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#288 エルフの隠れ里

 急峻な尾根を越えるのもディーがいれば簡単だ。

 ザイルを担いだディーが先行して崖のような斜面を登り、ザイルを落とす。

そのザイルを腰のベルトに着けた鉄のリングにしっかり結べば、尾根の上からディーが引き上げてくれる。

 周囲に生体反応が無い事を確認してアルトさん達から尾根を登って貰う。最後は俺だ。そして、降りる時は俺が最初になる。

 そんな尾根越えも山頂付近の岩場だけで済み、後はそれ程でもない。まぁ、それなりに急な斜面ではあるけどね。

 2日掛りで竜の腕に相当する尾根を越えると、北方に広く平坦な荒地が続いている。

 季節は7月になるはずだが、その奥に見える山並みは白く輝いている。

 

 「あれが竜の首になるのね。そして、ほら!…少し西に南に伸びる尾根があるでしょう。あれが竜の下顎だわ。」

 姉貴が更に遠くに続く尾根を指差して言った。

 「まだ大分先じゃな。それに…見よ!あの平原は白く輝いておるぞ。」

 

 確かに尾根も白いが、その直ぐ直下の平原も白く輝いている。この季節で融けないのか?

 夕刻から吹く北風が異様に冷たいのは、あの氷のせいかも知れないな。


 麓で丸1日休みを取り、体力を取り戻すと共に、森林から取ってきた薪で消し炭を沢山作る。どう考えてもこの平原を越えるには1週間は掛かりそうだ。煮炊きをする炭の量も馬鹿には出来ない。

 俺とディーが焚火を使って消し炭を作っている間に、姉貴と嬢ちゃん達はせっせと薄いパンを鍋の底を使って焼いていく。

 焼いたばかりの熱々のパンにジャムを付ければ、皆の顔に笑顔が戻る。

 「次の狩猟期が待ち遠しいのう。…このジャムというものは、粗末なパンを極上の品に変えてしまう。」

 サーシャちゃんが小さく呟いた。それを聞いたリムちゃんもうんうんと頷いている。口に沢山パンが入ってるから、頷くしかないようだ。


 たった1日でも英気は養える。

 次の日は、朝早くに荒地が広がる平原に足を踏み出した。

 厳冬期なら、赤いオーロラが目的の隠れ里を教えてくれる筈だが、今は盛夏だから余り期待は出来ない。ディーのGPS機能だけが俺達の頼りだ。

 そんな事を知ってか知らずか、ディーはひたすら平原を斜めに渡って行く。

 

 「姉さん。このまま真っ直ぐに行くと、あの尾根だよね。どう見ても氷で覆われているような気がするけど…。」

 「確かに…。私達なら何とか成るけど、アルトさん達にはきついかもしれないね。」

 きついと言うより無理じゃないかと思うぞ。氷壁を登るなんて俺でもどうかと思う位だ。降りる位なら何とかなるかも知れないけどね。


 最初の休憩を取った時に、竜の下顎を回り込んで進む事を皆に伝えた。

 距離は5日位遠回りになるかも知れないけど、ここまで来たのだ。多少旅が長引くのは許容できる。

 今度は南西に進み始める。何処までも続く平原は小さな藪があるくらいで草すら生えていない荒地だ。

 それでも南の彼方が緑に見えるのは草が茂る限界線がそちらにあるのだろう。 

 足元にはコケの群落がたまに見受けられるが大きくは無い。

 

 夜は冬用天幕を広げて横になる。焚火も煮炊き用に確保した、俺が担いでいる籠の薪と、ディーが袋に詰め込んだ消し炭だけだから煮炊きが終れば後は闇の中だ。

 天幕の入口で横になるディーに監視を任せて、俺達は毛布に包まって横になる。


 4日目に竜の下顎の先端を回りこんだ。途端に一面の雪原になった。北から真冬のような冷たい風が吹き付けてくる。

 多分、北極からの風がモロに来てるんだろうな。今までは竜の背中に当る山脈が北からの風を防いでいてくれたようだ。

 俺達は急いで冬用天幕を張ると、出発した時の装備に着替える事にした。

 ショットガンを腰の袋に押込め、分厚い毛皮のマントを被って紐で前を閉じる。それでも寒さが侵入してくる。

 大きな魔法の袋から橇を出すとその上に毛皮を敷いて嬢ちゃん達を乗せる。毛皮と毛布に包まった嬢ちゃん達は頭だけ出している。


 その橇のロープを俺とディーの2人で引けば、するすると橇が滑りだす。

 一度滑り出すと、凍った雪原では容易に曳いていける。姉貴は橇の後ろについているロープを腰に着けて後方を警戒しながら後を付いて来る。


 強い北風を受けて1日進むと、急に北風が弱まった。

 北には竜の上顎に当たる尾根が聳えている。これが北風を防いでくれているようだ。

 上顎と下顎の尾根の間隔が段々と狭まっているのが分る。そして、ついに2つの尾根が交わる場所が見えてきた。それと時を同じくして雪原が終わり、氷床に変わる。凍った尾根の岩陰で1夜を明かしながら橇を仕舞って、アイゼンを靴に装着した。


 多分湖が凍ったんだと思う。透き通った氷はガラスのように氷の底を俺達に見せてくれる。全く傷が無い氷床は波の無い湖の上を歩いているような錯覚を俺達に与える。


 「ここが竜のあぎとである事は理解するが、隠れ里は何処にあるのじゃ?」

 「これから探すの。…竜の顎より隠れ里に至る。って事は、里に行く為の入口がこの辺りにあるという事だと思うわ。回りの氷壁を良く観察してね。多分洞窟があるんじゃないかと…。」

 「あれじゃな!」

 アルトさんの問いに答えていた姉貴の話が途中でサーシャちゃんに邪魔をされた。

 サーシャちゃんは俺達が進む右少し奥を指差している。そこには氷に閉ざされた洞窟らしきもの見えている。


 とりあえず傍に行ってみようと、ぞろぞろと氷床を歩いていくと、その洞穴はかなり大きい。入口だけで、村の2階建ての宿屋がスッポリと納まりそうだ。


 「でも、どうやって入ればいいの?」

 ミーアちゃんの疑問は、ごもっともだ。俺にだって分らんぞ。

 何と、洞窟の入口は厚い氷で覆われているのだ。しかも氷の厚さは半端ではない。どう見ても20m以上はありそうな気がする。


 「爆裂球で、破壊しながら進むのはどうじゃ?」

 サーシャちゃんらしいナイスなアイデアだけど、爆裂球が幾ら必要になるか分からないぞ。

 「多分、ダメだと思うわ。【メルダム】で一気にと思ったけど、そんな事をしたら洞窟の上の氷まで落ちて来てこの辺一体が埋まってしまう…。」

 姉貴も途方に暮れているようだ。


 「例の地図に何か書いてないの?」

 俺の言葉に、ポケットから地図を取り出した姉貴は、エルフの里の記述を読み始めた。

 

 考えるのは姉貴に任せて、ディーは小さな焚火を焚火台の上に作って俺達にお茶を入れてくれる。

 幾ら北風が弱まったとは言え、氷床の上に俺たちはいる。冷えた体に暖かいお茶は有り難かった。


 「…あぎとの奥、舌に供物を供えれば、喉を開くであろう…。って書いてあるけど…舌って、これだよね。」

 お茶を飲みながら、地図の一部を読んでいた姉貴がペロリって舌を出す。


 この洞窟の氷は舌って感じじゃないよな。…という事は、この洞窟は見せ掛けで本来の入口は別にあるという事だ。

 それに、ここは完全に喉の奥ではない。もうちょっと、100m程奥があるのだ。


 「ちょっと、偵察してくる。」

 そう言って、俺がその奥に歩いて行くとミーアちゃんが付いてきた。

 2人で奥に進んでいる時だ。

 「大きな岩ですね。周りの岩と違って氷が付いていません。」

 ミーアちゃんの言葉にその岩を見てみる。竜の顎に入って右側…という事は、下顎に当たる。その尾根に張り付くような岩は、竜の舌と見ることも出来る。


 「これだ!」そう叫ぶと、姉貴達に両手を振って見つけたことを伝える。

 直ぐに、姉貴達は俺達の方に走ってくるが、ディーは後片付けをしてからのんびりと歩いてくる。


 「どれどれ?」

 「多分、これが竜の舌だと思う。ほら、周囲の岸壁は氷が付いているのにこの岩だけ付いていないだろ。それに、あそこを見てくれ。」

 俺が指差した岩は四角に切取られたような形をしている。そして、その岩の上部には火を焚いた跡があった。


 「舌に供物を供える…ってあったよね。あれは、この岩の上で火を焚く事だと思うんだ。古い神話に、神への捧げ物は焚火で焼くような話があったと思うよ。」

 「旧約にその記述があるわ。…多分、アキトの言う通りだと思う。」


 早速、岩の上に俺が背負ってきた薪を積んで火を点ける。

 メラメラと燃え盛る炎は俺達を赤く照らす。

 しばらくは何事も起こらなかった。

 そして、俺達がやはり違ったか…と疑問を持ち始めた時、ゴゴゴ…と岩がすれる音がし始めた。

 場所が分からずにキョロキョロと周囲を見渡すが、周囲の岸壁には何の変化も無い。


 「これじゃ。この祭壇が動いておるのじゃ。」

 余りに近くだから、気が付かなかったのかも知れない。

 確かに、音を立てて横に動いている。

 少しずつではあるが、確実に祭壇のような岩の基部が横に動いているのだ。

 そして、その祭壇に隠された洞穴が俺達の前に姿を現した。

 

 洞穴は1辺が横2m、奥行き3m程の四角形だ。急な階段が下に伸びている。

 早速、姉貴は【シャイン】を唱えて光球を洞窟の奥に送り込んだ。

 

 どうやら、地底の奥底まで続く階段ではなく、10m程下に階段に続く通路が見えた。

 ディーが先ず下りてみる。

 「酸素濃度21%。一酸化炭素、二酸化炭素は正常範囲です。硫化水素ガス濃度ゼロです。」

 下の通路に下り立ったディーが俺達に伝えてくれる。

 姉貴が次に下りて、嬢ちゃん達がそれに続く、そして最後に俺が下り立った。。


 階段を下りると通路だと思った場所はちょっとした広場だった。20m程の円形をしており、高さは5m程ある。

 そして、階段の真直ぐ先に1辺が3m程の真四角な通路が伸びていた。


 「行こう!」

 そう言うと俺が先頭になって進み始める。直ぐ後にディーが続き、最後尾は姉貴だ。

 1時間程歩くと、巨大な空間に出た。

 天井は100m程上にあり、光球でシャンデリアのように凍ったツララが輝いている。

 床は石畳だが横幅3m程の小道になってうねるように奥へと続いている。左右は氷筍が氷床から突き出ていた。


 「あまり、寒くないのじゃ。景色は厳冬じゃがな。」

 「現在の気温3℃です。先程の氷床ではマイナス6℃でした。」

 アルトさんの呟きにディーが補足してくれた。

 確かにそれ程寒くは無い。地下だから風も無いので体感気温が下がらない為だろう。


 ちょっとした広場を見つけて休憩を取る。焚火をした跡を見つけたので簡単な食事を取った。

 それにしても地下にこんな空間があったとは驚きだ。

 周囲の自然が作った氷の芸術を見ながらしばらく休憩を取って、更に奥を目指す。


 2時間程歩くと先方が明るくなってきた。決して俺達の上に輝いている光球のせいではない。

 更に1時間程歩くと、その理由が判明した。

 石で作った皿で炎が踊っているのだ。そして、それは1個ではない。俺達が歩いている道の両側に10m程の間隔で設置されていた。

 段々と道幅が広くなる。何時しか見た道幅が5mを越えていた。

 

 そして、遂に俺達は道の尽きる場所に出た。

 30m程の半円の広場の奥に門が開いている。

 その門の両側に3人ずつ若い男女が控えて、こちらを見つめていた。


 5m程の距離を取って俺達は対峙する。

 「遥か南の地より来ました。エルフの里の長老を訪ねてきたアキトです。」

 「アキト殿の名はカイラム様より伺っております。さぁ、ご案内致します。」

 

 そう言って俺達を招き入れてくれた。

 


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