#347 大物は魚拓で残す
山荘でちょっと遅めの昼食を頂く。
具材を変えたサレパルと、黒リックのスープだ。たぶん昨日、シュタイン様が釣り上げた物だろう。釣竿を1本進呈したから、俺と同じように庭の擁壁から釣り上げた物だろう。
「そうじゃ。…ミクにミト。ちょっと来るがよい。」
2人がトコトコとアテーナイ様の所に行くと、アテーナイ様は懐から小さな包みを2人にそれぞれ手渡した。
「やはりモスレムで一番の通信兵じゃな。2艘の状況がいながらにして分ったぞ。…報酬は親には渡さず2人で狩猟期の屋台で使うが良かろう。」
ミクとミトはアルバイトだったのか。2人ともにこにこしながら受取ってるぞ。チラっと両親を見たがセリウスさんが頷くのを見て腰のバッグに大切に入れている。
「何時も、目を掛けて貰っているのに、申し訳有りません。」
「なに、良い良い。我等に貴重な情報を提供してくれたのじゃ。安い位じゃと我は思う。」
セリウスさんの言葉にアテーナイ様が首を振りながら答えている。
「そうだ。ディー、悪いんだけど、ユリシーさんの所に行って、大きな紙と水性の塗料を分けて貰ってきてくれないかな?」
俺の依頼に、了解しましたと返事をしてディーがリビングを出て行った。
「婿殿。何をする気なのじゃ?」
依頼の品を気にしたのか、アテーナイ様が聞いてきた。
「魚拓を作るんです。しばらくはあの大きさの黒リックは誰も釣れないでしょう。俺が釣り上げたという記念品みたいな物ですね。」
「それなら、僕も作ってみたいですね。国に帰って父に自慢出来ます。」
俺の話を聞いていたタケルス君が言い始めた。それなら僕も、とディートル君も名乗りを上げる。
「上手く出来るかどうか分らないけど、やってみよう。」
俺の返事に満足そうに頷いてる。
記念品が出来ると聞いてサーシャちゃん達も顔が綻んでるぞ。
「ところで、話を変えますが…。通信兵の役割は戦場だけでなくこのような状況報告にも非常に役に立ちます。現在の通信距離は、夜間は100M(15km)は可能ですが、日中は精々20M(3km)程度です。
何とか、昼夜を問わず100Mを越える通信は出来ないものでしょうか?」
アン姫は戦場では本部詰め。そして配下の弓兵が通信と伝令を担当しているから、やはり情報の重要性を理解しているようだな。
「1000M(150km)を越える通信を今すぐ用意しろと言われれば、何とかなる事はなるんですが…。色々と問題もあるんです。」
「それって、バビロンの技術を使うという事ですか?」
クオークさんは驚いたように俺を見た。
「そうです。バビロンの技術を持ってすれば、2つの月との交信も可能です。今は月からの応答は無いと言っていましたが…。
問題は、俺を含めてその装置が故障した時に修理する技術を持っていない事です。
複雑なからくりを経て言葉を雷に変えて相手に送ります。届いた先でも同じようなからくりを経なければ言葉として再現出来ません。
何とか、それを簡略化した装置が出来ないものかと考えてはいるのですが…。」
「通信は連合王国の要になるはずじゃ。婿殿に頼む最後の依頼となるじゃろう。よろしく頼むぞ。装置の試作については、モスレムの王宮より出すゆえにな。」
「とは言え、モスレムを初めとした周辺諸国の技術ではいかんともしがたいものがあります。そこで、構造が単純で組み込むからくりがなるべく少ない装置を考えてはいますが、同じ部品を作る事は数百年程後になるでしょう。これは学校が発展して科学する者達が現れてからになります。
もう少し、待って下さい。ある程度考えが纏まったら、バビロンに部品を集めに向かいますから。」
「かなり大掛かりな物になるのですか?」
「俺が作ろうとしている物はそうなります。でも、バビロンは片手で持てる位に…いやもっと小さく作る事も出来ます。
遠距離の情報伝達を考えるならば、小さくて壊れたらどうしようもない物よりは、大きくてもその機能を王国の者達がある程度修復出来る事が望ましいでしょう。」
「その通りじゃ。大きくとも良い。それを使いこなせる事が前提になる。」
アテーナイ様がそう言ってこの話を締めくくった。
「今度は僕が話題を変えます。…今回の勝負はとても面白かったです。このように釣り上げた魚で勝敗を決めるのもお祭りとしては有効なのではないでしょうか?」
「ちゃんと考えてるよ。それは湖ではなくて海で行うんだ。まだ結果は聞いていないがアトレイムの漁師町で試している。」
俺の言葉を聞いたシュタインさんが面白そうな顔をしている。
「ほほう…。それは初耳じゃな。どんな魚が釣れるんだ?」
「体長は軽く俺達を超えます。カジキマグロと俺達が呼んでいる魚ですが、これは釣りを超えて魚と人間との戦いですね。
運よく釣り針に掛かっても、テイルウォークはするし、ジャンプはするしで手元に寄せるまでが大変です。
そして、寄せたとしても油断は出来ません。長さ2D(60cm)を越える槍のような突起を鼻先に持っていますから、そのまま船に上げようものなら船に乗っている者達は大怪我をするでしょう。銛で突き、頭を棍棒で叩いて完全に動かなくなってから船に上げます。」
俺の説明を食い入るような目で見つめていたのは男達だ。
「まるで大型の獣だな。海の狩猟期と言って良いような祭りになるのか…。」
これは、参加せずにはなるまい…セリウスさんの姿は俺にはそう見えたぞ。
「しかし、その魚が釣れねばどうするのじゃ?」
「種類別に大きさを競います。問題はどの程度人が集まるかですね。」
御后様も海の狩猟期には何となく乗り気になってるぞ。
「ともあれ、俺の考えた方法で釣れたかどうかで、この祭りが出来るかどうかが分ります。もうしばらく待って下さい。」
「じゃが、それ以外の魚でも面白そうじゃな。我が君も釣りが好きなようじゃ。港に一艘専用の釣り船を置いても問題は無い。…婿殿。何人乗れる船が必要なのじゃ。我が一艘造らせる故、来春には海での釣りを楽しもうぞ。」
やはり、こうなったか…。
「少し変わった形の船になります。載る人員は10人程度になりますね。図面を書きますから、それを頼んでください。」
そう言ったとたん、テーブルの面々が互いに顔を眺めているぞ。どう見ても頭の中で人数を数えているような感じだな。
そんな所にディーが籠を背負って現れた。
「マスター。準備出来ました。」
「それじゃあ、始めようか。…タケルス君もやってみよう。上手く出来れば良いお土産になる筈だ。」
はい。と返事をして席を立つ。サーシャちゃんも一緒だ。それを見て、ディートル君とミーアちゃんも席を立つ。
「どれ、1つ我も参加しようかの…。なに、邪魔はせんよ。」
そんな事を言いつつアテーナイ様も席を立つから、結局全員が俺が何をするかを見る事になった。
台所の端でやろうと思ったけど、この人数ではな…。結局、外のテーブルを使う事になった。
テーブルに黒リックを乗せて、塩で滑りを取る。このぬめり取りが魚拓の出来を左右する。丁寧に揉みながら滑りを取ると、小さな鱗でザラついた魚体に変わる。
ここで、一旦水で洗うと丁寧に布で体表の湿気を取る。
ディーが手に入れてきた塗料は黒だ。刷毛で丁寧に体表に塗る。背ビレ、腹ビレ、そして尾ビレをピンと張って針で止める。
「これで準備が完了だ。この後は…こうして紙を載せるんだ。そして、これで表面を叩く…。」
手袋を丸めた即席タンポでパタパタと魚の表面を叩いていく。ヒレは特に丁寧に叩く。
そして、紙をゆっくりと剥がすと…綺麗な魚体が紙に写し取られていた。
筆で目を描くと、釣れた場所と年号と月日を記入し、最後に釣り人として俺の名前を記載する。
「これが魚拓という代物です。釣った魚をそのまま写し取る訳ですから、釣れた魚を誇る証となります。」
皆が、う~む…と言うような感じで大きな黒リックと魚拓を見比べる。
「なるほどのう…。このような形で証とするわけじゃな。これは我が君も、釣りに励む事じゃろう。この大きさを超えるものを得るためにな。」
アテーナイ様が感心して見ているのに対して、セリウスさんとシュタインさんはジッと睨んでいる。やる気は相当にあるみたいだな。
「次は僕の番ですね…。ご指導よろしくお願いします。」
タケルス君が自分の獲物をテーブルの上に載せると早速、塩で滑りを取り始めた。
テキパキと作業をこなす姿は頼もしくも見える。
次は何を…と悩むと、直ぐにサーシャちゃんが教えている。中々お似合いだぞ。
ディートル君はミーアちゃんと一緒に見守っている。
タケルス君達が2人で悩み出すと、ちょっと教えてあげる。こちらも中々だな。1歩下がってタケルス君達を表に出すようにすれば、誰からも後ろ指は刺されない筈だ。
やがて、恐る恐るタケルス君が魚から紙を剥がす。
そこには、しっかりと釣り上げた黒リックの姿が映し出されていた。
俺を真似て目と、名前等を入れて完成だ。
得意げに俺を見る。
「うん。良く出来たと思うよ。板で裏打ちして飾れば立派な装飾品になる。何より自分で釣り上げた獲物だからね。」
その後で、シュタインさんとセリウスさんも自分で釣り上げた魚の魚拓を作った。
互いに満足そうに見ているけど、シュタインさんのは背ビレがピンとしてないし、セリウスさんのは尾ビレが綺麗に開いていないぞ。
でも、にこにこと互いの魚拓をほめている所を見ると、自宅のリビングに飾るつもりでいるようだな。
そんな2人をアテーナイ様とミケランさんが呆れた顔で見ているぞ。
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次の日からは、狩猟期の準備だ。
嬢ちゃん達はミケランさんとロムニーちゃんにルクセム君それにミクとミトの8人で狩りをするみたいだ。アルトさんはちょっと脹れてるけど、銀レベルなんだし…我慢しないとね。
狩場の下見じゃ。と言いながら朝早くから出掛けて行った。
俺達とアテーナイ様それにアン姫で屋台を洗っていると、山荘の小道を数人が歩いてきた。
「やぁ、しばらく。手伝いに来ましたよ。」
現れたのは、王都で元祖うどん2号店を営む、グルトさんと見知らぬ男達だ。それでも、精錬された身のこなしでハンターだと分る。
「よろしいんですか?…王都の2号店も忙しいでしょうに。」
「なぁに、ここには想い出もありますし…。何より、新しい食べ物を教えて貰えます。一緒に来たのは、2号店で働く元ハンター達です。直ぐに3号店、4号店が各国に出来ますよ。」
彼等なりの手伝う理由があるようだ。
なら、それに答えねばなるまい。
「今年は、アン団子を作ります。みたらし団子に続くものですが、問題が1つ。嬢ちゃん達に狙われやすいんです。」
「それは、何とも…。女性に格段の人気が出るという事ですな。是非教えてください。」
という事で、早速アズキモドキを水に浸して準備する事になった。