#383 地下帝国
俺とアルトさんはイオンクラフトで一旦村へと戻る事にした。
途中で、グライトの谷に設けた新鮮組1番隊の野営地に立ち寄って、セリウスさんと近衛兵達を回収する。
俺とアルトさんが留守の間の連絡が可能なように弓兵達が残留する事になった。
イオンクラフトを使えば1時間は掛からずに駆け付けられるから、グレイさんもこれだけの戦力があればグライザム単体ならば時間稼ぎが出来るだろう。
それに、新鮮組の目的は救援であって迎撃ではない。
後をよろしくと告げて、俺達はリオン湖をイオンクラフトで滑るように村へと帰った。
山荘の庭に下り立つと、俺達は山荘のリビングへと足を運ぶ。
ディーは、イオンクラフトを俺達の家に持っていった。そして、情報端末を運んでくるらしい。
アテーナイ様が俺達をテーブルの席に着かせると、侍女にお茶を用意させた。
「先ずは、ご苦労であった。数名の死者が出てしまった事は残念だが、今となってはどうする事も出来ぬ。
幸いにも、リザル族のハンターとサーシャ達が付近で狩りをしておったことから、早急に手が打てた。もしいなかったら、今期のハンターのレベルが低い事もある。半数近くが被害を受けて、この村に押し寄せてきたかも知れぬ。
じゃが、我はあのような獣の統制を初めて見たのじゃ。何かの前触れかと思いお前達に集まってもらったのじゃが…。」
「ガドラーとガトルならば良くある話だ。ガトルの大きな群れをガドラーが率いる事はハンターに良く知られている。
しかし、グライザムがそこにいるとなれば話は異なる。
少なくとも両者の争いになるはずだ。異なる獣であれば確実に起こるだろう。」
セリウスさんの話に一同が頷いた。
スマトル軍の獣使いが率いる獣達も、異なる獣ではその場で争いが起こる。おかげで助かった時もあった。
「遅くなりました…。」
そう言ってディーが情報端末を抱えて入ってきた。
電源を入れっ放しだったような気がするけど、別の電源スイッチがあるのかな?
ディーが姉貴の前に置くと、早速姉貴がネウサナトラム村の周辺を調査し始めた。
しばらくすると端末から顔を上げて、ディーに端末を譲って、引き続き何かを調査させている。
「宜しいですか。…皆さんは、あの獣達がどこから来たと思います?」
姉貴はそう言って俺達の顔を眺めた。
「カナトールの大掛かりな獣討伐のせいではないのか?」
「私も、最初はそう思っていました。でも、アテーナイ様の訝りようが余りにも気になったので、先程簡単な調査をしてみました。
…ディー。投影、お願い!」
情報端末から壁に向かって画像が投影される。
姉貴はアン姫から矢を1本借りると、矢の先で画像の説明を開始する。これがサーシャちゃんだと、爆裂ボルトを使ってトントン叩きながらやるから、皆冷や汗を流すんだよな。
「先ず、この絵の概略を説明します。この色の濃い部分がアクトラス山脈の尾根になります。この辺りがモスレム王国、こちらがカナトールです。
カナトールで大掛かりな獣狩りが行なわれたとすれば獣の逃走先は、アクトラス山脈とダリル山脈の急峻な尾根に阻まれて西と東になる筈です。
…ディー、サーマルモードに変更して!」
投影された画像に、赤の点が無数に浮んだ。
「この、赤い点が獣だと思ってください。西は乱雑にばら撒かれていますが、この部分に赤が大きく集まっています。何故だか判りますか?」
「確か、国境付近には大きな峡谷があったのじゃ…。」
「そうです。カナトールの獣の逃走は、モスレムのこの峡谷を通過していないんです。カイナル村の屯田兵達は今頃大変な目に合っていると思いますが、峡谷の東に逃れれば人的被害は無い筈です。」
「待て。ならば、あの獣達はどこから来たのだ。カナトールから来たのでは無いとすると…、ノーランド!」
姉貴は、セリウスさんの言葉に、ゆっくりと頷いた。
「少し早いのではないか?…確かにノーランドの王宮を破壊したのは我等じゃが、ノーランドはそれを知らぬ筈じゃ。」
「カナトールの領民にノーランド王宮の破壊を教えています。まだ、残留していたノーランドの敗残兵がその噂を持ち帰ったのかも知れません。」
赤い点はアクトラス山脈の数箇所にも集中している。
という事は、第2、第3の獣の襲来も考えねばならないようだ。
「軍の移動には不向きでも獣を移動させることは出来る。そのような獣道の場所をノーランドは知っているようですね。」
「という事は、更なる獣の襲来があるという事になるのか?」
姉貴は矢の先で、投影された画像を指す。
「この、2箇所に獣が集まっています。この場所から移動するとなると…、早くて10日、遅くとも15日で狩猟期に展開するハンターの狩場に現れます。」
「不味いぞ。狩猟期は後7日間継続される。その後は冬に備える薬草採取に低レベルのハンターが残るのだ。」
セリウスさんが困ったような声を出すが、それは諦めるしか無さそうだ。
「狩猟期は何とか乗り越えられるでしょう。その後は、早期に村人以外の領民を安全に麓へ移動させる事に専念すべきです。
村の備えは、拡張工事に併せて強固にしてますから、村で迎え撃つ事になると思います。麓にも影響が出るかも知れません。軍の展開を考えるべきです。」
「それは、可能じゃが…。獣の種類と数が知りたいのう…。」
「ディー。お願い出来る?」
「了解しました。早速出発します。」
そう言って、ディーが席を立つ。
威力偵察用オートマタだから、この種の任務は十分こなせるな。
「明日の夜には、情報が入ります。私達の家に集まってください。狩猟期はグレイさんとサーシャちゃんの部隊との連絡を密に行なえばとりあえずは心配ないでしょう。」
姉貴の言葉で俺達は解散となる。
情報端末を俺のバッグに詰め込んで家に帰ろうとしたところで、アテーナイ様に呼び止められた。
「やはり、王都には知らせるべきじゃろう。婿殿はどう思う?」
「知らせるべきでしょう。今夜にでもアルトさんが知らせるとは思っていますが…。」
俺の言葉に、アテーナイ様は安心したようだ。
よろしく頼むぞと言いながら俺達を見送ってくれた。
家に帰っても3人だけだから、途中の屋台で夕食になりそうな物を買い込んでいく。
スロットやグルトさん達が頑張って屋台を切り盛りしている。
「アキト、悪いな。屋台を貸してもらって。」
「こちらこそ、有難うございます。グルトさん達なら安心して任せられます。」
そんな事を言いながら、俺はうどん玉を3つ分けてもらった。今夜はうどんとサレパルだな。
ふと、姉貴達を見ると大きな袋を持って満足そうだ。何を買ったのかは何となく判るけどね。
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夕食後に情報端末を姉貴と睨む。どう考えても、俺は納得できないのだ。
確かに、王宮破壊が俺達の仕業であると知ったら、ノーランドは報復を考えるだろう。だが、王宮破壊はカナトール王国壊滅のこちら側の報復だ。
それに報復すれば今度は全面戦争になるとノーランドは考えないのだろうか?
「王都への連絡は済んだぞ。場合によっては亀兵隊2中隊をサナトラム町付近に展開させると言っておる。そして、カナトールの施政官にも連絡するそうじゃ。」
そう言って、俺と姉貴の間にもぐりこんで来た。
「こっちはどうなのじゃ?」
「う~ん、良く判らないのよ。大きく映し出してお茶を飲みながら考えましょうか?」
と言って俺を見る。お茶を入れろって事だよな。
暖炉からポットを持ってきて3人のカップにお茶を注ぐと、ちょっと外に出てタバコを楽しむ。
リオン湖越しに見るアクトラス山脈の山肌に数箇所の明かりが見えるのは狩猟期ならではの事だ。
とりあえず危機は去ったが、これが最後ではない筈だ。狩猟期を経て中堅になるハンター達の無事をリオン湖の主に祈ろう。
リビングに戻ると、鯛焼きを食べながら2人が壁に映し出された画像を眺めている。
アルトさんに渡された鯛焼きを食べながら俺もその画像を見詰める。
そして、ある事に気が付いた。
「姉さん。ノーランドの周囲に国はあるんだろうか?」
「西にはあったよね。でも離れてるし…。東は私達も横断したけど何も無かった筈よ。」
「同じ範囲をサーマルモードの範囲を5~10℃で表示出来ないかな?」
姉貴が端末を操作すると、平原地帯に温度のムラが現れた。
「これって…。」
「間違いない。東にもう1つの大国があるんだ。…地下にね。」
酷寒の地表を捨て、早期に地下都市を築き始めたのだろう。バビロンやユグドラシルも地下のコロニーだ。一旦、地表に出ても、元は地下の住人だ。地下都市を築くのは彼等にそれ程大きな戸惑いは無かったろう。
そして、エルフの隠れ里も、ドワーフの里も地下にある。このジェイナス全体では地表と地下では同じ位の人々が生活しているのかもしれない。
「この地表に現れた温度変化パターンから地下都市の推定が出来ないかな?」
「バビロンに頼んでみるわ。」
俺が鯛焼きを食べ終える頃にバビロンからの返答が返って来た。
「推定人口20万~50万。直径100~500m程のコロニーが20~50個、地下50m程度に作られていると言っているわ。」
ノーランドの衰退を逸早く知った地下都市が、ノーランドに侵攻したのだろうか。
それなら、ノーランドの王都に異変があるはずだ。
姉貴もそれに気付いたらしく、ノーランドの王都に画像を合わせて拡大する。
その画像を食い入るように俺達は見詰めた。
「変化と言うものがどんな物か判らぬが、我には前と同じように見えるぞ。まだ、王宮の片付けは済んでおらぬようじゃな。」
確かに、アルトさんの言う通り変化は見当たらない。
「いえ、変化はあったんだわ。それも現在進行形でね。」
そう言うと更に画像を拡大する。
姉貴は席を立つと壁際に行って建物の一角を指差した。
「これが、その変化よ。…建物は比較的小さいけれど、この建物に向かって2列縦隊で進んでいるのは兵隊達だと思うの。兵隊の数と建物の大きさが見合っていない。」
確かに、兵舎に帰る兵隊はきちんと縦隊など取らずに入る。
更に見れば他にも中隊規模の兵隊が並んで待っているのが見て取れる。
「姉さん。これって…。」
「そうだと思う。ノーランドはあれから、北方の地下世界の覇権を掛けて地下で戦っているんだわ。」
地下世界の戦闘ってちょっと想像出来ないが、トンネルのような場所で争っているのだろうか、それともちょっとしたコロニーのような空間内で争っているのか…。
何れにせよ、負ければノーランドは無くなってしまうから、懸命に戦っているのだろう。
「でも、それならモスレムへ報復等出来ない状況だと思うけど…。」
「この場合、2つの可能性があるわ。ノーランドの仕業だとすれば牽制ね。そして、地下帝国側からだとすれば警告になるわ。」
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次の夜。
俺の家にシュタイン夫妻、イゾルデさんとアン姫、そしてセリウスさんが集まった。
早速、情報端末から投影される画像を使って、偵察から帰って来たディーの報告が始まる。
「アクトラス山脈の稜線の北側に集まった集団ですが、こちらは灰色ガトル約200匹の集団と数名の獣使いを確認しました。もう一方の群れは始めて見る獣です。」
そう言って、情報端末を操作すると、壁面に見知らぬ獣が映し出された。
「なんじゃ、この姿は?…獣なのか、それとも人なのか?」
そこに映し出されたものは、リザル族と良く似た生物だが、決定的な違いが2箇所ある。角と尻尾だ。
頭の両側に顔の前方に突き出た角を持ち、尻尾は足と同じような太さがある。
俺は、人であると思う何故なら、焚火を囲んでいるからだ。獣であれば焚火なぞしない筈だ。
そして、ようやく全体が見えてきたぞ。
姉貴を見ると、ジッと俺を見ていたようだ。俺が頷くと、姉貴も小さく頷いた。
「両者ともアクトラス山脈を越えて狩猟期の狩場に到達するまでには、10日以上掛かる距離にいます。直ぐに移動を開始するような雰囲気はありませんでした。」
そう言って、報告を終えるとテーブルに着いた俺達にお茶を入れ始めた。
「これは…、婿殿。解説じゃ。」
アテーナイ様が俺に話しを向ける。
「これは、今までの出来事とバビロンの科学衛星の監視画像を元にお話するんですが…。」
そう、前置きして、ノーランドの東にある地下の大国の話をした。
その規模を聞いたとたんに全員の顔色が変る。
「姉貴は今回の獣の襲来をノーランドの牽制もしくは地下の大国からの警告の何れかだと俺に言いました。
俺は、警告だと思います。先程、ディーが見せたリザル族に似た生物。彼等が地下の大国を作っているのだと思います。
前に、リザル族の長老が言いました。コンロンより遥か西まで逃れて来たと。何から逃れて、どんな生物と戦ったのかは言いませんでしたが、リザル族と似ていた筈です。」
「なるほどのう…。となれば、その地下国家の頭上に国家を作ったのはユグドラシルを追放された民という事になるの。
どうにか拮抗していた勢力が、我等の王宮破壊と王族の抹殺によって戦へと発展したという事じゃな。
我等の平和を目的としていたが、平和とはかくも難しいものじゃな。ちょっとした均衡が崩れる事で別な戦が始まるとは…。」
「だが、俺はそんな話など聞いた事が無いぞ。」
セリウスさんの言葉にシュタイン様が話を始めた。
「確かに、余り知られていない。わしも、古い書物で読んだ事があるだけだ。ノーランドとの定期的な交易に際しても彼等は一切、その事に触れてはいない。
良いか、書物の記載は確かこうであった。
アクトラスの北東に大帝国が存在する。その場所を知るものは無く。その住人を知る者もいない。だが、我は見たのだ。暗闇に金色の伽藍が建ち並ぶその王都の姿を…。
たぶん、数百年前に誰かがその地を見たのであろう。
地下に存在する帝国と言うのであれば、あの書物の話は本当だったのだろう。」
「わが君が知っているという事は、4つの神殿の長老各ならば知っているかも知れぬ。これはイゾルデに頼む。
そして、その対策じゃが…、頭の痛い事になりそうじゃ。イゾルデよ。トリスタンに各国の王を集めさせて対策考えねばなるまい。
連合王国は南の脅威で手が一杯じゃ。同時に2方面で戦端を開くなぞあってはならぬ。
じゃが、それも相手次第…。困った事になりおった。」
アテーナイ様の言葉に全員が顔を落とす。
確かに、国難だよな。
「とは言え、相手が大国でもアクトラス山脈を大軍が移動できる道は限られています。この道は何れも峠道、封鎖は容易な筈。そして、山脈を越えてくる部隊は少数の部隊になる筈です。
となれば、それらの者を逸早く見つけて攻撃する専門の部隊を作れば良いでしょう
幸いにも、もうすぐアクトラス山脈は雪に閉ざされます。冬に部隊編成を終えて来春から展開すれば俺達の方が少し先を行く事が出来ます。」
「確かに良い案じゃ。その話もトリスタンに伝えるが良い。」
本当は、リザル族にこれを頼みたかったんだが、相手が人間だからな。
だが、1度は話してみようと思う。彼等が協力してくれるならかなりの範囲の哨戒を任せられる。