#274 分担
ハンター達は狩猟期の開催の合図とともにアクトラス山脈の山々を目指して狩りをする。その主な獲物はリスティンだが、カルキュルやイネガルを獲物とする者達もいる。そして、稀にグライザムを狩るものもいるのだ。
狩猟期に何を狩るかは、ハンターの技量とチームの連携の巧みさによる事になるのだが、運ばれてくる獲物とそれを狩ったハンターを見比べて楽しむ者達が多いことも確かだ。
2日目になると、レベルの低いハンター達が近くの山々で仕留めた獲物とともに帰ってくる。
若いハンター達が主流だから、娘さん達が意外と集まるのも面白い。ある意味スターの追っかけに近いような気もするぞ。
そんな娘さんが2,3人連れで、広場へと歩いて行く。広場には既にセリの会場が出来ており、商人達が集まっている筈だ。
そんな通りをハンター風の2人の娘が歩いてくる。物珍しげに、あっちをキョロキョロ、こっちにフラフラって感じで歩いてくる。
どうやらユング達らしい、天文台造りを休んで様子を見に来たのかな?
そんな2人を手招きして呼び寄せる。
俺に気が付いたらしく、トコトコと俺の所に走って来た。
「何だ、お祭りなのか?」
「似たようなものだ。そこの休憩所で待っててくれ。」
ザラメを焼いていた近衛兵に後を頼んで休憩所に歩きだす。
「…なるほどね。それでこの賑わいか。」
「最初は面白半分で始めたんだけど、王族が気に入ってしまって…。今年は隣国の王女達まで巻き込んでる始末だ。」
「確かに学園祭のノリだな。だが悪い事じゃないと思うぞ。人が集まり、笑いながら騒げる国であれば、カナトールのように滅びる事は無いだろう。」
「知っているのか?」
「まぁな…。美月さんがいるなら、この国は大丈夫だろう。」
「ここは後3ヶ月もすれば雪に埋まる。そうなればハンターの仕事が無くなってしまうが、行くアテはあるのか?」
「特に何も無い。フラウとともにこの世界を見ていく心算だが、何か気懸かりがあるのか?」
「あぁ、とんでもない気懸かりがな…。今夜、俺の家に来れるか?この通りを東に向って進むと左側に石像がある。その小道を進めば俺の家だ。」
「判った。寄らせて貰うよ。」
そう言うと席を立って、また2人で北門の広場の方に歩いて行った。
昼近くになって、少し屋台も人が混んできた。
そんなところへルーミーちゃんがやって来る。
「すみません。出前お願い出来ますか?」
「大丈夫だよ。何にするの?」
ニコリと彼女に微笑みながら聞いてみる。
「え~と、うどんが3つに団子が2本。それに串焼き2つです。」
団子2本はシャロンさんとルーミーちゃんのオヤツだな。串焼きはダリオンさんだから黒リックで良いだろう。…そうだ。ザラメ焼きを持って行ってやろう。あれならダリオンさんも隣で食べてられるだろう。
「全部で16Lになるから、出前に行った時に支払いをお願いね。」
「大丈夫です。シャロンさんが経費で落とすと言ってました。」
この調子で食べ続けると、狩猟期の経費は銀貨3枚を越えるぞ。大丈夫なのか?
そんな疑問も沸いてきたが、確かに村に落ちる金額も莫大なものだ。狩猟期の参加料金だって、1チーム銀貨1枚だったからな。
岡持ち2つに出前の品物を詰め込んで、ついでにザラメ焼きを3枚入れておいた。それをディーに頼んで持って行って貰う。
岡持ち2つを両手に持たずに頭の上に重ねて持って行ったぞ。両手を離して、器用にバランスを取りながら歩いていくもんだから、通りの人が口を開けて見ている。
去年はちゃんと手で持って行ったから、あれもバビロンでのバージョンアップのせいなのだろうか。
夕方近くにダリオンさんがやって来た。
休憩所でザラメ焼きをつまみに蜂蜜酒を内緒で飲んでいる。
「どうですか?」
「アキトか。昼は済まなかったな。差し入れは有り難かったぞ。結局、3人で分ける事になってしまったが…。やはり、これは酒のつまみだな。そして、どこかで食べた気がするのだが、思い出せん。」
「ザナドウですよ。その食感に似てるんです。」
ダリオンさんが何だと!っと言うような感じでザラメを口に入れる。モシャモシャとたべていたが、やがて飲み下した。
「確かに、あの時の食感だ。…となると、これが成長するとザナドウになるのか?」
「いや、そんな事はありません。精々、片腕の長さまででしょう。種類は似ていても全く違う生物だと思いますよ。」
俺の言葉を理解してるのか、してないのか微妙な所だけど、ダリオンさんは美味しそうにザラメ焼きを食べている。食べ物として定着すれば漁師達の収入も増えるだろう。
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その夜、扉を叩く音に気が付き、ディーが扉を開けるとユング達が立っていた。
ディーがリビングに招きいれ、テーブル席に座らせる。
「良く来てくれた。」
「いい場所に家を建てたな。夜でもここからの景色が良い事が判るぞ。」
「あぁ、良い所だ。…ところで、ここに呼んだのはお前の意見も聞きたかったからだ。…先ずはこれを読んでくれ。」
姉貴がバビロンの神官とのやり取りを記載した議事録をユングに渡した。
ユングはゆっくりとそれを読み始める。そして、読み終えるとフラウにそれを渡した。フラウは読むと言うより、スキャンしているような速さで読み終えると、姉貴に議事録をテーブルっを滑らせるようにして返した。
「…多元宇宙の重なりで世界が成り立つと言う概念は俺達の世界でも一部で言われていた事だ。それは、まぁ理解するとして、アルマゲドンに至る兵器開発で一部の世界が重複したと言う訳か。…確かに魔法には驚いたが。」
「どうやら一番の問題はそこだな。そして、その世界の重複点と言うべきものが、歪みとして観察されているようだ。」
ユングの言葉を肯定して俺が言葉を繋いだ。
「人が行き来しているならそれ程問題は無いと俺も思う。だが、バビロンの神官が告げるように世界全体が重なる場合はどんな影響が出るか判らんぞ。
地球が2倍に膨らむ位なら、生態系には大きな影響があるだろうが、全滅する事は無いだろう。
しかし、最悪なら、原子が重合する。そしてそれは安定な原子では無いから一気に分裂するだろう。地球1つが原子爆弾に変わる事にもなりかねない。」
「神官さんは大きくなる2つの歪みを消せと言っていたけど、方法が判らないの。」
ユングの言葉に姉貴が心細げに話しをする。
「その、若者がいう事が我の恐れる事だ。何年先になるか判らぬが、間違いなくその時は訪れる。この世界の者達と異なり、寿命という束縛が無いお前達なら、その危機感が理解出来るだろう。」
「お前は?」
「この者たちがディーと呼んでいる威力偵察用オートマタの通信機能を使い遥かバビロンからこの会見に参加しているバビロンの電脳だ。
我はバビロンの中枢から動く事は出来ぬが、探査衛星を幾つか掌握している。そして彼等がバビロンを訪れて後はディーの5感を全て共有している。」
「問題はこの歪みの位置だ。1つはこの大陸の北西とは理解出来る。だが、もう1つが海の向うであることは確からしいが詳しい位置が欲しい。」
「どうするのだ?」
ユングの話に神官が問うた。
「破壊する。…ユグドラシルは明人に任せる。こちらの世界にそれだけの繋がりを持ってるはずだ。ユグドラシルの秘密を探り、その破壊が出来るのは明人達以外にいないだろう。
だが、俺はこの世界にそれ程大きな絆を持っていない。俺が消えても、さほどの影響があるとは思えん。もう1つのククルカン周辺の歪みを消すのは俺達が適任だ。」
「成る程、ならばそう願いたい。ところで、その場所だが…。」
ディーはバッグの中からノートと鉛筆を取り出した。この王国ではそんなものは売っていないから、バビロンから持ち出したのだろう。
そのノートになにやら描き出したのは世界地図のようだ。
最後に2箇所に×印を記入して、地図を描くのを止めた。
「現在の地球の地図だ。この2ヶ所の×印が歪みの場所になる。」
ふむ、ユグドラシルまでは2千kmは無いな。そしてククルカンまでは2万kmはありそうだ。
「GPS信号の解析は可能か?」
「複数の衛星から電波を受信して現在地を割り出す機能は俺達は持っていない。多分、GHzオーダーの電波信号だろうが、それ位の電波は受信可能だ。」
「では、ディーを通して、解析プログラムを送る。」
ユングはフラウに軽く頷いて促がすと、フラウがディーの目を真直ぐに見つめた。
数秒にも満たない時間でレーザー通信によるプログラムの伝送が終了した。
「どうだ。現在の座標と目的地までの方向が判ったか?」
神官の声にフラウが頷いた。
「後は、ディーとフラウの通信を可能にすれば良いんだが…。」
「今後の通信は、デジタル通信を使用すればよい。21.01GHzを私が、21.02GHzをディー、そして21.03GHzをフラウが専用回線で持つとしよう。衛星で中継出来るから、電波は上空に向けて放てば良い。」
「では、俺達は天文台完成と同時に旅立つ。先が長いし、ククルカンも気になる。…そして、明人達のユグドラシル探索の結果を待つ事にする。」
「俺達の旅立ちはかなり先だぞ。」
「かまわないさ。俺達の活動期間はほぼ無限に近い。もし、先にククルカンの探索が終ればその結果を教えよう。」
「あぁ、俺達も気懸かりな連中の行く末を見届けたら直ぐに出発する。」
そこへディーがザラメ焼きと蜂蜜酒を持って俺達の前に置いた。
「俺は、有機体だから食事を取るが、お前は食事を取れるのか?」
「たまに、食事をするよ。多分ディーも同じだろうけど、食物の中の有用金属元素はナノマシン再生に必要だ。うまい具合に食感や味を感じる器官も擬似的に作られている。」
そう言いながらゲソを摘むと口にポイっと放り込んだ。それを見てフラウも真似をする。
「羨ましい機能ですね。私には成分の分析は出来ますが味としてそれを感じる事は出来ません。」
ディーが残念そうにユングに言った。
「ん…。俺達のナノマシンを使って機能を追加するか?勿論味覚と食感のアルゴリズムもプログラムで提供するが。」
「可能でしょうか?…私のナノマシンとユングさん達のナノマシンでは世代が数世代離れているように思われますが。」
「基本となるナノマシンは12種類だが、味覚と食感ならば5種類で組み合わせれば何とかなる。それに、複製ナノマシンを1種類追加して機能を確保すれば良い。信号処理は口の中の伝送系に足を独りでに伸ばすはずだ。」
「不必要になれば、ナノマシンへの動力伝達を断てば直ぐに分解するわ。」
フラウはそう言うと、右手を握る。少し握って手を離すと、掌の中にビー玉より小さな黒い物体が現れた。
「これを口の中に入れておけば自然に分離して食感と味覚器官が形成されるわ。そして、私の目を見て…。」
また、ディーとフラウのにらめっこが数秒にも満たない時間行なわれる。
「後は、明日のお楽しみね。」
フラウがそう言うと、ディーは少し考えていたようだが、口の中にポイっと黒い球を放り込んだ。飴のように口の中で転がしてるのが判るぞ。
「では、俺達は天文台に引き上げる。俺達は先にククルカンに出かけるが、明人は慌てなくても良いからな。俺達の先は長い。俺もフラウとじっくりと歩いて行くつもりだ。辿り着くだけで数年以上は見ないとな。景色の良い所もあるだろうし、急峻な山脈だってあるだろう。」
「判った。だが、出発する時は知らせてくれ。」
「あぁ…。だが、約束を終えてからだ。測量隊も最低3チームは作らねばならないぞ。出来れば1ヵ月後には集めてほしい。」
そう言ってユング達は席を立つ。
俺達が扉まで送ると、彼等は暗い小道を歩いて行った。
寝る必要が無いって言っていたから、これから天文台造りを再開するのだろう。
どんな感じで出来ているのか。狩猟期が終ったら訪ねてみよう。
ユング達を見送ると、テーブルの戻ってお茶を飲む。
「そういえば、御后様が明日の夜に山荘へ商人達が来るって言ってたわ。アキトに対処は任せた。とも言ってたよ。」
「それは、考えてある。それで、バビロンから持ってきた物を使いたいんだ。ちょっと吃驚させるつもりだ。」
「何をするの?…一応、テーバイ独立戦争で物資の調達や輸送の手筈をしてくれたんだから、あまり敵対しないでね。」
「敵対どころか、彼等に途轍もない飛躍のチャンスを与えるつもりでいるよ。」
「それって?」
「ガラスの製造だ。コップ、皿、ランプ、窓、そしてレンズ…。だが、何より板ガラスが欲しい。でないと温室が作れない。
温室で、バビロンで手に入れた作物を育て、その栽培技術を学んで貰おうと思ってるんだ。少ない種だ。何としても効率的に育てたい。」
「その要になる技術がガラスの製造なのね。」
姉貴の言葉に俺は頷いた。
ガラスの製造はこの世界に一大技術革新をもたらすに違いない。カットグラス、ステンドグラス等の芸術、建築資材としての運用、漁業も水中眼鏡を使う事で獲物を多く取る事も出来よう。望遠鏡は科学技術の発展に寄与出来る。勿論軍事にも転用できるがそれは伏せておこう。