#241 変則的な旅立ち
早朝に姉貴はディーを伴なって、ジュリーさんと一緒に馬車でネウサナトラムの村を後にした。
まだ薄暗い中、東門で馬車を見送ると俺とロムニーちゃんはギルドに立寄る。嬢ちゃん達は自宅に戻り早速荷作りを始めるみたいだ。
ギルドの扉を開けると早朝にも係わらず、シャロンさんとセリウスさんがテーブルでお茶を飲んでいた。セリウスさんの手招きで俺達もテーブルに着いた。
「ミズキは出かけたんだな。」
「今しがた馬車で出かけました。3日後にアルトさん達が出かけます。そして俺とセリウスさん達は10日後に御后様と出発します。…セリウスさんの方も準備を始めて下さい。」
「あぁ、今しがたもそれをしていたのだ。俺が留守の間はシャロンがギルド長代理となる。場合によっては狩猟期に戻れない場合もある。その時は村長を頼れと言っていたのだ。」
「私にギルド長は早すぎます。ちゃっちゃと片付けて戻ってきて下さいね。」
どうやら、納得させられたようだ。でも、ギルド長には将来なりたいって事だよな。なら、練習に丁度良いと思うぞ。
「ところで、ロムニーちゃん。私の家に来ない?…姉さんが嫁いじゃったから部屋が余ってるの。私と母ではちょっと寂しいし、村とは言うものの無用心だしね。ロムニーちゃんが来てくれると心強いわ。」
俺の隣にチョコンと座っているロムニーちゃんを見て、シャロンさんが微笑みながらそう言った。
「そう言って頂けるのは嬉しいんですが…。」
「遠慮は無用だ。俺も狩猟期には家を建てるまでは、ずっとミケランと厄介になっていた。気さくな母親だ。シャロンの母親に預けていれば俺も、アキト達も安心できる。」
セリウスさんも、それが良いとロムニーちゃんに勧めている。
「有難うございます。それではしばらくご厄介させて頂きます。」
ロムニーちゃんは嬉しそうにシャロンさんに応えた。俺達全員がテーバイに行く事を知って少し不安になっていたのかも知れない。
「夕方に迎えに行くから、準備しといてね。今日は狩りはお休みでしょう。」
シャロンさんの言葉にロムニーちゃんが頷いた。3日狩りをして1日休みのサイクルをシャロンさんは知っていたようだ。
シャロンさんに礼を言って、セリウスさんに軽く頷くと俺達は自宅へと向かった。
自宅の扉を開けると大荷物が所狭しと並べられている。
嬢ちゃん達は皆、魔法の袋の大きい奴を2個は持っているから、それに詰め込んでいるようなんだが、テーブルの上に積上げられた爆裂球だけでも50個は超えていそうだ。今炸裂したらと思うと背筋が寒くなる。
「帰って来たか。今、準備の最中だ。とりあえず持っているものを全て取り出したのじゃが、いざ準備となると迷ってしまうのう…。」
アルトさんはそう言って俺を見上げたけど、言外に持っていくものを決めてくれと言っているような気がするぞ。
「その前に。…皆聞いてくれ。ロムニーちゃんは俺達がいない間、シャロンさんの家にいることになった。今夜からシャロンさんの家に泊まる事になる。お別れをちゃんとするんだぞ。」
「そうじゃな…。ロムニーを連れては行けんじゃろう。ここで別れる事になるとは寂しい限りじゃ。」
そう言って、嬢ちゃん達は1人1人ロムニーちゃんに別れを告げる。
これを使ってね。ってミーアちゃんが薬草のセットを渡しているけど、あれはマケトマムで購入した物だよな…効き目はまだあるんだろうか?
俺も、ロフトから一振りの片手剣を取ってきた。
「その片手剣だと、村の周辺での狩りには少し心もとない…。これを使ってくれ。」
俺の手からおずおずと片手剣を取って、鞘から抜き取って刀身を見ている。
「これは、…グルカですか。皆さんこれを持ってますけど、雑貨屋さんにもこんな片手剣は販売していませんでした。」
「あぁ、販売はしていない。それは特注品で、亀に乗って戦う兵隊達の装備品として試作した物だ。同じ物は、ミケランさんとセリウスさんが持ってるよ。片刃だから慣れないと使い辛いかも知れないけど、その切れ味は保証するよ。」
「良いんですか。私が貰っても…。」
「勿論。俺達は家族じゃないけど、仲間だと思ってるからね。」
俺の言葉に、テーブルの周りで荷物を取り出している嬢ちゃん達がロムニーちゃんを見て頷いている。
「これも、持って行くが良い。我は3つも持っておる。1つ無くとも十分じゃ。」
アルトさんがそう言って差し出したのは、魔法の袋だ。見掛けの3倍は入るし折り畳めるから、ハンターには必携だな。
「有難うございます。…小さいのは購入したんですが、大きいのは中々手が出なくて…。」
ロムニーちゃんは、アルトさんから袋を受け取ると早速自室に戻って荷物を纏め始めた。
さてと、問題は嬢ちゃん達だよな…。足の踏み場も無いほどに店開きをしているぞ。
「え~と…。冬服は要らないだろう。それに革鎧も必要ない。今着ている革の上下があればテーバイで冬を迎えても大丈夫だと思う。これから夏だから夏服は必携だね。」
嬢ちゃん達は俺の言葉に従って衣類を仕分けている。
そして、持って行くものを袋に詰め込むと、それを魔法の袋に入れた。
「次は大鎧だ。大きな魔法の袋に箱ごと入れれば良い。クロスボーは滑車付きの方を持っていく事。ボルトとボルトケースはクロスボーと一緒に一纏めにして袋に入れれば良い。予備のボルトも一緒だ。」
リムちゃんは量産型のクロスボーをミーアちゃんに手伝って貰いながら袋に入れている。ちゃんとお姉ちゃんをしているようだ。
「爆裂球は4人で分けて袋に詰める。そして、専用のバッグに5個だけ入れて置けば良い。」
たちまちテーブルの上の爆裂球が4人の袋に納まった。
「次は、矢だな…。大鎧を着たときは矢を入れるケースを背中に背負うんだ。箙って言うんだけどね。箙に入れる矢は12本。その外に爆裂球付きが3本だ。箙に矢を入れて、それ以外の矢は束ねて袋に入れる事。」
「武器の最後は身に付けるものと、ガルパスの鞍に置いておく物になる。身に付けるのは、グルカと弓それに投石器。鞍に置くのはモーニングスターに薙刀と戈で良い筈だ。」
「最後は食器類だな。食器セットにスプーン等が入っているかもう1度確認だ。それに携帯食料は2食分。薬草のセットと水筒も忘れるなよ。」
俺の言葉に従って次々と袋に詰め込んでいくと、あれ程あった品物がすっきりと収納されたようだ。
そして残った物は、大量の駄菓子だった。
「お菓子も少しは持っていった方がいいかもね。…それと望遠鏡はポケットに何時も入れておいた方が良いと思うな。」
「私、持ってない…。」
リムちゃんがウルウルした目で俺に訴えている。急いでバッグからショットガンの弾丸ポーチを調べてみる。もう1個位あったかも知れないからね。何個か弾丸を調べていたら接眼レンズのついた弾丸モドキの望遠鏡が出て来た。
「はい。これが望遠鏡だよ。使い方はアルトさん達に教えて貰えば良いけど、絶対に太陽をこれで見ないこと。見たら、もう目が見えなくなっちゃうからね。」
「有難う。」って言って、リムちゃんは大事そうに胸のポケットに仕舞いこんだ。
これで、もう忘れ物は無い筈だ。
皆でテーブルに座ってお茶を飲んでいると、トントンと扉が叩かれる。
ミーアちゃんが扉を開けると、シャロンさんが立っていた。
「ロムニーちゃんを迎えに来ました。」
「それじゃぁ、行ってきます。色々とお世話になりました。…無事を祈ってます。」
扉の処で俺達に振り返ってロムニーちゃんが頭を下げる。
「大変でも、後を頼むよ。難しい場合はスロットに相談すれば良い。」
「分かりました。それでは…。」
再び俺達に頭を下げると扉を閉じて出かけて行った。
「我等も、3日後には旅立つがその後はちゃんとアキト1人で食事が出来るのか?」
アルトさんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫。俺はちゃんと料理が作れるぞ。待ってな、今から夕食を作るから…。」
そう言って、早速鍋に野菜を刻んで入れている自分にハッと気が付く。ひょっとして俺は乗せられたんじゃないか?
テーブルでスゴロクをしながら夕食を待ってる4人をチラッと見ながらそう思った。
・
・
「では、行って来るのじゃ。一旦、ネイリーにより亀兵と屯田兵を100人ずつ引き連れてミズキに合流する。」
アルトさんの言葉に、俺と、御后様が頷いた。
「まだ、戦は始まらん。…しかし、準備をするなら今じゃ。上手く水が出ればよいのう…。」
御后様はそう言って手を振っているけど、亀兵隊の連中は嬢ちゃんずに対する忠誠心は異常な位だ。アルトさん達が掘れって言ったら、水が出るまでそれこそ何十m掘るか判らないぞ。
「では、出発じゃ!」
そう言ってアルトさんがアルタイルを駆って行く。その後を3人の乗るガルパスが駆けて行く。
土煙を上げて遠ざかる4匹のガルパスを俺達は見送っていた。
「後は我等が行くのみだな。準備は終ったが、ユリシーが製作している盾の数が揃わん。それに、発光信号器も少し追加したい。後4日は待つことになる。」
セリウスさんは、独り言のように呟いた。
「焦る事も無かろう。ミズキが先行しておるのじゃ。
連合国の亀兵隊もマケトマムに集結しておるようじゃ。アルト達がネイリーに向かえば向こうの教導隊が訓練してくれるじゃろう。
正規軍の方は、王都に集結後にネイリーに向かうと言っておる。少し遅れそうじゃが、兵站を彼等に任せれば良かろう。」
そんな事を話しながら、ギルドに向う。ギルドのテーブルに座ると、シャロンさんが出してくれたお茶を飲む。
「その後のスマトルの情勢じゃが、商人の国外追放が始まったらしい。これでかの国の情報は入らなくなってしもうた…。」
「侵略の日を悟られたくなかった。という事ですか?」
「たぶんな。そして、商船を集めているとも聞いたぞ。兵員輸送に使うつもりじゃな。」
「海の上に見張りが欲しいですね。」
俺の言葉に御后様が頷いた。
「だが、商船では軍船の機動に対処出来ぬ。40もの櫂で漕ぐ軍船は風が無くとも進む事が可能だ。」
カタマランでもあれば良いんだけどね。今作り始めても間に合わないか…。
お茶を飲み終えると1人で自宅に戻る。
扉を開けるとガランとしたリビングには俺1人。ちょっと寂しくもあるけどね。
手入れをする武器は無いが、弾丸ポーチの弾丸を別の袋に入れ替えておく。こうすれば俺の持つ3つの銃の弾丸が1日で数発増える。もう100発以上あるけど、多い分には困ることが無い。
そういえば…、と思い出した作業を始める事にした。
小さなポシェットに雑紙を綴じたノートと筆記用具。通信兵には必携のアイテムだ。今から作れば10組位は作れるだろう。