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#398 タイマーと燃える水



 U-401ディーが持ち帰った足踏み式旋盤をユリシーさんに届けたんだけど、その作りに驚いていた。早速弟子に使わせて歯車を作り始めたのだが、出来上がった歯車を見てまた吃驚。


 「これ程の品質で弟子達が作ることが出来るのか…。」

 「大型や鉄製は無理でしょうが、銅や青銅なら加工が出来ると思います。」

 

 長さ1mにも満たないベッドだし、10cm程度の丸棒までが挟み込めるだけだからね。それでも、バイスの自動送りがあるからちょっとしたネジや、回転部の移動により歯車を削り出す事が出来る。

 ただ、動力が足踏みだから、はずみ車で安定した速度を出してもその切削能力は低い。柔らかな銅製品は削れるが、鉄は無理だな。


 「それで、作りたいものは、これか…。」

 俺がいしょに持ってきた時計機構を見ながらユリシーさんが呟いた。


 「えぇ、鳩時計に似ていますが、それよりは部品点数が少ないです。前に簡単な時計仕掛けを王都の工房で作ってもらいましたが、肝心の部品はリンリン達に作ってもらいました。今回はユリシーさんにお願いします。」

 「確か、バビロンから来た職人という事だったな。1度会って話したいものじゃが、王都の連中が離さぬだろう。だが、俺も、職人の1人だ。これ位は何とかなるだろう。」

 

 それなりの自信があるようだ。これまでも色んな物を形にして貰ってるから、これも何とかなるに違いない。


 「それではお願いします。」

 「おぉ、任せとけ!」

 俺の言葉に、片手を上げて答えてくれたが、その目は弟子の旋盤作業に見入っている。

 俺は、黙って頭を下げると会社の工場を後にした。


 家に戻る前に、ちょっとギルドに寄ってみる。

 「今日は!」と何時ものように扉を開けると、ルーミーちゃんがホールを箒で掃いていた。

 「お早うございます。」

 そう言って、俺に頭を下げる。カウンターではシャロンさんが片手を上げて挨拶してくれた。

 早速掲示板に向かうと、張り出された依頼書を眺める。20枚は無いな。昨日、シャロンさんが3つのパーティが村に来てくれた。と言っていたから、これ位の依頼書の枚数であれば、自分好みの依頼を受ける事が出来るだろう。

 大型獣や肉食獣の討伐依頼が無いのを確認すると、シャロンさんのいるカウンターに向かった。


 「どうですか?」

 「今の所は問題ないわ。一時期、ガトルの小さな群れが出たんだけど、アルトさん達が狩ってくれたから、被害も無かったしね。」

 「何かあれば、アテーナイ様やスロット達もいますから、相談してください。」

 そう言って、ギルドを出ると家に戻る。


 家に帰ると、姉貴が情報端末を見ていた。

 「何を見てるの?」

 「ユング達からメールが来たの。ほら!」

 

 そう言って壁に映し出された映像は、ちょっとした挨拶文だけど、ユング達が映っている写真が問題だな。

 どう見てもエベレストの山頂に見えるぞ。その天辺にたって、仲良くピースサインで写っている2人の服装は相当くたびれているけど、この村を去った時のままだ。

 幾ら、性能の良いナノマシンベースの体とは言え、寒くは無いのだろうか?見ている俺の方が寒くなる光景だが、2人とも笑顔でいるところを見ると何ともないのかな…。


 「何とも…だね。寒くないんだろうか?」

 「そう思うよね。それより、この通信文よ。」

 姉貴が笑いながら、写真の片隅を指差す。


 『ヒマラヤに人工的な洞窟を発見。生存者は無いが、フラウは100年程前までは暮らしていた痕跡があると言っていた。コンバットスーツを見つけたので数着頂いた。大型コロニーはバビロンの言う通りかも知れ無いが、小型のコロニーは生存者がいる可能性がある。そして、通信機の不備等で連絡が出来ない場合も想定される。万が一生存者を確認した場合は連絡する。そして、これよりコンロンに向かう。』


 「小型のコロニーもあったんだな。だが100年前とは良くも生き残っていたものだ。」

 「ユング達は小型と言っていたけど、大型のコロニーが破損して機能維持が可能だった場所を言っているのかも知れないわ。その点は後で確認しておくけど…。」


 いよいよ問題のコンロンか。

 遺伝子変異がもっとも劇的に起こった所だ。ちょっと心配だな。

 「無理はしないで、と伝えておいて。こっちの歪解析は結構時間が掛かっている事も伝えといた方がいいと思う。」

 

 俺の言葉に姉貴は小さく頷くと、早速メールの返信を始めた。

 実際には、双方向で話も出来るんだけど、ちょっとした出来事はメール通信の方が互いに煩わしく感じる事は無い筈だ。


 姉貴が情報端末の操作を終えたところで、ディーがお茶を出してくれた。

 「タイマーは何とかなりそうだよ。」

 「出来れば200個程作っておきたいわ。ちょっとした混乱をスマトル軍に与えられると思う。」

 

 混乱で済む筈が無い。ちょっとした艦隊殲滅になると思うぞ。

 そして、その運用はラミア女王に任せれば良いんだが、補給基地を何とかしなければならないな。

 候補地は、3箇所程欲しいところだ。港が無くとも近寄った武装商船に補給品を運べる船があれば良いだろう。そしてその周辺の海が穏やかなら問題ないのだが…。

 

 「早めに、海岸線の地図を作る必要があるね。」

 「クオークさんが進めている筈だから、今年中にはと思ってるわ。高高度から撮影した大型の写真はディーに持ってきて貰ったから、それと合わせれば大森林地帯やスマトルの海岸線も一緒の地図が出来ると思う。それが無ければ海軍の運用は無理だわ。」


 姉貴の言葉に頷いた。

 そして、テーバイ王宮の一室でテーブルに広げられた海図を眺めながら作戦を練るラミア女王の姿が脳裏に浮ぶ。

 

 「ところで、ジェイナスに石油って無いのかな?」

 「石炭はあるみたいだけど、石油は聞かないね。アテーナイ様に聞いてみようか。燃える水の話を聞いた事があるか?で良いんだよね。」

 「えぇ、石油の精製はまだ無理だと思うけど、使い道はあるわ。無ければ代用品を探さなくちゃ。」


 爆裂球の周囲を原油で包む心算だな。バリスタの飛距離が伸びれば発射速度が増す。その時に通常の火矢では火が消えてしまうのを恐れての事か?

 原油ならば植物油に比べて消え辛いのかも知れ無いが、やって見なければ分からないと思うぞ。

               ・

               ・


 1月も経った頃に、アテーナイ様が訪ねてきた。

 テーブルに座ると、俺と姉貴の前に小さな箱を置いた。

 「ユリシーから頼まれたものじゃ。婿殿に渡せば判ると言っていたが、何なのじゃ?」

 箱にはゼンマイを巻く穴が1つ開いている。そして、箱から針金が飛び出して先が丸く閉じてある、更に切り替えレバーが2つ、1つは赤と黒の選択をするようで、もう1つは1と2を切り替えられるようになっていた。


 「前に、サーシャちゃんが考えた兵器ですが、余りにも短時間で作動してしまい効果に期待が持てなかったのですが、この装置で作動時間を伸ばす事が出来るんです。」

 そう前置きして、浮遊機雷の概念をアテーナイ様に説明した。


 「潮流に乗せて敵の軍船周辺を火の海にするとは…、恐ろしい兵器よのう。」

 そう言いながらしみじみとタイマーを見ている。


 「それに関してアテーナイ様に聞きたい事があるんですが…。燃える水の噂を聞いた事がありますか?」

 「その話はラジアンから聞いた事がある。そのような物があるとは信じられなかったが、婿殿がその話をするからには、それを知っているのじゃな。」


 「出来れば、大量に欲しいのです。最低でも風呂桶に20は欲しいところです。」

 「その使い方も分かると言うのじゃな。」

 姉貴の言葉にアテーナイ様が興味を示す。

 そして、姉貴は頷いた。


 「良かろう。ラジアンに調達させよう。じゃが、遥か東の地の王国で取れると聞いたのじゃ。入手は秋以降になるやも知れぬ。」

 「十分です。スマトルの侵攻は今年は無いでしょう。」


 「ふむ、その根拠は何じゃ?」

 「まだ軍船のみの建造です。輸送船がありません。補給の無い軍隊は自滅するだけです。」

 その言葉にアテーナイ様が微笑む。

 「他の者が聞けば恐れおののく事じゃが、ミズキは本質を理解しておるようじゃな。確かにそれでは侵攻は不可能じゃ。

 侵攻と言えば各国とも用水工事が盛んになってきたのう。将来は荒地を広い農地に出来るぞ。」


 用水工事って、空堀の事だよな。

 海岸線だけではなくて、荒地にも何本か作っているようだ。確かに海岸線の空堀は将来的には邪魔者意外の何物でも無いが、荒地に作る空堀は用水に転用できるな。

 そんな将来的な考えもあって海岸線が一段落したところで荒地の空堀作りに一生懸命頑張っているに違いない。


 「そんな工事をしても、各国の財政事情は大丈夫なんですか?」

 俺の言葉にアテーナイ様がにこにこと笑っている。


 「それ程心配せずとも良い。ある意味屯田兵の訓練にもなる。そして、村や町近くの荒地に作った用水路は簡易的なものじゃが、水を送る事は出来るのじゃ。部分的には種を撒いたと聞いたぞ。収穫があれば彼等の収益に繋がる。その上に、軍縮で浮いた金額を投資出来るのじゃ。ミズキの言っていた5千の軍拡も総合的に見れば軍縮じゃ。問題は無いぞ。」


 「となれば、残りは鉄の生産ですね。」

 「うむ。ユリシーが試験的に砂鉄の採取をしておるが従来よりは遥かに効率的と言っておった。鉄鉱石の輸入と砂鉄を使って石炭で製鉄を行う事をサーミストが取り組んでおる。結果待ちじゃが、ダメ元でやると言っておる。」


 敵の状況が情報端末で監視出来るメリットは計り知れない。

 少なくとも予兆を捕らえる事が出来るし、それを確認した場合でも戦端が開かれるのは1月は先になる。

 俺達は、敵の情報分析をしながら自分達の準備を着々と進めることが出来るのだ。

 少なくとも戦力差が10倍以上あるんだから、これ位のズルをしなければ俺達に勝ち目は無い。

 それにしても、タダでは起きないという事か。後10年もすれば一大農業国になりそうだな。


 「ところで、開拓地にはどんな作物を作っているのですか?」

 「最初は、豆じゃな。数年を過ぎて穀物に変えていくのじゃろうが…。農地として使えるまでには時間が掛かるじゃろうな。」

 「今年、セリウスさんの開墾した畑に種を播きました。上手く育つと、かなりの収穫が見込めます。穀物としても使えますから、来年には種を分けること出来るでしょう。」


 俺の言葉にアテーナイ様はにこりと笑う。

 「何よりの話じゃ。楽しみに待っておるぞ。」


 トウモロコシはある程度灌漑が出来た荒地なら育てられるんじゃないかな。茎も燃料として使えるし、何といってもパンみたいに焼いて食べる事が出来る。

 ちょっと磨り潰す手間が要るけど、石臼で挽けば大丈夫だろう。



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