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#392 連合王国構想の裏事情

 


 「兵力の順次投入って事しか考えてないんだもの、イヤになるわ。」

 もう直ぐ、今期の士官学校の講義は終わるという頃に、姉貴が夕食後のお茶を飲みながら俺に愚痴をこぼしている。


 「何かあったんだろね。そのやり方で戦を勝ち進んだというような事が…。」

 「どんな形で勝利を掴んだかは判らないけど、順次投入は兵隊を人間として扱ってはいないわ。初期投入する兵隊で勝利を掴む事は先ず出来ないもの。死兵を容認するような作戦は言語道断。2度やったら直ぐに帰らせようと思ってるけどね。」


 消耗戦を仕掛けるなら、順次投入も手ではある。確かに人道的では無いが、戦に人道を持ち込まず、冷めた目で見ればその方法も選択肢の一つと考えても良いだろう。

 但し、その時にはもう1つの作戦が必要だ。敵の周囲を完全に焦土化すること…。

 その上で兵力の順次投入を図ったなら、敵の進行速度は極めて遅くなる。そして敵軍の輸送が追いつかねば、いかに大軍であろうとも自滅しかねない。


 ひょっとして…、魔物との大戦にこの戦法を取ったのか?

 一時は全滅しかねないところを、当時の勇者達がカラメル人達の力を借りて追い払ったと聞いたが、その時に使った戦法が縦深陣と戦力の順次投入なのかも知れない。

 人間側の最大危機に際して、子供達に未来を残す為に死兵となって魔物達に立ち向かったとするなら、その時の記憶が延々と彼等に受け継がれていても不思議ではない。


 「姉さん。これは俺の推測だけど…。」

 俺の考えを姉貴に説明してみる。

 姉貴はジッと、目を閉じて俺の話を聞いていた。


 「アキトの言う通りかも知れないわ。それで、勝利というか敵を退散させた事で、その戦法が一番であると、ジェイナスの人々は思っているのかも知れない。でも、それはとても危険な事だわ。」


 確かに危険な方法だ。1つ間違えば全滅しかねない。その間違いとは、どのように敵の補給を断つかに掛かっている。補給を断てない場合は唯の集団自殺になりかねないのだ。


 「ロジスティックの理論を彼等に勉強させなければ無意味だよ。戦で大切なのは武勇でも、武器でもない…、補給だ。」

 「やはり、アキトもそう考えるよね。最後の総合演習の前に、じっくり講義してあげるわ。」

 きっぱりと姉貴は言い切った。

 補給の大切さを知るなら兵力の順次投入等、簡単に考えないだろう。


 「後、1月半で士官学校の講義を終えるわ。そしたら、テーバイに行きましょう。」

 「俺の方は、岬の別荘と修道院を要塞化することで、ディオンさんとマリアさんそれにアトレイムの工兵隊長と話を着けてある。

 漁村の人達が全て要塞に収容出来るように考えてあるから、あの辺りに陽動軍が現れても大丈夫だ。

 少し、修道院の建設は遅れそうだけど、…まぁ、それは仕方がないと思う。」


 「不足してる資材は無いの?」

 「相変わらず水不足は変わらない。それでも、2つの貯水池があるから、千人以上要塞に収容しても問題は無いだろうとディオンさんが言っていたよ。」

 

 要塞と行っても修道院を取り巻く石塀を強化して、その前に横幅3m深さ2mの空堀を作るだけだ。西側の石塀の3箇所には塀の高さにまで横15m、横幅6mの足場を築き、ここにバリスタを設置する予定だ。

 そして、別荘のテラスには5台の大砲を据え付けるらしい。漁村に上陸する部隊と要塞に海から接近する軍船をこれで叩く事になる。


 アトレイムの王都には別荘から50kmも離れていない。

 かなり危機感を持って要塞の構築を行なっているようだ。そして、西に広がる荒地に対しても、モスレムの屯田兵に似せた組織を使って、2重、3重の空堀を作っているらしい。

 これは、将来的には灌漑用水として利用する事も視野に入れているみたいで、ちょっと幾何学的な空堀の配置はイオンクラフトから眺めると迷路のように見えるので中々面白かった。


 「強いて言えば、燃料だな。…でも、石炭を輸入して一時貯蔵しているみたいだ。薪は、商会がパイを使って遊牧民から塩と交換している。それでも、不足する事を考えて、カナトールからの木材購入も視野に入れている。」

 「各国とも全体と個を分けて対処しているようね。…王族はそれなりに覚悟が出来たって事かしら。それに引換え、仕官は…。」


 まぁ、それも少しずつ改善していくと思うぞ。

 ダメなら、そいつ等を集めて穴掘りでもさせておけば少しは防御の役に立つ。

               ・

               ・


 姉貴とリムちゃんは、士官学校に泊り込みで1週間の机上演習を始めた。この演習の終了をもって士官学校の今期の講義が終了するから、その間にテーバイに向かう準備をしなければならない。


 ディーと一緒にアルトさんの依頼した工房に出かけて武器を受取りに出掛けた。

 「あぁ、出来ておるぞ。待っておれ。」

 工房の主はそう言って、弟子に木箱を運び込ませる。


 「依頼の品は、棘付き鉄球に鎖がついたこれと、槍の穂先。それに短刀型の大型ナイフだな。それぞれ50個ずつだ。」

 「ありがとうございます。…それと、そこにある長弓ですが…。」


 「これか?…これはお前さんでは引くのは無理だ。トラ族用の長弓なんだが、余りもんだ。」

 「それも、お願いします。ここに4個ありますが、他にもあるんですか?」


 「倉庫に確か、後5個あるはずだ。…ほんとに良いのか?トラ族並みの体力がなければ使えんぞ。」

 面白い物が手に入った。俺の見た狩猟民族の男はダリオンさんとさほど違わない体格をしていたからこれを引けるんじゃないかな。

 矢も、200本程購入すると纏めてディーの持つ大型の魔法の袋に収納する。


 館に帰ってリビングに入ると、アテーナイ様が来ていた。

 「婿殿、そろそろじゃな。」

 「はい。今、贈り物を工房から受取って来たところです。」


 「明日には、アルト達も帰ってこよう。ガルパスは、我が君に任せておけばよい。ロムニーも一緒に連れて行くようにと念を押しておいたから、我等はイオンクラフトでテーバイに向かい、その後でネウサナトラムに向かえばよい。」


 「テーバイは俺達に協力してくれるでしょうか?」

 「それは、大丈夫じゃ。テーバイとて、独自の情報網を持っていよう。その情報を基にすれば、我等との協力はテーバイも望むものじゃ。

 じゃが…、向うからすれば、何らかの条件をこちらに付けるやも知れぬ。その条件が問題じゃ。」

 ラミア女王としては協力したくとも、周辺に対する名目が欲しいのかな。


 「たぶん、婿殿を欲しがるじゃろう。…今の内に言い訳を考えておくべきじゃと思うぞ。」

 そう言って、少し温くなったお茶を飲んで笑ってる。

 冗談じゃないぞ。そんな事になったら…、次の戦がモスレムとテーバイで起こりそうだ。

 

 「それは不味いですよ。」

 自分でも声が震えているのが判る。きっと顔も青白くなっているに違いない。


 「大丈夫じゃ。それは何としても防ぐ心算じゃからのう。…たぶんそこからが本当の交渉になるじゃろう。

 とは言え、もしも婿殿を差し出せば、そこで詰まらぬ交渉はせずとも良くなることは確かじゃな。それ程の影響力を婿殿は持っておるのじゃ。」


 「という事は、姉貴も同じという事ですか?」

 アテーナイ様は面白そうに頷いて、パイプを取り出した。ジッポーで火を点けてあげると、美味しそうに煙を吐き出す。


 「そういう事になる。じゃが、残念な事に各国の王族に年頃の男がおらぬ。もしおった場合はそれが基で戦になっておるじゃろう。

 連合王国の構想自体が、そのような戦を防ぐ為の方策じゃ。

 婿殿を得た国が周辺諸国を統一する事が出来る。

 婿殿達は非常に危険な存在じゃった。

 本来ならば、早期に狩り取るべき存在じゃよ。じゃがのう…。婿殿達に邪心はない。そして、常に回りの者に良かれと接しておる。

 非情に徹するという事も可能じゃが、もしも婿殿を仕留めた後のミズキの存在が無視出来ぬ。

 ミズキ1人でもモスレムを滅ぼす事は容易じゃ。

 ならば…、各国が共有出来るようにすれば良い。

 それが、連合王国の構想の始まりじゃよ。じゃが、これが中々面白い。各国の垣根を取り払うと、それぞれの国が抱える問題の大部分が解消出来そうじゃと判った時の王達の顔と言ったら、ほほほ…。」

 

 何かツボに嵌まったみたいで、アテーナイ様は笑い出した。

 俺も、タバコを取り出して火を点ける。


 「ほほほ…。済まぬ。いやな…、口をアングリと開けて呆けておったのじゃ。

 何故に、今まで考えもしなかったかと互いに言っておったぞ。

 後は、ごらんの通りじゃ。じゃがのう…、もしも、前のように各国で互いを牽制しているような国家であったなら、スマトルの脅威にモスレムを始め周辺諸国は飲み込まれた筈じゃ。」


 俺達の存在が連合王国を作り、そのおかげでスマトルの脅威に何とか対処出来るという事になった訳だな。

 やはり、積極的な世界への介入は大きなうねりを生んだようだ。

 とは言え、今更後戻りも出来ない。ここまできたら可能な限り助力しなければならないな。


 「とは言え、婿殿。…もしも、歪を優先せねばならぬ時は、迷わず歪の除去を頼む。スマトルとの戦に破れても人類が滅びる事はない。じゃが、歪が消えねば人類の終焉じゃ。」

 「無情と言われようとも…。」

 俺は、そう言って頷いた。

 俺を見ていたアテーナイ様も、満足そうに大きく頷いている。

               ・

               ・


 「そんな事があったんだ。おかしいなとは思っていたんだけど、やはりそうだったのね。」

 「姉さんは判ってたの?」

 「薄々はね。急に4つの国が協力的になったでしょ。その裏に何があったのかな。って考えるとね。色々と見えてきたの。」


 姉貴が士官学校の講義を終えて館に戻って来た夜に、俺はアテーナイ様との話を告げた。

 吃驚するかと思ったけど、姉貴の反応はそれを推測していたようだ。


 「でも、結果良ければ…。って言葉もあるからね。良いんじゃないかな。歪についても王族にその覚悟があれば十分よ。」

 「だけど、スマトルの侵攻は早まるかも知れないよ。」

 「その時は、その時。…スマトルに全力を傾けましょう。」


 明日には、嬢ちゃん達が帰ってくる。その翌日にはテーバイに向けて出発だ。

 姉貴の言うように、歪除去の方法はまだ見つかっていない。ユグドラシルとバビロンの電脳が観察とその除去方法に努力をしているのだろう。

 そこに俺達が出来る事は無い。

 ならば現在の俺達の仕事は、スマトル侵攻の対策を十分に行なう事でしか無いだろう。

 出来ればテーバイには灰色ガトルの毛皮6枚で我慢して欲しいと思うけどね。

 

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