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#379 狩猟期の朝



 晩秋の山の朝は、村よりも寒く感じる。

 冬用天幕から抜け出して外に出ると、冷たい空気が気持ち良い。

 【フーター】で桶にお湯を出すと、顔を洗って焚火のところに行くと、アルトさん達が焚火の番をしていた。

 

 俺が焚火の傍に座ると、ミューさんがお茶を出してくれる。

 「有難う。…サラミスは寝てるんだ!」

 ミューさんの隣でサラミスが大の字になって寝ている。イビキまで掻いているけど、結構大きなイビキだから獣も不審に思って近付かないかも知れないな。


 「昨日は頑張ってたにゃ。今日も残りがあるから、明るくなって来てから眠らせたにゃ。」

 ミューさんがそう言って、サラミスの上に掛けているポンチョのようなマントを直している。

 ちょっと羨ましい光景だな。

 

 皆が起き出して、焚火の周りに揃った所で朝食の準備をマチルダさん達が始めた。

 そして、アルトさんとようやく起き出したサラミスが周辺の見回りに行く。

 しばらくして2人が戻って来たところで朝食となる。

 

 「今日は、残りの立木を伐採すれば終わりだな?」

 「出来れば、野営地の周りに鳴子を仕掛けたいですね。」

 「それは、我等がするのじゃ。アキト達は頑張って伐採に専念するが良い。」

 

 そんな話をしながら朝食を終えると、一休みして俺達は残りの立木の伐採を始める。

 崖に見えそうな急峻な坂の上だからゴツゴツした岩が多い事から太い幹は少なく、精々20cm程度だ。

 午前中に作業を終えると、姉貴の言う見張り台をどうしようかと迷い始めた。


 「どう考えても、森の中に見張り台は無理があるぞ。飛び切り大きな幹があれば利用する事も出来るが、周囲の森にそんな幹は見当たらん。」

 「…ですね。姉貴に相談してみます。」


 アルトさんに頼んで、こっちの状況を姉貴に連絡して貰うと、直ぐに返事が返って来た。

 「どうやら、北門の櫓で常時監視をするようじゃな。天文台の2人に頼む事にすると言っておる。」

 あの小さな望遠鏡で監視するのかな。方向は目盛環で判るから、それだけでも位置を特定するのは容易になる。

 地図とコンパスは持ってきたから、姉貴の指示で動けば問題ないだろう。


 俺は、あらかじめ用意した小さな図版に地図を載せると皆に地図の見方と、コンパスの使い方を教える。

 「この地図の北門の位置はここになります。白い煙の見えた方向を姉貴達が通信機で教えてくれますから、その方向に俺達を待つハンターがいる事になります。」

 「中々便利なものだな。だが、もう1本線が引けると、この地図では場所を限定出来るんじゃないか?」


 「一応、ミーアちゃん達も通信器を持っているはずですから、この辺りからの位置を報告してくれるでしょう。…でも、ミーアちゃん達の現在地が特定出来ればの話です。位置がずれると、全く別の場所になってしまいますから。」

 そうは言ったが、彼女達のコンパスの使い方はそれなりにマスターしている。周囲の目印となる岩や山などから直ぐに現在地を特定してしまうだろう。

 そして、彼女達の行動範囲は実に広い。ガルパスの機動に任せて俺達の仕事を奪うんじゃないかと、そっちの方が逆に心配だ。


 「まぁ、保険のような仕事じゃ。周辺の監視をしながらの狩りは大目に見る。…少しは獲物を狩るが良かろう。」

 アルトさんはサラミスにそう言って喜ばせている。

 確かに、俺かアルトさんが通信器の傍にいれば対処は出来る筈だ。

 

 「そうさせてもらうよ。何ていっても狩猟期だしな。」

 そう言うと自分のバッグを空け、大型の袋から罠を取り出し始めた。

 この近所にどんな獣がいるかは判らないけど、小型の獣を捕らえる心算なんだろう。

 それじゃぁ、俺も…。何て言いながらグレイさんも罠を取り出し始めた。ジッとして待つのが仕事なんだから、罠任せの狩りをしようと2人で持ち込んでたみたいだ。


 200m程南に下がるとリオン湖を見下ろす急斜面に出る。

 夕方近くに村を見ると、北門の外には沢山の焚火の光が見えた。

 収入の少ないハンター達が野宿をしているのだろうけど、確かに今年はそんなハンターが多そうだな。

                ・

                ・


 次の日の朝早く、アルトさんに起こされた。

 まだ朝日が昇っていないんだが…。

 「ミューが大型獣の気配を感じたと言っておる。我も少し嫌な気配を感じるのじゃ。」

 アルトさんの言葉に気の流れを追う。

 ジッと意識を深めると気の流れを感じる。アクトラス山脈より霧のように下ってリオン湖にそれは注ぐ…。

 いた!…。確かに気を乱す存在がある。それは俺の座る焚火左手方向…。ゆっくりと下手に移動しているようだ。

 

 「グライトの谷間だ。リオン湖の方向に移動している。」

 俺の言葉に、アルトさんとミューさんが直ぐにグライトの谷底を確認しに出かけた。

 

 「あの2人で大丈夫なんですか?」

 「あぁ、ネコ族は素早いし、アルトさんは…ひょっとして知らないの?」

 コゼットが小さく頷いた。

 「アルトさんは現モスレム国王の妹だ。剣姫様って皆に呼ばれている人だよ。」

 コゼットは俺の言葉に驚いて声も出ない。


 「魔物襲来の時に呪いに掛かってね。あんな姿になったけど、実力は剣姫の名の通りだよ。」

 「なんだ?…アルト様の話をしていたのか…。」

 そう言って、グレイさん達が焚火の傍に座った。

 「コゼットが心配していたんで、大丈夫だと話してたんだ。」

 俺の言葉を聞いてサラミスがコゼットの肩をポンと叩く。


 「アルト様は心配ない。銀4つの腕前だ。…そういえばアキトのレベルはどうなってんだ?」

 「銀6つになった。姉貴が5つで、ミーアちゃんが2つだったと思う。」

 「お前なら金に上がるのは夢じゃないな。俺も何とか黒4つまでになったけどな。」

 

 何時の間にか中堅だな。カンザスさんも安心してギルドの運営が出来るだろう。

 そんな事を話していると、アルトさん達が偵察から帰って来た。


 「久しぶりにグラムンを見たのじゃ。グライザムよりは小さいし剣も通りやすい…。今日より狩猟期じゃ。我等の獲物に丁度良いと思うのじゃが…。」

 「アキト…。俺達も狩りは認められているんだよな?」


 グラムンと聞いてグレイさんが俺に確認する。

 近場の狩りは認められているから、この場は狩る事になるのかな?

 俺が頷くのを確認すると、グレイさんとアルトさんが直ぐに狩りの手筈を話し合い始めた。

 

 「グラムンって、初めて聞きますけど…。」

 「余りこの辺りにはいないからな。グライザムよりは遥かに狩り易い。サラミスが5人いれば十分だ。グライザムはそうは行かないがな。間違えて酷い目に合うハンターもたまにいるようだが、アルト様がグラムンと言うのであれば問題ない。」

 

 「さて、谷の山側にはアキトが残るのじゃ。我と、コゼットでボルトを打ち込む。2射すれば、かなり弱るじゃろう。そこからはグレイとサラミスで殺るのじゃ。念の為に我等のクロスボーの準備が出来てから、始めるのじゃぞ。反撃するようであれば更にボルトを撃てるからのう…。」


 「私達の出番がないにゃ!」

 そうミューさんが言うとマチルダさんも頷いている。

 「そうじゃった…。通信機の番も必要じゃな。アキトと交替じゃ。」

 俺を除いた全員が頷いてるぞ。

 とは言うものの、通信器を使えるのが俺とアルトさんだからな。やはり残っているべきだろう。

 

 という事で、俺を焚火の傍に残して皆は出掛けて行った。

 まぁ、アルトさん達のガス抜きと考えれば腹も立たないけど、俺はどうなるんだと言いたいが、誰も気にも留めてくれないだろうな。


 暇潰しに、シュタインさん達のデコイに並べる毛針を作ろうと、切り倒した立木の1つを30cm位の長さに切ると、それにバイスを打ち付ける。

 バイスは長さ20cm位の太い釘だ。その頭の部分は平たく伸ばしてある。それに穴を開けて蝶ネジで鉄の板を挟み込んでおけば、鉄の板と釘の頭の平たい部分にトローリング用の大きめの釣針を挟んで固定できる。

 後は、ゆっくりと釣針に布や羽を巻き付けて糸でグルグルと締め付ければ立派な毛鉤になる。


 次々に毛鉤を作ると小さな木箱に入れて置く。

 ディーが食料を運んできたら木箱毎渡せば良いだろう。値段は…3Lでいこうかな?ちょっとした小遣い稼ぎが出来そうだ。


 遠くで爆裂球の炸裂音が2度響いてくる。

 今期の狩猟期が始まったようだ。初心者はいないけれど、上級者もいない。中堅に成り立て前後が集中する今期が、無事に終了できる事を祈らずにはいられない。

 軽く目を瞑って、リオン湖に祈る。

 リオン湖にはカラメル達がいるだけだと思うけど、湖の神だっているはずだ。

 

 そんな事をしていると、にこにこ顔でアルトさん達が帰って来た。

 「簡単な狩りじゃった。力は強いので長剣では苦労するじゃろうが、あらかじめボルトを撃っておけばそれ程動けぬ。サラミスのレベル上げに丁度良い狩りじゃ。」


 そんな事を言って、焚火の傍に座ると、ミューさんが早速、皆にお茶をいれたカップを配り始めた。

 「あれ?…サラミスとグレイさんは。」

 「毛皮を剥いでおる。肉はどうしようもないが、柔らかな毛皮は意外と好まれるのじゃ。」

 

 充実感を漂わせてお茶を飲んでいた彼女達が、俺の不思議な手の動きに気が付いたようだ。小さく舞うような手の動きの中心には何かがある。

 でもそれが何か分からずに戸惑っているようだった。


 「何をしておるのじゃ?」

 「これかい?」

 俺の言葉に全員がうんうんと頷く。


 「シュタイン様とセリウスさんが作品を狩猟期に売りに出すんだ。俺も、これを出そうと思ってね。…ホイ、出来た。これを売るんだ!」

 俺から毛鉤を受取ると、ジッと手の中のそれを見ている。


 「これは、装飾品なのか?」

 「いや、魚を釣る釣針だよ。トローリングではルアーを使うだろ。それも、ルアーの一種さ。それを水中や、水面に浮かべると小魚や羽虫と間違えて魚が食いつくんだ。」

 

 アルトさんからマチルダさんにそして、ミューさんからコゼットに渡って行く。

 皆、不思議そうな顔で見ているぞ。

 

 「ほんとに、これで魚が釣れるの?…王都の娘が耳に付ける耳飾にしか見えないけど…。」

 「ちゃんと釣れるよ。その内、リオン湖で釣ってくるから楽しみにしてて。」

 そう言いながらもう1個作って一休み。

 そんな所にサイモン達が帰って来た。


 「どうやら始まったらしいな。早い奴は明日にはこの谷に来るだろう。いよいよ俺達の出番だな!」

 「どこから狼煙が上がるか楽しみじゃな。」

 グレイさんとアルトさんはニカって笑いながら話してるけど、それって初心者ハンターが危機に陥っているって事だよな。

 俺としては、どこからも狼煙が上がらずに20日間を過ごしたい気がするけどね。

 

 

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