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#344 シュタイン様の新たな趣味

 


 段々畑のライ麦収穫が終る頃には渡りバタムの依頼件数も減ってくる。そして、薬草採取の依頼が増えてくるのが毎年のこの村の特徴だ。

 あれ程気にしていた渡りバタムの数は何時の間にか少なくなって、いまでは殆ど見られない。

 セリウスさんの言うように、今年は少し多かったと言うだけなのかも知れないな。

 とは言え、この世界の生態系はちょっとした事で取り返しが付かなくなる事もあるから注意しなければなるまい。


 そして、もう直ぐ狩猟期が始まる。

 後、1月を切っているネウサナトラム村の恒例行事だ。そして俺とディートル君との戦いの時でもある。

 

 「セリウスと一緒じゃと?…それを卑怯というのじゃ!」

 「いや、この場合ミーアちゃんを載せる口実に出来ると思ってね。」

 「ふむ…。それも、ありじゃな。中々考えておるようじゃ。」


 トローリングは俺に有利というアルトさんに説明していたのだが、俺達の意図を説明してどうにか納得して貰った。

 カタマランは4人は乗れるから、タケルス君が一緒ならサーシャちゃん達も一緒に乗れるだろう。


 アルトさんとリムちゃんはアテーナイ様を誘って、収穫の終った畑に例年のように現れるカルネルとシャザク相手にガルパスの強襲を練習しているようだ。

 シャザクと言えども、ガルパスの一撃離脱の強襲をかわす事は容易では無いらしい。


 残った俺達は、あまり他のハンターが採取しない薬草を狙って採取しているのだが、毎年のようにフェイズ草の依頼は無くなる事は無い。

 リオン湖をカヌーで横断してグライトの谷の断崖からフェイズ草を茎と共に採取する。

 それ程群落があるわけではないから、適当に間引くように採取して、1つの岩棚を根絶やしにするような採取は自粛しているので、結構大変な作業だ。

 他の場所も探す必要があるのかも知れない。

 そういえば、薬草を専門に育てるという事を聞いた事が無い。1度やってみる価値があるんじゃないだろうか…。

 そんな事を思いつつも、今期は30個程の球根を採取した。

 ギルドにフェイズ草の球根を届けけた時にその話をシャロンさんにしてみた。


 「山の近くにあるギルドには大抵この依頼があります。そして各地に王都から商人を通じて出荷されてますよ。」

 「フェイズ草って、崖にしか生えないのかな?」

 「畑で育てようとした人達は皆失敗したようです。崖のような日当たりと水はけの良い場所じゃないとダメみたいですね。」


 やはり、特殊な環境条件が要求されるみたいだ。

 良いアイデアだと思ったんだけどね。


 報酬を受取り、掲示板を見ようと歩き出すと、セリウスさんがテーブルで手招きしている。

 セリウスさんはシュタイン様とチェスをしていたようだ。

 俺がテーブルに着くと、ルミナスちゃんがお茶を運んできた。俺達の前に取っ手付きの木製カップを置いてくれる。


 「妻は朝から忙しくての。ワシはのんびりとここで暇潰しじゃ。」

 「俺の方も、しばらく留守にしたお蔭でギルドの仕事は殆どシャロンがしてしまう。給与を貰うのが躊躇われるところだ。」

 

 要するに、暇を持て余してるって事かな。

 シュタイン様は、今までの政務から急に解放されたんで、時間をどう使って良いのか判らないんだろうな。

 セリウスさんの方は、ギルドを離れすぎたか…。シャロンさん、責任感が強いからな。何時の間にかギルド長としての仕事を殆ど仕切れるようになったんだな。そうなれば、確かに、セリウスさんまで仕事が回らなくなるな。


 「ユリシーのところにも行ったのだが、アヤツのチェスの腕は俺達を遥かに凌いでおるし、それなりに忙しいらしい。」

 ユリシーさんも災難だったな。

 そして、セリウスさん相手にチェスをするシュタイン様の腕もある程度わかったような気がするぞ。

 ここは何か、没頭出来て、それなりに評価される物を考えねばなるまい。

 今更、シュタイン様にハンター登録をさせてセリウスさんと薬草採取をさせるのも考えもんだと思うし…。

 

 「ところで、お二方は器用だと言われた事がありますか?」

 俺の質問に2人は腕を組んで思い出している。


 直ぐに思い浮かばない段階で器用じゃないと俺は判断したが、結果は少し違ってた。

 「そう言えば妻に言われた事があったぞ。3国相手に器用に立ち回るとな。」

 「ダリオンが言っていた。左右の手で片手剣を使いこなすとは器用なものだとな。」


 そう言えば、器用って色んな意味に使えるよな。

 2人とも確かに器用って言われたのだろうけど、俺の意味してるものとは違ってるぞ。

 

 「まぁ、器用ならば…と言う前提条件が付く暇潰しがあるんですが…。」

 2人の目が輝きだした。早く言え!って目が語りかけている。


 「2つあります。1つは、餌を使わずに釣りをする為の仕掛け作り。もう1つは、鳥の彫刻です。」

 俺の言葉に2人は顔をを見合わせる。

 そんなんで暇潰しが出来るのかとお互いに目で話し合っているようだ。

 

 「最初の餌を使わずに…と言うのは、ルアーを作る事か?」

 「いえ、もっと上級者用になります。」

 

 俺はバッグの中からタックルボックスを取り出した。確か数個入れていたような…あった!

 小さなピルケースを取り出して、2人の前に中身を取り出す。


 「これです!…フライという水面に飛び交う羽虫を模した釣針です。」

 「これは…凄く繊細な細工じゃな。妻が目的も判らずに欲しがりそうじゃ。」

 「これは、どうやって作ったんだ。俺には作り方さえ判らんぞ。」


 そこで、フライの作り方を説明する。鳥の羽や動物の毛を糸で針に縛り付けて、それらしい形に似せて作る。まぁ、簡単に言えばそんな感じだ。


 「本来は、専用の竿と糸が必要になりますが、トローリングの仕掛けの先に付けても魚は釣れるはずです。」

 「ルアーよりも簡単なのか?」

 セリウスさんの質問に俺は首を振った。

 

 「遥かに難しい釣りになります。ルアーやスプーンに付けた針は、これですよね。でもフライに使う針はこれになります。」

 錨針と通常の針では、針掛かりした後のバラシが格段にフライ針の方が多くなる。

 針が小さく、そして細い為だ。ちょっと糸を緩めた隙に魚が首を振れば外れてしまう程だ。

 

 「この釣りの面白さは、自作した針で魚を釣る事にあります。そして、もう1つの暇潰しですが…、鳥の模型作りです。

 小鳥を観察して、その鳥と同じ大きさの模型を木で彫刻し、最後に色を付けます。上手な人が拵えた模型はまるで本物と見間違う程です。」


 「それは何かの役に立つのか?」

 「全く…。ただの暇潰しですね。昔は、水鳥の模型を作ってそれを水面に浮かべて群れを呼び寄せるのに使ったと聞いた事があります。

 そんな狩りが廃れて、遊びとしての鳥の模型作りが残ったんですが、それでも部屋の窓辺に飾ると、とても見栄えがしますよ。」


 「なるほど…まるで役に立たないものを作るとは暇潰しの方法としては最上じゃな。セリウスよ。2人で、その模型作りに挑戦してみようかの?」

 「暇潰しもそれなりの道があるという事ですか…。なら極めてみるのも面白そうですね。」

 

 そう言って2人はギルドを出て行った。

 ルミナスちゃんがやって来てカップを片付け始めた。

 「ギルド長はどこに行ったんですか?」

 「たぶんユリシーさんのところだと思うよ。直ぐに帰ってくるから大丈夫だよ。」

 

 俺も席を立ちと、掲示板を一通り眺める。

 村の南にラッピナが増えてきたみたいだ。それを狙ってガトルが来るかもしれないな。アルトさん達に知らせておこう。

               ・

               ・


 それから5日程たった昼下がり。

 アルトさんとリムちゃんは、ディーとミク、ミトを連れて薬草採取に朝早くから出掛けて行った。

 お弁当を持っていったから、のんびりとピクニックを楽しむ心算だろう。


 姉貴とのんびりとお茶を飲んでいた昼下がり、アテーナイ様とミケランさんがやって来た。

 早速姉貴達とおしゃべりが始まる。

 おれは席を立って2人にお茶を入れて、姉貴と俺のカップにもお茶を継ぎ足した。


 「婿殿、すまんのう。…婿殿はモスレムで一番台所に立つ男じゃと我は思うぞ。おかげで色んな料理を食べられて我等は嬉しいのじゃが…そんな男と蔑む者もおる事も確かじゃ。まぁ、婿殿なら気にもすまいがのう。」

 確かに、中世の初期って感じの世界だからな。

 男女同権と言うよりは、男女の仕事がはっきりと分けられているのだろう。

 でも、ハンターは野外で料理を作る事が多いのだが…その辺はどうなってるんだろうな。

 

 「野外では戦や狩りの料理は男も行なう。しかし、村や町、王都等では殆どが女の仕事じゃ。男がするのはやもめ位のものじゃな。

 しかし、台所に立つな…と言ってはおらぬぞ。婿殿の料理は王都でも評判じゃ。それを妬む輩が言っておるだけじゃ。言わせて置けば良い。」


 とは、言うもののあまり良い気持ちはしないな。陰口を叩く奴に碌な奴はいないと言うしね。


 「ところで、婿殿。我が君が何やら暖炉の前で始めたのじゃが…。何を始めたのか婿殿なら知っていると思うのじゃが…。」

 「セリウスも一緒にゃ。家でひたすら木を削ってるにゃ。」


 2人の言葉に姉貴が俺を見る。

 「俺は、暇ならば…とカービングを教えたんだけど…。」

 アテーナイ様とミケランさんは聞きなれない言葉に姉貴に振り向いた。


 「カービングというのは、彫刻の事です。たぶん、アキトの事だからバードカービング…鳥を正確に似せて作る木工細工を教えたんでしょう。」

 

 「ほう…あれは鳥なのか…。そう言われて思い出せば、鳥に見えなくも無い。最初は魔物を彫っておるのかと思ったのじゃが…鳥なのか…。」

 「セリウスの方は鳥には見えないにゃ。…ラッピナの新種かと思ったにゃ…。」


 何となく2人の腕の程が判ったぞ。

 「最初から上手に作る人はいません。1作毎に上手になれるんですよ。」

 「そうじゃろうか…我が君の不器用さは良く知っておる心算じゃが…。」


 姉貴の言葉にアテーナイ様は疑問を呈した。

 「でも、シュタイン様は、アテーナイ様に器用だと言われたと俺に自慢してましたよ。」

 「言ったかのう…。」

 アテーナイ様は思い出しているようだ。

 姉貴も興味を持ったらしく、俺にどんな事を言ってたのって聞いて来た。


 「シュタインさんは、3国相手に器用に立ち回る。とアテーナイ様に言われたと。そしてセリウスさんも、左右の手で片手剣を使いこなすとは器用なものだとダリオンさんに言われたと言ってたぞ。」


 3人が俺の言葉を聞いて驚いている。

 「婿殿。2人とも手先の器用さではないような気がするのじゃが…。」

 「大丈夫ですよ。本人達が自分は器用だと暗示を掛けているようなものですからね。それに、2人とも一生懸命に打ち込んでいるはずです。互いに自分の方が上手だと信じているからでしょう。

 誰に迷惑を掛ける訳でもないですし、ここは温かい目で見守ってあげるべきかと…。」


 「そうじゃな。我が君の目が製作中は輝いておる。王宮の激務から急に開放されたのじゃ。余った時間をいかに過ごすかを知ったと、ここは見守るべきであろうな。」


 最初から上手な者等いない筈だ。皆、迷って…失敗して…上手くなったんだ。

 

 

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