#310 例え戦場だろうと釣りは出来る
ギョエー!っていう朝の小鳥の鳴き声にも大分慣れてきた。
俺としては、チュンチュンと囀るスズメの声が懐かしく思える。民家に近づく小鳥はいるのだが、鳴き声がね…。代表的なのが、さっきのギョエーだけどあの声で鳴く奴は鳩よりも小さいんだよな。
そんな事を考えながら、厚手のマントを体から捲って椅子から身を起こした。
マントを身に着けると、井戸に向う。
「おはよう!」
「「ウオッス!!」」
すれ違う戦闘工兵に挨拶すると、彼等も元気に挨拶を返してくれる。まぁ、何時でも元気なんだけどね。昨日は1日村の防衛工事をしていたから彼等も疲れてぐっすりと睡眠が取れたんだろう。普段よりテンションの高い挨拶を返してくれた。
地下水だけど冷たいぞ。それでもジャブジャブと洗えば、何となくシャキっとするから不思議だよな。
ギルドに戻るとエイオス達小隊長が揃っている。
俺が席に着くと従兵達が朝食を運んでくれた。焼き立ての黒パンサンドにちょっと肉が入った野菜スープだな。
エイオスから聞いた話だと、従来の軍隊は兵隊と仕官連中の食事は全く別だと言っていた。士官達のテーブルには白いテーブルクロスが必要だし料理もパンとスープ以外に2つ以上の皿が用意されたと言っていた。
今の食事は?と聞いたら、私は今の方が良いと思いますときっぱりと俺に答えた。
俺もその方が良いと思う。数名の仕官に専用の食事を用意するのは無駄以外の何物でもない。平時に王宮にでもいるなら料理人が拵えてくれるだろうが、ここは戦場だ。戦場での食事に上下は無い。
「今日、この村を引き上げるのは何となく惜しい気がしますね。」
「それが、俺達の仕事だとは割り切る心算だが…。確かにその気持ちは分る。」
第2小隊長のナリスと第3小隊長のラベルだな。
「俺達の本拠地はカルナバルだ。俺達は強襲して陣を作り、それを後続に明け渡すのが任務となる。次はどこに陣を作るかは指揮官の望むままだ。」
エイオスがお茶を飲みながら彼等を嗜める。
「まぁ、そんなところだ。亀兵隊の中で唯一敵陣の占領を目的としているのが俺達だ。他の部隊は攻撃はするが、その後の占領は行なわない。
敵陣や町の占領は本来ケイモスさん達歩兵の仕事なんだが、俺達の進行速度に追いつけない。だから亀兵隊独自で占領を可能とした部隊を作る必要があったんだ。
当然、援護はしてもらえるが街中に入れば後は俺達だけだ、逃げ遅れた敵兵の反撃もあるだろう。たぶん亀兵隊の中では一番過酷だと思うよ。
だが、そこは…。あの旗に示す通りだと思って頑張ってくれ。」
俺の話を黙って聞いていた2人が暖炉の傍にある六文銭の旗をジッと見る。
「あの旗は我が部隊全員が気に入っております。亀兵隊編成を行なう際の人気でしたからね。強襲部隊があの旗を欲しがっておりましたが、セリウス将軍が我等にこそ相応しいと言ってくれました。」
3人の中では一番若いナリスが嬉しそうに言った。
セリウスさんは俺達が強襲部隊の2番手だと分ったみたいだな。
カシャカシャと鎧を鳴らして兵隊が入ってきた。
「南より守備隊が向かってきます。まだ10M(1.5km)程離れています。」
それだけ俺達に報告すると、また鎧の音を立てながら出て行った。
「さて、俺達は出発の準備だ。南門の広場の邪魔にならない場所にガルパスを準備しておけ。それと、全員の携帯食料を1食分このギルドに集めるんだ。」
「非常食として彼等に残すという事ですか。…我等には1食でも、人数が少ない守備隊には1日分の食料になります。直ぐに準備します。」
俺の言葉にエイオスが答えると早速3人はギルドを出て行った。
俺が暖炉に移動してタバコを吸い始めると、従兵が改めてお茶を入れてくれる。
「有難う。…ところで名前を聞いてなかったね。」
「僕は、カルハン。彼はサライです。」
やっと聞いてくれたと言うように目を輝かせているけど、物覚えが悪い方だからきっともう一度訊ねる事になるだろう。
「もう直ぐ到着します。亀兵隊5分隊が一緒です。」
5分隊と言えば50人だ。ちょっとした襲撃が出来るぞ。何処の分隊だろう?
しばらくすると外が騒がしくなる。
少し前に俺の小隊長3人もギルドに帰ってきた。そして引き連れてきた兵隊がギルドの角に携帯食料を積み上げている。
俺達がテーブルに着いてしばらく待っていると、数人の男達がギルドに入ってきた。
俺達は席を立って、到着した守備隊の隊長を出迎える。
「ようこそ。何とか住み易くしときましたよ。」
「ご苦労様です。後は任せてください。指揮官殿がミケラン殿の部隊から50人の亀兵隊をこの村の守備に振り分けてくれました。守るだけなら十分な兵力です。」
「たぶん、指揮官殿はそれだけを期待しているとは思えないですね。更に任務を受けているはずです。この村を中心とした100M(15km)の監視が亀兵隊にはあるはずです。そういう意味ではこの村は重要です。夜間限定ですがカルナバルとの通信もできますから、よろしくお願いします。」
そう言って俺は席を立つ。エイオス達も俺に倣って席を立った。
そしてテーブルの前にいる守備隊長に握手をする。
「テーブルの上にある地図は正確です。1マスの大きさが1M(150m)になっています。使ってください。」
そして、次に亀兵隊の分隊長達の手を1人ずつ握りながら後を頼んだ。
通りに出ると大勢の兵隊達が歩いている。村の状況を確認しているのだろう。
「井戸と宿泊可能な民家は教えてあるのか?」
「彼等の副官に教えておきましたから大丈夫です。」
俺の問いかけにエイオスが答えてくれた。
「良し!…では、カルナバルまで一気に駆け抜けるぞ。準備出来次第、第1小隊より出発。俺は殿を行く。」
「第1小隊出発準備!」
エイオスが大声で怒鳴りながら南門にむけて走り出す。鎧を着て良くも走れるものだと後姿を見ながら感心してしまう。
直ぐに南門の方から、出発!の声が聞え、ザーッというガルパスの爪音が響いてきた。
「第2小隊出発準備!」
俺の脇から駆け出しながらナリスが叫ぶ。
直ぐに出発の声とガルパスの爪音が聞えてくる。
さて後は俺達だな。
俺達が南門に着くと第3小隊が既に亀乗姿で待機していた。
ラベルが先頭のガルパスに飛び乗ると大きな声で号令する。
「出発ーつ!」
彼に率いられた100人の小隊が村を出ると、ポツンと3匹のガルパスが残っている。
俺と従者が笛を吹くとゆっくりと俺達の所に歩いてきた。
ヒラリとバジュラに跨ると、従者がちゃんとガルパスに乗っている事を確認する。
守備兵達を見渡して、後を頼むと小さく頭を下げる。
「出発だ!」
俺を乗せたバジュラは一気に村を躍り出た。
ちゃんと付いて来てるかな?と後を振り返ると後を追って来る2人の亀兵隊の姿があった。
先方に上がる土煙の集団が第3小隊なのだろう。その先にも集団が見える。第1小隊はその姿さえ見えなくなっている。
10km程走ると、前を行く小隊との間隔が狭まってきた。どうやら隊列を組んで凱旋する気でいるようだ。
それでも、ガルパスの速度はそれ程落ちていない。
やがて、南にカルナバル砦が見えてきた。先頭を行くエイオスが大きく東に進路を変える。砦の周囲には2重の柵と乱杭それに地雷が置いてある。
流石に自分達で仕掛けた地雷に引っ掛かるのはちょっとね。
戦闘工兵の隊列は蛇のように大きく蛇行してカルナバルの東門へと入って行った。
門の警備兵に片手をあげて挨拶すると、従兵を呼ぶ。
「各小隊を休ませた後に本部に出頭せよ。と小隊長に知らせてくれ。それと俺のバジュラを頼む。」
そう言ってバジュラを下りると、甲羅をポンポンと叩き感謝を伝える。
本部の大天幕の入口には警備兵が数名立っている。
しかし、大きな砦なのだが余り兵隊達の姿が見えない。そろそろ昼時だから、腹を減らしてうろつき回る兵隊達がいておかしくないのだが…。
天幕の左右の警備兵に片手を上げて挨拶すると、天幕の入口を開いてくれた。
本部も余り人がいないな。
そんな事を考えながら、姉貴の前に立つ。
「戦闘工兵。北の村を攻略。村の防備を調え守備隊に引渡し終了。負傷者なし。全員帰還しています。」
「ご苦労様でした。」
姉貴の答えにアン姫がフィギィアを移動する。
俺は姉貴の隣に移動して席に着く。
改めて作戦地図を眺めてみると、町の占領は済んでいるみたいだ。サーシャちゃんのバリスタ部隊とミケランさんの部隊が入っている。更にはケイモスさんの1個中隊1,000人が町にいるみたいだ。
そして、南にケイモスさん、セリウスさんそしてアルトさんの部隊が控えている。
この配置は…誘っているのか?
「何を誘ってるの?」
「これよ。」
俺の問に姉貴は定規で町の北東に陣を張る敵部隊を指した。
「敵兵は2,000程ですが5,000を越える獣を従えています。」
アン姫が淡々とした口調で言った。
「カルナバルの兵力は?」
「アキト様の戦闘工兵300。ミーアちゃんの夜襲部隊100。アルト様の強襲部隊が200。ミケランさんの部隊から100。それに私の弓隊40とブリューさん達が30ですね。サーシャちゃんから借り受けたバリスタ部隊が20。さらにもう直ぐリムちゃん達が戻りますから全部で900と言うところでしょうか。」
「7倍か…。でも背後にはアルトさんとセリウスさんがいるんだよな。」
「そして、問題が2つ程。川向こうの敵兵が川の直ぐ傍まで進出しています。そして林の北と南の防御はそれ程強化されていません。」
「林は戦闘工兵で何とかしよう。エイオス頼めるか?」
「早速始めます。」
俺の後から直ぐに天幕に入ってきたのだが、早速に仕事になってしまったな。
「川原は何とかなるのか?」
「ケイモスさんたちが高さ50cm位の塀を石を積み上げて作ってくれたわ。その塀に近接して高さ3m程の柵があるから、中に入るには苦労するはずよ。」
となれば、やはり弱点は林になるな。
「少なくとも昼間は動きが無いはず。皆には今の内に休ませてるの。アキトも今の内に休んどいて、夕方にここに来てくれればいいわ。」
「分った。ちょっと気になる事があるから見てくるよ。」
そう言って本部を抜け出す。
他の戦闘工兵には悪いけど俺がいても邪魔になるだけだからな。
そう自分に言い聞かせて、林を目指す。
林を抜けると、川原が広がっているが、なる程塀と柵がある。その前にも乱杭と地雷が紐で結ばれているから、突破するのは姉貴が言うようにかなりの犠牲者を出す事になる。塀の場所から川まで約50m。投石具なら爆裂球を川に投げ込めるぞ。
川原に出る為の小さな門を警備兵に断わって開けてもらい川原に出た。
瀬の下で流速が緩やかになる場所は色が紺色になっている。
中々良さそうじゃないか。
バッグから釣竿を取出しタックルボックスの仕掛けを選ぶ。この速さなら…浮き釣りだな。
とりあえず、ハヤを釣る仕掛けを付けて、針にハムの切れ端を付けて投入する。
浮き下は適当だったが、直ぐにピクピクと浮きに当たりが出る。
思わず顔が綻ろんだ。