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#289 エルフの隠れ里 2nd

 


 氷床に作られた長い道の先にあった小さな広場。その正面は氷の世界を拒絶するように石作りの壁があった。

 その壁に作られた門は常に数名のエルフ族によって守られているようだ。

 俺達を門に向かい入れて先導してくれるエルフは2人。残りの4人は扉の向こうに残ったままだ。


 石の壁を境に気温が一気に上昇するのが分る。

 「暑いのう…。」

 「気温18℃に上昇しました。更に上昇中です。」

 ディーが報告してくれるが、何処まで上がるんだ。確かに村は今頃盛夏ではあるが、まさか30℃まで上がる事は無いよな。


 「ここって、森…森だったんだね。」

 姉貴が感動したように呟いた。道幅3mの石畳の道がずっと先まで続いているが、その道の周囲は化石化した森だ。天井はかなり高いところにあるようで、沢山の光球が浮かんで石の森を明るく照らし出している。


 「その装備では暑すぎますね。身軽になっていただいて構いませんよ。この先も同じような気温ですから。」

 何時の間にか毛皮の外套を脱いでいた2人のエルフの内の女性が言った。

 早速、マントを脱いで革の上下に着替える。それでも、温かく感じるぞ。

 「気温。23℃で平衡に達しました。」

 なるほどね。春の終わり、5月の陽気だな。


 しばらく進むと石作りの橋があった。橋の下には清流が流れている。

 ミーアちゃんが欄干から川面を見下ろしているのは、魚がいるか確認してるのかな。

 俺が頭をポンポンと軽く叩くと、恥ずかしそうにアルトさん達を追いかけて行った。

 

 さらに進むと、化石化した森がコケに覆われた地面に変化する。更にその先は、草地そして潅木が続き、遠くには鬱蒼とした森が見えるぞ。

 エルフの2人が草原を通る道の近くにある休憩所に案内してくれた。石作りのテーブルセットに俺達が座ると、お茶を出してくれた。

 喉が渇いていたので、1口お茶を飲むと、その味に驚かされた。

 「姉さん…。」

 姉貴も俺に頷いたところをみると分ったようだ。

 このお茶は、色は俺達が普段飲んでいるお茶と同じに薄い茶色だが、紛れも無く緑茶の味だ。

 

 休憩を終えて、今度は森に入る。

 小さな小鳥がチチチ…とさえずっている。それは俺の世界の森の光景だ。

 木漏れ日に気が付いて上を見上げると、大きな太陽が浮かんでいる。どう見ても、外の世界の太陽よりは大きいぞ。少なくとも数倍はある。


 少し歩いて気が付いた。木漏れ日の位置が微妙に変化している。

 という事は、森の上で輝いている太陽はかなり低い位置にあるという事だ。…人工太陽?そんな言葉が頭を過ぎる。


 そんな石畳の道も終わりが見えてきた。

 前方に、俺の背丈位の高さに木を井形に廻らした囲いが見えてくる。

 「あれが、エルフの隠れ里。…ミッドガルドです。」

 エルフの2人に案内されるままに囲いの中に入る。そこには道は無い。周囲に巨木が生い茂り、その巨木の洞に住居を構えているらしい。

 

 そんな巨木の乱立する中にエルフの案内者は俺達を立ち止まらせる。その前には、周囲を圧倒する巨大な樹が生えている。

 「我等の長老達はこの中です。お会いするのは明日で良いでしょう。これからご案内する家で旅の疲れを癒してください。」


 そう言って俺達を直ぐ隣にある巨木の洞に案内してくれた。

 洞と言っても幹の太さは5mを越えている。洞自体は丁度、俺達の家の扉ぐらいの大きさだ。この洞にも同じような扉があり、扉を開けると全く通常の家のように感じる。

 1階は風呂等があり、2階に10畳位のリビングがある。3階には4つの小部屋があった。


 「どうぞ、旅の疲れを癒してください。外の太陽は動きませんが、夜には輝きを停止します。」

 そう言って、俺達を残して去って行った。


 「とりあえず、風呂に着替えじゃ。こんな北国の地下にこのような場所があったとはのう。」

 そう言いながら、アルトさんは嬢ちゃん達を従えて1階に下りていく。さっき見た風呂は一度に数人が入れそうな大きな風呂だった。


 「明日には長老様に会えるのね。」

 「そうみたいだ。だが俺達が来た事を、どうやって知ったんだろう?」

 「周囲の光景は全て人工的に作られたものです。人口太陽、新種の植物…。」

 ディーが次々と人がこの地下世界を作り上げるのに使ったものと思われる技術を口にする。

 

 嬢ちゃん達に代わって姉貴とディーがお風呂に出かけた。

 「これ程北に来て、温泉とは驚いたのじゃ。」

 サーシャちゃんが、頭を布でゴシゴシと擦りながら話してくれた。

 そういえば、この世界に来て温泉って見たことがないぞ。何でサーシャちゃんが知ってるんだろう?


 「モスレムに温泉は無かったよね。」

 「うむ、モスレムには無い…。じゃが、サーミストにはあるのじゃ。しょっぱい温泉じゃがの。」

 アルトさんがそう言って、「今度連れてってやるぞ。」って付け加えたけど、それは無視しよう。

 それより重要なのは、温泉だ。温泉あるところには硫黄が取れる。そして硝石さえあれば火薬が出来るのだ。

 だが、この世界ではまだ火薬は発明されていない。爆裂球は普及しているが、あれはカラメル人の作った魔道具と皆は捉えている。だから、その作動原理を誰も追及しようとしないし、分解等もしないようだ。

 将来的には魔法が無くなりそうだけど、その時に大型の獣を倒す為の道具として伝えるべきか…。これは、課題の1つだな。


 やっと自分の番になってゆったりと温泉に浸かる。確かに温泉には違いないが、これは硫黄泉ではなく炭酸泉だ。体に泡が沢山付いてくる。

 まぁ、硫黄は焦らずに探せばいい。

 そんな事を考えながら風呂を出ると、ジーンズにTシャツを着る。これが俺の一番リラックスできる服装だ。

 

 リビングに戻ると、テーブルが用意されているが、これは俺の世界の座卓という物ではないのか?

 椅子ではなく、薄いクッションに腰を下ろしてみると全く違和感が無い。

 残念ながら期待した和食ではなく、ナイフとフォークの食事だ。

 魚はでっぷりと太った魚が姿焼きで出てくる。目が大きい所を見ると、深海魚なのかも知れない。

 肉はリスティンに似ているが意外と小さい。だが肉の歯ごたえは成獣の物だ。

 パンは柔らかいし、この食感は酵母で発酵させたものだ。モスレムでも酵母菌の利用までは進んでいないぞ。

 次々と運び込まれる料理を目を丸くして嬢ちゃん達が見ている。そしてそれを口にして驚いているようだ。


 「どうぞ、沢山食べてくださいね。」

 料理を運んできた年かさのエルフが俺達に言った。

 暖かい、そして手の込んだ料理に飢えていた俺達は、出されたものを全て平らげた。

 心地良い満腹感に、俺は1人外に出て、タバコに火を点ける。

 巨木に手を触れると、苔むした老木である事が分る。そんな老木が密集した場所をエルフ達が集落にしたのだろう。

 エルフは森の民…確かにそう思えるな。


 数人のエルフが俺達の宿に入っていくと、食器を持ち出していく。

 どうやら、食事の後片付けに来てくれたみたいだ。

 部屋に戻ると、皆がお茶を飲んでいる。


 「明日、長老が会ってくださるそうよ。さっき、ここを片付けてくれた人達が長老達が楽しみにしていると言っていたわ。」

 ん…長老達と言ったよな。この里の長老は1人でなく複数で指導しているという事だろうか?…まぁ、それも明日には分る事だ。


 フカフカの布団に包まって寝た翌朝は、村の我が家のように姉貴に蹴飛ばされる事も無く、すがすがしい目覚めを迎えた。

 久しぶりの朝のコーヒーとトースト…。

 涙が出る位に嬉しくなる。


 ゆっくりと溶けたマーガリンに塩を振るのも久しぶりだ。これにカリカリベーコンがあればと思うと涙が出てくる。


 「何を泣いておるのじゃ。ほれ、もう1枚。」

 サーシャちゃんが俺を見て、自分のパンを1枚俺の皿に乗せてくれた。

 さすが、王族だけの事はある。民間のうれうるところに目が届いている。


 食後にもう1杯のコーヒーを飲んでいる時に、昨日俺達を案内してくれたエルフが訪ねてきた。


 「長老達の準備が出来ております。今からでも大丈夫ですが…。」

 「参ります。案内してください。」

 そう言って姉貴が立ち上がる。それを合図に俺達も立ち上がった。


 長老達の巨木は直径が10mを越えている、見上げるばかりの大樹だ。

 その洞は地面より1m位の場所にあるので、小さな階段が設えてあった。

 案内役のエルフは軽やかに階段を上ると洞の扉を開けて、俺達を中に誘う。


 洞は広く、外側に沿って階段がぐるりと廻っている。その階段を上ると、そこが長老達の部屋だった。


 7人の老いたエルフがいる。蒼いガウンを纏い、まるで眠っているように俯いている。

 その手前に7つのクッションが置かれていた。

 「どうぞ、お座り下さい。」

 案内役のエルフの勧めで俺達はクッションに座る。


 長老は俺達がやってきたのに身じろぎもしない。

 眠っているというよりは…死んでいるようにも見える。


「…死んではおらぬよ。若者は待つ事を知らぬで困る…。」

真中の長老が僅かに頭を上げた。

俺の考えが読めるのだろうか?


「…ふむ。そなたの思いの力は、我に昔を思い出させる。歯切れの良い明確な思考の波を感じるのは心地よいのう…。」

エルフの長老って、サトリと呼ばれる者達なのだろうか?

とは言え、俺達が遥々ここを訪ねた目的を果たさねば…。


「…言わずとも良い。我等はサトリと呼ばれる妖怪ではない。この世界に満ちる魔気の流れを読み解く事が出来るだけだ。

 そなたの魔力は少年以下であるが、その錬度は我が里の魔道師を凌ぐ。そして、そなたには2つの意思の力がある。

 力強く輝くが小さく見えるのは、そなただと思う。その輝きを庇いながら、我に対峙している意思をそなたは感じる事が出来るか?

 愛弟子を庇おうとする師匠の姿をその方は知っているか?…」


 ひょっとして、カラメルの長老?

 そういえば、色々と教えて貰った気がするし、我の全てを授ける。見たいな事を言っていたような気がする。それに、キューブも貰ったんだ。


 「心当たりがあります。今でも、俺の事を気にしていてくれるカラメルの長老だと思います。」

 「…我等とは異なる進化を辿った者達の長老か…。そうであろうな。とらえどころ無く、自在にその形を変える。正に魔気を操るに長けておる…。」


 「俺達は、気とだけ認識しています。遥か虚空の彼方から流れ、命を形作り、命が失われたときに、その気はまた流れに戻ります。力であり、知識であり、そして感覚を伴うもの。俺はそう認識しています。」


 「…それが分るだけでも十分だ。なるほど、カラメルの長老が気に入る訳だ。それでは、ジュリアナの頼みもある。我らの話をお見せしよう…。」


 そう言って真中の長老は静かに右手を上げた。その手には魔道師の杖が握られている。

 あれが、ジュリーさんの言っていた長老の杖なのか…。


 長老が杖をかざして、何事か呟く。

 長老達の姿が段々と薄れて、俺達の前に大きな空間が現れた。まるで映画のスクリーンのようにも見える。

 

 その中央には地球が浮んでいた。


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