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#353 王子達

 狩猟期の夜は何となく心が躍る。庭に出て一服を楽しみながらリオン湖越しにアクトラス山脈を望むと、山肌に焚火の明かりが見えるのだ。

 無事を祈ると同時にどんな獲物を狩ったのかが気にかかる。

 もう…4期も参加していないのだ。そろそろ、俺達も狩りに力を入れるべきじゃないのかな…。


 そんな事を考えていると、家の扉が開いて姉貴が俺を呼んでいる。

 何だろうと思いながらもリビングに駆けて行った。


 そこでは、通信機を店開きしたアルトさんが、忙しく電鍵を叩いていた。

 この通信機はヘッドフォンだけでなく、盤面の表示灯の点滅でも通信内容が分かるから、しばらくは姉貴の入れてくれた渋いお茶を飲みながら話の内容を聞いてみる。


 「北の森の上で、2つの大岩というと、この辺りよね…。」

 姉貴がディーの作った地図を指差しながら呟いた。

 「だとすれば、40km近くの距離を通信している事になるな。途中に山が無いから意外と遠距離まで届くのかも知れないね。」

 「部隊指揮なら十分に使えるわ。ただ、ちょっと大型よね。あの半分で10km近くでも有効だわ。」

 

 「うぬ…。サーシャ達め。リザル族にサラミス達を加えてラッピナを焼いて宴会をしていると言っておるぞ。…来期は我も屋台を返上して狩りに励むのじゃ!」

 表示灯の点滅がいかにも楽しそうに踊って見える。

 この、几帳面な信号を送っているのはミトの方だな。たぶん片手に焼肉を掴んで食べながら電鍵を楽しそうに叩いているのだろう。


 家の扉がトントンと叩かれる。

 姉貴が扉を開けると、近衛兵が俺を迎えに来たようだ。

 「アキト…。出番よ。でも、その前にこっちの通信機の電源を入れてね。」

 

 姉貴がテーブルに持ち出した通信機の電源を入れてあげる。

 俺に設定されてるのかな?…ディーのマスターは俺になってるしね。

 楽しそうに、通信機でミトと会話を楽しんでいる2人を残して、俺は近衛兵と共に山荘へと歩いて行った。


 山荘に着くと侍女に案内されてリビングに入る。

 そこには、8人の王子、王女達が既に席に着いている。端にシュタインさんとアテーナイ様も座って、王子達と雑談を交わしていた。


 「さて、婿殿も来た事じゃ。我等は意見は言わぬ。質問は構わぬじゃろう…。もう直ぐ侍女がお茶と菓子を持って来る筈じゃ。それを摘みながら意見を交わすが良い。」

 アテーナイ様の話が終るのを待っていたようにリビングの扉が開き、侍女が3人でお茶と皿に乗った小さなサレパルを2個各自の前に並べて行く。

 そして、俺の後ろに黒板を近衛兵が運んできた。

 器は全て陶器だ。まだ雪のようにとは言えないがだいぶ白くなってきたな。

 そんな事を考えながらお茶を1口飲んだ。


 「さて、前回の話合いから1年以上過ぎてしまった。これは俺の方にちょっとした用事が出来た為であり、皆には済まないと思っている。

 しかし、逆に言うなら、皆は考える時間を十分に持った事になる。

 今回も前回同様、この場の発言に責任を負うことは無い。

 そして、ディートル君。議事録を頼むよ。決まった事だけを列記してくれれば良い。」


 「では、私から…。」

 そう言って、クオークさんが片手を上げる。

 

 「憲法は理想…どちらかというと目標と捉えるべきかと思いました。我々はこうしたい。こうあるべきだ…。と言う形ですね。

 となれば、大きく4つに分けて考えるべきでしょう。

 1つ目は、新しい国は王国なのか?

 2つ目に、庶民の暮らしはどうあるべきか?

 3つ目は、軍隊のあり方をどうするか?

 最後に、これらを実現する方法をどの様に構築するか?

 これで良いのではないでしょうか?」


 全体像を先ず決めようと言うんだな。

 「大きな分類は、それで良いと思います。4つの章で構成して、その中で掘り下げる事には賛成です。」

 「となれば、最初は治世の基本ですね。国王の要否と言うよりは、この国をどの様に統治するかの原則を考えねばなりません。」

 早速、第1章に入って議論が開始される。

 そして、王制を存続させるか廃止するかの激論が始まった。

 

 「良いですか。少なくとも国には代表者が必要になります。連合制では意見の対立が起こった時に収拾が付かなくなる恐れがあります。これは敵の攻撃を受けた時に極めて不味い事態を引き起こしますよ。」

 「代表者は必要ですが、王としなくとも良いように思えます。権限を限定して施政の上に立たせれば良いのです。」

 「少し待って下さい。前回の会議でアキトさんが面白い事を言っていました。国王はいるが施政に加わらない。その考えもあって良いのではないですか?」

 

 王族は民を導き、貴族はその助けを行う…そんな考えがこの時代の主体的な考えのようだ。

 導き手となる者は誰か…。この憲法がそれなんだけどね。

 

 「ちょっと話を聞いてくれ。憲法にも関係する事だけど、教育をどうするかについては大神官殿が各神殿から人材を募って俺達と同じように具体化を進めている。

 ここで、ちょっとした問題が起こる。

 民衆の教育とは王制国家では蔑ろにするのが一般的だ。何故だか分かるかい?」


 「それは、現在の治世への関与を無くしたいからです。」

 俺の問いにブリューさんが即答した。


 「そうだ。国民に積極的な教育をしない…そうすれば現在の地位を守れる。極端な話では文字を読む事すら禁止する場合もあったらしい。

 だけど、現在の連合王国では教育を積極的に行おうとしている。何故か…。それは貴族の排斥を目的としているんだ。

 本来の仕事をせずに地位にしがみ付く貴族が施政に害を成すと各国の国王は考えて排斥を実行した。その結果、本来王族と民衆を繋ぐ役目の貴族がいなくなる。その代わりをどうするか…。

 そこで、民衆から広く施政に参加できる人々を発掘する目的で教育を行うと考えれば分かり易い。」


 「でもそうなると、民衆の上に民衆の選ばれた者、そしてその上が王族となりますよ。」

 「問題はないと思うよ。能力はあるんだしね…。」

 「でも、身分が…。なるほど、そう言うことですね。能力は評価するが身分は問わない。平等の思想に繋がりますね。でも、そうなると最後の身分、王族が問題ですね。」

 俺の言葉でタケルス君は気が付いたようだ。

 国王達の究極の目標が、王制の廃止である事を…。


 「とは言え、明日からこの考えで行くなんて無責任な事は出来ない。だから、3段階に運ぶ事になるだろう。

 最初は、貴族の全廃だ。

 少なくなったとは言え、まだ貴族は大勢いる。貴族が本来する筈の仕事を民衆が代替する。

 次は、民衆の政治への参加だ。

 政治参加は段階的に進める事になるだろう。一気に委ねるのは責任放棄に近いぞ。

 民衆に直接関わる民生部門から進めるほうが良いだろう。

 最後に王政の廃止となる。

 これも、1度に行う事は出来無いだろう。王族の権限を少しずつ制限する方向で、形骸化した国王が残るか。更に進んで国王すら持たない国家にするかは議論する必要があるな。」

 

 「全てが終了するのにどの位掛かるのですか?」

 「そうだな…。1年で行なう事も出来る。しかし、この方法だと国が乱れる。たぶん新たな王国が出来ると思うよ。

 俺は、そんな早急な手段を取らずに、10年計画で物事を進めるべきだと思っている。たぶん王族の権限を無くすまでに100年は掛かるだろうからね。」


 「それだと憲法を今すぐに決めなくても良さそうに思えます。」

 「最終的な憲法を作るより、連合王国の最初の段階の憲法を作るほうが考え易いと思う。その社会は貴族がおらず、王族と民衆だけの世界だ。

 この世界の取り決めを作り、それを次の段階に進めるには何を修正すれば良いかを考える事が出来る。」


 「ならば、クオークさんの提案を元に考えて見ましょう。先ずは王国なのか?に対する答えは王国になりますね。

 次に国王の仕事とは何か?を考える事になります…。」


 8人の議論が活発化する。当然、国王1人で出来る仕事ではない。それをどう区分するかでまた議論が始まる。

 議論が深夜を過ぎた時、民生、開発、外交、裁判、軍事の5つにその仕事が集約された。


 「国王の仕事がこれだけあるなら、各部に有能な人材を投入して、その人材を補佐する仕組みを考えれば良いんです。計画の立案と実行部隊ですね。」

 「この仕組みを憲法に入れれば良いんですね。」


 俺はお茶を飲みながら頷いた。

 これが、政治の仕組みを描いた条文になるはずだ。


 「明日は、庶民の暮らしについて議論してみよう。」

 俺の言葉に皆が頷く。


 「さてさて…面白い話じゃな。我等の仕事がそれ程多くあるとは后をしている時には想像もせなんだ。やはり、貴族任せとしていた部分があると我が君と反省しておったぞ。出来れば、今回のそなた達の議論の結果は、冬にエントラムズに集まる各国王達に見せてやりたい。

 お前達の仕事を邪魔する訳ではない。王とは何かを国王に知らせたいのじゃ。」

 

 「しかし…ここでの話は責任を取る必要が無いと…。」

 「無論、その話は生きておる。ここでの話に責任は及ばぬよ。」

 両親達の評価は少しは気になるのだろう。でも、俺としては親でさえ今まで議論したような事はしたことが無いと思うぞ。


 また明日の夜…。という事で、王子達は山荘の客間に引き揚げていく。

 テーブルに残ったのは、俺とシュタインさんそれにアテーナイ様だ。


 アテーナイ様がお茶を入れてくれる。

 「中々面白いのう…。国をどうするかと言う大きな話は、やはり王子達に分がある。国王達では現実的過ぎるでの。

 ところで、前回と少し違っておるな。少し先を急いでいるように見えるのは何故じゃ?」

 

 困ったな…。気付かれたか。

 ここはどこまで話しておくべきか迷う所だ。

 「スマトルが気に掛かります。ノーランドは王宮を破壊しており、その時の王宮の人員を考えればしばらくはアクトラス山脈を越えて侵攻を図る事は無いでしょう。アトレイム北西部の遊牧民も同じです。戦士を多く失っております。

 でも、スマトルは自国の兵力は温存されています。テーバイ戦の後、スマトルの情報がありません。

 あの後がどうなったかを知らぬ内は、政治形態を変えぬか、変えたとしても大きく変えるのは危険だと思えるのです。」


 「婿殿は心配性じゃな。…だがハンターとして悪い事ではない。

 あれから、商人達もスマトル国への出入はしておらぬ。我等とて婿殿と同じよ。だが、確かにそうじゃな。商船に潜ませ探索をしてみるのも良いかも知れぬ。」


 これで、冬の内には、スマトルの脅威が連合王国に知れ渡るだろう。

 問題は、その防備をどうするかだな。

 良い対策を今の内に考えておかねばなるまい。


 

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