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#238 渡りバタムの脅威

 

 村に初雪が降ると10日もせずに、村は白一色に覆われる。

 ガルパスたちは山荘の厩舎で暖房された寝床で御休みしている。たまに様子を見に行く嬢ちゃん達から聞く範囲では元気に過ごしているらしい。


 キャサリンさんは村に初雪が降る前に王都に旅立って行った。

 俺達の贈り物に目を丸くしてしきりに恐縮していたが、俺達は何時までも仲間だと思っているから、と言って受取って貰った。

 御后様が渡したのは銀の短剣だった。

 家紋が鞘には付いていないけど、これは良くあることらしい。キャサリンさんのお母さんの髪でしっかりと封印がなされている。

 「家紋なき場合は生まれた月の神殿の紋になる。それを刻んだのはセリウスじゃ。有難く使うが良いぞ。」

 キャサリンさんはセリウスさんに深々と頭を下げていたっけ…。

                ・

                ・


 毎朝ギルドに様子を見に行っているロムニーちゃんは、依頼が無いと嘆いている。

 この季節の依頼は村人用か、さもなければ灰色ガトルのような危険な奴だから、俺としてはのんびりと家で編み物をしていてくれた方が嬉しい。嬢ちゃん達の編み物の先生になって貰えるしね。

 

 大鎧は御后様には好評だったけど、セリウスさんには素早さが失われると言われてしまった。急遽取り寄せた胴丸を満足そうに着ていたけど、大鎧の両肩に付く板のような装甲を嫌ったのかな。

 

 「我は、大鎧を勧めるが…、確かに切り込む際には邪魔になるのう。」

 「両者共に同じものを着ていれば良いんですが、馬から転落した武者は動きが制限されますから、討ち取られる可能性は高いです。」

 「落ちなければ良いのじゃな。…ガルパスから落ちた者の話は聞いてはおらぬ。問題は無いであろう。」

 俺の言葉に御后様が応えた。

 「それにしても威圧感が半端ではないのう。戦う前に相手の士気を挫くことが出来よう…。」

 まぁ、そんな感じで、亀兵隊の鎧が決まった。


 通信手段は光通信を採用した。聞こえは良いけど、発光信号によるモールス通信だ。

 この世界の文字がローマ字のように2つの文字を組み合わせて1つの発音文字を作っているから、数字と併せて40種類程の信号種別を作れば良い。英数字のモールス信号をこの世界の文字に当てはめて表を作って覚えさせる。


 発光信号は、小さな金属の箱に【シャイン】で光球を閉じ込め、一方向に開閉板の付いた窓を開ける。5cm程度の筒を開閉窓に付ければ、光が周囲に拡散する事をある程度防止出来た。

 開閉板は箱から張り出したレバーを下げた時だけ開くから、大きいけれども俺が海兵隊で練習させられた発光信号器と同じ様に操作出来るぞ。

 ユリシーさんが面白がっていたけど、とりあえず20個を作って貰う事にした。

 

 亀兵隊と屯田兵の部隊から、【シャイン】が使える兵隊を急遽山荘に呼び寄せて、通信の方法を教える日々が1月程続いたが、皆きちんと理解したようだ。

 後は、部隊に帰って相互で練習すれば実戦には問題なく使えるようになるはずだ。


 「現在は、テーバイからネウバルバに繋ぎ狼煙台を設けておる。この通信手段が上手く行けば、周辺諸国を網羅する通信が可能じゃのう…。」

 初歩的な電信システムを御后様は考えているようだ。

 確かに、情報伝達は軍事以外の商取引や災害派遣にも役立つはずだから、その考えには賛同出来る。

                ・

                ・


 年が明けて村が深い雪に閉ざされた時、俺達は急遽山荘に呼び出された。

 俺達を待っていたのは御后様とジュリーさん、それにダリオンさんだった。

 俺達が席に着いたところで、侍女がお茶を出してくれた。


 「休んでいる所を済まぬな。…ラジアンよりトリスタンに知らせがあった。スマトル、マケルト等の南方諸国で、渡りバタムが大量に発生したらしい。」

 

 渡りバタムって、確か大きなバッタだよな。嬢ちゃんず達がよく狩っていた獲物だが、大量発生は穏やかじゃないぞ。何もかも食い尽くすって聞いたことがある。


 「渡りバタムの群れは雲のように空を被いながらゆっくりと西に向かっているようです。スマトルの穀倉地帯はほぼ全滅。立木さえも彼らの餌になっていると言っておりました。進行方向にはマケルトがあります。国王自ら全軍を率いて迎え撃つようですが…、どれ程効果があるのか予断を許さぬようです。」


 ジュリーさんが俺と姉貴に被害の概要を教えてくれた。しかも、被害はこれからも増える可能性が高い。


 「幸い、渡りバタムの飛行距離は600M(90km)前後だ。かの国から、最短のサーミストの港町までは1000M(150km)以上もある。

 とりあえず我等は援助用の穀物をサーミストに集めているが、まだ援助の依頼は来ていない。」

 ダリオンさんが、暖炉際に歩いてパイプに火を点けながら言った。


 「テーバイの女王は数年後を予想していた。我は早くても今年の秋以降と思っておった。じゃが、今回の渡りバタムを考えると一気に事態が動く事も予想される。

 数ヶ月後に渡りバタムで国土が荒廃し、その状況が明らかになった時、金を生む地であるテーバイを併合すべく動くと予想できる。 

 そして、彼らは全力で来るぞ。国に残す兵士の食料さえも乏しいのじゃ。スマトルの全軍を率いて来るはずじゃ。更に、マケルトの友軍がそれに加わるとなれば、兵力は兵士だけで1万を超えるじゃろう。対するテーバイは2000足らず。そして、我等が考えていた義勇軍は500じゃ。」


 「モスレムを始め周辺諸国の港町も不安要素ですね。」

 姉貴の言葉に、3人が頷く。

 「1000人規模で軍を向わせる。王都に2000を残せば1000人をテーバイに派遣する事は可能だ。」

 「でも、カナトールも無視出来ません。政情不安どころか無法地帯です。国境の防備もおろそかには出来ないでしょう。」

 「連合軍として、新たに正規軍を各国が100人を出してくれるならば総計で400人になる。たぶんこれが精一杯じゃろう。」


 全部で900人の義勇軍か…。それでも3倍の敵を相手にする事になる。そして、奴等には大蝙蝠爆撃隊がいるのだ。


 「ミズキよ。この人員で作戦を立てて欲しい。人を相手に3倍はキツイじゃろうが、他に頼める者はおらん…。」

 「…分かりました。しかし、敵が攻めて来てからでは遅すぎます。テーバイの女王と1度話し合っておく必要がありますね。」

 「ジュリー達と共にサナトラムまで橇で向かい、そこからは馬車でマケトマムに向うがよい。マケトマムには連絡の為の亀兵隊がおるはずじゃ。テーバイまで5日は掛からんじゃろう。良く話し合ってくるのだぞ。」

 御后様の言葉に姉貴が頷く。


 「私達は明日の早朝に山荘を立ちます。」

 「分かりました。早速準備します。」

 ジュリーさんの言葉に姉貴が応える。そして俺達は山荘を後にした。

                ・

                ・


 「すると、ミズキはディーと2人でテーバイに出かけるのじゃな。往復で10日、向うに10日というところか…。」

 「だいたい、そんな感じです。ディーには向うの地図を作ってもらう予定ですから、戻ってくれば作戦計画が詳細化できるでしょう。」

 「護衛は付かにゃいの?」

 「ディーで十分だわ。イザとなれば、私だって強いのよ。」

 姉貴はそう言ってミーアちゃんに微笑んだが、ミーアちゃんはあまり信用していないみたいだ。

 「大丈夫だよ。俺だって、昔は姉貴に技を教えて貰ってたんだから。」

 俺の言葉にも、胡散臭い目で俺を見てるぞ。…でもそれは事実なんだ。

 「20日経って戻らぬ場合は、我等が向う事にすればよい。ネリー砦の亀兵隊で一気に強襲すれば2000程度は問題にならぬはずじゃ。」

 サーシャちゃん、強気だぞ。姉貴はそんなサーシャちゃんに苦笑いをしている。

 「たぶん20日は掛からないはずよ。でも20日を見て頂戴。戻らない時は、サーシャちゃんに従って行動してもいいわ。」


 家に帰って嬢ちゃん達にそんな話をすると、姉貴達は次の日ジュリーさん達と橇で村を出て行った。

 「しかし、被害はどれ程になるか想像も出来ん。」

 「アルト姉さま。渡りバタムでそれ程被害がでるの?」

 「我等が早い段階で狩りをしておるから、モスレムでは被害らしきものはないのじゃが、畑に広がった渡りバタムをハンターが狩れなかった場合は、群れは段々と大きくなる。

 この時は村にいるハンターが協力して渡りバタム狩りをすれば未だ間に合う。じゃが、ここで狩るハンターがいなければ、群れは一気に増えるのじゃ。1日で倍になる。2日めで最初の4倍じゃ。…10日目で約1000倍にも増える。そして村の畑を食い尽くし、次の町に向かう。その光景は雲が向かって来るようにも見えるぞ。

 魔道師達が【メルダム】を空に放ち渡りバタムを焼き払うんじゃが、あまりにも数が多い。食い尽くす物が無くなるまで渡りバタムは移動していくのじゃ。最後は海に向かって無謀な渡りを行なうが、そこで力尽きてお終いじゃ。」


 アルトさん達はリムちゃんのレベル上げに丁度良い。何て言ってるけど、意外と重要な役目を果たしてるんだな。ちょっと感心してしまった。

 

 「私達は渡りバタムを良く狩りますが、重要な仕事だったんですね。」

 「農民の依頼は重要じゃ。放って置くと取り返しが付かない恐れがある。報酬は少ないがその結果を良く考えて受けるがよい。」

 必ずしも重要な依頼が高額であるとは限らないという事だな。


 「ところで、発光信号は皆覚えたかな?…テーバイでの戦いは広い戦域を縦横に移動して戦うことになる。一々伝令を出していては間に合わない。

 戦闘に関わる情報伝達は全て発光信号だ。今から良く覚えて欲しい。

 という事で、練習だ。全員【シャイン】は使えたよね。」


 テーブルに人数分の発光信号器を揃えると、カチャカチャとレバーを操作して練習を始める。

 練習は、遊びながらが一番なので、シリトリゲームを始めた。


 「ミーア、それだと「モスレマ」になるぞ!」

 直ぐにミーアちゃんがカチャカチャと信号を再度送る。うん、今度は「モスレム」になってるぞ。

 「モスレム」…「ムカデ」…「デルトンソウ」…。

 中々、面白い。そして、段々と信号を送る速度が早くなってきたし、それを読み取る目も向上してきたようだ。

 意外と、発光信号器の練習にはシリトリがむいているのかも知れない。

 

 

 

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