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#328 信号筒の発想者

 


 ふと目を覚ました時にはベッドに俺1人だった。

 窓の外を見ると、朝と言う時間は過ぎているようにも見える。

 急いで着替えると、リビングに下りて行った。


 「だいぶ、ゆっくりとお休みでしたね。皆さんお出かけになりました。」

 ディーが俺を見て、早速朝食の準備を始めた。

 その隙に、外の井戸で顔を洗う。

 リオン湖に細波が立ってアクトラス山脈をぼやけた姿で映している。早朝なら鏡のような水面に山脈が映し出されて幻想的なんだけどな…。

 そんな事を考えながらリビングに入ると俺の席の前には湯気の立つスープ皿が置かれていた。

 朝食は何時ものように野菜中心のスープに、炙ったハムを挟んだ黒パンだ。

 もしゃもしゃと食べる俺を見ながらディーが静かにお茶を飲んでいる。


 「皆は何処に出かけたの?」

 食後のお茶の入ったカップを持って暖炉の傍に座りなおして、タバコを取出しながらディーに聞いてみた。


 「皆さんで朝早くお弁当を持ってギルドに行きました。…私は、朝から信号筒の製作図を作っていました。」


 ふ~む。俺を置いて狩りに行ったんだろうか?後でギルドに行って何を狩るのか聞いてみよう。でも、昨日の依頼書には姉貴達が狩るようなのは無かったけどね。

 そして、信号筒か…。俺も考えたんだけど火薬が無いんで断念したんだが、どんな構造なんだろう。

 

 タバコを暖炉の火に投げ込むと、早速ディーの書いている図面を覗き込んだ。


 矢の先に付ける爆裂球をバネで飛ばす仕組みのようだ。直径3cm程で長さが30cm位だから、上空に20mも上がらないな。

 そして、爆裂球は…ちょっと構造がややこしいな。

 爆裂球を紙の筒に入れて、それに炭の粉を入れるのか…。これだと炸裂した時に炭が辺りに飛び散りちょっとした火の玉になりそうだ。夜なら火球で昼なら煙りが広がるから、確かに信号用としては使えそうだな。

 武器としては…射程が短すぎる。これが100m位飛んでいくなら色々と使い道があるような気がするけどね。


 「頼んだのは姉貴かい?」

 「いいえ。サーシャ様です。」

 サーシャちゃんだとは驚きだ。ひょっとして軍事の天才?


 「だいたい、出来上がりました。頼んできますので、留守番をお願いします。」

 俺にそう言うと図面を丸めて出て行った。ユリシーさんとこだな。

 後で俺も様子を見に行こう。


 誰もいなくなると、ちょっと寂しくなるな。

 シェラカップにスティックコーヒーを入れて、ポットからお湯を注ぐ。

 そして、ロフトからザックを取り出して筆記用具を持ち出した。

 祭りの企画は、こんな時に考えなくちゃな。誰もいないという事は、邪魔をされずに済むという事だ。


 俺が考えているのは、海で行なう祭りだ。

 簡単なのはカッター競争ってとこだな。3艘程用意すればトーナメントで争う事が出来るんじゃないかな。

 応援するのも楽しそうだし、初心者でも、漁に使う浮きを腰に付けておけば、転覆してもおぼれる事は無いだろう。

 

 参加方法、競技方法等を思いつくまま書き留めていく。

 これを元に皆で協議すれば良いものができる筈だ。

 

 それと同時に大型魚の漁も面白そうだ。

 5日間で釣った魚の大きさと数それに種類で勝敗を決める。

 海のトローリングだからマリーン釣りの大会と同じだな。そんな思いつきもメモに書き留めていった。


 扉が開き、ディーが帰ってきた。

 昼食は黒パンサンドとお茶だけど、ハムが野菜に包まれている。何となくホットドッグのようだな。なんて考えながら食べ始めた。


 「ディー…。ユリシーさんは何て?」

 「問題なく作れると言っていました。ただし、内部のバネは2重にすると言っていました。」

 

 この世界の鋼は錬度が足りない。バネの伸縮は鋼の強度に左右されるから、バネの伸縮距離を短くする代わりにバネを2重化するのだろう。

 意外とドワーフ族は物理法則や冶金学を経験で知っているのかも知れないな。

 

 「ディー。俺と外出するか?」

 という事で、ディーと一緒にお出掛けだ。

 とりあえず、ギルドに寄ってみる。姉貴達がどんな狩りをするのか気になるし、場合によっては直ぐにでも馳せ参じなければならないからだ。とは言うものの、そんな依頼を請け負ったなら俺達を残しておかないはずなんだけど…。


 ギルドの扉を開き、片手を上げてカウンターのルミナスちゃんにご挨拶。彼女も片手を上げて挨拶してくれた。

 早速、カウンターに行ってルミナスちゃんに姉貴が受けた依頼を聞いた。


 「アルトさん達は何も受けていませんよ。…ただ、サラミスさんが受けた依頼をしつこく聞かれましたけど。」

 姉貴達め、ノゾキに行ったんだな。

 全くしょうがない連中だ。そっとしとけば良いものを…。とは言え、俺も少しは気になるから、帰ってきたら聞いてみよう。

 

 「という事は、グレイさん達は別の依頼をしてるんですね。」

 「えぇ、南の畑に出るガトルを狩りに朝早く行きましたから、もう直ぐ帰って来ると思いますよ。」


 グレイさんにガトルを取られてしまっては、アルトさん達の適当な獲物は無いな。

 しばらくはトローリングで我慢して貰うか。

 

 「邪魔したね。…また明日、様子を見に来るから。」

 そう言って掲示板の依頼書を一通り眺めてギルドを後にした。


 「次は、会社ですか?」 

 「あぁ、しばらく行って無いし、ちょっと頼みたいのもあるんだ。」

 

 しばらくぶりに会ったユリシーさんは元気そうだった。

 俺のエルフの里への旅の話をしきりにせがまれ、その話を遠く昔を思い出すように聞いていた。


 「…ワシらの郷はどうなっておるかのう。もう郷に戻ろうとは思わんが、たまに洞くつの奥に作られた工房で親方に叱られる夢を見るようになった。ワシも歳ということじゃの…。」

 ドワーフの寿命は人間よりは長いらしいから、ユリシーさんを見た目で判断するのは間違いだと思うが、やはり高齢なのだろうか。

 

 「そんな目で見るでない。ワシはまだ120歳じゃ。壮年じゃよ。」

 ジッと見ていた俺の視線を感じたのかユリシーさんがそう言って、俺が慌てて弁解するのを笑いながら見ていた。


 「所で、そっちの嬢ちゃんは面白いものを昼飯前に持ってきたが、アキトも持ってきたんじゃろうな。」

 「はい。作ってもらいたいのは、この2つです。」

 そう言って、前に描いた図面を見せる。

 引き釣りに使う、ムーチングロッドとリールだ。トローリングをするのが格段に楽になる。

 

 「出来れば、5セット作ってください。そしてこの竿、ロッドと言うんですが、柔らかさを変えてくれればありがたいんですが…。」

 「釣りに使うには短い気がするが、役に立つのか?」


 「船で釣る時は竿は短い方が使いやすいんです。これでも長い方ですよ。」

 「後でワシにも釣り方を教えろよ。少し凝っているから10日は待っておれ。」


 何て言いながらも引受けてくれた。

 そして、俺とディーは家に帰る事にした。そろそろ、姉貴達も帰ってくるだろう。


 家に戻って来たけど、姉貴達はまだ戻っていなかった。

 ディーは暖炉でシチューを作り始めたので、俺はのんびりと庭から黒リックを釣る事にした。

 この家の良い所は、家の庭でおかずが釣れる事だ。

 

 擁壁間際にベンチを1つ持ってきて、ディーにハムを少し分けてもらって、早速釣りを始める。

 数分もしない内に当たりが来る。…手首を返して先ずは1匹目だ。


 10匹程釣り上げた所で、通りの方から話し声が聞えて来た。

 どうやら、姉貴達が帰って来たようだな。

 

 「どうじゃ、釣れておるか?」

 「まぁ、どうにかね。」

 嬢ちゃん達が早速俺の傍に走ってきて桶の中の獲物を見てる。そして、桶を運んで行った。

 「後は我等に任せるのじゃ。」

 何て言ってるけど、アルトさんが焼くと焦げるんだよな。

 竿を畳んで今日の釣りは終了だ。


 俺がリビングに入ると、嬢ちゃん達が暖炉の傍でスゴロクをしながら魚を焼いていた。 

 姉貴はディーとのんびりお茶を飲んでいる。

 何時もの席に座るとディーがカップにお茶を入れてくれた。


 「どうだったの。あの2人は?」

 俺の問に姉貴は一瞬、ギクリとしたようだったが俺の顔を恐る恐る見ると…。

 「判っちゃった?」

 「ギルドに行ってサラミスの依頼を聞いた。ってルミナスちゃんが言ってたよ。という事はノゾキだよね。」


 「それは…、若い2人が間違いを起こさないように監視していたのよ。うん、そうなのよ。」

 かなり苦しい言い訳だぞ。

 「あんまり、かまうのはどうかと思うな。まぁ、俺だって興味はあるけど、サラミスだって良くは思わないぞ。」

 

 「じゃがあの2人…。見ていて、ちっとも面白くなかったぞ。興ざめなのじゃ。」

 アルトさんの言葉に嬢ちゃん達がうんうんと頷いている。

 こんな連中が5人も見ていたんだから、サラミスが幾ら鈍感でも、やな予感はしたんじゃないかな。それに、サラミスと一緒にいた女の子はネコ族だ。それなりに勘は鋭いに違いない。

 

 「明日は、トローリングでもしてみれば良いんじゃないかな。幸いギルドには期限切れ寸前の依頼も無いし、グレイさん達が手こずりそうな依頼も無かったよ。」

 「そうじゃな…。遠くから眺めていても面白くは無いし、我等の釣りの腕を競うのも面白そうじゃ。」

 嬢ちゃん達は乗り気だな。これで明日はサラミスも少しは安心出来るだろう。

 

 「釣りの腕を競うのもお祭りに使えそうね。」

 「あぁ、こんな企画を考えてるんだけどね。」

 そう言って、海でのトローリング企画を姉貴に見せた。

 ふん、ふん。…なるほどね。って姉貴は眺めていた。


 「これは使えるわ。やるとすれば…アトレイム?」

 「なら、これはサーミストになるのかな?」

 

 となれば残りはアトレイムの祭りをどうするかだな。

 これは姉貴達に任せるか。


 その夜、嬢ちゃん達が寝た後で姉貴にディーが書き上げた図面の話をした。

 「知ってたの?」

 「えぇ、相談を受けたわ。でも、ここには火薬が無い。信号弾は無理だとは思ったけど。…サーシャちゃんは爆裂球投射器を改良する事を考えたみたいね。 

 あのは発想に柔軟性があるのよ。応用が次々と浮ぶんだわ。」

 

 それは貴重な才能だと思うぞ。

 将来、サーシャちゃんが一軍を指揮するような立場になった時に、姉貴とシュミレーションゲームをさせてみたい気がするな。

 それは、10年後の人間チェスで見れるかもしれないと思うと、ちょっと待ち遠しくなってきた。 


 

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