#227 お刺身?
海水浴の2日目は、砂浜にテントを張ってのんびりと俺は朝から昼寝を決め込む。
嬢ちゃん達と姉貴は小さなカタマランをメイクさんから借り受けて数十m沖に出て遊んでいるけど、その距離まで沖に出ても、水深はミーアちゃんの胸位だ。
サーシャちゃんとリムちゃんは、メイクさんに貰った網用の浮きを腰に付けている。綿の袋に藁を入れて形を作りウミウシの体液で何回も防水処理をした浮きは結構な浮力があり、姉貴も十分にそれで浮く事ができる。
溺れた人を助けるんだと言って、カタマランにもう1つ入っているはずだ。
数個の浮きを連結して簡単なボートもあるみたいだ。
大勢の海水浴客がそんなボートや浮き輪で沖に出て遊んでいるけど、内海だから危険な魚はいない。
「漁には邪魔だが、夏場だけだ。町にそれなりの金を落としていくから、ありがたい存在だな。」
そんな事をメイクさんも言っていた。
確かに、アトレイムは南方の王国だから王都はさぞや暑いと思う。エアコンなんて無いからね。金と暇がある人達はこぞってこの町にやって来るのだろう。そんな人達を当て込んで町には数軒の宿もあるみたいだし。
「マスター…、少し様子がが変です。」
どこから調達してきたのか分らないけど、パラソルの下のデッキチェアーに半身を横たえてジッと海を見ていたディーが俺に告げた。
上体を起こして内海を見ると、慌てて船に上がる者、岸辺に戻る者と様々だ。姉貴も急いで嬢ちゃん達をカタマランに回収している。
内海の一角から急速に海水浴客が遠ざかると、傍所目指して漁師達の船が集まりだした。そして、銛を水中に叩き込みだした。
急いで浜に出る。漁師が船を出そうとしていたので、その船に飛乗った。
「ザンダルーが出たようだ。お前さん、ハンターだったよな。…いいか。ザンダルーの頭は銛も跳ね返す。狙うのは胴体だが、一撃で仕留めるのは無理だ。2撃、3撃と胴体に銛を打ち込んで始末するんだ。」
アウトリガーの船をパドルを使って進む。2人の漁師の息はぴったり合って、たちまち問題の水域に船を進めることが出来た。
「舳先に立って銛を構えろ!…人間程の影が見えたらそれがザンダルーだ!!」
漁師の指示で俺は舳先に立つと【アクセル】を自分に掛ける。
漁師達の囲んだ300m程の水域を舳先に銛を持った男達の船がゆっくりと進んでいる。
よく見ると、囲みを作っている漁師達の船は少しずつ浜辺の方に移動している。
水深を浅く取る事によってザンダルーの行動を制限するみたいだ。
俺の斜め前方を進んでいた船の男がいきなり銛を水中に打ち込んだ。
グンっと俺の乗る船の速度が上がって、銛の柄が水を切る飛沫を目印に進んで行く。
「もう直ぐだ。構えろ!」
漁師の言葉に俺は銛を構える。右手で銛の柄の真ん中近くを握り、狙いを定める。左手は柄の尻をしっかりと握った。
銛を打ち込まれたザンダルーの動きは鈍い。たちまち俺の乗った船はザンダルーに追いついた。
水中の黒い影の真ん中を目掛けて、エイ!っと銛を打ち込んだ。上手く刺さったようで2本の銛の柄が水面に飛沫を上げて奴が泳いでいる。
「流石、ハンターだけはある。良い所に打ち込んだ。…次を打ち込むぞ!」
そう言って舳先に立つ俺に、新たな銛を手渡してくれた。
バシャン!っと音を立てて直ぐ傍でザンダルーが跳ねる。
「くそう…。2匹と思っていたが3匹か。これは長く掛かるぞ。」
パドルを漕ぐ漁師が呟いた。
ザンダルーに3撃目を与える為に、船がターンする。
少し離れた所に銛の柄が1本、水面を割りながら進んでいた。
「今度はあれをやるぞ。さっきの奴は他の奴らに任せる!」
さっきと同じように船の速度が増す。そしてザンダルーを追い越す間際に俺は銛を打ち込んだ。
「よし、2本とも上手くいった。他の船と交替するぞ。」
そう言って、漁師は水域を取り囲む漁師の船に近づいて行く。そして、取り囲んだ1艘の船に合図を送ると銛撃ちの交替を行う。
進み出た船によって出来た囲みの隙間を、巧みに船を操って急いで塞いでいくと、パドルで船縁を叩いて威嚇する。
「何だ!」
漁師の叫びに急いで漁師の指差した方を見たが何も見えない。
その時、水面の一角でバシャン!っとザンダルーが跳ねた。
バッシャーン!!
大きな水飛沫が水面の一角に上がる。丁度、ザンダルーが跳ねた辺りだ。
「マスター、仕留めました!」
上半身を海面に出しながらディーが俺に告げた。片手で持上げた投槍の先にはザンダルーの串刺しが付いている。しかも頭を貫通してるぞ。
「あの娘、水面を走って来やがった。そしていきなり飛び上がったんだ。とんでもない高さにだぞ!」
さっき、何やら驚いていた漁師が言った。
ディーが俺達の船に近づいてきたので急いで船に引き上げる。ザンダルーもブームの間に張ってある網の上に引き上げた。
ザンダルーをよく見ると、ピラルクーに歯が生えたような魚だ。ピラルクーは食えると聞いたけど、こいつはどうなんだろう。
ディーが体重と落下速度で一気に頭を槍で貫通させたのだろうけど、頭を叩いたらゴツゴツと硬い音がした。よくもまぁ、刺さったものだと感心してしまう。
ウオォー!!っと叫ぶ声がする。
俺達が囲んだ水域で狩りをしていた船にザンダルーが引き上げられていた。どうやら、内海に紛れ込んだザンダルーを無事に仕留めることが出来たらしい。
俺達を乗せた船が囲みを解いて砂浜に向かう。
海水浴客がまた海に飛び込み始めた。
俺達を乗せた船が浜辺に着くと、ディーが船を飛下りて、ザンダルーの刺さった投槍を担いでテントの方に歩いて行く。
「しかし、たまげた娘だな。お前の仲間か?」
俺は苦笑いを浮かべて頷いた。
そして、ディーの後を追ってテントに急ぐ。
チラっと海を見ると、姉貴の操るカタマランも帰ってくるようだ。少し早いけど、昼食に丁度良いかもしれない。
俺がテントに着くと、人だかりが出来ている。人を掻き分けて中に進むと、白いビキニ姿のディーが投槍にザンダルーを串刺しにしたままで立っていた。
そこに姉貴達も駆けつけて来た。
「ほう、それがザンダルーじゃな。如何にも凶暴そうじゃ。」
アルトさんが串刺しのザンダルーを見て感心している。
「食べられるのかな?」
姉貴の感想は別にあるようだ。
「食べてみようか?…お刺身でいいよね。」
俺がそう言うと嬉しそうに姉貴が籠の中からバッグを取り出して準備を始める。
俺は…と辺りを見渡すと、手ごろな板が置いてある。
早速、ミーアちゃんに【クリーネ】を掛けて貰った。
「ディー、そこにある板の上にザンダルーを乗せてくれ。それとサバイバルナイフをちょっと貸してほしい。」
ドン!っと板の上にザンダルーが乗せられる。1m位の大きさだが頭だけで40cmはありそうだ。
ゴリ!って頭を落とすと、早速3枚に下ろす。
嬢ちゃんずに掘って貰った砂浜の穴に頭を投げ込み、俺のグルカで大根の桂剥きをしているディーの作業が終るのを待つ。
大きな木皿に桂剥きした大根を折って切れ目をいれて広げる。
皿に網目模様の薄い大根が広がると、俺達を取り囲んでいる野次馬に、オォ!っと言う歓声が上がるが気にしない。
そして、3枚に下ろした切り身をサバイバルナイフで薄く斜めに切り取るとナイフの刀身を使って一気に皿に盛り付ける。
薄く、花びらのように盛り付けると、再び野次馬から歓声が上がった。
出来上がりを姉貴達が待っているシートの所に持って行き、ザンダルーの残骸は全て穴に投げ込み砂で埋めた。
俺がシートの所に行くと、2人程人数が多い。デクトスさんとメイクさんが酒の樽を持ち込んで俺を待っていた。
姉貴が小皿に醤油を垂らし、皿にチューブのワサビを入れる。その皿とお箸を俺に渡す。
その場にいる姉貴達や野次馬までもが俺に視線を注ぐけど、気にしない。
お箸でお刺身の1片を掴むと小皿の淵に一旦乗せてワサビを少量刺身に乗せる。そして切り身の半分程を醤油に付けて口に入れた。おぉ!!っと歓声が上がる。
軽く噛み切ると刺身の弾力と切り身の甘みが口に広がり、ワサビが鼻に抜ける。
これは…と目を見張る。
「どう?」
姉貴が早速聞いてきた。
「カンパチに似てるけど、もう少し甘く感じる。これはいけるよ!」
待ってましたとばかりに姉貴がお箸で刺身を掴むと醤油に付けて口に入れた。
姉貴の顔に至福の表情が浮かんだ。
「確認するが、生じゃと思うがそんなに美味いのか?」
「これが俺達の住んでた国の最高の料理なんだ。生きの良い魚じゃないと、作れないんだ。」
俺の言葉を聞いて、魚好きのミーアちゃんがフォークで恐々としながらお刺身を取上げ、姉貴と同じように醤油に付けて口に入れる。
全員が見守る中、ミーアちゃんの表情は…驚きから至福に変わっていく。
直ぐに2片目をフォークで取るのを見て、アルトさんが口を開いた。
「そんなに、美味いのか?」
「スモークに似てるけど、お魚に甘みがあるの。」
残りの嬢ちゃん達が直ぐにフォークで切り身を取る。
「これは、いいな…。だが、調味料が何かは俺でも分らん。いったい何を使ってるんだ。」
「これは、ワサビと言って冷たい水が豊富な山で取れます。こちらは醤油と言って煮た豆に塩を入れて醗酵させたものですが、残念ながらこの国と周辺の国でも見かけませんでした。」
デクトスさんの質問に応えると、2人は残念そうな顔をしている。
「まぁ、試行錯誤でやっても良いが、形になるかは分らんな。…しかし、生魚をこのようにして食べる国があるとは驚きだ。」
2人共、最初はおっかなびっくりにフォークで刺身を食べていたが、その内普通に食べている。嬢ちゃん達も同様だ。
生食はいけない。って事は、対象となる食べ物の鮮度が問題になる。鮮度が落ちた食べ物や寄生虫がいるかもしれない食べ物には加熱が有効だ。
でも、俺には肉はともかく魚はお刺身が一番だな。
昼食の後は、また海に出て遊ぶ事にした。
内海は遠浅で、岸から500m位沖までは俺の背が立つ程だ。
姉貴と俺とディーでサーシャちゃんとリムちゃんに泳ぎを教えているのだが、何としても腰に着けた浮きを離そうとしない。
「これを常に持っていれば安心なのじゃ!」って姉貴に訴えてる。
「でも、泳げないのはサーシャちゃんとリムちゃんだけなのよ。」
2人から何とか浮きを取上げようとしている姉貴だが、これはしばらく掛かりそうだな。
夕暮れが近づいたので、皆で別荘に帰る。
俺の背中でサーシャちゃんは眠ってるし、姉貴の背中ではリムちゃんがうとうとしている。
結構疲れたみたいだな。あれからアルトさんやミーアちゃんまで加わって、2人に泳ぎを教えていたからね。