#348 今年も頑張ろう!
狩猟期の始まる2日前。のんびりとギルドでセリウスさんとテーブルに座って雑談をしていると、ホールの扉が開いてリザル族のハンターが入って来た。
10人程度ホールでたむろしていたハンター達が、一斉に彼等を見て小声で話し合っている。初めて、リザル族を見る者も多いようだな。
早速、カウンターのシャロンさんの所に行くと到着の手続きを始めた。今度の狩猟期には8人で挑むようだ。
俺とセリウスさんをチラッと見て、リザル族のハンターの1人が俺の所にやって来た。
「今年も参加させて貰う。今年はダネリが戦士を率いてカナトール側のアクトラス山脈に向かったので、俺とラグトが3人ずつ率いて狩りをする。」
「来てくれて、有難う。…歓迎するよ。相変わらず、初参加のハンターは奇異な目で見るだろうが、リザル族の狩りで度肝を抜かしてやってくれ。」
俺の言葉を聞いてグネルが大きな口でニタリと笑った。
誰も、見ていないから良いけど、そのニタリは止めた方が良いぞ。
「俺達は気にしないから問題ない。それよりは、あの嬢ちゃん達だ。
一昨年に面白い狩りの仕方を教えて貰ったぞ。毛皮に傷が殆ど着かないから、村では皆あの狩りを練習している。
去年は北方に出掛けたと聞いたが今年は参加するのだろう?」
「大丈夫だ。新人を加えて参加すると聞いている。」
俺の言葉を聞くと、グネルは嬉しそうにギルドを出て行った。
続いてギルドに入って来たのは、サラミス達だ。グレイさん達も一緒だが、その後にアンドレイさんのチームも続いている。
カウンターで到着手続きを済ませると、早速俺達の所にやって来た。
「今回はグレイ達と一緒だ。アキト達は今年も屋台なのか?」
近くの椅子を持ってきて俺達の所に座り込んだアンドレイさんが言った。
「何時もの事ですよ。それに、狩猟期に合わせて王子達が来ますから、その対応もあるんで狩猟期は当分お預けですね。」
「まったく、国政に首を突っ込むと碌な事にならねえぞ。…まぁ、アキトの事だから落とし所は分っていると思うがな…。」
「有難うございます。でも、その辺はわきまえているつもりです。少しは見返りもありますしね。」
アンドレイさんにそう言って、心配してくれる事を感謝した。
「さっき、リザルの戦士を見かけたよ。連中はどうなんだい?」
「8人で来てる。2年連続で1位だ。家の嬢ちゃん達の狩りも驚くハンターが多いが、リザル族は別だ。持って生まれたハンターだな。遠くから1度見て見ると良い。」
俺の言葉にサラミスとミューさんの目が輝いてる。
あまり邪魔にならないようにしてくれるといいけどね。
「屋台には顔を出すからサービスしてくれよ。」
そう言って、アンドレイさん達はギルドを去って行った。
「今年のハンターの集まりはどうですか?」
「うむ。テーバイ戦で減った時はどうなるかと思ったが、例年よりも多そうだ。ここでなら、リザル族の戦士が見れると聞いてやって来るものも多い。
数は100人を祐に超えそうだが、レベルは赤4つから銀2つとばらついているな。そして、アキト。万が一の時はよろしく頼むぞ。」
という事は、事故の危険性も高いという事か…。やはり、そっちの準備もせねばなるまい。
セリウスさんに別れを告げるとギルドを後にした。
「ただいま!」と言いながらリビングの扉を開ける。
嬢ちゃん達は偵察に出かけているから、テーブルでお茶を飲んでいるのは姉貴とアルトさん。それにディーの3人だ。
「どうじゃ、ハンター達の様子は?」
「だいぶ集まってるみたいだね。最高は銀2つのミーアちゃんだし、最低は赤4つのミクとミトだな。どちらも同じサーシャちゃんのチームだから、サーシャちゃんも苦労しそうだ。」
俺がテーブルに着くとアルトさんが早速質問してきた。
「リザルのハンターもやってきたよ。総勢8人。グネルが率いている。そして、サラミス達もやって来た。グレイさんとアンドレイさんが一緒だ。」
「これはサーシャちゃんも、うかうか出来ないわね。生まれながらのハンターだもんね。リザル族って。」
「どこまで追従できるかが楽しみじゃ。そして、サラミス達の戦果もな。」
屋台の数も増えてきたし、何となくお祭り気分が盛り上がって来る。
これも、定例化してきた狩猟期限定の屋台経営に慣れてきたのだろうか…。そうだとしたらちょっと問題だぞ。俺達はハンターなんだからね。
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狩猟期の前日は、屋台担当の全員が山荘に集まり、事前準備に余念が無い。
今回は偵察を兼ねて、アクトラス山脈をガルパスで駆け回っていたサーシャちゃん達にフェイズ草の採取を依頼しといた。20本近く手に入れた代償は一人アン団子2本なんだけど、ちょっと安かったかも知れない。
俺達は出汁作りと、うどんの生地作りに精を出す。
アテーナイ様達も黒リックを使ってスモーク作りを昨日からしているから、明日にはサレパルに包む事が出来るだろう。
タケルス君とディートル君もアテーナイ様に合流してリスティンの肉を切り分けている。普段出来ない事をするんだから2人共嬉しそうだ。
大きな笊に黒リックを入れてシュタイン様達がやって来た。早速、近衛兵達が腸を抜いて細い串を刺していく。
「ワシの釣った魚が売れるのかと思うと、嬉しくなるの。」
「今回は最終日に宴会をしましょう。その酒代を稼ぐ心算で頑張ってください。」
俺の言葉に男達の目が輝く。シュタイン様も嬉しそうだ。
「婿殿…。我等もその宴会の仲間に入っているのじゃろうな?」
「もちろんですとも。皆で騒ぎましょう。」
そう言うしか無かったんだ。アテーナイ様の目が怖かったから…。
それでも、俺の言葉に目が喜色に変わる。それを聞いていたブリューさんやスロット達も嬉しそうだぞ。あまり普段騒げないから、こんな時こそ羽目を外すのも良いのかもしれない。
「アキトさん。ちょっと鍋を見てくれませんか。スープが真っ黒になっているんですが…。」
「分った。でも、それで良いんだ。後は砂糖と塩だな。」
そう言いながら、山荘の台所に向かった。
そこでは、大きな鍋を近衛兵が掻き混ぜている。アズキを煮るのは意外と難しい。なるべくアズキに触れないように掻き混ぜるのがコツなんだけどね。
シャモジのような木のヘラで、少し豆を取り上げて口に含む。柔らかく煮上がってるぞ。
「砂糖を入れるから、ゆっくりと掻き混ぜてくれ。」
俺は、砂糖の袋から、黒砂糖のような茶色の砂糖を木製のカップで数杯入れた。そして、塩を一掴み入れて様子を見る。
馴染んだところで、再度味見をした。そして、砂糖を追加する。
「このまま煮込んでくれ。ただし焦がしちゃダメだぞ。トロ火でじっくり仕上げるんだ。ジャムのようになったら完成だから、火を遠ざけてくれ。」
「了解です。」
若い近衛兵がそう言って作業を続ける。
もう直ぐ出来上がりだが、問題もある。この味を知っているのは…姉貴だけだな。
全く…隠し場所を考えながら作らねばならないとは情けない。
そうして出来上がった粒アンは鍋ごと袋に入れて林の中に隠す事にした。
布袋2重に革袋を使ってしっかりと閉じておいたから虫等が入る事は無いだろう。最後に薪を袋の上にたっぷりと乗せておいたから獣に取られる事も無い筈だ。
その夜。
「アキト。あのゼンザイはどこにあるのじゃ!」
アルトさんの叫びに、嬢ちゃん達と姉貴がうんうんと頷いている。
「上手く出来たかどうか味見をしてあげたいのに、在りかが分らんから出来ぬではないか。」
鍋の半分を食べる味見は、最早味見ではないと思うのは俺だけか?
「大丈夫。わざわざアルトさん達に、そこまでして貰わなくても何とかなるよ。後で、ちゃんとしたゼンザイを作ってあげるからね。あれは、粒アンでゼンザイじゃないんだ。」
「本当じゃな…。」
全員が俺の顔を見る。かなり疑ってるぞ。
「サーシャちゃん達が戻るのは3日後だよね。その時に全員で食べれるようにしておくよ。」
「楽しみなのじゃ!」
俺の提案に、サーシャちゃんが飛びついてきた。
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次の早朝。俺達は山荘に集まる。
今年の屋台は…『モスレムいちのサレパル』、『元祖うどん1号店』、『いちころバブー』と『1本でも焼き団子』の4台だ。いったい誰がこの名前を付けたのか未だに分らないが、皆は気に入っているようだ。
山荘の玄関前の広場にカマドを運んで大鍋でお湯を沸かす。
近衛兵が先程、テーブルと椅子を通りに運んでいった。また休憩所を作るみたいだな。
テーブルの上で、うどん生地を伸し棒で伸ばして、折畳むと軽快なリズムでグルトさんが刻んでいく。
大笊に刻んだうどんを入れてお湯の中に放り込む。
半透明になったところで急いで引き上げ、人数分の深皿に別けていく。
コルキュルの卵を数個割って、うどんの上に掛けていくと、その上にフェイズ草を細切りにした物を載せた。最後に醤油を掛けていく。
「出来たぞ。熱い内に食べよう!」
俺達は箸やフォークで深皿を勢い良く混ぜて、フーフー言いながら食べ始めた。
「こんな食べ物もあったのだな…。」
シュタイン様は感動している。
「我が君…。口にあわなんだかのう…。」
「いや。美味い。…王宮で食べる料理が味気ないように思える程だ。」
シュタイン様を心配そうに覗き込んだアテーナイ様にそう言った。
「そうじゃろう。皆、我等が婿殿の作った食べ物じゃ。王宮の料理人もここで学んで行く程じゃ。…じゃが、この釜揚げうどんは狩猟期の始まる朝、ここに集まった者だけが食べられるのじゃ。」
アテーナイ様の言葉に皆が頷く。
「俺も、これだけは作らん。これは俺達の年に1回の楽しみだからな。」
元祖うどん2号店の店長であるグルトさんがそう言った。
確かに俺達だけの秘密の食べ物って感じだな。
「さて、俺達の戦場に行くぞ!…スロットは団子を担当してもらえるのか?」
「大丈夫ですよ。任せてください。」
そして、4台の屋台を皆で押していく。近衛兵は残ってこの場でうどんを作るようだ。
誰もいなくなったのを見計らって、林の中から粒アンを取り出した。
袋を慎重に取り去って中身を確認する。
良い具合に馴染んでいる。ちょっと味身をする為に指を入れるとちゃんと指に付いてくる。食べると甘さが口に広がった。
うんうんと1人で頷いた後で、鍋を慎重に持ってスロットの所に行く。
「何ですか。その黒い物は?」
「そこのスプーンでちょっと舐めてみろ。」
俺の言葉に、鍋の中身をスプーンの先にちょっと掬い取ると口に含んだ。
たちまちスロットの顔が驚きの表情になる。
「何なんですか。これは?」
「今回の秘密兵器だ。だが、問題が1つ。…嬢ちゃん達に見つかると全部持っていかれる可能性がある。それだけは死守するんだ。良いな!」
俺の言葉にスロットが頷いた。
「確かにこれは…。分りました。見つからないようにすれば良いでしょう。屋台の下に置いておきますよ。」
後は、団子にどの程度粒アンを付けるかを教えると、スロットは早速、火鉢の炭の周りに串焼き魚と団子を並べて炙り始めた。
段々と通りが賑やかになり始めた。ハンター達も広場へと歩いて行く。
1時間程過ぎてようやく店開きをすると、大勢の客が詰め掛ける。
何時の間にか、俺達自体が狩猟期の名物になっていたようだ。
北門の方から爆裂球の炸裂音が響いてきた。
いよいよ今年の狩猟期が始まったのだ。
「じゃぁ、後はよろしく。」
「任せといて!」
屋台を離れる俺に姉貴が答えてくれる。
「では、婿殿参ろうかの…。」
アテーナイ様が先に立って山荘に急ぐ。そこには、初めて会う人が俺を待っているのだ。