#270 狩猟期を迎えるために
「そうなんだ。じゃぁ、明日からルーミーちゃんがギルドで働くのね。」
「とりあえずは、シャロンさんのお手伝いって事だよ。カウンターデビューはまだ先の話だ。」
姉貴は、明日ギルドに行ったらカウンターにルミナスちゃんがいると思っていたようだ。ちゃんと修正しておかないとね。
「これで、ルクセムの家も安泰じゃな。アヤツも良いハンターになっておる。赤6であればガトルと戦う事も問題ないはずじゃ。」
「ロムニーも赤7つと聞いたぞ。後2年もすれば、あの2人がこの村の優秀なハンターの仲間入りじゃ。」
サーシャちゃんがお茶を飲み干しながらそんな事を言ってる。自分はどうなんだか聞いてみたい気もするけど、当然最高のハンターじゃ。なんて言葉が反ってきそうだな。
夕食後ののんびりとした時間は貴重だな。
こんな話をしながらお茶を飲むのも久しぶりな気がする。
「ところで、アキトの友達だといっていた、あの2人組みはどうしたのじゃ?」
「しばらくは手伝ってくれると言っていたよ。ディーと同じように幾ら依頼をこなしてもレベルが上がらないそうだ。エントラムズの王都にあるギルドで半ば強引に黒3つを貰ったと言っていたけど、ディーは自分を越える実力があると言っていたぞ。」
俺の言葉に嬢ちゃん達は一斉にディーを見た。
お茶のカップを掴んで一口飲もうとしていたディーが驚いてるぞ。
「本当です。科学技術の世代がかなり上の素体です。動力となるエナジー確保の手段が違います。私は太陽光ですが、彼等は水を使います。
体を構成するナノマシンの大きさも彼女達のほうが遥かに小さく、ユングに至ってはピコマシンの存在すら考えられます。
明確に現れる点では、レールガンの発射速度が私は10秒程度の間隔で発射するのに対して彼等は1秒を要しません。そして、レールガンを外部に持っていて直ぐに発射出来るのです。」
「だが、発射する弾丸は遥かに小さく、そして飛距離も小さい。俺の持つこのM29を少し上回る位だと思っている。」
俺は、ディーの言葉に続けて話をした。
「テーバイの戦いの前に出会っておれば、かなり戦が変わっておったな。…まぁ、終わった事をとやかく言っても仕方が無いが。」
確かに、出会いがもう少し早ければと思う時もある。だが、この国の問題はこの国で考えるべきものなのだ。他者に頼るべきでは無いとおもう。
「それで、何処に泊まってるんですか?」
「去年作った長屋だよ。村の外で野宿するって言ってたけど無理やり長屋に押込んだ。」
実際に押込んだのは姉貴だけどね。女の子2人に野宿させるなんて、ダメです。って押し切ってたからな。
寝る必要が無く、食事も適当だと言っていたから実際長屋でも2人でにらめっこをしているような気がするな。
「ところで、どうやら依頼掲示板が顔を出したぞ。そろそろ先が見えてきたと思うのじゃが…。」
「確かに、でもこの季節は依頼が多いことも事実だ。後数日はこの体制で行こう。」
俺の言葉に皆が頷いたところで、夕食後のお茶会は終了だ。
俺はお風呂洗って、お湯を満たす。
姉貴とディーは食器を洗わねばならない。嬢ちゃん達は、テーブルを片付けた後は暖炉の前でスゴロクを始めた。
・
・
次の日、朝早く皆は出掛けたけど、俺はのんびりギルドに出掛けた。
扉を開けて何時ものように「おはよう!」と片手を上げてシャロンさんに挨拶すると、カウンターから片手を上げて俺に返してくれた。そして、上げた片手でホールを指差す。
そこには、箒でホールを掃除しているルーミーちゃんの姿があった。多分何時も家で掃除をしてるんだろうな。箒を扱う手付きは慣れたものだ。
何時ものように掲示板を見る。なるほどアルトさんの言う通り、掲示板の下の方に空きが目立ってきた。
シャロンさんは三分の一が適正だと言っていたから、もうちょっと頑張らねばなるまい。
新しく張られた依頼書に早速適正チーム名をアルファベットで書き入れると、俺の仕事は終わりになる。
後はここで結果の報告を待つだけなんだけど。…退屈だよな。
暇に任せて、テーブルで天文台とそれを基準とした測量標識の考え方を纏め始めた。
姉貴がバビロンから貰ってきた天体望遠鏡は赤道義だよな。屈折式だからミーアちゃんの海賊望遠鏡の大型版になるから、少しは理解が得られるだろう。
天文台の中心にこの望遠鏡を設置するとして、やるべき事は先ず南北の正確な直線を引く事だ。
この直線が経緯座標のゼロになる。
そして、任意の位置に東西の直線を引く。これは建設上の座標だから、適当で良い筈だ。
そして、座標の交点から真直ぐ南に向かった所に最初の測量基準点を作る。後は順次測量点を増やせば良い訳だ。3kmを1つの目安とすれば良いだろう。次に、この測量点を基準にして2次測量点、3次測量点を作っていけば良い。
そんな事を考えていると、ギルドの扉が開いてセリウスさんがやって来た。シャロンさんと2,3話をすると、俺のいるテーブルに来て対面に座る。
早速、パイプを取出したので、俺もタバコを取り出してジッポーで火を点ける。勿論セリウスさんのパイプにもだ。
「中々飲み込みが早いとシャロンが言っていた。良い職員になるだろう。」
「母親の手伝いを小さい時からしていましたからね。ところで、セリウスさんは王都に戻られるんですか?」
「あぁ、ジェイナス防衛隊の編成途中だからな。教導隊に任せてはいるが、アルト様達の活躍を知っている奴が多すぎて、鎧と旗にこだわり過ぎているのだ。一番人気はミーアの夜襲部隊なのだが、人間は何故入隊できないのかと俺に詰め寄る始末だ。」
あれは、目立つからね。でも、人間の夜間視力は限定されてるから、その辺をきちんと説明すれば納得してくれると思うんだけど…。
「人間では視力が限定されます。絶対に入れるべきではありません。隊の動きが制限されます。」
「それは、俺も理解しているつもりだ。…そこで、奇襲部隊が次の人気となる。」
それも理解出来る。かっこ良いもんな。
「お蔭で奇襲部隊だけで1,000を越える。はたして奇襲部隊と言えるのか疑問もある。」
それって、主力軍って言うような気がするぞ。
「後は、機動バリスタ部隊が200。その援護部隊が300。夜襲部隊が100。輜重部隊が100。残り300をどうするかが問題だな。」
俺としては、残り300を奇襲部隊にすべきだと思うぞ。
「テーバイでの戦いで、サーシャちゃん達があっちこっちに地雷や、柵を作ってましたね。…それを専門に行なう兵種を作ってはどうでしょうか。」
「工兵という事か?…また揉めそうだな。」
「唯の工兵ではありませんよ。敵陣近くで戦闘の最中にいろんな仕掛けを施す兵種です。当然戦闘に巻き込まれる可能性があります。弓と爆裂球付きの矢で応戦する事だって多々あるでしょう。」
「機動性を持った戦闘が出来る工兵か…。面白い案だな。」
「戦闘工兵をつくるのか?」
その声は早速依頼を1件片付けてきたユングだった。
たたたーっと俺のところにやってくると、俺の手を握る。
「良いか。戦闘工兵の武器はロケット弾だ。俺が似た奴を作るから絶対にそれを作るんだぞ!」
何か、確たる物があるんだろうか。俺とセリウスさんは顔を見合わせた。
「良い案があれば、この村の株式会社の社長に相談すると作ってくれるぞ。ユリシーさんと言ってドワーフ族だ。」
任せとけって親指を上げて俺にアピールしてるけど、大丈夫なのかはちょっと疑問だ。この世界には俺達が自由にできる火薬がない事をユングは知っているのだろうか?
ユングはニコニコしながら次の依頼書を手にとると、シャロンさんの確認印を貰ってギルドを出て行った。
「変わった娘だが、お前の友達と言うのは本当なのか?」
「あれで、男なんですよ。姿は変わりましたが男として扱ってやってください。本人も喜びます。そして前に住んでいた国の友人なんです。彼もこの国に来ているのを知って俺達も驚いてるんです。」
「それなら俺も男として扱うが、不思議な話だな。」
「あまり気にしない方が良いですよ。俺よりそっちの方は詳しいですから、少しは頼りに出来るんですが、あまり期待はしないでください。」
「それは、かまわん。先程アキトの言った通りでも十分な働きが出来よう。参考になった。ありがとう。」
そう言ってセリウスさんは俺の手を握った。
それから5日後に俺の家に持ち込んだユングの新型兵器はバズーカ砲みたいな物だった。
火薬を使用しないでバネの力で爆裂球を飛ばす装置なんだが、驚く無かれ試射で120mも飛んだ。
筒を担いで、筒についているレンズの無い照準器の十字線に100m先の的を重ねると、百発百中の命中率を誇る。
ユングに言わせると、戦闘工兵はこれだけ持たせれば良い。何て言ってるけど、セリウスさん達はどう評価するかだ。
御后様は50台程作ってセリウスに送るようにユリシーさんに言っていたけど…。
・
・
「やっと通常に戻ったとシャロンが言っておったぞ。そろそろ、ギルドの依頼を離れて遊びたいものじゃ。」
食後のお茶を飲んでいると、真っ先にアルトさんがそう言い出した。
他の嬢ちゃん達もうんうんと頷いている。
「そうだね。そろそろ狩猟期の時期だし、サーシャちゃん達は今年も上位を狙うんだろ。」
「上位と言う訳ではないが、我らの狩りの腕を試す場として参加しようと思っておる。」
「となると、私達も屋台の準備をしないといけないわ。」
そんな話をしていると、トントンと扉を叩く音がする。早速、リムちゃんが扉を開けると、御后様が立っていた。
リムちゃんが御后様の手を引いてリムちゃんの隣に座らせてる。サーシャちゃんよりお婆ちゃん子になってきたぞ。
「皆、ご苦労じゃった。まさか、こんな事態になっておるとは、我もまだまだじゃな。…ところで、もう直ぐ狩猟期じゃが…。」
「今、その話をしていたのじゃ。サーシャたちは例年通りとしても、我等は屋台の準備をせねばならぬ。」
御后様の話を途中でアルトさんが強引に引き取った。
「まぁ、待て。…例年通り、ハンターが集まるかを気にしていたのじゃ。」
確かに、この村は何とか一段落したけど、他の村や町はどうなのかちょっと気にはなる。
「多分例年の半分も集まらぬと思うておる。そこでじゃ、リザル族の若者をハンターとして迎えてはどうかと思うての…。」
「リザル族の勇猛さはハンターなら誰もが知っているはずです。俺は異存はありません。」
「問題はあの容姿を村人や商人が何と思うかです。人は自分達と異なる容姿に本能的に嫌います。」
姉貴が御后様にお茶のカップを渡しながら言った。
「じゃが、お主達、そして御用商人達が何隔てなく彼らを遇したらどうであろう。」
「領民の目は変わるでしょうね。少なくとも嫌悪感は減ると思います。」
「彼等も自分達を奇異な目で見られておる事は知っておる。そこを何とかこの祭りに呼ぶのじゃ。彼らの誇りを傷つけるような事はしたくないのじゃが…。」
リザル族にしても、良い機会だと思う。冬を前にした現金収入は彼等の冬越しの食料を手に入れるために有効に寄与するだろう。
ある程度の領民の好奇の目は、自分達の任務を思えば耐えられるだろうし、場合によってはセリを代行して貰うのも良いかも知れない。
「問題は彼等が狩猟期に登録する代金を持っていないことです。それと、武器は確か石器ですよ。」
「それは我が用意しようと思う。思えばモスレムの領民となっておるが何一つ援助を与えておらん。前にカナトールの監視を頼んでおるのじゃ。その報酬という事であれば、義に厚いリザル族であれば受取ってくれよう。」
そうだった。彼等は援助を良しとしない。それを恥と見る種族なのだ。だが、カナトールの監視の礼である。と言えば受取るだろう。
「問題は誰が届けるかという事ですね。」
「その通り。道は遠く、山道じゃ。ガルパスを使うのも困難な場所に彼等はおる。」
確かに、あの道は岩場、森、そして沢まである。ガルパスでは無理だ。
ん!…丁度良いのがいるじゃないか。ユングに頼もう。
あいつの身体機能は通常で俺達の2倍はあるといっていた。荷物を魔法の袋で運べば2人いるから何とかなるんじゃないかな。
次の日、早速俺とユング達を御后様は山荘に呼び出した。
山荘の侍女は俺達をリビングに通すと、そのテーブルの上には武器が並べられていた。
直ぐにやってきた御后様にユングを俺は紹介する。
ユング達は俺達と同様に革の上下を着込み、腰に付けたバッグは前よりも大型だ。相変わらずレッグホルスターにはベレッタを入れており、腰のバッグの後から斜めにナイフが飛び出している。頭の帽子も革製のキャップ型だが耳と首を被うようなカバーが着いていた。
「アキトの古い友人と聞く。すまんがこれをリザル族の族長に届けて欲しいのじゃ。」
そう言って御后様は、折畳んだ書状をテーブルの上に置いた。
「俺達は今まで表に立って行動する事を控えてきました。アキトの頼みでもありますから、今回はお受けいたしますが…。」
「分かっておるつもりじゃ。今回は時間が足りぬ。今回だけは頼まれて欲しい。」
「この村には、天文台を作り、地図を作る為の測量技術を教えるまでは滞在しています。ですが、俺達をあまり頼らないで下さい。何れこの地を去ります。その時に困る事態になりかねませんので。」
「その通りじゃ。我等もアキトを頼りにはしておるが、何時までもこの地におる保証はない。出来る限りその知識を収集しておるが、時間が足りぬ。指標を示して貰いそれに辿り着くのは我らの努力次第となろう。」
「そこまで分かっておられれば十分です。リザル族の族長とは1度面識もありますので早速出かけましょう。それで、持参するのはこのテーブルの品ですか?」
「そうじゃ。その端にある魔法の袋を使うが良い。その袋も先方に渡してかまわぬ。」
ユングは袋に次々と武器を入れる。槍の穂先が20個、短剣が10個、そして斧の頭が20個だ。その外に大鍋や穀物の袋もあった。
全てを2つの魔法の袋に詰め込むと、ユングとフラウの腰に付けたバッグに押込んだ。
「では、行って参ります。」
そう言うと、リザル族の住むアクトラス山脈の北西にある森を目指して駆けて行った。
たちまち2人の姿が見えなくなる。