように見た。
「…そうだ。知っていたのか?」
「いや、たぶんそんな所だと思いまして…。テーバイでの戦闘でモーニングスターを沢山彼等に渡しましたし、今年の春先にも置いてきました。」
彼等にとって最高の武器なんだろうな。
でも、カルートに乗ってモーニングスターを振り回すイゾルデさんって…想像しただけでちょっと怖そうだな。
「現在、亀兵隊はモスレムのエントラムズ国境付近に作った本拠地にいる。部隊編成後の訓練にサーシャ様達は忙しそうだ。正規軍はアトレイムでケイモス将軍が訓練中だ。
そして民兵組織だが、アンドレイ達が引き受けてくれた。海岸付近の村や町を優先的に指導している。とは言っても、それらの村に居住している筆頭ハンターと協力して教えているのが実情だろう。ギルドの筆頭ハンターなら村からの信頼も厚い。中々良く出来た話だと思うぞ。」
先ずはクロスボーを扱えなければ話にならない。村人の100人が使えれば、村の防備は容易になるし、小さな村や防備に問題のある村は、他の村に移動する手筈も少しずつ整っている。
「相変わらず、スマトルは軍船の建造を行っています。この間見た時には大蝙蝠の母艦を建造していました。テーバイの時よりも大きそうです。」
「テーバイが温く感じる戦になるのは俺も分かっている心算だ。そういえば、テーバイの女王が海軍を指揮すると聞いているが…。」
「しっかり依頼してきましたよ。サーシャちゃん並の策士ですからね。期待してます。」
「…で、アキトは何時始まると思うのだ?」
「姉貴は、来年には陽動が始まると言っていました。俺も同感です。…しかし、補給戦の建造をまだ行っていません。20万を越える大部隊の補給は重要です。ですから、陽動は偵察をかねたものではないかと…。」
「上陸はしないという考えだな。確かに、補給の重要性はテーバイ戦で思い知った。だが、それは俺達の側であって、スマトル側ではないぞ。…場合によっては軍船に補給品を積むと言う選択肢があるのではないか?」
それも考えられる。これは帰ってから姉貴と相談することになりそうだ。
「新型兵器も続々と工房から届いている。大砲は50を越えた。無反動砲もその位だな。ミーアの方は面白そうな仕掛けを30受取っていたぞ。バリスタは台座を荷車に取り付けて全数正規軍に引渡しが完了している。更に製作して要衝となる町に配置するようだ。そして、対空クロスボーも製作が進んでいるが、これの配置は正規軍と屯田兵なので正確な数は俺には分からん。だが、アン姫の部隊に20程が引き渡されている。」
それだけ引き渡されていれば、訓練が少しずつ始まっている筈だ。陽動の先遣部隊が来年辺りに上陸したとしても殲滅出来そうだ。
若いハンターが数人ホールに入って来たところで、俺達は会話を終える。
あまり、人に聞かせて良い話でもない。
俺はセリウスさんに軽く頭を下げると、家に帰る事にした。
家には珍しくぜんいんが揃っていた。
「面白い依頼は無かったか?」
「アルトさん好みの依頼は無かったよ。それだけ平和なんだね。…でも、セリウスさんが家族で昨夜帰って来たらしい。今度はミク達も一緒だ。」
俺の言葉を聞くと、サササーっとリムちゃんを連れて出掛けて行った。
まぁ、ミク達もアルトさん達と村で遊ぶのは楽しみにしてる筈だ。
「帰って来たという事は、一段落したのかな?」
「向こうにはサーシャちゃんとミーアちゃんがいるからね。訓練真最中じゃないかな。…それで、セリウスさんと情勢を話してたんだけど、気になる事を言ったんだ。補給船を新たに作らずに軍船を利用する事も考えるべきじゃないか、ってね。」
「私達が自分達の考えで相手を計りすぎるという事かしら…。ディー、今の話を元に、現在のスマトル軍船を分別出来る?形状の違いや荷物の搬入口の大きさで、軍船にどれだけの種類があるか調査してくれないかな。」
「了解です。」
ディーはジッとして動かなくなった。たぶん、バビロンの電脳とその配下の科学衛星と情報交換をしているのだろう。
その間に、俺が3人のお茶を入れておく。
「失敗したかな。…20万の軍勢なら当然消耗品の輸送が頻繁に行われるわ。専用の船を作るだろうと考えてたんだけど、良く考えれば効率は悪くても軍船を使う事も出来る筈だわ。」
「だけど、スマトル軍はまだ動かない。今ならまだ間に合う筈だ。」
俺の言葉に力なく姉貴が頷いている。
そして、ディーが目を開けた。
「終了しました。情報端末にデーターを転送します。」
ディーの言葉に、慌てて姉貴が情報端末に転送されてきたホルダーを開くと壁に投影した。
「軍船の種類は4種類です。3ス類の大きさは変わりません。前の3つよりも大型ですが、これは大蝙蝠の発着を容易にしたものと考えられます。
1番目の軍船はこれです。全長60m、左右に50本の櫂が並びます。帆柱はありません。上部に5つの大型バリスタが設置されています。現在の確認数は約250隻です。
2番目の軍船はこれです。大型バリスタはありませんが、甲板に平屋のような構造物がありこと、左右に小型の船が6艘吊り下げられている事から、兵員輸送船と推察します。現在の確認数は約300隻です。
3番目の軍船はこれです。船首に少し小型のバリスタが2個設置されています。甲板の中程に構造物がありますが、大きなものではありません。そして、船の後ろ甲板には大きな開口部を覆う蓋が2つあります。そして、この船にはマストが2本あります。帆は張れません。初歩的なクレーンとして使うものと推察します。これらの事を勘案すると、この船は多目的ではありますが輸送が主な任務になると推察します。現在の確認数は80隻です。
最後に、上面が大きな平面構造を持つこの軍船です。大きさは70mですが、甲板の大きさは横幅10m、長さは80m程あります。1隻で大蝙蝠100匹は運用出来ると推察します。現在の確認数は4隻です。」
姉貴はその数値を聞いて元気を少し取り戻したように見える。
「その他に、変わった船は作っていないのね?」
「建造は、この4種です。従来の漁船のような小型の船も確認できますが、新たに建造はされていません。小型の船は長さが最大でも20mを越えません。全部で200艘程度です。」
姉貴は最後に1週間毎に軍船の建造隻数を報告してくれるようにディーに頼んでいる。
やはり、作っていたようだ。それでも数は足りないだろう。そして、多目的である以上それ程の荷は積み込めない。1隻で運べる物資は、千人が10日食べる分にも満たない筈だ。
そんな事をしていると、アテーナイ様が1人で訊ねて来た。
「我が君がアルト達を連れて釣りに行ってしもうた。暇潰しに来てみたのだが、何やら深刻そうじゃのう?」
「実は…。」
俺は、スマトルの軍船について簡単に説明した。
「なるほど…。じゃが、婿殿の言う通りまだ間がある。そして、現在建造中の輸送船についての認識も間違ってはおらぬと思うぞ。
20万の軍勢は大食漢じゃ。それこそ湯水のように補給品を消費する。やはり、当初の考え通り、新たに輸送船を建造する事は間違いないじゃろう。今建造している輸送船はその護衛船と考えるのが一番スッキリした考えじゃな。それにしても面白い船じゃな。婿殿も補給船を欲しがっていたのう。新たに我等もその任にあった船を作るのも一興じゃな。」
「資材は別に使うべきです。俺達はスマトルへの強襲を考えておりません。補給は小さな入り江に物資を隠匿して小船で行えば十分です。」
俺の言葉にアテーナイ様が笑い出した。
「オホホ…。済まぬ。やはり、婿殿は覇気が無いのう。若いのだから乗って来るかと思っておったが、やはり釣られぬか…。」
そう言って新手めて俺を見詰める。
「じゃが、テーバイ女王はそう考えぬかも知れぬ。チェスの試合を見て感じたのじゃが、常に2つの手を考えておる。そしてその切替えも見事じゃ。我はテーバイ女王の戦法が攻撃型の防御を考えておると思うぞ。」
待っているのではなく、強襲するのか?
確かにそれだと洋上補給が望ましいが、2つの大陸の間を流れる潮流は速い。ちゃんと補給が出来るのか怪しい限りだな。
「それもあって、3つの補給基地建設は急務でしょう。俺としては、アトレイムの別荘に隣接した新たな砦、ネイリーの南にある入り江、そしてテーバイの港の3箇所を整備したいと思うのですが…。」
「心配せずとも、その方向で進んでおる。但し、補給基地とは名ばかりじゃがな。補給品は基地に集積せずに輸送できるようにしておる。万が一陽動部隊が上陸したら敵の思うつぼじゃ。」
うん、確かに。それなら問題ないだろう。
「ところで、今年はサーミストで海釣り大会をするそうじゃ。早速申し込んでおいたから、来月はサーミストじゃ。」
そんな話もあったけど、出来るのか?…かなりきな臭い情勢になって来てるぞ。
「ひょっとして、俺達も参加ですか?」
俺の言葉に今更何を言うのじゃ。と言うような顔で俺に頷いた。
「我等がチームは、我が君をリーダーに何時ものメンバーじゃ。セリウス達も参加するように後で連絡する心算じゃ。サーシャとミーアは訓練成果によると思うがたぶん参加するじゃろう。」
総勢12人か…。簡単に操作出来る帆船を頼んでおいたけど、ぶっつけ本番で大丈夫だろうか?
まぁ、転覆しなければ、そこそこ何かは釣れると思うけど…。
チラリと姉貴を見ると、まだ口を開けたままだ。相当驚いてるな。