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#247 夜間爆撃の始まり 


 夜になると沖に浮ぶ船が黒く海の上に浮んでいるのが見える。例の空母はだいぶ近づいて来たが、それでも入り江のかなり沖合いだ。少なくとも3km以上は離れているだろう。

 ジャブローはすっかり暗闇に閉ざされている。御后様が一切の明かりを禁じているようだ。かろうじて、大型天幕の中に更に布を張ってその下のテーブルに小さな明かりを灯していると、交代に来た監視兵が言っていた。

 ミクとミトはリムちゃんと一緒に、御后様の傍でジッと不安げな様子を見せているのかも知れないけど、あの御后様の事だ。きっと昔話でも聞かせて慰めているに違いない。

 夕暮れ前にアン姫も弓隊を率いてジャブローに到着しているそうだから、万が一、発見されても、迎撃することが出来るだろう。

 北西に見える複数の焚火は亀兵隊の本隊の野営地だ。王都から25km以上離れているから、攻撃対象にはならないだろう。それに、焚火の周りはダミーの人形が置いてあるだけの筈だしね。

 しかし、北東の王都は輝いている。上空に数個の光球を放って警戒しているようだ。

 荒野に浮んだ光球は誘蛾灯のようにも見える。偵察隊と爆撃隊の組み合わせで最初の攻撃が行なわれるのだろうけど、座して待つような姉貴ではない。


 「ちょっと確認してください。屋根の上に明かりが灯りました。」

 監視兵の声に急いで丘に上り双眼鏡を向ける。

 夜間双眼鏡でもあるツアイスは小さく空母を捉えた。そして、その明かりに照らされている黒い粒は大蝙蝠に違いない。

 「通信兵を呼べ。2人共だ。」

 監視兵が下の天幕に怒鳴って通信兵を呼ぶと、直ぐに丘を駆け上がって2人の通信兵が俺の後に座る。


 「王宮とジャブローに通信だ。手分けして頼む。通信は…、空母に動きあり。攻撃開始は時間の問題。…以上だ。」


 通信兵は丘を少し下りると、2方向へ信号を送り始めたようだ。

 「ジャブロー受信確認!」

 「王宮受信確認!」 

 後を振り返ると、ジャブローは先程と変化は無いが、王都は更に数個の光球が打ち上げられた。

 どうやら、姉貴は誘いをかけている様だ。

 

 再度、沖の空母を見ると明かりが瞬くように点滅している。そして、明かりに照らされた黒い粒が少なくなっている。


 「通信兵。急いで送信しろ!通信は…発艦中。…以上だ。」

通信兵がカチャカチャと通信器を操作する。

 「ジャブロー受信確認。以後の返信はせず。以上です。」

 「王宮。受信確認!」

 

 引き続き双眼鏡で屋根を監視する。やがて明かりに照らされて見えていた黒い粒が全て無くなった。隣の空母も同じだ。

 「通信兵。送信しろ。通信は…全て発艦した。…以上だ。ジャブローには3回同じ文を送信しろ。王宮は受信確認だ。」

 

 「後を頼む。また変化があれば知らせてくれ。」

 そう言って丘を下りると天幕の中に入る。直ぐに通信兵がやって来た。

 「王宮受信確認出来ました。ジャブローには3回送信しました。」

 「これでしばらく俺達は役目がない。だれか、2人程天幕から出て、ジャブローと王都を見ていてくれ。王都は直ぐに賑やかになるはずだ。それと、天幕の外では昼までパイプは禁止だ。この中で吸ってくれ。」

 

 亀兵隊が入れてくれたお茶のカップを受取ると、タバコを取り出して一服を始める。

 早ければ10分、遅くても20分以内には王都への攻撃が始まるだろう。

 偵察隊であれば数が少ないから、ここからでは確認出来なかったかも知れないが、100匹以の部隊を動かすとなると、相手も暗闇の中で対応するのは困難みたいだ。


 あれ?…少し少なくないか。

 バルバロッサでの戦いでさえ、使われた大蝙蝠は200匹だぞ。それを1度に運用しようとしていた。俺が確認した空母の数は5隻。1隻に100匹だとしても500匹だ。

 3カ国を合わせた兵力にしては数が少なすぎる…。

 急いで丘を這うようにして上ると、双眼鏡で空母をもう1度見る。

 

 やはりだ。先程1度全ていなくなった屋根の上に黒い物体が並んでいる。

 少し離れたもう1隻も同じように黒い物体が並び始めた。

 通信兵を呼ぶと、王宮とジャブローへの連絡を指示する。


 「良いか?…この監視所から6M(900m)位東に移動して送信するんだ。通信は、…敵波状攻撃準備中。以上だ。」

 通信兵は頷くと丘を下りて天幕に入っていく。

 直ぐに天幕の反対側からガルパスに乗って東に駆けて行った。


 ドドォーン!っと、遠雷のような音に振り返ると、王宮の上空が光で溢れている。

 屯田兵達が一斉に対空用クロスボーを発射したようだ。

 王都の中がたまに明るく輝くのは大蝙蝠から投下された爆裂球が炸裂しているのだろう。

 マハーラさん達の魔道部隊にサフロナ使いが2人いる。と言っていたから、即死しなければ何とかなるんだろうけど、それでも被害は出ているはずだ。

 双眼鏡で王都の上空を見てると、一瞬光に視界が包まれた。姉貴が【メルト】がいっぱいを使ったのだろう。

 その攻撃を境に、王都の上空を飛ぶ大蝙蝠の姿が減っていく。帰還するのかな…。

 

 空母の上で光が瞬く。大蝙蝠が発進していくようだ。

 そして、空母の上空で爆裂球が炸裂する。

 たぶん、先発した攻撃部隊への合図なんだろう。空母の屋根の上には黒い物体がないからね。着艦を許可する!って感じかな。

 急いで、通信兵を呼ぶと、攻撃部隊第2波の出撃を確認した旨の連絡を指示する。

 

 通信兵が俺の傍に低い姿勢で近づいてきた。

 「王都とジャブローに波状攻撃準備中を送信しました。王都の返信確認に時間がかかり今戻りました。」

 「ご苦労様。次の攻撃部隊が発進したよ。更に続くかも知れないから、天幕で休んでいてくれ。」

 

 そして10分程経過すると、またしても王都から遠雷のような音が響いてきた。

 爆裂球の炸裂音と【メルト】、【メルダム】の炸裂音が混じって聞えてくる。

 今度の攻撃は王都の南の壁と楼門に集中して行なわれているようだ。王都の外側でも爆裂球が炸裂している。

 数分間の短い攻撃が終ると、急に王都の上空が静かになる。何箇所かで火災も発生しているようだ。


 あちらは姉貴に任せて、また沖に浮ぶ船を見る。

 相変わらず、空母の上には明かりが灯っている。さっきまでは気付かなかったが、箱舟が2つ空母を挟んで並んでいる。何か作業をしているようだが、低倍率ではそこまでは分からない。


 それでも、詳しく見てみると屋根の上にあった黒い影が見えなくなっているから、大蝙蝠の収容作業と見るべきだろう。

 空母から火矢が空に上がるとまた屋根の上に黒い影が並び始めた。


 「あちらに船が見えます。」

 監視兵の指差した方向に双眼鏡を向ける。

 あれは、櫂の付いた箱舟だな。…6艘が中型の軍船に引かれて陸地へと向かっているみたいだ。自分でも漕いでるし、積荷も軽いのだろう。空母の動きと比べて比較に成らないほどの速さだ。

 

 俺は監視兵に双眼鏡を渡すと、一旦天幕の中に戻る事にした。

 灯火管制をしているから、天幕の中は炭火の薄明かりだけが光源だ。

 熱いお茶を渡してくれた亀兵隊が小声を出す。


 「ここは、天幕の上に土を乗せてますから、パイプは大丈夫ですよ。」

 ありがたく一服を始めながら、通信兵を呼び寄せる。

 

 「岸に6艘の船が向かってる。自走式の箱舟だ。上陸する可能性が高いから、連絡だけしておこう。上陸するとしても夜明け前後になると思う。」

 俺の言葉に通信兵は、厚い布で包んだ発光式信号器を抱えてガルパスに乗り天幕を出て行った。


 「夜明けを期した強襲ですかね?」

 「たぶんね。…だけど数が少ない。威力偵察ってところじゃないかな。」

 エイオスの問いに応えながらタバコの吸殻を炭火に投げ込んだ。


 「北西より亀兵隊が接近してきます。」

 監視兵からの知らせを受けて天幕の外に出ると、遠くから特徴的なガルパスの爪が土を掻く音が聞えてくる。

 やがて、姿を現したのは大鎧に身を包んだミーアちゃんだった。亀兵隊の連中もミーアちゃんの鎧の色に合わせた胴丸を付けているはずだ。


 「この監視所は私の部隊が引き受けます。アキトさんは、一旦ジャブローにお帰りください。」

 そう言ってテキパキと亀兵隊を監視所に配置していく。

 迷彩天幕はそれ程大きな物ではないので、明日にも拡張するそうだ。その為の材料も積んできたと言っていた。


 「これを渡しておく。使い方は今から教えるから。」

 俺はミーアちゃんにフィールドスコープを渡して丘に登ると、明るい王都に焦点を合わせながら、使い方を説明した。ズームの使い方も合わせて説明する。

 「ミーアちゃんの望遠鏡だと沖の船は良く見えないはずだ。でも、これを使えば良く見えるから…。」

 「分かりました。王都ではかにゃりの被害が出ているようです。お兄ちゃんも怪我等しにゃいでくださいね。」

 「あぁ、頑張るよ。」

 そう言ってミーアちゃんの頭をガシガシと撫でる。兜はガルパスに乗せてるようだ。

 「それと、ミーアちゃん達の鎧は夜は目立たないけど、昼間は物凄く目立つんだ。迷彩布をかぶって監視するんだよ。」

 小さく頷いて俺の傍を離れる。

 

 「出発の準備出来ました。これはお返しします。」

 ミーアちゃんが俺から離れるのを待っていたように、エイオスが双眼鏡を俺に渡しながら言った。

 「じゃぁ、出かけるぞ。俺達はジャブローが本拠地になる。」

 

 天幕の外れに待機していたバジュラは俺に気が付くとカチャカチャ爪音を立てて近づいてくる。

 ヒラりと飛び乗って外に出ると全員が揃っていた。

 エイオスを呼んでネコ族の亀兵隊に先導を頼む。一列になって北に向かう時、ふと振り返るとミーアちゃんが手を振っていた。大鎧だからミーアちゃんに違いない。俺も手を振って応える。


 一旦北に向かい、途中で進路を北西に取る。何時も同じように走っていると道が出来てしまう。監視所の発見を遅らせるためになるべく目立たないように行動する。

 俺達は湿地帯を大きく左に迂回してジャブローに入って行った。


 部隊をエイオスに任せて、大型天幕に向う。

 大きなテーブルの真中に燭台を置き2本の蝋燭の灯火が揺れていた。

 「ご苦労じゃったな。…どうやら第3波の攻撃は無いようじゃ。」

 御后様の向かい側に座ると従兵が軽い食事を運んで来た。

 「長い夜になりそうじゃな。…今の内じゃ、簡単に食事を取るが良い。」

 

 「状況はどうなんでしょう?…監視所からも王都から火の手が上がるのが見えましたが。」

 「王都の町並みは基本石作りじゃ。あの程度の攻撃で炎上する事はない。あれは、ミズキの欺瞞じゃよ。」

 「そういえば、陸戦部隊が上陸しようとしていますけど…。」

 「テーバイ側が対応するそうじゃ。自走箱舟は獣を運ぶ手段と彼等は言っておるそうじゃ。」

 御后様の前にありテーバイ地図には部隊配置が駒で示されている。御后様の手駒は俺とリムちゃんの騎兵隊30人、アン姫と弓兵40人、後は、フェルミさん率いる屯田兵100人とジュリーさんの魔道師5人だ。もっとも、御后様には5人の近衛兵が従兵としてネイリー砦から来ている。

 そして、俺達各部隊の隊長は小隊長を連れてこのテーブルを囲んでいる。

 俺の隣にも何時の間にかリムちゃんが席に着いてるし、テーブルの後で他の小隊長と共にエイオスも待機している。


 「しかし、どうにか王都は凌げたようじゃ。怪我人もかなり出ているようじゃが命に別状のあるものはいないと言っておった。」

 「市民に犠牲は無かったのでしょうか?」

 「それは我も気になって訊ねたのじゃが、問題はないという事じゃ。」


 失礼します!と天幕の中に声を掛けると、弓兵の1人が折畳んだ紙を御后様に渡して戻っていった。

 「ふむ…。少し脅かすそうじゃ。何をするかは知らぬがやられてばかりでは面白くなからのう。」

 そう言って紙を俺達に見せてくれた。威力偵察を試みる。と記載されているけど、姉貴はディーを使うのか?

 

 「通信状況報告!…デルとサフの間で距離情報と方角情報の交信傍受しました。」

 やはりレールガンを使うつもりのようだが、射程は2km程度じゃなかったかな。海上を走って射程圏内まで進めれば何とかなるかも知れないけどかなりのエナジーを消耗するぞ。


 ところで、ミクとミトの姿が見えないんだけど、どうしてるんだろう?

 「どうした、婿殿。きょろきょろと辺りを見ているが…。」

 「いやぁ、当然ここにいるはずの2人が見えないので探していたんですけど…。」

 

 「ミクとミトなら櫓の上じゃ。ここを基点とした通信を一手に行なっておるよ。弓兵が伝令を兼任しながら世話をしておるから安心致せ。」

 御后様がそう言って見張り台の方角を指差す。


 「驚きましたわ。光の点滅を話を聞くように理解しているのですよ。」

 アン姫がそう言って俺を見たけど、俺としてはちょっと心配だな。櫓から落ちたりしたら大変だぞ。

 「まぁ、婿殿が心配するのも無理はないのじゃが…、あの2人以上に発光式信号器を使いこなせ且つ、信号を読み取る事が出来る者がおらん。

 落ちぬようにしっかりと腰のベルトにロープを巻きつけておる。万が一の時にはロープで一気に下りる事も可能じゃ。そして、下の架台は石作りじゃ。その中に2人を入れるように弓兵に伝え、昼の内に練習もさせてみた。心配はいらぬぞ。」


 そんなわけで、ジャブローには史上最年少の通信兵が俺のいない間に任命されていたようだ。


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[気になる点] 監視所の呼称をフスだかに変えた言うたのに、口の音も乾かぬうちにジャブロー言うて、監視所の連中に説明した描写がないのにおかしい
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