#316 王都攻略
「お越し頂き有難うございます。」
姉貴が4人の神官に丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、そんな事はありません。無実の民を救うのは神に仕える我等神官の務め。私達はこのような戦場に招かれた事を、むしろ嬉しく思います。そして、指揮官たる貴方の判断に感謝しております。…いつもなら、疑わしき者は処断せよ、が軍の裁きですからね。」
馬車からブリューさん達に続いて降り立った神官に姉貴が挨拶している。
まぁ、神官達も丁寧に姉貴に挨拶している。まだ若そうだけど優しそうな人だな。
アン姫の案内で本部の天幕に入って貰ったけど、カルナバルの天幕は本部と川原の警備用の天幕を除いて全て撤去されている。
王都攻略の第1段階に備えて資材の移動を開始しているのだ。
俺の部隊も、エイオス達が焼け焦げた倒木をガルパスに繋いで引き摺っている。今日中にもう1度位は運べそうだ。
東西の楼門前に積上げるのであれば、相当数の木材がいるのだが、林を火攻めにしたので沢山の燃え残った倒木がカルナバルの北に散在している。
そんな事だから、アルトさんやセリウスさん達の部隊も資材の搬送を手伝ってくれている。もっとも、アルトさん達が運んでいるのは盾や杭等だ。
ミーアちゃんとサーシャちゃんは先行して資材の警備をしている。亀兵隊が数百人いるのだから、敵も迎撃には出られまい。
姉貴は、バリスタの護衛隊から50人をカルナバルに残すと言っていた。狩猟民族は痛手を負ったが、再び攻め入るとも限らないとの事だ。
川はそれだけで歩兵千人に匹敵する防衛力を持つから、50人で十分。柵が破られそうなら逃げれば良い。って言っていたから、監視が目的だな。
残りの200人の亀兵隊が乗るガルパスには人の背の高さ程に荷物が積まれている。宿泊用の天幕だと言っていたから、カルナバルの主力は今日中に王都の南西部に移動する事になるだろう。
数十本の焼けた倒木を引き摺る戦闘工兵の小隊を見送ると本部の天幕に入った。
天幕の中はガランとしている。大きな折り畳み式のテーブルも無く、小さなテーブルを取り囲むようにいすが並べられ、姉貴達と神官達がお茶を飲んでいる。
「大分、砦がさっぱりしてきたよ。後は本部の引越しだけだ。」
従兵が用意してくれた椅子に座ると、姉貴にそう言った。
「このお茶を頂いたら、皆で移動します。神官さんには申し訳ありませんが、また馬車に乗って頂かなくてはなりません。」
「ご心配なく。エントラムズより外に出たのは10年以上前の話。馬車で景色を眺めるのも楽しみです。」
神官職も大変なようだ。神殿から出るのが余り無いんじゃ俺には務まらん。
しかし神官が来てくれたという事は、王都攻略は時間の問題になってきたな。
その前に、少なくとも本部は作らなくてはならないし、その周りには簡単な作りでも柵位は必要だろう。
「リムちゃんの部隊が見えないんだけど…。」
「バリスタや長弓のボルトを取りに行ったみたいよ。上手く行けば最後の補給ね。…エントラムズで荷を受取ったらカナトールの王都に向うよう伝えてあるから、皆ここから離れても大丈夫よ。」
「俺も一足先に出かけようと思うんだけど…。」
「見せ掛けで良いから、本部を作っといてくれると助かるわ。大きいのが1つに小さいのが5つあれば何とかなるでしょ。」
姉貴やアン姫それにブリューさん達の天幕と神官の天幕という事だろう。30m四方位の場所を確保すれば十分だ。
「分った。姉さん達が来るまでには何とかしとくよ。」
そう言って本部を出るとバジュラを呼んだ。
さて、出掛けようとしたら、「すみませーん!」って声を掛けられた。
何だろうと思って後を振り返ると、大きな籠を弓兵が2人で持ちながらこちらに歩いてきた。
「馬車にもう荷物が載らないんです。本部予定地に持っていって貰えませんか?」
ここまで、持って来たら断われないような気がするぞ。
「あぁ、良いよ。鞍の後に括りつけておけば何とかなるだろう。
俺も手伝って、紐で籠をしっかりと鞍に結び付けた。鍋やポットそれに木製の食器類だから途中で落としたら食事に苦労すると思う。大事に運ばねばなるまい。
今度こそ!…と、バジュラを走らせる。背中の籠が気になるから、ちょっと速度は遅くなる。
同じように砦の資材を乗せているガルパスに追い抜かれながらも走り続けると、戦闘工兵が真っ黒な丸太をガルパスで引き摺って行くのが見えてきた。
丸太の先に小さなソリが付いている。それで地面の凸凹に引っ掛からないようにしているようだ。
「隊長じゃないですか。随分と大きな荷物ですね。」
「あぁ、弓兵達の荷物なんだが、調理用具と食器類なんだ。途中で落としたら大変だからね。」
「食べ物の恨みは恐ろしいって言いますから、それを作るものが無くなったらもっと怖い話になりますよ。」
若い戦闘工兵が俺にそう言って笑いかける。
「だから、慎重に運んでるのさ。そっちも大変だね。大分集積出来たかい?」
「家なら数軒出来る位運びました。この分だと、今夜ですか?」
「さぁ、それは指揮官次第さ。だが、今度は命懸けだぞ。矢が雨のように降ってくる筈だ。」
「いよいよ我等の出番ですね。」
俺は、彼の肩をバジュラを寄せてポンっと叩いて先を急いだ。と言っても相変わらずの速度ではあるのだが。
3時間ほど走ると遠くに部隊が展開しているのが見えてきた。まだ部隊毎に集合しているようで陣構えはしていない。
それでも、その真中辺りに、大型の盾を並べて塀を廻らし始めているようだ。その外側には杭を打っているようだ。
近づいていくとセリウスさんの部隊のようだ。
「ご苦労様です。」
「アキトか。…皆はまだなのか?」
「馬車ですからね。そうだ、エントラムズより神官が4人やってきましたよ。そして姉貴が大型天幕を1張りと通常天幕を5つ張る場所を確保して欲しいと言ってました。」
「この陣を作ればそれ位張れるだろう。ここが本部となる訳だ。俺達は周囲に天幕を張れば良いだろう。」
「本来は、戦闘工兵の仕事なんですが、申し訳ありません。」
「何、お前たちは資材の搬送をしているのだ。謝る事は無い。俺達の部隊は第4段階までは仕事が無い。他の部隊の応援をするのは当然だ。」
俺はセリウスさんにもう一度礼を言うと、俺達の部隊を探した。
キョロキョロと周りを見渡すと直ぐに戦闘工兵を見つけることが出来た。
木材を高く積み上げている。あれを焚火にしたらさぞや盛大な篝火になって宇宙からも見えるんじゃないかな。そんな印象を持つほどに木材を集めてあった。
次々と運ばれる木材をエイオスが指揮して一箇所に集めている。
「集めたなぁ!」
そう言って木材の山を見上げる。
「アキト様!…いらしたのですか。」
「あぁ、カルナバルの祭りは終って、本部の連中も馬車で今頃は移動中だろう。」
エイオスは近くにいたナリスに後を任せて、俺に近づいてきた。
「あの焚火は我等の部隊です。」
そう言って、俺を焚火に誘う。
バジュラを下りて焚火の傍に座ると、早速お茶のカップを渡された。
「王都攻略は我等が主役になると、皆が張り切ってますよ。…ところで、第1段階の決行は今夜ですか?」
「それは指揮官が決める事だが、待っていた神官もエントラムズから来た。そして、カルナバルから本部がこちらに移る。…たぶん、今夜だと俺も思ってる。」
そう言って、タバコを取出し火を点けた。エイオスもパイプを取り出した。
「問題は、門の封鎖だ。単に門に丸太を並べただけでは突破されるだろう。ロープで結んでいては矢の良い的だ。」
「これを使えば何とかなると思っています。」
エイモスがバッグから袋を出すと、中から大きなカスガイを取り出して俺に見せた。
ホチキスの針のようだが、小指程の太さがあり長さも20cm近い。止める釘の部分だって10c以上はありそうだ。
「全員が3個持っています。これで丸太を動かぬように打ち付ければ巨大な構築物になります。そう簡単に動かせないでしょう。」
「あぁ、何とかなりそうだ。」
俺はにやりと笑いながらエイオスに答えた。
「後は、俺達が組み上げている時に敵を牽制してくれる部隊だな。これは指揮官に頼んでみるよ。少しは作業が捗ると思う。」
「お願いします。部隊を2つに分けて東西を同時に封鎖しますから、牽制してくれる部隊も2つ欲しいです。」
「分った。…まぁ、そんな事も可能性としてある訳だ。兵達をなるべく休ませてやってくれ。一旦始まると俺達は休む事も出来なくなるぞ。」
「そうですね。夕食は早めに取らせて一眠りさせましょう。」
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戦闘工兵と早めの夕食を取ると、エイオスを連れて本部に向う。
完成した柵と塀の中に大型天幕が張ってあり、風林火山の旗が靡いているから姉貴達は到着しているようだ。近くにいた弓兵にバジュラから籠を下ろして渡すと、籠の到着を待っていたようだ。早速、数人でどこかに持っていった。
本部に入ると、全員が揃っている。
早速自分の席に着くと、エイオスも他の小隊長と一緒の天幕の末席の椅子に座った。
「待っていたのよ。…これが、ディーの偵察した王都の状況…。」
姉貴が王都の図面をテーブルに乗せて皆に示した。
前の図面と同じような配置だが、今度のはもう少し詳しく大通りよりもう1つ小さな通りまで記載されている。
碁盤の目のような道路だな。都市計画がきちんとなされているようだ。
そして、図面には主要な通りを使ってグリッドが描かれている。
「同じ図面をアキトとケイモスさんに渡します。…ケイモスさん、ホントに王都に乗り込むんですか?」
「勿論だ。王都の西は任せてもらおう。」
姉貴は諦め顔だ。確かケイモスさんってそろそろ退役じゃなかったかな。
「それでは、準備が出来たようですから、王都攻略を開始します。
第1段階。王都の東西の楼門の封鎖を行ないます。
封鎖実行部隊は、戦闘工兵。東西楼門の封鎖は同時に実行すること。
そして、戦闘工兵の援護をアルトさんにお願いします。
尚、陽動で南の楼門に爆裂球付きの矢で攻撃。これはミーアちゃんに任せます。破る必要は無いわ。適当に楼門と王都内に打ち込んで頂戴。」
そう言って俺達を見渡す。
質問を待っているようだが、やるべき事は皆分かっているようだ。
「それでは、早速始めます。ミーアちゃん、…頑張ってね。」
はい。って返事をするとミーアちゃんは天幕を出て行った。
「直ぐに始まるわ。アキト達も早速出かけて頂戴。出来れば今夜中に封鎖しておきたいの。」
「分った。…アルトさん援護は任せるぞ。」
「まぁ、仕方あるまい。攻撃は我等に任せるのじゃ。東西楼門も爆裂球付きの矢は使って良いのじゃな?」
「出来れば楼門に対しての攻撃はクロスボーに限定してください。長弓は楼門の後に向かって放つようにお願いします。東西楼門は燃やしてはなりません。」
「燃やさねば良いのじゃな…。」
ニヤリと笑ったアルトさんがちょっと怖かった。