#325 モスレム王都にて
姉貴とケイモスさんの試合があった次の日の夜、帰りの手筈を話し合っていたところにディーが帰って来た。
「作戦完了です。ノーランドの王宮を破壊しました。」
テーブル越しに姉貴の前に立ったディーが告げる。
「ご苦労様。結果の確認が出来ませんがディーの報告で良し。とします。」
「確認しますか?…白い布と投槍を用意してください。」
如何するのか?と疑問を持ちながらも、アン姫が弓兵に準備を命じた。
弓兵が用意したシーツを投槍に洗濯物のように下げると弓兵に両端を持たせてテーブルの近くに立たせた。
これって、スクリーンの代用なのか?
そんな事を考えていると、ディーが従兵に本部入口をしばらく開かないように依頼した。
「昨日の午後のノーランド王都の遠景です。」
ディーの額が割れると3cmくらいのレンズが現れた。
そして、そのレンズからの光が仮のスクリーンに映し出される。
「…これが、ノーランドの王都なのか。エントラムズの王都より大きそうだ。」
「王都を取巻く城壁の高さも相当なものです。どう見ても2階建ての規模ですよ。」
「基本的な王都の作りは余り変わらんな。あの奥の4つの尖塔のある建物が王宮じゃな。」
ディーの変容については誰も不思議に思っていないのがおかしなところだ。
皆、アクトラス山脈の反対側の大国の王都を見て興奮しているのだろう。
「続いて、昨晩に炸裂した気化爆弾の様子を写します。」
画面が切り替わり、建物から漏れる明かりで王都がぼんやりと映っている。
「気化爆弾炸裂まで後、5…4……ゼロ。」
カウントダウンがゼロになった時、王宮辺りで小さな閃光が見えた。そして次の瞬間。王宮が巨大な火球に包まれた。
火球が数秒で消え去った後には建物から火を吹き上げる王宮の姿が映し出される。
そこに、10秒程の間隔を置いて閃光が王宮に吸い込まれていく。
「気化爆弾の炸裂と同時にレールガンを5回王宮に発射しました。…本日の早朝の王都の光景です。」
再び画面が切り替わる。そこに映し出された王都には4つの尖塔の姿は無く、瓦礫がまだ燻ぶり続ける王宮の姿が映し出されていた。
「以上です。…気化爆弾を仕掛けに王宮に忍び込んだ時の、王宮内の人員は約300人。
気化爆弾炸裂までの余裕時間は15分でしたから、300人は確実に亡くなりました。」
ディーは、そう言って額のレンズを収納し、俺の隣に移動してきた。
「あの火の玉は以前ネウサナトラムの村で見た事がある…。あの時もガトルの群れを一瞬で葬っておる。
あれが王宮内部で炸裂したとなれば、有力な王侯貴族は亡き者にされておるじゃろう…。貴族同士の覇権争いが始まるのう。
じゃが、これでカナトールを滅ぼした報いを与える事が出来たわけじゃ。」
テーブルにいた俺達は全員御后様の話に頷いた。
「なるほど、あれではカナトールを再度攻めよう等とは思いますまい。歩兵1,000人は多すぎますぞ。」
「復興には人手が必要じゃ。…特にカナトールではな。若い者達が大勢亡くなっておる。前のように民衆が暮らせるには数十年は掛かろうぞ。」
「戦は愚策です。その前に出来る事は沢山あるはずです。…でも、どうしてもしなければならない時は短時間で終結させる努力をすべきです。」
姉貴の言葉を聞いていた御后様が苦笑いを浮かべる。
「それが分る者が少ないのが残念じゃ。…ところで相談なのじゃが、毎年、冬の間だけでも王都で暮らせぬか?
雪深い冬を村で過ごすより、王都でのびのび暮らすが良い。そして、仕官を育ててほしいのじゃ。」
それって、士官学校を冬季限定で開設しろって事?
姉貴も突然の御后様の要望に吃驚してるぞ。
「我等も、モスレムに暮らす事になるから丁度良い。勿論、王宮に部屋を用意するぞ。」
サーシャちゃんは嬉しそうだ。ミーアちゃんも季節限定だけど近くに住む事になるので顔が綻んでる。
「シャロン達も問題はあるまい。冬季の依頼は少ないし、冬季に山を渡ってくる獣はリザル族が対応してくれる筈だ。」
セリウスさん達も、後しばらくは王都に留まるんだよな。
「分りました。お受けしましょう。」
「そうか…引き受けてくれるか。条件は12月から3月の4ヶ月。宿舎はこちらで用意する。そして、報酬はミズキと婿殿に毎月金貨1枚としたい。
合わせて、連合王国の次の世代の会議をモスレムで行えば良いじゃろう。
夏はネウサナトラムの村ですれば良い避暑にもなるはずじゃ。」
何か御后様の手の中で踊ってるような気がするけど、俺達のこの国の滞在期間もある。
後々後悔しないようにやるところはやっておかないとな。
「その士官学校は他国からも入れるのでしょうか?」
「勿論じゃ。将来の連合王国軍の仕官を育てる為の機関じゃ。各国10人程度になるよう国王に図ろうと思う。」
ブリューさんの質問に御后様が即答する。
「そこで何を教えるかは、ワシも知りたい。見学は自由という事で良いな。」
「どうぞ、ご自由に。…でも、前もって知らせてくださいね。」
ケイモスさんに姉貴が微笑みながら答えてる。
「さて、後の勘案事項は、とりあえずの王都の民衆の援助じゃな。これは彼等から選出された人物を上手く使う事じゃ。特に食料分配には不正が起こらぬように良く見るのじゃぞ。」
「心得ております。神官殿も2人が残って下さるとの事、揉め事が大きくなる事は無いものと…。そして、先ほどのノーランドへの報復についてはカナトールの領民に話してもよろしいですかな。」
「それで留飲が下がる者もおろう。必要なら話すが良い。」
御后様の言葉は何時に無く小さなものだった。
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そして次の日、俺達はモスレムに向けて軍を進めた。
もっとも、モスレムに向かうのは亀兵隊だけで、歩兵はエントラムズに向う事になる。
ブリューさん達の魔道師部隊はエントラムズでお別れだ。
エントラムズで3日程滞在すると、怪我人を残して俺達は一気にガルパスでモスレムに駆ける。
姉貴はミーアちゃんに、御后様はリムちゃんのガルパスに同乗してる。ディーは俺のバジュラに乗ってるけど、俺のバジュラが大きいからだろう。
途中の村で弁当を調達して、街道の途中で食べるのも何か懐かしい気がする。
「ガルパスで遠乗りをするのはテーバイ戦以来じゃのう…。もう昔のような気がするは何故かのう。」
御后様はそんな事を言いながら、当時を懐かしがってるぞ。
「まだ2年しか経ってませんよ。でも、テーバイはどうなったんでしょうね。」
「不測の事態があれば連絡が来るじゃろう。連絡が来ないのは皆国作りに精を出しているのじゃろう。」
アルトさんはそう言ってるけど、ジッと東を見ているぞ。やはり気にはなってるんだろうな。
そして、その夜は街道の近くに野宿をして、次の日の夕暮れ時には、モスレムの王都に到着する事が出来た。
ガルパスを亀兵隊に預けて、俺達は王宮の謁見の間に向かう。
先触れで俺達の到着を知ったのだろう。
国王以下主だった連中が集まっていた。
姉貴が俺達から1歩前に出ると国王に頭を下げて、カナトールの開放を報告した。
そして、指揮杖を国王に返却する。
「1年を経てあの有様を、1月掛からずに平定するとは…。何と礼を言っても尽きる事は無い。
聞けば、兵に戦略を教えてくれるそうな。王都に長居するのであればということで、舘を1つ送ろう。明日見に行くが良い。
そして、これは今回の報酬だ。」
そう言うと傍の近衛兵が、小さな革袋を姉貴に渡した。
これで、謁見の間のイベントが終る。
俺達は近衛兵の案内で謁見の間に近い部屋に案内された。
教室程の部屋に大きなテーブルがある。
俺達が近衛兵の示す椅子に腰を下ろしてしばらくすると、国王とトリスタン夫妻。そしてクオーク夫妻が現れて俺達の前に腰を下ろした。
「ノーランドに1矢報いた。と聞いたが、具体的にどのように措置したのだ。」
「ノーランド王宮の破壊炎上です。深夜に実施しましたのでその時に王宮に在籍した者達は全て亡き者になったはずです。」
姉貴の答えを聞いて5人は声も出ない。
「その話は本当か?…あの小人の王国が滅んだのか?」
「それは、判らぬ。ディー、本部で我等に見せたあの絵を披露できるか?」
ディーは後を向くと壁に映像を投影する。
ノーランドの昼の映像。深夜の気化爆弾の炸裂映像。そして崩れ落ちた王宮から煙りの上がる朝の光景だ。
「紛れも無いノーランドの王宮だ。あれ程の攻撃をミズキ殿は行う事が出来るのか…。」
国王がそう言って姉貴を見る。
「滅多に使えない術です。これまでに数度も使っていません。」
姉貴は即答した。
「あれでは、ノーランド王国の痛手は計り知れない。最悪、王族は全滅。内乱になるか…。」
トリスタンさんの言葉に国王が頷いた。
「何れにせよ、アクトラスを越える野望を持つ事はしばらく出来まい。…これで、我の憂いは無くなった。
トリスタン。…王位を譲るぞ。
少なくとも周辺3カ国、テーバイを含めれば4カ国になるが、関係は我が治世で一番良くなっている。何せ、連合王国を作ろうとしているのだからな。
相談には乗ってやるが、ワシよりは周りを頼るが良かろう。」
「まだ、早いのではありませんか?…これから4カ国を調整するのは、まだ私には…。」
トリスタンさんの言葉をニコニコしながら2人が見ている。
「最初から国王はいない。国王になっていくのだ。と考えるが良い。これは、亡き我が父王の言葉じゃったが、今になってわしもそう思えるようになった。」
「隠居場所はネウサナトラムの山荘の脇じゃ。これからは2人でのんびり暮らすぞ。婿殿もおるし、退屈はせぬからの。」
ひょっとして、俺達がエルフの里に行ってる時に作ったのか?
「戴冠式は身内だけで良いじゃろう。披露パーティは自分で各国の要人を呼ぶが良い。エルフの移民団の暮らしが一段落すれば、ジュリーも戻ってくるはずだ。」
「判りました。お受け致します。」
王国では国王の座は世襲制だからこれで良いのだろうが、意外とあっさりしてる継承だな。反対する者は…いないか。貴族の排斥はこのためのものでもあったのだろう。
御后様の子供は2人。トリスタンさんとアルトさんだ。アルトさんを降嫁させたとなれば残りの王位継承者はトリスタンさんになる。ここで、トリスタンさんに万が一の事があればクオークさんだ。心無い輩がクオークさんを擁立しないとも限らない。
だが、今のモスレムにはそのような事を企む輩はいなくなった。
だから、安心して王位を継承させたという事だろう。
「これで、祭りの言い訳も出来ましたね。例の計画ですが順調ですよ。」
クオークさんの言葉に全員が、何の事だ?と本人を見た。
「覚えてませんか?…昨年の狩猟期に、どうやったらこれを王都で開けるかと皆で言ってましたよね。」
「おぉ、思い出したぞ。あの屋台の食べ歩きは実に楽しい出来事だった。他国の連中も、モスレムを褒めておったからワシも鼻高々だった…。」
「それで、御祖母様がミズキさんに、その企画を頼んだのです。第1回目はこのモスレム王都で開く、『祝新王誕生第1回人間チェス大会』です。
カナトール開放に出かける前に、ミズキさんより企画書を受け取りました。
後は、私が使えそうな者を王宮から選抜して何とか実施できるまでに準備してあります。」
何とか、物になりそうなところまで来た訳だな。嬉しそうにクオークさんが報告している。
「場所はどうするのじゃ?…そして、屋台の連中を集めるのも大変じゃぞ。」
「それも、ミズキさんは考えてました。場所は錬兵場。その錬兵場を取り囲むように屋台を並べれば、狩猟期を越える屋台が集まっても大丈夫です。
屋台の募集は、モスレムを始め周辺国の町村にふれを廻します。ポスターというのだそうですが、民衆に知らせる大きな紙に描いた絵と告知文です。」
「それで、何時行なう心算じゃ?」
「直ぐにポスターを各国に送ろうと思いましたが、父上の戴冠の後が宜しいかと。1月前に送れば屋台を引く者達も十分な時間を持てると思います。」
それから先は、御后様がネウサナトラムから屋台を持ってくると言い出して、それを何とか阻止しようとする国王とトリスタンさんの戦いが始まった。
まぁ、結果は見えてるけどね。
結局、新しい屋台を2つ作ることで両者共に妥協したんだけど、また新しい衣装を作るんだろうか?
そして、次の日に俺達が目にした舘は、貴族街の外れにある小さな舘だった。
1階のリビングは食堂と兼用で台所に浴室それに侍女の部屋が1つ。2階には4つの寝室。村の家より大きいけど、周囲が貴族街だから場違いな程に小さいぞ。そして、隣の家から出て来た婦人は…。
「お隣は、キャサリンさんだったんですか?」
「お隣って…、この空き家を手に入れのはアキトさん達だったんですか!」
互いに驚いて言葉を交わした。
意外と世間は狭いって聞いたけど…。
「それでは、これがこの舘の鍵になります。」
そう言って案内してくれた近衛兵は去って行った。
早速、キャサリンさんは俺達を自宅に案内してくれた。