#334 水商売は利益が大きい?
盛大な爆裂球の炸裂音で目が覚めた。
思わず、ノーランドの反攻かなとも思ったけれど、そういえば今日から人間チェス大会が開かれるんだったな。
あれだけの音でも起きる気配の無い姉貴達を放って置いて素早く着替えを済ませると1階に下りていく。
風呂場で顔を洗うと、リビングに向かったが、そこにいたのはディーとリムちゃんだった。
「あれ?…ミーアちゃん達は??」
「トーナメント戦の籤を引きに行きました。午前中に対戦相手が決まると言ってましたよ。」
チェスの参加者が余りに多いため、姉貴が急遽トーナメント戦のやり方を教えたと言っていたな。
だが、昼からなら都合が良いぞ。暑くなるから売り上げも伸びそうだ。それにアイスキャンディーを作る時間も取れる。
タニィさんが用意してくれた朝食を食べていると、姉貴達もようやく顔を見せた。
「おはよう。皆早いわね。」
能天気に姉貴が言ってるけど、もう9時を過ぎている。
そして、ようやく皆の朝食が済んだ頃に、ミーアちゃん達が帰って来た。
「南の広場の第3戦じゃ。たぶん夕方になるじゃろうから、少し早めに夕食を取るぞ!」
サーシャちゃんの嬉しそうな顔を見て、タニィさんが大丈夫ですと答えてる。
「ところで対戦相手はどんな人?」
「分らんが、南の広場と聞いて喜んでおったのは老人達が殆どじゃ。圧倒的に勝っては少し気の毒に思えるのう…。」
「サーシャちゃん。勝負に手心は要らないわ。侵略する事火の如し!これで行きなさい。」
姉貴はそう言ってサーシャちゃんに檄を飛ばす。
そんな姉貴の顔を見て2人で頷いているから大丈夫だろう。相手の実力を見極めるのは大事だ。それは外見で判断するものではない。対戦して初めて分るものだと、姉貴は今の内にしっかりと教育してるんだと思う。
「我等が知っている者達も出るのか?」
「クオーク様とジュリーさんそれにラミア女王が個人の部で。ブリューさん姉妹とエントラムズの王子達、それにセリウスさんとダリオンさんが団体戦に出場します。」
アルトさんの問いにミーアちゃんが答えてくれた。
セリウスさん…あの腕で団体戦に出るのか。しかもダリオンさんと一緒なら初戦敗退になりそうだな。初戦を突破できなければ、2人で相手を威嚇するかも知れない。これは見ておかないと…。
「こんな感じです。」
そう言ってトーナメント表を俺達に見せてくれた。
「へー、ラミア女王が王宮前広場で行う個人戦の最初なんだ。あら、セリウスさん達も西の広場で初戦なんだね。…これはどっちを見るか迷うわ。」
「迷う必要など無かろう。セリウスを見てラミアを見れば良い。セリウス達に作戦等ある筈が無い。直ぐに終るはずじゃ。その後で王宮広場に向かえば中盤戦をじっくり見ることが出来よう。」
アルトさんは始めてすぐにセリウスさんが負けると思っているようだ。
確かにそんな気配は濃厚だけど、相手がセリウスさん以下の実力だとしたら長引くと思うぞ。
そんな話をした後で早速、アイスキャンディーの製作を開始する。
銅版を【クリーネ】で綺麗にし、2枚合わせると10個の穴が出来る。ポットに入れたちょっと薄めのジュースをその穴に注ぎ込み棒を差した。
「行くよ!」
と言いながら真鍮のトレイに乗せた銅板を姉貴が【シュトロー】で一気に氷付けにした。
それを台所で木製のハンマーで叩きながら氷を落として銅板をとりだす。銅版をベリベリと引き剥がせば10個のアイスキャンディーの出来上がりだ。
どんどん作って保冷箱に詰め込んでおく。勿論、保冷箱の内側には氷をたっぷり詰め込んで塩を塗しておいた。
2時間程で200個を作ると、保冷箱が一杯になる。
「そろそろ昼食だよね。食べたら早速出かけましょう。」
そして、黒パンサンドを食べていた時だ。
「ところで、1個いくらで売るのじゃ?」
アルトさんの素朴な疑問に俺と姉貴は食べていた黒パンサンドを喉に詰まらせた。
急いでお茶で流し込む。
ほっと息を着いた俺と姉貴は顔を見合わせた。
「幾ら掛かったの?」
「銅板と屋台は王宮側が支払ってる。俺達が買った物はジュースだけだ。」
そのジュースだって、3Lで買ったジュースを使ってアイスキャンディーが10本程作れる。
200本で60Lしか掛かっていない。【シュトロー】や【クリーネ】だって姉貴やリムちゃんが魔法を使っただけだから、人件費だって掛かっていないぞ。
1本1Lとしても、200L。材料費が60Lだから、140Lの儲けだ。
幾ら水商売は儲かると言っても、これは儲け過ぎじゃないのか?
「1本1Lで売っても、140Lの儲けになる。かといって、銅貨の最小単位が1Lだから…。まさか、2本で1Lと言う訳にもいかないよ。」
「後で相談しましょ。とりあえずは1本1Lで良いのね。」
姉貴は屋台にアイスキャンディーの値段を書いてくるようにディーに頼んでる。
そして、食事が終るといよいよ俺達の商売の始まりだ。
短パンにTシャツモドキを着て麦藁帽子を被る。足はサンダルが定番だな。
無用心だから、グルカだけはベルトに差し込んどいた。
姉貴やディーは腰にナイフを差しているぞ。リムちゃんとアルトさんは俺と同じようにグルカをベルトに差している。
ドォン!っと爆裂球の炸裂音がして、それに追従するように4箇所から炸裂音が聞えて来た。
「さて、王都の夏祭りの始まりだ。先ずはセリウスさん達の様子見ながら売るぞ!」
皆を見渡してそう言うと、俺に力強く頷き返してくれた。
「「行ってきます!」」とタニィさんに挨拶して、ジリジリと照り付ける通りに出て、屋台を押していく。
サーシャちゃんとミーアちゃんは初戦に備えて調整中みたいだ。俺達が出かけるのを見て、2階の窓から手を振ってる。
大通りをベルを鳴らしながら「アイスキャンディーは如何ですか!」と言いながら歩いて行く。
どこにでも、初めて見るものに興味を示す人達がいる。早速、数本が売れたぞ。
そんな人達がアイスキャンディーを齧りながら大通りを歩くから良い宣伝になるみたいだ。西門の広場に行くまでに、20本近く売る事が出来た。
大勢の人が広場の一角に集まっている。どんな風になっているのか興味があるけど、全員で見に行ったら、商売どころではなくなってしまう。
最初は姉貴とリムちゃんが観戦だ。
俺は、広場の端にある何本かの立木の陰に屋台を止めると、屋台の台の中から小さなベンチを取り出した。
3人でベンチに腰を落着け、買いに来るお客を捌く。
段々とお客が増えてきた。やはり、暑い時期に熱い試合を見てるせいなのかもしれない。ひょっとして、セリウスさん達は良い試合をしてるのかな?
「どう?売れてる。」
「あぁ、まずまずだな。ここに来てから30本以上も売れたぞ。…ところで、セリウスさん達はどんな感じ?」
「私が今度は店番するから、見てきなさい。面白いわよ。」
それは良い勝負をしているという事かな?それとも、とんでもない勝負になってるのだろうか?
早速、姉貴と交替するとアルトさんと一緒にセリウスさんの応援に出かけた。
どうやら、王都の老人3人組みと対戦しているようだ。
老人側には大勢の仲間が詰め掛けて近寄れない。セリウスさん達の所も亀兵隊の連中が詰め掛けてるぞ。
俺達を見つけた亀兵隊が前の席を空けてくれた。
「有難う。そんなに長くはいられないんだ。…それで状況は?」
「一進一退です。」
どれどれ…。
広場の敷石を利用してチェス盤を作っているのか。そして駒は工事中のコーン位の大きさがあるぞ。丸太を削って作ったような駒は白と黒に塗られている。結構な重さがあるようで、駒の両脇に付けられた取っ手を持って、亀兵隊が移動している。
対戦相手同士は、広場の大型チェス盤の両側に対峙して、テーブル席に座っている。そのテーブルにはチェス盤が置いてあり、対戦者がテーブルの駒を動かすと、そのテーブルに座った神官が大声でそれを告げる。すると、亀兵隊がその指示に従って駒を動かすみたいだ。
これだと、大勢で見られるから皆が観戦するには都合が良い。
そして、広場のチェス盤を見る。中々良い位置にビショップとナイトが利いてるぞ。あれを突破するには…。
セリウスさんの駒を見るとビショップが2個しか残っていない。無理な攻撃を仕掛けたんだと思うけど、ちょっと困ったな。
頭の中で次の一手を高速でシュミレートする…。
あった。あの囲みを撃破してクイーンを手に入れる方法が…。だが、どうやって教えるかだな。不正にもなり兼ねないし。
そこで、アルトさんをそこに残してちょっと後ろに下がる。2人分後ろに下がった1人分の横位置に立つ。そして、セリウスさんをジッと見る。
俺の視線に気が付いたのか、チラリと俺を見た。
直ぐに視線をテーブルのチェス盤に移したがハッとしたように俺達を見返す。そしてニヤリと笑ったぞ。
ナイトを掴んで少し前に出ていたクイーンの後ろに駒を降ろした。
理解したようだな。
「なにやら形勢が良くなったが、どうした訳じゃろう?」
「俺達を見て閃いたみたいですよ。何と言っても強襲部隊の隊長です。状況把握は得意でしょう。」
「確かにあのナイトを動かすとは思わなんだ。我はルークを敵陣に突っ込ませると思っておったのじゃが…。」
そんな事を言いながら老人達の次の手を見ていた。
ルークを動かしたか…。ビショップは諦めて守りを固める心算だな。
セリウスさん達より腕は上みたいだが、それ程の違いは無さそうだ。
そろそろ、この広場を離れて、次の広場に移動しよう。
「クオークもそれなりに考えたようじゃな。あれなら集まった民衆も楽しむ事が出来よう。」
「そうだね。周りの人も参加したくてウズウズしてるみたいだった。来年は5日では終らないんじゃないかな。」
「予選をすれば良かろう。少なくともあれだけの民衆が集まるのじゃ。下手な差し手はブーイングものじゃぞ。」
予選か…。それなら地区選手権も面白そうだな。後で、クオークさんに教えてあげよう。
俺達の屋台に行くと、数人の列が出来ている。
テキパキと3人でアイスキャンディーを売り捌いているようだ。
「面白かったでしょう。」
「あぁ。まさか敷石を利用してゲームをしてるとは思わなかったよ。後の人間チェスが楽しみだね。」
客が切れた隙に俺達は屋台を引いて、今度は王宮前の広場に出かけた。
少し遠いけど、大通りには祭りの期間は馬車が通らない。安心して真中を曳いて行けるぞ。
そして王宮前広場には鈴なりの民衆が集まっていた。
取り囲むように広場の隅にはずらりと屋台が並んでいる。
「お婆ちゃん達だ!」
リムちゃんが目聡く、そんな屋台の1台で手を振っているアテーナイ様、御后様それにアン姫を見つけたようだ。
俺達は急いで屋台を3后の切り盛りする屋台の傍に曳いていく。
「今日は。こっちは凄い人出ですね。」
「さもあらん。ラミア女王がサーミストのケルビンと対戦しておる。ケルビンはサーミストでも1、2を争う差し手じゃ。そのケルビンに一歩も引かぬ対戦をしておる。」
いきなりの実力者同士の対戦となれば観客も興奮するな。そして熱くなれば、俺達のアイスキャンディーがまた売れると言う訳だ。
保冷箱の1つはもう直ぐ空になる。姉貴はアテーナイ様達に1本ずつアイスキャンディーを差し入れした。そして俺達も一緒になって、アイスキャンディーを齧り始める。




