#261 光の糸
クオークさんの執務室は学校の教室位の大きさだ。その内の半分以上は本棚が占めている。
俺と姉貴が部屋を訪ねると、窓際の机から席を立って駆け寄ってきた。
「これは、これは…。まぁ、どうぞ、こちらに…。」
俺と姉貴を小さなテーブルセットに案内すると、俺達をここまで案内してくれた侍女にお茶を頼んでいる。
俺達が椅子に掛けたことを確認すると、早速クオークさんが質問してきた。
「王宮に来られたという事は、スマトルの軍勢に勝利したという事ですね?」
「勝利…では無く、相手が勝手に軍を引いた。と言うのが正しいと思います。でも姉貴は向こう10年は攻めて来ないだろうと言っていますから、まぁ、勝利と言っても良いでしょうね。」
「となると、次は父君の代になるんでしょうね。私もそれまでには国政に参加する事になると思います。…考えておかねばなりませんね。」
クオークさんは遠い目をしながら思案中だ。
そんな時、扉が軽く叩かれ侍女が2人お茶を運んできた。
俺達の前に出されたお茶は木製のカップではなく、陶器だった。そして、その色は薄い灰色…。クオークさんも努力しているようだ。
「どうですか?…大分良い色が出せるようになってきました。」
「更に、努力して下さい。まだまだ雪の色には遠いですよ。でも、よくここまで色が出せましたね。」
「あれから、4回焼きました。これが最新作です。…アトレイムの伯母様にこれを贈りました。とても喜んでくれました。」
きっと、あのサロンで皆で飲んでるんだろうな。
「実は、今回訪ねたのは…。」
「例の件ですね。…ちょっと待ってください。」
本棚の一角に歩いて行くと、棚の本を1冊少し引き出した。続いて下の段の本を同じように引き出す。その後で隣の本棚の本を数冊纏めて押込むと本棚の下段が横に開いた。
その中の分厚いノートを取り出すと俺達のテーブルに戻ってきた。
「厳重なんですね。」
「あまり人に見せたくないんです。場合によっては禁忌に触れないかと心配しているものですから。」
大神官の態度を見ると禁忌とまでは言えないと思うが、将来の国王となる立場上
不用意な行動はやはり避けるべきものなのだろう。
「私を訪ねられたのは、多分バビロンについてだと思います。…大森林の遥か南で夜を照らす光の話を前回伺いました。
南方諸国と貿易する商船の船乗りを御用商人を介して、会席の場でその話をしてみました。
これがそうです…。」
そう言って、俺達の前に2枚の文書を差し出した。
その紙には、びっしりと文字が書かれている。几帳面な字は読みやすい。こんな所にも人格が出ているようだ。
「その場で書き留めた話を要約したものです。2式作りましたから、それはお渡しします。そして…。」
「もし、あの光の場所を訪ねて分った事があれば、クオークさんに必ずお話しましょう。」
俺の言葉にクオークさんは力強く頷いた。
「その文書には私が判断出来ないことが書かれています。何箇所かについては大神官にも相談しましたが、彼にも判りませんでした。特に私が奇異に思ったのはこの部分です。」
クオークさんが指差した場所には…。
『…光の塔は天空と光の糸により結ばれている…』
「これって…!」
「あぁ、多分間違いなくレーザー通信で静止衛星と交信している。」
「軍事衛星かな?」
「判らない。でも調べる必要はあると思う。万が一にもまだ運用可能な兵器があるなら、この世界では避ける手段が無い。」
「光の糸とは、通信機能の事なんですか?」
クオークさんが俺と姉貴の話が途切れたところで聞いてきた。
「光球を使った発光式信号器の話は聞いた事があると思います。あの通信機は昼間は余り役立ちませんが、夜間なら100M(15km)を超えた場所で互いの意思を通じ合えます。
光は通常拡散して広がります。近付けば明るく、離れれば暗くなりますね。ところが、拡散しない光もあるんです。それを使った信号は遥か彼方との遣り取りも可能です。それこそ、ジェイナスと月の距離でもね。」
「となると、通信相手が問題ですね。天空とは神なのでしょうか?」
クオークさんは真顔で言ってるな。この世界では神は実在するのだろうか?…もっとも、俺達がここにいるのも、神の仕業ではあるんだけどね。
「神ではないと思います。前の文章を訳した時に、星空の彼方に旅立った者達の話がありましたね。
俺達の時代でも、星空に行く事は出来たんです。そして、天空の遥か高い場所には沢山の衛星が浮かんでいました。それぞれの役割を持ってね。
天気の移り変りを予測する物や、現在の居場所を教えてくれる物、通信の補助を行ってくれる物等様々です。
そして、その中には軍事利用の為の物も当然ありました。
俺と姉貴が危惧するのは、光の塔と呼ばれている物と通信を行っている相手が軍事用の衛星ではないかという事です。」
俺の言葉にクオークさんは一瞬カップを落としそうになった。
「世界を滅ぼしかけたという兵器に関わりがあると…。」
クオークさんの呟くような声に俺は頷いた。
「実は、エントラムズの南方の山にまだ稼動中の兵器を見つけたんです。」
俺の言葉に今度こそクオークさんはテーブルにカップを落としてしまった。
「本当ですか?」
「稼動中と言っても、一瞬で全ての力を出すのではなく、爆発せずに力を出し続けていると言うのが実情です。ある圏内に入るととても疲れやすくなります。俺達への害はその程度でとどまっていますが、この後何千年その状態が続くかは予想出来ません。」
「燻ぶってるような感じですね。実害が狭ければ無視しても構わないという事ですね。」
その通りと頷きで応える。
「超磁力兵器と書かれていましたね。…俺達が心配するのは、その兵器を光の塔からの通信により発射する事が出来るかどうかです。もし出来るのであれば、ディーの力で破壊します。」
「多分、貴方達で無ければ出来ないでしょうね…。それと、これも気になります。
」
そう言って、クオークさんは2枚目の紙の一箇所に指を這わせる。
『…光の塔の周囲には、金属の甲冑を纏った兵士が1人警護を行っている。四六時中、休むことなく、食事も取る事は無い。そして、近付く者あらばたちどころに光の矢を射るであろう…。』
「ディーさんに似ていませんか?」
「確かに…。警備用ロボットがいるんだ。でも、1体ならば何とか出来る気がするな。」
俺の言葉に姉貴が頷いた。
その後は、テーバイでの戦いの様子をクオークさんに説明し、部屋を辞する時に再度、光の塔の報告をしますと約束して俺達は用意された部屋に戻った。
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数日後、バビロン探索の計画を話し合う為に、俺達の部屋に全員が集まった。
集まったのは俺と姉貴に嬢ちゃんず達の4人それに御后様とディーの8人だ。
どうやら、王様は負けたらしい…陰ながら応援してたんだけどな。
テーブルに集まった全員の顔ぶれを姉貴は眺め終えると、計画を話し始めた。
「明日、サーミストの港まで出掛けて、そこから船でバビロンに向かいます。ガルパスで一気に駆けるから明日中には港に着けるでしょう。
港から、サーミストの商船で大森林地帯に流れていた川の河口付近まで運んでもらい、その後は小型の船で岸伝いにバビロンに向かいます。
往復で10日を予定していますが、食料は15日分を用意してください。水も1人樽1個分を用意する必要があります。
何が出るか分りません。爆裂球と爆裂ボルトは十分に用意する事。…以上です。」
「やはり、海上を行く事になるのじゃな…。」
「はい。陸上ではレグナスを始めとする大型の獣が多すぎます。海上での接近は過去に度々例がありました。もっとも光の塔に入る手段が分らずに断念しているようですが…。」
御后様の問いに姉貴が応える。
「海上に化け物じみた生き物は出ないのじゃな?」
「クオークさんの聞いた中には出て来ませんでした。もっとも、見た者が全て殺された場合は伝聞も無いと思います。」
いるけど、見た者は全て海の底は嫌だな。とりあえず投槍を数本買っていくか。
「光の塔に入れなければ、それで終わりなのじゃな。」
「そうです。ディーのレールガンで破壊も考えましたが、天空との通信を一方的に停止した場合には、反撃が予想されます。」
信号が途絶え時に作動する。安全保護系の設計理念だけど物騒な話だ。
「チロルはサーミストで預かって貰えるの?」
「ケルビンさんが責任を持って預かってくれるそうよ。」
姉貴の答えに満足したのかミーアちゃんはニコリと微笑んだ。
「最後に1つだけ、…光の塔の守護者を倒す必要があります。問題はこの守護者と光の塔がどのような連携を取っているか分りません。守護者を倒す事で万が一にも光の塔の通信光に異常があった場合は…この場合は塔を破壊してでも状況確認を行います。」
「私は上位システムとのリンクを常時持つような設計にはなっておりません。設計思想は踏襲されていくものですから、先程のミズキ様の話は非常に低い確率です。」
「要するに、そんな心配は殆ど無い。って事だよな?」
姉貴の話を補足したディーに俺が問うと、ディーは大きく頷いた。
「どんな時でも油断はせぬ事じゃ。それに無事に辿り着いて帰って来た者もおる様じゃ。それ程心配せずとも良かろうと思うぞ。」
そんな話をした後で、俺達は王都の武器屋、雑貨屋に繰り出した。
ミクとミトが気になったので御后様に聞いてみた。
「心配無用じゃ。ミケランが先程、2人を連れてエントラムズに旅立った。向こうにはセリウスもおるしのう。」
そんな話をしながら早速武器屋で投槍を買う。10本もあれば良いだろう。なるべく穂先の長い奴にしておいた。
後は、雑貨屋で樽を3つ。10C(20ℓ)は入るから、十分だろう。俺と姉貴とディーの分だ。ディーは水は必要ないから、予備の水樽になる。
後は、適当に日持ちするビスケットのような黒パンと干し肉、それに乾燥野菜を購入した。余れば冬の食料にすれば良い。
次の日の朝早く、ガルパスに分乗して一路サーミストの港に向う。
サーミストの王都は通過するだけにしておく、寄れば歓待してくれると思うけど、今は目的がある。
サーミストを出て最初の街道脇の休憩所で昼食を取る。簡単な黒パンサンドを焚火で沸かしたお茶で流し込む。
サーミストの王都から真直ぐ南に伸びた街道の終着点が港町カリストになる。
俺達がカリストに着いたのは、日が暮れた後だった。
「…失礼ですが、アキト様達でしょうか?」
カリストの楼門は石作りで中に50m程の広場を持っている。俺達が広場で一休みしていると、身成りの良い青年が俺に声を掛けてきた。
「はい。俺がアキトですけど…。」
「お待ちしておりました。…準備は出来ております。どうぞ、こちらに…。」
そう言って、俺達の案内を始める。
御后様を見ると軽く頷いてるので、申し合わせ事項なのだろう。俺達は青年の後をぞろぞろとガルパスで付いて行った。
案内された建物は石作りの3階建ての大きな館だった。海の近くなのだろう…、風に潮の匂いが混じっている。
「ガルパスはここにおいて結構です。私共が責任を持ってお預かり致します。」
俺達はガルパスを下りると青年の案内で館に入っていった。
外側も大きいけど、中も大きい。エントラムズのサンドラさんの家よりも大きいぞ。
青年に案内されるままに大広間に入った。
「どうぞお掛け下さい。間も無く当主のケルビンが参ります。」
そして、ケルビンさんは沢山の料理を持った侍女達を従えて現れた。
「夜分のお着きで、さぞやお疲れの事でしょう。挨拶は夕食を頂きながらと致しましょう。」
その言葉を合図に侍女達が俺達の前に沢山の料理を並べ始めた。
「ケルビン、無理を言って済まぬな。」
「何のこれしき…。連合王国の至宝と言われる方々を私の家にお招き出来て、私も鼻が高いと言うものです。…さぁ、冷めない内に召し上がってください。」
その言葉で俺達は目の前の料理を食べ始めたのだが…美味い、流石港町だけの事はある。海鮮料理は言う事が無い。しいて言えば醤油とワサビが欲しかった。
「準備は全て整えてありますが、本当に出かけるのですかな?」
「前に大森林地帯の双子山で野宿した時、南方遥か遠くに不思議な光を見ました。その理由を私達は知りたいんです。」
「そうですか…。私は商人です。力もありません。ですがこの歳になって1つ分かった事があります。…知らなくても良いものは、そっとしといた方が良い。という事です。」
「それも、真理だ思います。でも私達は、…知る事が出来る事は、知っておくべきだ。というもう1つの真理を尊重したいと思います。」
「なるほど…。それがハンターなのでしょうなぁ…。」
ケルビンさんは感心している。
「それはそうと、アキト様。昨年頂いた算盤ですが、あれを量産しても宜しいでしょうか?…あれは、便利です。売り上げの3割を提供いたしますが…。」
「どうぞ、量産してください。私への報酬は必要ありません。もし、ケルビンさんのばつが悪ければ、大神官様に寄付願います。大神官様は算盤を使うことが出来るような教育を考えておいでです。それと、他の商人達もきっと量産しますよ。」
「実は、もう作り始めているのです。当然他の商人達も始めているでしょうな…。しかし大神官殿が、そうですか…。これは良い雇い人を手に入れられそうです。」
食事が済むと、酒が運ばれてきた。真鍮のカップに注がれた酒は葡萄酒のようだ。
そういえば、マリアさんのところは上手くいっているのだろうか。
そんな事を考えながら冷えた葡萄酒を味わった。