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#329 村の変化


 ネウサナトラムは山村だったのだが、ここ数年でだいぶ様変わりをしたように思える。

 村の北にある広場と門は、アクトラス山脈に続く小道への出口だったんだけど、今では立派な木造の楼門になっている。

 楼門を出ると一面の荒地が、亀兵隊の錬兵場として使っていたために、何時の間にか大きな広場になっていた。

 ここで亀兵隊を鍛える事はもう無いだろうが、狩猟期にハンターが天幕を張る場所として有効に使われているそうだ。


 北門の内側の広場は、だいぶ大きくなってセリの便宜を図っているようだ。

 広場の端は、普段はハンターの練習場として開放されている。もっとも矢が飛んであぶないから、小さな移動式の柵で子供達が立ち入らないようにしている。


 東門は、村への入口だから北門以上に立派な楼門に成っている。

 楼門の内側には石畳の広いロータリーが作られて、その中心部には子午線が入った石の円盤が設えられている。ここから北門に向かって石畳の通りが延びているのだが、現在はギルド付近で工事中だ。村内の通りが全て石畳になるにはまだ先の話だな。

 

 この東のロータリーには南北の道もある。

 北に向かう石段の道を行くと、この世界唯一の天文台がある。その経緯台の基線が子午線になっているのはユング達の作業の賜物だ。

 南の通路はロータリー脇の荷馬車や馬車の溜まり場だ。30台以上を止められるように作ったそうだが、昨年の狩猟期には満杯になったとシャロンさんが言っていた。


 東西を結ぶ通りには目立った変化がない。

 しかし、山荘に入る小道を進むと大きな変化がある。

 山荘の庭の左端に、俺達の家の半分位の家が建った。御后様達が隠居する話はどうやら本当らしい。

 そして、山荘の2倍程の規模を持つ館が山荘の右側奥に立っている。

 あれが、連合王国の夏の議場になるのだろう。

 スロット達の家はそんな中に立っているのだが木立に囲まれてるから、余り目立たないようだ。


 東西を結ぶ通りの途中から南に延びる通りを進むと少し坂になっている。

 通りには20m程の間隔で小さな通りが東西に走って、その両脇に民家が並んでいる。

 そんな通りを進むと、南門にある広場に続く。この広場は、それ程大きくは無いのだが、左右に延びる少し広い通りがある。

 左側は、創業時より遥かに拡大した会社がある。

 事務所のログハウスは昔のままだが、製造、加工の仕事場と、織機を置いた建物が4棟も建っていた。

 毎年1つずつ増えているような気がするぞ。

 ユリシーさんの腕が良いからだろう。若いドワーフ達も集まっているようだ。その内、王宮ギルドを凌ぐ製品が出来るかもしれない。


 広場の右側には、新しい住宅街だ。長屋形式の建物が4つと、宿屋が1つ出来ている。

 商人の出入も前より多くなったようで、雑貨屋が新しい住宅街にもう1つ出来たみたいだ。

 

 それにしても、大きくなったと思う。南門は少なくとも南に100m以上移動している。これも、姉貴の都市計画の一環だと思うけど、俺としてはこの位に止めておくほうが良いような気がするぞ。

 何か、村の良さが失われるような…そんな気がしてきた。

               ・

               ・


 さて、家に戻ろうかと思った時、長屋の1つから、男が桶を持って現れた。

 「アキトじゃねえか。何してんだ?…まぁ、こっちに来いよ。」


 出て来たのはサラミスだ。俺を見かけると、わざわざ俺の所までやって来て、同行させる。

 どうやら、水汲みに行くところだったらしい。

 共同井戸で桶に水を汲むと、俺と一緒に長屋の1部屋に連れて行った。


 「ここが今借りてる部屋なんだ。宿と違って自炊しなくちゃならないけど、綺麗だし。俺は気に入ってるよ。…さぁ、入った入った!」

 そう言って扉を開ける。


 「誰を連れてきたのかにゃ?」

 扉の中は8畳程のリビングだ。土間で、真中に石作りの火鉢のような囲炉裏がある。

 その脇にはテーブルとベンチが置いてあるから数人の食事には十分だ。

 煙対策で、囲炉裏には炭が入っている。

 

 「アキトだよ。通りを歩いてたから連れてきた。」

 そう言って俺をベンチに座らせる。

 早速、ミューさんがお茶を入れた木製のカップを渡してくれた。


 「高名なハンターにゃ。サラミスの友達とは今でも信じられないにゃ。」

 「そんな事は無いですよ。駆け出しの頃には獲物の狩り方を教えて貰った事もあります。マケトマムは親切なハンターが多かったと今でも思ってます。」


 そう言ってサラミスを見る。頭を掻いて笑ってるけど彼にとっても良い思いでなんだろうな。


 「しかし、アキトは全く変らないな。まだ少年のままのようだぞ。」

 「たぶん、エルフかドワーフの血を引いてるんだと思うよ。姉貴だって変らないだろ。」

 

 サラミスが頷いた。

 「確かにな。だが、ミーアちゃんは大きくなったな。何時までも手元に置いとくのか?」

 「そうも行くまい。もう直ぐ王都にもう1人のサーシャちゃんと出かけるはずだ。知り合いが王都にいるから安心して行かせられるよ。…サラミスの兄弟は元気なのか?」


 「あぁ、妹は屯田兵と良い仲になって、来年には一緒になるだろう。弟は村のハンターとチームを組むまでになった。」

 「という事は、サラミスも所帯を持つ前の2人歩きって所か?」

 

 サラミスはミューさんと顔を見合わせる。 

 「そんなところだ。母さんは賛成してくれたしな。弟の勧めで2年ほどあちこち回って村に帰る心算だ。これを逃したら、もう2度と村を離れられないような気がしてな…。」

 村に戻って結婚して、マケトマムを住処とするハンターになるんだな。

 サラミスなら、マケトマムのギルド長であるカンザスさんも気心が知れているから何かと安心な気がするぞ。


 「そうか…。なら、何か祝いを上げなくちゃな。ミューさんの武器って何を使うの?」

 「私は、これにゃ。」

 そう言って取り出したのは、ミケランさんが使っていたような少し反りのある片手剣だった。


 「俺にくれるんじゃないのかよ?」

 「お前は、ミューさんの盾代わりだから、ミューさんで十分だ。」


 「アキト様の剣は変ってるにゃ。」

 「俺のはこれだけど、これはカラメルの長老から貰ったもんだ。これは上げられないよ。」

 そう言って、ミューさんにグルカを見せてあげる。

 

 「前と少し違ってるな。鉄じゃないのか?」

 「判らん。異様に軽いんだ。」


 「凄く軽いにゃ。でも、先が曲ってるにゃ。」

 そう言って俺に返してくれた。

 「今夜皆で考えるから楽しみに待ってて。」

 

 「所で、剣姫様はアキトと住んでいるのか?」

 「あぁ、王都で御后様と試合をしたら、アルトさんが降嫁したんだ。名目的には俺の妻になるんだけど、俺もアルトさんも全く自覚が無い。」

 

 「後の3人はどうなんだ?」

 「サーシャちゃんは御后様から預かった娘だよ。次期モスレム国王の娘さんだから、王女様なんだよな。リムちゃんは故あって引き取った俺達の妹さ。後は…ディーだけど、ちょっとサラミスに理解出来るか疑わしいが、どう説明したら判ってもらえるか…。家族だな。俺達に似ているけど種族が違う。」


 「複雑なんだな…。だが、王族を2人も預かってるのか。怪我等させたら極刑だぞ。」

 「それは大丈夫だ。アルトさんはあの通りだし。サーシャちゃんも中々だぞ。今年の狩猟期にはたぶん戻ってくると思うが、狩猟期のハンターではかなり上に行くぞ。」


 そんな話を同性とするのも良いものだ。

 俺達の会話をミューさんはジッと聞いていた。男同士の話には余り口を挟まない。

 そろそろ帰ろうと思って、最後にミューさんに聞いてみた。

 ずばり、サラミスの何処が気に入ったのか?


 「…やさしいとこにゃ。」

 聞く方が、馬鹿だった。サラミスは俺の顔みて笑いながら頭を掻いていた。

               ・

               ・


 帰り道をとぼとぼと歩いて行く。何かサラミスに毒気を抜かれた感じだな。

 この世界の新婚旅行、いや婚前旅行なのかな。

 粋な計らいを弟はしたようだ。サラミスの兄弟は仲が良かったからな。


 家に帰ると、全員が揃っている。

 何でも、トローリングに行こうとしたら、風が強くなったので諦めたらしい。

 不機嫌な表情でテーブルに座っているから姉貴もちょっと引いている。


 「ずいぶんと長い散歩じゃな。」

 早速、俺に矛先が回ってきた。

 「あぁ、サラミスの長屋に寄ってきたんだ。」

 その言葉に全員の目が生き生きとして俺に向けられた。


 「どうじゃった?」

 「どうと言われても…。そうだ。2年程、国を回って戻ったら一緒になるらしい。その間は弟達が頑張るみたいだ。」

 

 「やはり、そうなのか。…となれば、知らぬ仲ではないし、何か送らねばならぬのう。」

 「それなんだけど、ミューさんの武器はどうかな。ミケランさんのような片手剣を持っていたよ。だが、数打ちのやつだな。」

 

 「サラミスさんのは?」

 「奴は長剣だ。だが、奴のまで用意する?」

 「片方だけじゃ拙いと思うよ。ここは両方に渡すのが良いと思うわ。」

 

 「そうじゃな…。ミューには亀兵隊用のグルカで良いじゃろうが、問題は長剣じゃ。グルカに見合った金額となると今一判らぬ。」

 

 確かにグルカは市販品ではないからな。とは言え、金貨1枚という事は無いだろう。

 「長剣ってどの位の値段なんですか?」


 「天井は無いが…、ハンターであれば赤が銀貨5枚。黒が銀貨20枚と言うところじゃろう。銀にもなれば金貨で注文するじゃろうがの。」

 「なら、銀貨数十枚程度を目安に探せば良いでしょう。それ位なら彼の実力にも合いますし。」


 幾ら良い物を贈っても、所詮狩りの道具なのだ。飾っておく訳では無いからね。

 「確かに。それではその件は我に任せておけ。」

 

 アルトさんはそう言って家を出て行った。

 山荘に行って近衛兵に王都へ行かせるつもりだな。


 その夜の食事で、俺が最後に聞いた事を話すと、全員がもう少しでシチューをテーブルに吐き出すところだった。


 「そんな話を食事中にするでない。もう少しで食事が喉につかえるところじゃったぞ。」

 アルトさんの言葉に嬢ちゃん達がんうんと頷いてる。


 「…優しいって、中々良いところに目を付けたわね。」

 「それって、美味しい料理を作ってくれること?」

 「いや、イネガルが突進してきたら、真っ先にイネガルに突っ込む事じゃ。」

 

 リムちゃんの質問にアルトさんが訂正して教えているけど、それも違ってるぞ。

 サーシャちゃんとミーアちゃんは何を思ってか少し考え込んでるけど、たぶんエントラムズの2人の事を考えてるんだろうな。

 どんな結論になるかは判らないけど、人を好きになるって事は、それを言葉に表すことが難しい事だと思う。

 どんな所でも良いから、私は彼のここが一番好きって言えるなら、彼もきっと嬉しいだろうと思うぞ。

 

 そんな事があってから10日も過ぎた頃。

 何時ものように昼食を取っていると、扉を叩く音がする。

 ディーが扉を開けると、御后様と国王が立っていた。

 早速、テーブルの上を片付けて御后様達を招き入れる。


 「隠居する前に、どうしても后が一度は見ておけと煩くてな。」

 「まぁ、ここで老後を暮らすのじゃ。足りないものもあるじゃろう。と来てみたのだが、隠居場所はすっかり整っておった。我も国王も満足じゃよ。あれならのんびりと暮らせるに違いない。」


 そう言いながら、アルトさんに包みを渡す。

 「例の依頼品じゃ。グルカは亀兵隊の物じゃが、長剣は歩兵の中隊長の持つものじゃ。華美に捕らわれず実用本位じゃから黒レベルの上級者には欲しがる者も多いと聞く。」


 「昔馴染みが嫁を貰うのでな。これを贈ろうと思うのじゃ。」

 そんな事を言いながら暖炉の傍に置いてきた。


 「ところで、新国王の戴冠式は7月の末じゃ。後1月半程じゃが皆も出席してもらいたい。そして、サーシャとミーアはそのまま王都に留まり亀兵隊の指揮を執ってもらいたいのじゃが…。」

 御后様の言葉に俺達は頷いた。

 

 「我とミーアが王都に住む事はかまわぬが、王宮暮らしは合わぬ。我等の館で良いのじゃな?」

 「その心算で、イゾルデがあの館を手配したようじゃ。隣にキャサリンもおる。十分安全は確保出来よう。」

 御后様の言葉に2人は嬉しそうだ。


 「あのう…。戴冠式に招待されるのは嬉しいんですけど、私達は礼儀も知りませんし、衣装も持ち合わせていません。今から作っても間に合いそうもありませんし…。」

 「何、心配はいらぬ。革の上下で良い。お主達の持つ虹色真珠に勝るハンターの衣装は無いはずじゃ。それに、4人は大鎧の装備があるじゃろう。あれは十分に列席者を驚かすじゃろう。」


 それって、戦装備じゃないのか?…その後のパーティは大丈夫なのか?


 「まぁ、ワシもそれで良いとおもう。着飾る必要は無い。モスレム、いや周辺諸国を含めてアキト達の働きに匹敵するものはおらぬ。着飾らないと自分の存在価値が判らぬ有象無象とは異なるのだ。」

 

 そう、国王は言ってるけど、国の体面ってのもありそうな気がする。

 まぁ、俺達には都合が良いから問題は無いけどね。


 「それより、明日はワシを釣りに連れて行ってもらいたい。この湖では大型が釣れると后が何時も言っておるのでな。ワシも、のんびりと釣り道楽を極めたいと思っているのだ。」


 俺は承知して国王を安心させた。

 狩りは出来ないかも知れないけど、釣りなら誰でも出来るからね。

 少しは御后様に、どうじゃ!って言いたいんだろうな。

 

 

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