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#292 移民団の出発

 

 朝から、ケインさんとクレシアさんを交えて、移民輸送の打合せをしている。

 10人程度ならまだしも、移民の数が500人となると、民族の大移動にも思えてくる。

 その内訳も男女、老若と幅が広い。軍隊であれば意外に容易だと思われる事でも、民間人にそれを強いることは出来ない場合も多いのだ。


 「…やはり、ネックは移動にかかる日数ですか。」

 「私達は春先に出発して、この季節についています。そして私達が通ったコースを移民の人達が通るのは極めて困難です。」

 姉貴は、テーブルに広げた世界地図を見ながら、新たなコースを皆に示す。


 「このまま、真っ直ぐ南に向かいます。最大の難所はダリル山脈越えになるでしょう。この山脈の西の外れを迂回するように尾根を越える事になります。」

 

 姉貴の示したコースだと、俺達の村に着くのは場合によっては年が明けそうな感じだな。

 しかも、ダリル山脈を越えるのは晩秋だ。山が雪に覆われる前に何としても越えなければならない。更に、その先は見知らぬ遊牧民の土地。遊牧民とトラブルを起こさぬように今度は東に移動するのだ。そして問題のカナトールを抜ければモスレムに入る事が出来る。

 

 「もう1つ、課題があるぞ。…食料の運搬じゃ。どう考えても持ち運べる量は2ヶ月分程度。残りの2ヶ月は何を食べさせる心算じゃ。」

 アルトさんが口を尖らせて抗議している。いくら俺達ハンターが同伴するとは言え2ヶ月間も狩猟で500人を養うのはどだい不可能だ。

 「それは使役獣を使う事で何とかなります。50頭のカリバンを使って荷車を曳かせます。荷車は簡単にソリに変える事ができますから、かなり役に立つと思いますよ。」


 寒冷地用の運搬手段はあるようだ。カリバンと言うのがどんな獣かは分らないけど、大人しい使役獣だとクレシアさんが言っていた。

 そして、100人程度の人達にソリを曳かせるとも言っていた。当座の食料と燃料を曳いていけばそれだけ背中の荷物を減らす事が出来る。

 夜間は毛皮の天幕に毛皮の寝袋で寝るそうだ。これは、厳冬期では無理だがこの季節の狩りでは多用されているらしい。

 衣類は2種類。毛皮の上下に革の上下。毛皮の雪靴と革のブーツを持っていくようだ。

 

 次の日。準備はクレシアさんに任せて、ケインさんと俺達は今回の移民を守る民兵の訓練に同行した。

 里から緩やかな傾斜の道を2時間程登ると大きな洞窟の広間に出た。

 床は氷床だが天井は100mを越えている。ちょっとした運動場並みの広さの広間には移民を警護する民兵達が集まっている。

 民兵の数は50人。全て魔道師で、10人が上級魔法の使い手だ。更に20人が【カチート】を使えるのも嬉しいところである。これで、夜間は周囲に【カチート】の防壁を連続して作ればちょっとした防壁が出来上がる。荒地の肉食獣による襲撃の対処としてはかなり有効だ。


 「確かに、この方法なら夜間襲撃を緩和出来るでしょう。編成を変えねばなりませんがそれ程問題は無いはずです。」

 姉貴の指摘で【カチート】の保持者を10人ずつの5部隊に割り振る。

 そして、魔道師部隊が始めたのは、俺達が最初に見つけた洞窟の氷の除去だ。

 10人ずつが横一列に並んで【メル】を氷壁に連発していく。氷壁に着弾して火炎弾が溶かす範囲はごく僅かだ。

しかし、1時間程のサイクルで部隊を変えながら繰り返し火炎弾を放てば、氷壁には少しずつではあるが直径3m程のトンネルが延びていく。

 後、2日あれば100mにも及ぶこの氷の蓋にトンネルを穿つ事が出来だろう。

                ・

                ・


 「…そうか。旅立つのだな。…お前達の安全をこの里の者全員が祈っておる。…さらばじゃ。」

 ケインさん達は俺達を誘って最後の別れを長老と交わした。

 長老の間を出ると、そのまま竜のあぎとに開かれたトンネルに急ぐ。

 村を見下ろせる坂道が岩の洞窟に入る場所でケインさん達は里に振り返って最後の別れをすると、先を急いで洞窟の広場を目指す。


 広場は混雑して喧騒に溢れている。意外と静かな里だったから余計に感じるのかも知れない。それに広いと言っても吸音効果が無い洞窟だ。がやがやと騒がしい事この上無い状況だ。

 

 「ピィー…!」とケインさんが笛を吹く。途端にあれほどざわめいていた喧騒がピタリと静まった。そして、火炎弾で作ったトンネルの前に立つケインさんを皆が注目する。


 「出発だ。出発の順番はあらかじめ定めた通りに外に出る。出た所で隊列を整え、新たな里を探す旅に出る。

 …見送りの者は最後の別れをしておけ。もう2度と我等はこの里には戻らぬ。…では第1部隊出発だ!」


 今度は静かな話し声が始まる。そして嗚咽がそれに加わる。もう2度と帰らぬ旅に出るのだ。残る者にはそれなりの理由があるのだろうが、親戚、友人、兄弟が離れ離れにになるのは見ているだけでも涙が出る。

 そんな別れが行われる中、ケインさんは魔道師部隊を率いて外に向かって歩き出す。

 魔道師達は2人で1つの小さなソリを引いている。短い槍を杖にしながら少し坂になった氷のトンネルをゆっくりと上って行った。

 その後を姉貴達が続く。俺を除いた全員がケインさんと一緒に外に出るのだが、ディーの曳くソリには移民用の天幕の上にちゃっかりとリムちゃんとアルトさんが乗っていた。


 魔道師部隊が4隊先行すると、いよいよ移民達の番になる。20人程の隊列を作りながら出発する。

 移民には老人や子供も混じっている。彼等の多くは自らの足であるいてトンネルを上っていったが、中にはリムちゃん達のように親の引くソリに乗って行く者もいるようだ。


 次にカリバンの曳くソリが続く。

 羊のような長い毛皮を持つ大きな目を持つ獣だ。角は持っておらず、見るからに温厚そうな獣に見える。2匹が横に並んでディーの曳くソリよりも大きなソリを曳いている。

 

 そして、最後が俺と魔道師の第5隊だ。

 移民団の殿を務める事から魔道師達の荷物は、直ぐ前を行くカリバン部隊のソリに預けているようだ。

 それでも、小さなバッグを背中に背負っている。やはり、少しでも食料を運ぶ事を皆が考えているんだろうな。


 俺達が殿のはずなんだが、俺達の後ろを数人のエルフが付いてくる。

 1時間程掛けて長い氷のトンネルを抜けると、先行した移民団の先鋒が氷床を南に歩いているのが見えた。静々と無言で皆が歩いて行く。そして、10分も経たぬ内に俺達も氷床を歩き始める。


 ふと後ろを振り返ると、俺達の後ろを付いてきたエルフが【シュトロー】でトンネルを塞いでいる最中だった。このトンネルもやがては埋まってしまうのだろうが、その間にどんな獣が紛れ込まないとも限らない。直ぐに塞いでしまうのが賢明なやり方なんだろう。


 氷床は平らだけど滑りやすい、その上雲間からの太陽は眩しい限りだ。

 俺と一緒に歩くエルフ達は毛皮のブーツに丈夫な植物の紐を何本か結わえている。そして顔と頭を布で覆い、僅かに目を出しているのみだ。その目にも雪めがねを掛けているから皆同じように見えてしまう。


 1時間程歩いて最初の休憩に入る。時計を見ると10時近くだから少し長めの休憩だ。早速魔道師達が小さな青銅製のコンロでお茶を沸かすと俺にもお茶を入れてくれた。

 カップに半分も無いが、やはり酷寒の地では温かい飲み物が一番だ。

 魔道師達と雑談をすると、この隊の隊長がミレアという女性である事が判った。


 「お爺ちゃんは、残ったんです。お婆ちゃんのお墓が里にあるからと言って…。」

 そう俺に告げたミレアの目には涙が浮かんでいた。まだお爺ちゃんに甘えたい年頃なんだろうな。見た感じではサーシャちゃんと同じぐらいに見える。

 それでも、殿を務める部隊の隊長になるんだから結構凄い魔道師なのかも知れないな。


 食事と睡眠は面倒でも、移民団の先頭まで出向いて姉貴達と一緒に取る。移民団の乏しい食料を俺達が消費するのは問題だ。

 薪と炭は沢山積みこんでいるから当座は困る事はない。

                ・

                ・


 移民団の行進は朝7時頃から始まって夕方の4時に終る。途中、1時間程度を目安に10分程の休憩を取るが昼には30分程度と長めの休憩を取る。そして5日毎に1日の休息を取る。

 1日で進めるのは約20km位だ。総距離数は1500km程になるだろうから、3ヶ月以上見込む必要があるだろう。

 俺達がエルフの里を出発したのが8月の上旬。モスレムに戻るのは早くて11月の上旬となるだろう。

 

 4日間、ひたすら南に歩いて氷床を抜けてもまだ雪原地帯だ。3日程歩くと雪原はまばらになり荒れた地表に緑が所々に広がっている。この緑はコケの一種のようで草地が現れるのはまだ先のようである。

 そんな場所でも野生の獣は暮らしている。多くが雪レイムの親戚のような小型のネズミのような獣だが、俺達にとっては大事な食料源だ。

 アルトさん達が俺達の行軍の列を少し離れながら、1日掛けて10匹程度を狩り、移民団のスープ用に順番に提供しているようだ。

 少し厄介だったのがソリの改修だ。ソリの両側に鉄の棒を取り付けて、直径50cm程の車輪を付ける。かなり揺れるが、割れ物は無いから問題は無いだろう。

 

 更に5日程歩くと、ついに荒地に草が現れた。南東から吹く風に荒地の草がそよいでいる。

 ここで、俺達も冬支度を替える。久し振りの革の上下だ。靴も革のブーツにしたから、軽やかに動けるぞ。

 

 荒地ではあるが草が生えている土地を歩くのは気持ちが良い。出発時には移民団は暗い雰囲気だったが、緑の大地と青い空の下を歩いているので少しずつ表情も良くなって来ている。


 草原に藪が混じり始めると、遥か南にダリル山脈が見えてくる。ここからではまだ黒々としたシルエットにしか見えないが、何となくこの平原の横断の終わりが見えてきたような気がする。

 夜は、藪から薪を取る事が出来るので、氷床の上よりは夕食の種類が増えたようだ。それに心細い小さな焚火ではなく、至る所では無いが、大き目の焚火を数箇所で夜通し焚くのも移民達の安心感に寄与しているようだ。


 そんなある夜、俺達は焚火を囲んで明日の予定を総責任者のクレイさんとタバコを楽しみながら話していた。

 「生体反応を確認しました。方位、南南東。距離、900。個体数、約120。約10分後に接触します。」

 「なんだ?」

 「分りません。でも、こちらに好意を持ったものでは無いでしょう。」

 

 ディーの突然の言葉にクレイさんは驚いたようだが、早速立ち上がると笛を吹く。

 基本的に夜間は【カチート】を周辺に十数名が展開して城壁のように移民団を取り囲んでいる。

 そんな事を皆知っているから、クレイさんの緊急を告げる笛の音を聞いても慌てる者はいない。

 第2から第5の魔道師隊はそれぞれ移民団の前後左右を担当しているから、接近してくるものを確認する為に集まってきたのは第1隊の連中だ。俺達7人と一緒にやって来るものをジッと待ち構える。


 「光球を上げろ!」

 第1隊の隊長が叫ぶと、3個の光球が接近する方向と、その左右に飛んでいく。

 光球に照らされて荒地に姿を現したのは、灰色ガトルの群れだった。

 

 たちまち俺達の場所にやってくると、一斉に飛びかかってくるが、【カチート】の障壁で跳ね返されている。


 「困ったな。あいつ等は追い返す方法が無い。」

 クレイさんに詳しく聞くと、灰色ガトルは狙った獲物は最後まで追いかけるそうだ。

 俺達を獲物として認識したらしく、【カチート】の障壁の周りをグルグルと回っている。

 

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