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#230 連合王国の構想

 

 グライトの谷はU字型の岸壁だ。その岸壁を伝いながらフェイズ草を探している。その時俺の掴んだ岩が崩れ、俺はもがきながら谷底へと落ちていく…。

 ドシン!っと床に落ちた衝撃で目を覚ます。

 どうやら、姉貴に寝床から蹴落とされたようだ。

 ニューっと伸びた姉貴の足を布団に戻して、反対側で寝ているアルトさんの無事を祈る。

 小窓から外を見ると、もうじき夜が明ける時刻だ。

 もう一度寝る事も出来るけど、ここはしばらくぶりでトローリングと洒落込もう。


 素早く身支度をすると、梯子を下りる。すると、嬢ちゃん達の休んでいる部屋の扉が開いて、ミーアちゃんが起きてきた。

 「さっきのドシンは御兄ちゃんにゃの?」

 「起こしちゃったかな。ごめんね。…今からトローリングに行こうと思うんだけど、一緒に行こうか?」

 

 ミーアちゃんはニコリと笑うと、部屋に戻って行った。

 その間に、急いで準備を行なう。暖炉横に飾っておいたトローリングセットと釣竿を2本。そして、籠だ。籠の中にはジュースの入った水筒とカップを入れて置く。

 「出来た!…行こう。」

 ミーアちゃんの準備が出来た所で、2人で静かに家を出る。道具の入った籠とミーアちゃんを庭の擁壁に残して、林の浜辺に引き上げてあるカヌーを湖に漕ぎ出した。

 庭に回ると、籠とミーアちゃんを乗せて岸沿いに漕いでいく。


 リオン湖の早朝は薄く霧が掛かっている。俺の漕いでいる間に、ミーアちゃんが仕掛けを湖に落とし込んで行った。

 その姿は3年前とはもう違う。何時の間にか俺の小さな妹は、少女に姿を変えていた。

 何時までも、俺達と一緒にいて欲しいが、何れは去っていくだろう。

 エントラムズの出来事が昨日のように思い浮かぶ。まぁ、許せる許容範囲なのかなぁ…。それ程、悪い男とも思えない。まぁ、一緒に戦闘を行う事は無いだろうけど、エントラムズの重鎮としての地位は約束されているであろう。


 「何を考えてるの?」

 ミーアちゃんがキョトンとした表情で俺に訊ねた。

 「ちょっとね、これからの事を考えていたんだ。…何時までミーアちゃんと暮らせるかなってね。」

 

 俺の言葉を聞いたミーアちゃんの表情は複雑だった。期待と寂しさが入り混じったような顔を俺にしばらく向けていたが、やがて口を開く。


 「たぶん、サーシャちゃんはエントラムズに行くと思う。…でも、1人は可哀相だから、私も付いていこうと思ってる。でも、それはまだまだ先のことだわ。もう少し、兄さん達と暮らして、色んな冒険を皆でしたいの。」

 そう俺に告げるミーアちゃんの言葉使いも少女のものだ。

 何となく寂しさを覚えるけれど、そうだよな。まだまだ俺達と一緒に暮らせるんだ。


 日が昇ると遠くに見える俺達の家の暖炉の煙突から煙が昇るのが見える。

 今日は、あまり釣果が無かったけどそれでも、3匹を釣り上げたから夕食のスープに入れられるだろう。

 トローリングの仕掛けを畳むと俺はカヌーの進路を自宅に向けた。


 「「ただいま!」」

 と言いながら、ミーアちゃんと魚の入った籠を持ってリビングに入った。

 「お帰り。…もう、皆朝食は終っちゃったよ。」

 姉貴はそういいながら、ミーアちゃんの持つ籠を覗きこんで、にんまりとしながらミーアちゃんの頭を撫でる。

 姉貴にとってのミーアちゃんは3年前のミーアちゃんと同じみたいだ。

 

 ディーが俺達の朝食を整えてくれる。

 モシャモシャと黒パンサンドを食べていると、身支度したロムニーちゃんが部屋から出て来た。背中にはクロスボーを背負っているぞ。

 「では、行って来ます。」

 俺達にそう言ってお辞儀をすると、元気に家を飛び出していった。


 「今日は、ルクセム君と会うんだよね。ルクセム君の小さなお姉さんって感じかな。」

 そんな光景を目にした姉貴が俺に言った。

 「そんな感じだね。後で様子を見に行って来るよ。」

 俺より先に、ミーアちゃんは朝食を終えると部屋に急いだ。アルトさん達がテーブルでお茶を飲んで待ってるからね。


 「アルトさん達の今日の予定は?」

 「我等はカルネル狩りじゃ。たぶん誰も依頼を受けぬであろう。報酬が20Lと安いからな。しかし、リム相手には丁度いい。」

 「俺も後でギルドに行ってみるよ。この季節は依頼書が溜まりやすいからね。」

 「そうじゃな…。じゃが、依頼書の数はそれ程でも無かったぞ。今年は早々とハンターが来ておるようじゃ。」

 

 例年だと、取り入れの季節は、その後の狩猟期と相まって依頼書が沢山出てくるはずなんだけど…。今年は何かあるのだろうか?

 ミーアちゃんが部屋から出てくると、嬢ちゃんず達が一斉に家を出て行く。

 

 後に残ったのは、姉貴とディーそれに俺の3人だ。

 ディーの入れてくれたお茶を飲みながら朝の話を姉貴にする。

 「…という事で、ミーアちゃんはサーシャちゃんとエントラムズに行く事になりそうだ。」

 「サーシャちゃんて、ミーアちゃんにとって初めての友達かもしれないね。きっと何時までも友達なんでしょうね…。」

 「だけど、その時までは一緒に暮らして冒険したい。って言ってたぞ。」

 

 「確か、今年で4回目の狩猟期よね。という事は、ミーアちゃんは15、6歳って事よ。アン姫は18歳でクオークさんに嫁いできたから、意外とこの世界の王族の結婚は早いのかも知れないわ。でも後2年か…ぎりぎりだね。」

 

 何がぎりぎり何だろうか?そう疑問を持ちながらタバコを取り出して火を点ける。

 「後2年は、ぎりぎりとは言わないと思うけど…。」


 「ミーアちゃんじゃなくて、別の件なの。…少しはミーアちゃん達に絡んでくるかも知れないけどね。」

 そう言って、姉貴は言葉を続けた。

 それは、姉貴とディーがシミュレーションを繰り返していた件についてだった。


 モスレム王国を始めとして周辺諸国は何れも都市国家に近い。これは魔物と戦った勇士の子孫が魔物を退けた後で土地を分配した事に起因する。

 それぞれが王としてその国を治めてきたが、何時の間にか各国とも貴族の台頭を許すことになった。

 今、各国の貴族の力が削がれた事を幸いに連合王国の動きがあるとの事だ。

 モスレム、サーミスト、エントラムズ、アトレイムの4カ国で共同統治を取り、将来的には1つの国家として統合しようというものだ。

 何とも壮大な計画だ。姉貴はその統合軍の構想をシミュレーションをしながら考えていたらしい。元は、テーバイ独立戦争のシミュレーションだったらしいが、何時の間にか拡大していった所がいかにも姉貴らしい。


 「早くて10年以上は掛かるでしょうね。でも、各国の王様は乗り気みたいよ。統合する事による経済効果が極めて高い事と、マンネリ化した国政に嫌気が差しているんでしょうね。それに、王族間の婚姻によりこれらの王国が親戚関係にある今は絶好のチャンスだわ。とりあえずの形は各国の次期国王、女王が集う形で進めると言っていたわ。それで問題があれば、王達が協議すればいいし、問題なく進められそうなら、それをそのまま最高機関として位置付けられるしね。」


 何とも壮大な計画だ。

 2つの会議が出来るのか…。現国王達と、次期国王達による会議か…。国政を直接行なう機関とそれに方向性を待たせる機関ということでいいのかな。

 

 「国王達は毎年、2回エントラムズに集まる事を計画しているわ。そして、次期国王達は…年4回、各季節の初めの月にこのネウサナトラムで会議をすると言っているわ。そして、オブザーバーとして私とアキトに列席して欲しいとね。」


 ちょっと待て、それは幾ら何でもだぞ!


 「姉さん。それって何時からなの?」

 「テーバイ独立戦争終了からって御后様が言ってたわ。…西の門を更に北に拡張して湖の傍に3カ国の山荘と議事堂を作るそうよ。湖の造成工事に関わる測量はもう始まってるって言ってたわ。」

 

 それも、良い意味で村が活性化する要因にはなるな。そして人が集まれば、自然と物流が盛んになり、雇用も増えるはずだ。


 「その辺は、姉貴に任せるよ。俺はとりあえず、ギルドに行って来るね。」

 周辺諸国を巻き込んだ長期的対応は姉貴に任せて、俺は村の短期的な対応を図る為にギルドに向う。

 この通りも馬車が容易にすれ違えるように道幅を広げないとダメかもなんて考えながら歩いている自分に気が付き、何とも庶民的な考えだなって自分を笑う。

 そしてギルドの扉を開いて、キャサリンさんに挨拶すると早速、依頼掲示板をのぞきこむ。

 

 確かに、アルトさんが言ったとおり、掲示板に余裕がある。三分の一位空いてるぞ。

 この季節にこの空きは確かに珍しい。去年はシャロンさんに泣きつかれたからな。

 

 テーブルを見るとセリウスさんとアンドレイさんの姿が見えた。向うも俺に気が付いて手招きしている。

 早速、テーブルの空いた席に座った。


 「粒金の取れる領地を貰ったと聞いたが、採りに行かないのか?」

 「命が幾つあっても足りませんよ。一応モスレムに寄贈しましたが、貴族達が出かけるんじゃないですか。誘われても行くべきではありませんね。」

 アンドレイさんにそう応えると、彼は首を振った。


 「アトレイムの西の砂漠は俺も話しに聞いた事がある。サンドワームの恐ろしさも酒場で片腕を失ったハンターに聞いた。幾ら条件がよくても確かにお前の言うとおりだ。しかし、王都のギルドでは高報酬に釣られて同行するハンターが多いのも事実だ。はたして、何人が帰ってこれるのか…。」

 そう言って、セリウスさんと溜息をつく。


 「ところで、狩猟期の前のギルドの依頼が例年よりも少ないように思えるのですが…。」

 「あぁ、それは例年よりも早くハンターが集まっているからだ。高レベルのハンターの多くが貴族と共にアトレイムに向かっているそうだ。その為に比較的レベルの低いハンターがこの村に集まり始めた。今の所、黒5つが最高だな。狩猟期にはまだ間がある。宿泊費を稼ぐ為に頑張っているようだ。」


 それ程高額の報酬を受取れない連中が早めに村に集まれば、当然毎日の仕事を請け負わねば狩猟期まで耐えられないということだな。

 これは、アルトさん達にも話しておこう。


 「それと、王都から測量が来ているそうですが…。」

 「御后様の考えだそうだ。冬の寒さが頭を冷やすには丁度良いと言っていたぞ。工事は来春からだな。北門が更に北に4M(600m)程移動することになりそうだ。大掛かりな工事だが、アトレイムより援助を受けたとも言っていたな。」

 

 「この村も凄いが、マケトマムもすごいぞ。村の西が広大な畑になった。お前が作ったというカラクリで種を取って糸を紡いでいる。もう直ぐこの村に糸が入ってくると言っていたな。」

 そう言って、アンドレイさんが俺を見る。やっと成果が出たか。後は織機だな。


 「確かユリシーが織機を改良するとか言っていたが…。」

 「麻布を織る織機はサーミストにありました。それを改良して綿織物が出来るようにユリシーさんにお願いしてあるんです。マケトマムで糸まで作り、ネウサナトラムの冬に綿織物に加工する。定期便が出来るかもしれません。当然、商人は綿だけを商う訳ではありませんから村の製品と他の町村からの製品が流通します。」


 俺の言葉にセリウスさんが頷く。

 「更に雇用が生まれるという事だな。…この村は山村だ。マケトマムのように農業を拡大するわけにはいかぬ。」

 

 「お前達も苦労しているようだな。ハンターとして、其の分を超えぬようにして暮らす事も可能だろうに…。」

 「苦労性が偶々集まってしまったようです。それでも俺達はハンターですよ。」

 アンドレイさんにそう言うと、3人が顔を見合わせて笑いだす。

 「苦労性ねぇ…。確かにその一言だな。だが、悪い事ではない。」

 アンドレイさんはそう言って俺の肩を叩いた。

 

 「そこで、俺からアキトに願いがある。出来れば許して欲しいのだが…。」

 「何でしょう?」

 「去年の屋台の事だ。あれがハンター仲間で評判になってな。廃業する時はあんな商売を始めたいと言い出した。出来れば教えてやって欲しいのだが…。」

 

 確かに俺達も屋台を引いて歩いている姿を想像した事があった。ハンターを廃業してそんな暮らしをするのも良いと思う。安全だしね。


 「弟子入りですか…。いいですよ。去年一緒にやって近衛兵は十分に商売が可能です。」

 「有難い。とりあえず3人お願いする。」

 「アンドレイさんも、ギルドマスターみたいですね。」

 俺の言葉にアンドレイさんが頭を掻く。

 何だかんだいいながらも、この人も、お人好しで苦労人なんだな。

 

 

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