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#370 姉貴の気懸かり



 ダリル山脈の谷間を抜けて北の大地に抜けた。

 夏の初めの風景は、どこまでも広がる草原のようだ。膝ぐらいの背丈の短い草が風に靡いて緑の海原のようにも見える。

 そして、所々に低い潅木が茂っているのがまるで島のようにも見えなくもない。


 隠れる場所とてあまり無い場所だ。

 俺達はディーの示す方向に向かって、真直ぐにドラゴン山脈を目指す。

 このまま進めば、ドラゴン山脈の西の外れにある宝玉に似た山を、右手に見る事が出来るだろう。

 

 「エルフの隠れ里には寄らぬのだな。」

 「うん。私達の旅はジュリーさんもアテーナイ様経由で知っている筈。でも、そんな依頼は無かったからこのままユグドラシル進むわ。…エルフの隠れ里とユグドラシルの距離は2000M(300km)だから、この場所から北に向かえばユグドラシルの近くになる筈よ。」


 「マンモスを狩っていた種族がいました。この辺りにもそんな種族が居るのでしょうか?」

 「それは、出会うまでは判らない。獲物を追って村ごと移動している感じだからね。…もし、出会ったら遠巻きに迂回するからね。」


 昼食は、薄く焼いたパンに野草とハムを丸めて食べる。

 食事の後、シェラカップ半分程のお茶を飲みながらそんな会話が始まる。

 草原地帯だから、薪をそれ程取ることが出来ない。俺と、ディーが担いだ籠に入れた薪が貴重な燃料になる。

 

 食事を早めに切り上げて先行偵察に出かけたディーが帰ってきた。

 「前方、30kmまで大型獣の気配はありません。狩猟民族も確認できませんでした。」

 「ご苦労様。…さぁ、出発するわよ。」


 姉貴の号令で俺達は急いで残りのお茶を飲み、シェラカップを布で拭き取って腰のバッグの袋に押込む。

 そして焚火の傍に掘った穴に、焚火の燃え殻を入れて痕跡を消す。


 穴に土を被せて足でトントンと踏み固めて振り返ると、皆が俺を見ている。

 急いで籠を背負うと、ディーが歩き出した。

               ・

               ・


 草原に足を踏み入れて10日も経つと、不思議な感覚に襲われる。

 幾ら歩いても周囲の風景が変化しないから、時間が止められた世界に居るようなきがするのだ。

 それでも、夜の星空は綺麗だし、時間と共に星が動いているのが判るから、そんな呪いの場所に足を踏み入れた訳では無いことが判るんだけど…。


 そんな北への行軍をしていた、ある朝の事。

 先行偵察から帰ってきた、ディーの報告が何時もと変っていた。


 「前方20km付近をリスティンに似た獣が南西方向に移動中です。群れの大きさは約2000匹。そして、狩猟民族の狩人が20人程南東方向から群れに接近中です。」


 狩りの最中に遭遇したみたいだな。

 「北西方向に進路を取ります。獣の群れが接近した場合は【カチート】でやり過ごします。」


 俺達は北西方向に歩き出した。

 とは言え、周囲の景色は殆ど変らないから、本当に北西方向なのかは俺の持ってるコンパスとディーのGPSで知るのみだ。

 いや、…もう1つあった。嬢ちゃん達が持っているあの磁石だ。

 たまに、サーシャちゃんが吊り下げてみているのをリムちゃんが興味深々で見ているぞ。

 俺のようなミリタリータイプじゃなくても、もう少し使いやすい磁石があれば良いんだけどね。


 昼食後に歩き出したところで、右前方より砂塵が見えてきた。

 真直ぐこちらに来ているように見えるぞ。

 姉貴が急いで焚火を作るように俺に言った。

 焚火を焚いて周辺の草を積み上げると煙が立ち上がる。上手い具合に南西の風だ。

 嬢ちゃん達が運んできた草を積み上げると煙の量が一段と増してくる。

 「皆、集まって!」

 姉貴が急いで皆を集めると、【カチート】で障壁を張った。

 

 そして大地が揺れ始めた。

 ドドド…っと低い音が木霊すとリスティンに似ているが遥かに毛足の長い獣が全力疾走で俺達のところに斜めから突っ込んで来る。

 思わず目を瞑りたい心境だけど、ここは嬢ちゃん達の前に立ちはだかるのが兄貴と言うものだろう。

 

 まるでジッパーを開けるように俺の作った焚火の煙を避けるような形で獣の群れが2手に分かれて、西南の遥か先でまた1つになって過ぎていく。

 ドン!っと数匹が【カチート】の障壁に体当たりして転倒しているが、直ぐに起き上がって群れに入り込んでいる。


 時間にしたら10分にも満たない遭遇だけど、1時間以上に感じたのはそれだけ群れの暴走の恐ろしさを真近くで見たせいなのだろう。

 群れが西南方向に過ぎ去った後でも、俺達はしばらく声も出ない状況だった。


 それでも、この付近に長く居るのは、別な意味で危険になる。

 盛大に煙を上げているから、先程の獣の群れを追いかけている狩人達に発見されている可能性が高い。

 

 「荷物を纏めて、先を急ぐぞ!」

 俺の声に、皆が一斉に俺を見て頷いた。

 姉貴が【カチート】を解除すると、足早にこの場所を離れて北西を目指す。


 1時間程度歩いたところで歩みを止める。

 直ぐにディーが上空に飛翔して周囲の偵察を行なった。

 「周囲数kmの範囲に狩人はおりません。獣の反応は小型の草食獣のものです。」

 

 ディーの報告に全員がホッと溜息をつく。

 とりあえず、ここで小休止という事になった。

 小さな焚火を作ってお茶を沸かすと、リムちゃんがポットで皆のカップに入れてくれる。シェラカップに半分程度だけど、これだけでも息抜きが出来る。


 「やはり遭遇したね。この草原は草食獣の天国かもね。」

 「必ずしも天国ではないわ。狩猟民族の狩人はいるし、まだ遭遇して無いけど草食獣を狩る肉食の獣も相当数いるはずよ。さっきの獣の群れだって、あれだけの大群を作るのはそんな狩人から身を守る知恵なんだと思う…。」

 

 ある意味、この草原地帯で1つの生態系が出来ているのだろう。

 となれば、弱肉強食の世界になる。その頂点に君臨するのはどんな生物なんだろう。…前に来た時に見た肉食のゾウ辺りなのかも知れないな。

 

 30分程度の休息が終ると、また北西に向けて歩き始める。

 夕暮れが近いから、なるべく焚火の跡から遠ざかる事が必要らしい。


 夕暮れが訪れても俺達の歩みは止まらない。

 明日はゆっくりと休む事にして、今夜は歩ける所まで行く事に姉貴が決定した。

 俺も、それには賛成だ。この季節、出来れば夜の行軍のほうが望ましい気もする。

 肉食獣との遭遇よりも、この辺りの狩猟民族に発見される方が、危険が高いような気がするからだ。


 2つの三日月が中天に懸かると、俺でも周囲の見通しは200m程は可能だ。ミーアちゃんならもっと見えるだろうし、ディーの生体監視機能は正確だ。

 ちょっとアルトさんの足取りが怪しい気がするけど、疲れではなく足元が暗いからね。

 それでも躓くような事がないから大丈夫なのだろう。


 そして明け方近くになって見つけた、ちょっと大きな潅木の茂みで俺達は天幕を張って休息を取る事になった。

 俺が天幕を張る間に、ディーが周辺の偵察を行なう。

 小さな焚火を姉貴達が作って早速スープを作っていた。


 ディーが戻って来ると、小さな焚火の周りに座って皆で朝食だ。

 「周囲に狩人及び大型獣の気配はありません。…それから、北にドラゴン山脈らしき山並みを確認しました。上空500mからの確認ですから、地上からは数日後には見る事が出来ると思います。」

 

 ディーの報告にみなの顔が綻ぶ。

 どうにか北の大平原地帯を抜ける事が出来そうだ。

 とは言え、後数日は単調な景色が続くんだけど、ドラゴン山脈が見えるという事だけで俺達の心は躍る。


 朝食が終ると、嬢ちゃん達は天幕に潜り込む。軽く仮眠を取るようだ。

 俺達3人は少し焚火を大きくして、薄いパンを焼き始める。

 幸いな事に、ここは雑木の藪の中だ。それ程太くはないが薪には不自由しない。


 今の内に…そう言ってディーが水場を探しに出かけた。

 出かける前に再度、周辺に異常がない事を教えてくれたから、安心してパンを焼く作業を続けられる。


 「西の方にはあまり大型の獣はいないみたいね。」

 「あぁ、前回の時は、ドラゴン山脈でマンモスを見たし、ダリル山脈では肉食のゾウに遭遇した。確かにこちらにはいないようだけど…安心は出来ないよ。これから向かうのはドラゴン山脈の西側だ。」


 「ちょっと気になるのよね。ユグドラシルからエルフが抜け出して、その後は原始人というのが…。ディーは昨日の朝に狩人を見つけてるけど、その姿を詳細に報告してはいなかった。ひょっとして、原始人と私達が呼んでいる種族も、他の種族から追われて東に移動したんじゃないかと…。」

 

 姉貴はエルフと原始人の間の種族がいる可能性を言っているのか?

 確かに、この辺りには大型の獣がいない。

 そんな獣を組織だって狩る種族…大型の獣が恐れる種族がいるという事は、かなり好戦的な種族だぞ…。

 だが、原始人達がこの付近の大型獣を早期に滅ぼして東へと移動したとも考えられる。

 憶測で考えると不安だけが付き纏うな…。


 「俺は、そこまで考えなくても良いと思う。…ただ、セリウスさんに昔聞いた話で西にも国があるような事を言っていた。アトレイムの西の遊牧民の領地より更に西だと思うけど、その国の影響があるのかもしれない。甲虫の羽ってどうやらその国から輸入してるみたいなんだ。」

 「アトレイムの西に国があるのね…貿易が可能だとすれば文明国だと思うけど…その北側の領地がどこまで伸びているのかが問題ね。」


 「たぶんそれ程伸びてはいないんじゃないかな。セリウスさんの家の窓を届けた時に、セリウスさんはその羽を見て俺に言ったんだ。この羽根の傷は戦によるものだってね。

甲虫の羽でどんな鎧が出来るのかは判らないけど、継続した戦がある国みたいだ。」

 「金属の代わりに甲虫を利用してるのかしら…。不思議な国ね。」

 

 そんな話をしながら数十枚のパンを焼き終えた。

 ディーも水筒を入れた籠を持って帰ってくる。小さなラッピナのような獣を下げている所を見ると水場で狩ったようだ。夕食は期待出来そうだ。


 「約20km先に小川がありました。川幅約2m水深15cm程です。水に濁りはありません。そして、その先10km程はそのような川が随所に存在します。」


 意外と小さな川だな。随所にって言葉が気になるが、これはドラゴン山脈の雪融けに合わせて川幅が変わるせいなのだろう。

 今は夏…とは言え、雪解けのシーズンは終ったのかも知れない。徐々に川幅が縮小して小さな流れが幾筋も出来た状態と言えるのかも…。


 「ディー。申し訳ないんだけど、こんな形で西側を偵察してくれない。」

 姉貴は地面に焚火の燃え差しで偵察範囲の絵を描く。

 俺達のいる場所から西に南北方向に直線を描いた。


 「了解です。距離は?」

 「この場所まで、最大で100km、南北方向も100km。…どうかしら?」


 「2時間で済ませます。」

 そう言って、立ち上がると羽根を広げて西に一直線に滑るように飛んでいった。

 

 「やはり、西が気になるの?」

 「単なる胸騒ぎなら良いんだけど…。」


 それは予感と言う類のものなんだろうけど、姉貴の場合は御神籤よりも確かだからな。

 俺達の進行に問題が無ければ良いんだけど…。

 

 

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