#259 王都血戦 2nd
第1障害の背面に移動して1分もしない内に最初の敵兵が障害の上に姿を現した。直ぐに数本の矢とボルトを浴びて障害の向うに倒れ落ちる。
そして、敵兵からの爆裂球投擲が始まった。
周辺の屋根や俺達のいる大通りに適当に投げ込んでいるようにも思えるが、あちこちの屋根や崩れた壁に味方の兵が潜んでいるから、それなりの効果があるんだろう。
敵兵が爆裂球を投げている間は、屯田兵も爆裂球を投げる事が出来ないようだ。
何か、交互に爆裂球を投げ返しているのを見ると、可笑しくも思えてきた。
敵兵の投げる爆裂球の炸裂に呼応して敵兵が障害を乗り越えてくる。
ディーと俺が応戦し、周囲の屋根から爆裂球の炸裂を物ともせずに屯田兵がクロスボーで次の障害に走ろうとする敵兵を倒していく。
そして、亀兵隊の投げる爆裂球が炸裂すると、大通りに少しの間静寂が訪れる。
しかし、それもつかの間だ。更に大勢の敵兵が障害を越えて、俺達や周囲の民家に爆裂球を投げ込んで次の障害を乗り越えていく。
敵兵と共に障害を越えてきた大蜥蜴のスカルタに鉄球を叩き込み、空から投下される爆裂球を慌てて民家の影に隠れて避ける。
まだ、いるのか?…と空を見上げると数匹が旋回しているとこれに対空クロスボーのボルトが炸裂して1匹が落ちてきた。
大蝙蝠の完全殲滅にはまだ少し時間が掛かりそうに見える。
ディーが民家の窓に片手を伸ばして、引き出した物は…集束爆裂球だった。グルグルと振り回した爆裂球に数人の敵兵が吹き飛ばされる。
そして、ディーはそれを障害の直ぐ向うに投げた。
急いで、倒れた敵兵の影に身を伏せた途端にドオオォン!!っと【メルダム】並みの炸裂音と障害の残骸が吹き飛んでくる。
ぱらぱらとまだ残骸が降ってくる中に立つと、あちこちの民家の窓や屋根から味方の連中が顔を出す。
無茶をするな!と俺に視線で非難しているように見えるけど、やったのはディーだぞ。
直ぐに敵が障害に群がって来たのだろう。屋根の上から一斉に爆裂球が障害の向こう側に投擲された。
ドオォン!…ドオォン!っと連続して炸裂している間は敵兵も障害を乗り越えて来ない。
そして、また敵兵が俺のところに爆裂球を投げてくる。
先程の民家の崩れた壁に身を隠したついでに、ちょっと休憩だ。
タバコを1本取り出して火を点ける。
グルカを強く振って血を払うと、腰のケースに入れて置く。乱戦ではこのモーニングスターの方が役立つんじゃないか。
そんな事を考えていると、目の前をのそのそとスカルタが歩いて行くのが見えた。
素早くスカルタに走り寄るとその頭に鉄球を叩き込む。
一撃で甲高い声を上げて、スカルタは息絶えた。
咥えタバコを落として足で踏み消しながら障害の方を見ると、また一軍の敵兵が障害を乗り越えてきた。
ディーを組み易しと見てるのだろうか?数人がディーに長剣や槍を突きつけて襲い掛かるが、ディーは軽く瞬殺してるぞ。
俺の方には2人が向かってきたが、鉄球を腹に喰らって2人ともその場に倒れた。
10人程が次の障害に取り付いたが、障害を上りきる事無く屯田兵のクロスボーを受けてその場に斃れた。
やって来た獣は鎧ガトルとスカルタだけのようだ。
鎧ガトルの方は第1障害を越える事が出来ないらしい。スカルタだけが障害を乗り越えてくる。
しかし、スカルタを投入したのはどうかと思うぞ。障害を越えてくるスカルタの口の回りは血まみれだ。スカルタには敵味方の区別が付かないと見える。
「ケイオス様の部隊が西の壁の南端まで進出しています。サーシャ様の部隊が南東1,000に移動しました。アルト様の部隊は後方3,000で周辺を偵察中です。セリウス様の部隊は南南西方向から敵部隊を強襲しています。
東の敵兵はテーバイ正規軍に海辺まで追い込まれています。更に東に逃亡する敵兵達は遊牧民の戦士と戦闘中です。」
ディーに近づくと振り返ることも無く俺に状況を伝えてくれた。
包囲網は完成しつつあるから、もう少し頑張ればこの戦いも終わりだな。
通りの中程に歩き出した俺の足元に爆裂球が落ちて炸裂した。
ドオォン!っという音と衝撃が一瞬俺を包み込む。前方に突っ込むように投げ出され、立とうとした足に激痛が走る。
どうやら、足をやられたらしい綿製の足首まであるパンツは無残に千切れ、その布はたちまち血で真っ赤になる。
そして、急速に痛みが引いていく。出血も何時の間にか止まっているようだ。
サフロナ体質…この痛みが無ければいいんだけど、これが体質トリガーになるみたいだ。
立ち上がろうとするときに敵兵の影に気が付いた。横に転がりながらもグルカを引き抜き、立ち上がりざまに敵兵の腹を払う。
大蝙蝠の襲撃で、爆裂球を投擲する間隔が僅かに開いた隙に、通りや屋根に敵からの爆裂球が投げ込まれた。
急いで民家の壁に逃げ込んだ隙に、大勢の敵兵が一斉に障害を乗り越えてきた。
炸裂から身を守っていた亀兵隊達が急いで障害の向こうに爆裂球を投げても、散発的な投擲となり、敵兵の障害越えを阻止出来ない。
ディーが懸命に剛剣とブーメランで敵兵を狩って行くが、わらわらと敵兵が障害を越えて来る。
俺の事も眼中に無いようだ。素早く立ち回りながらグルカを振るっているけど、倒せる敵兵はそれ程多くはない。
どんどん第2の障害を乗り越えていく。
そして、障害の後で爆裂球を使う音が連続して聞えてくる。
第3障害を越えれば姉貴達がいる王宮の前に出る。ここは踏ん張りどころだ!と自分に言い聞かせながら、ひたすらグルカを振るい続けた。
そして、再び障害の向こうで爆裂球が連続して炸裂しだした。
途端に障害を乗り越えてくる敵兵の数が激減する。
「サーシャ様の部隊展開南西500。終わりが見えてきました。」
バリスタの一斉攻撃か…。どうりで炸裂音が遠くに聞えたわけだ。亀兵隊の散発的な爆裂球の投擲も何時しか止んでいた。
「アキト様!敵兵が投降したようです。」
民家の屋根の上からエイオスが俺を見下ろして叫んだ。
急いで、障害の上に上って南を見る。城壁の残骸が残る広場は斃れた敵兵で地面が見えない。
そして、その向こうには項垂れて武器を捨てた敵兵が大勢見える。
双眼鏡を取り出して眺めると、セリウスさんの部隊が監視する中で、ケイオスさんの部隊が投降した兵達を集めているのが見える。
ほっと一息ついた。何時まで続く戦いなのかと思ったけれど、これでテーバイの独立が保たれた事になる。
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その日の夕方テーバイの指揮所には、テーバイ正規軍の指揮官とモスレムと連合王国の義勇軍の指揮官が集合した。
雑穀で焼いたパンとカルート(カンガルー)の焼肉だ。僅かな野菜が入ったスープにワインがテーブルに出される。
テーバイは確かに黄金を産む国に将来は位置するだろうが、今は国造りの最中だ。粗末な食事に思えるが、彼等には精一杯のご馳走に違いない。
「先ずは、スマトル王国の侵略を撥ね退けたことを祝おうぞ!」
女王様の簡単な挨拶に俺達は杯を合わせる。金属製のカップに入ったワインは冷たくて少し甘みがあった。
それ程多くない食事は直ぐに終る。そして、侍女達が俺達のカップに再度ワインを満たしてくれた。
「アキト殿にお願いがあります。唯1人敵軍を迎え撃ったと聞き及びました。5,000の敵兵を前にあの鎧を着て両手に剣を帯びて舞うように戦ったと…。
その時着ておられた鎧は敵の攻撃を受けて、最早着る事が叶わぬようになったとか。我の兵士がその鎧を回収しました。是非、この戦いの勝利とアキト殿の武勇を後世に伝える為、あの鎧を譲って頂けませぬか。」
何か、数時間で話しが大きくなってるぞ。大体俺は、グルカとモーニングスターで戦っていたんだし、あの場にいたのは、ディーも一緒だ。そして、両手に剣ならばディーの事のように思えるぞ。
「元々アキトは鎧を着ていませんでした。あの鎧はこの戦いの最中に着せた物です。かなり痛んでいると思いますが、かまいませんよ。」
姉貴の言葉に女王様が感激している。
「それにしても、稀代の戦上手。あの軍略に長けたラディス国王軍を退けたのですからな。」
テーバイの指揮官の1人が言った。テーバイ軍の指揮官達が頷いている。
「我等は、スマトル王がこの国を併合すると宣言した文を見て死を覚悟しました。併合すれば兵士と指揮官の命はありません。そして我が女王は良くて幽閉でしょう。
せっかく迫害なき国を作ろうと、ここに国を興したのに…と皆で話しておりました。
そこに女王が以前交わした盟約があると…。我等は藁もすがる思いで義勇軍の訪れを待ちました。
しかし、その義勇軍は我らの半分…。これではスマトルの兵力と国王の軍略の前に一蹴されるのが落ちだと思っておりました。」
そう語る指揮官は涙ぐんでいる。余程嬉しかったに違いない。
「でも、女王様は分かっておられますよね。」
「分かっておるつもりじゃ。スマトルの国軍はまだ十分な戦力を持っておる。しかし、テーバイへの侵略は当分無いであろう」
姉貴は勝ったとは一言も言っていない。そしてテーバイ女王もだ。
「どういう事ですかな?」
「スマトル国王は自国の内乱で手一杯になるという事じゃよ。」
ケイオスさんの質問に御后様が応えた。
「結果がどうあれ、国力の疲弊は深刻になるじゃろう。マケルト、カムラムの旧王国領での反乱…中々収束は難しいはずじゃ。再び国外に目を向けるのは早くて10年以上先じゃな。そして、10年あれば…。」
「10年あれば、テーバイを立派な国にする事が出来るでしょう。」
御后様の言葉を女王が続ける。そして、その言葉にテーバイの指揮官達が頷いた。
「投降した敵兵の扱いはどうなりますか?」
「彼等には王都の修復を手伝って貰うつもりです。そして、その後は自国に帰ってもらいます。彼等はこの国に必要ありません。そして、長期間養う手段もありません。」
俺の質問に指揮官の1人が応えてくれた。
「俺から1つ、お願いがあります。スマトル軍は大勢でしたが、その士気は低いと感じました。スマトル正規軍であればもっと果敢に戦ったのではと疑問に思えた事も度々です。ひょっとしたら、この戦に駆りだされた兵達はマケルトとカイラムの軍人なのではありませんか?」
「アキト殿の言うとおりです。侵攻した敵兵力13,000人の内スマトル正規軍は2,000のみ。後の11,000人はマケルトとカイラムの兵達です。」
「となれば、この度の戦いで亡くなった敵兵の多くは併合された国の兵士、戦う事は本望ではなかった筈です。…投降した兵士の最後の仕事として彼等の廟を作ってあげてください。」
「テーバイの女王として約束しましょう。アキト殿がおらずば彼等の勝利でこの戦が終ったはずです。勇敢な兵士の廟に相応しいものを作り上げます。」
俺はカップを女王に向けると、よろしくと言ってワインを飲んだ。
「さて、我等はこれで引き上げるがテーバイの兵を10人程貸して頂きたいのじゃ。我等が使った発光式信号器…これの使い方を教える為じゃが、使えば遠方と話すように連絡が出来る。我としてはテーバイ領地に作った狼煙台にこの信号器と兵士を配して、万が一の連絡手段としたいのじゃ。」
「モスレムの兵士が使っていた、あれですな。光の瞬きで何故文章が送れるのかと皆が不思議に思っていたのです。是非お教え下さい。」
そんな会話で俺達の勝利?の宴席は終った。
次の日。俺は嬢ちゃん達を連れて女王に別れを告げるついでに1つのお願いをした。
是非、この娘達に蚕を見せてやってください、…とね。
俺が秘密を知っている事を理由に、女王は許してくれた。
侍女に連れられて、王宮の地下に下りる。
「ここでございます。4齢の蚕でございます。」
侍女は扉の1つを指差して俺に丁寧に頭を下げる。
「良いかい。この中に絹の秘密がある。正直な話、俺は皆が驚いて悲鳴を上げると思うんだ。…でもね、彼等があの絹を作るんだ。絶対に悲鳴を上げて相手を驚かせてはいけないよ。」
一応、念を押しとく。あまり効き目は無いと思うけど、心の準備は出来るはずだ。
嬢ちゃん達がうんうんと頷くのを確認して、俺は扉を開けた。
嬢ちゃん達が部屋の中を見て目を見開く。そして叫ぼうとした口を互いに掌で押さえているぞ。
その部屋の中には棚状に木枠が作られており、何万匹の蚕がサーっと言う乾いた音を立ててひたすら桑を食べていた。
嬢ちゃん達には白い芋虫を集団で飼育しているようにしか見えなかっただろう。
そうっと俺の後に下がって隠れて部屋の中を見ている。
「あれがテーバイの秘密だ。」
俺の言葉に侍女が次に参りますと俺に伝えた。
侍女の後を付いて少し歩くと侍女が立止まる。
「この中が5齢の最終状態です。」
そっと扉を開いて中を覗くと、さかんに蚕が糸を吐いている。少し繭の形が出来ているのもいる。
「綺麗な繭じゃな…。先程は驚いたのじゃ。…しかし、この繭は絹の光沢があるのじゃな。」
サーシャちゃんは、時間を忘れて蚕が作る繭をうっとりと見つめていた。