#224 バカンスの始まり
のんびりと馬車を走らせて、別荘に戻った時は夕暮れだった。
テラスでお茶を飲みながら、西の遥か彼方の海岸線に落ちる夕日を見るのも、何となくリゾート気分ではある。
とりあえず、闇金交換所に係る悪徳商人と貴族達は捕らえる事が出来たし、西の集落にたむろする貴族連中も少しずつ手下の不手際の始末に身を滅ぼす事になろう。
ゴールドラッシュはしばらく続くかも知れないけれど、俺達の代わりに治安維持部隊長が頑張るに違いない。やはり、自分の国の事は自分達でが原則だと思う。
「ところで、まだ粒金採取を続けるのか?」
アルトさんが何時の間にか手に入れたジュースのカップを持ちながら姉貴に訊ねた。
「もうちょっと、続けてちょうだい。出来れば、敷地の半分はやっておきたいの。…今回の事で、王様の褒美が期待出来るわ。その時の為にね。」
いったい何を強請るつもりなんだか…。また途方もない物を強請るのかな?
「まぁ、面白いから良いが…、そろそろ飽きてきたのじゃ。せっかく、海に来たのにまだ海で遊んでおらんぞ!」
ミーアちゃん、サーシャちゃん、それにリムちゃんも、うんうんと頷いてる。
「御免ね。…数日で王宮から使者が来ると思うの。それまでは、粒金の採取を継続して…。」
「数日じゃな。…それぐらいなら良いじゃろう。」
次の日は、朝から総出で粒金採取だ。
ディーが金属探知モードで先行して、埋まっている場所に割り箸ぐらいの棒を立ててくれるから、俺達はその棒を目安に粒金を掘り出す。
闇雲に地面を掘る訳ではないから、たちまち小さな木桶に粒金が貯まっていく。
1時間程掘ったところで、休憩して集めた粒金を革袋に入れる。たちまち1つの革袋が一杯になった。これだけでも、5kgはありそうだ。
昼食近くになったところで、2本の柱を荒地に立てて布とロープでタープを張る。
結構、日差しが強いからタープの作る日陰に入ると、潮風が心地よい。
近くで小さな焚火を起こしてお茶を作って昼食にする。
「集落の東では、採取をする者が少ないのう。」
食べ掛けのサレパルを片手に、背伸びをしながら西の浜辺を見ていたアルトさんが言った。
確かに、今日は誰も集落の東側を掘っている者達は余りいない。どうやら採り尽したのかな?
「分布が意外と狭いからね。たぶん採り尽くしたと思って、多くの人達は西に向かったんだわ。」
「姉貴達が集落に出かけた時に、遥か西に向かった連中と酒場で合ったよ。…皆、大怪我をしていたな。サンドワームにやられたみたいだった。」
「西に行けば行くほど採取が困難になると言う事じゃな。連中が諦めるのはどの辺りか、ちょっと楽しみじゃな。」
たぶん、数ヶ月は続かないと思う。あの集落は少しずつ西に移動して行くんだろうけどね。
午後も同じようにディーが差した目印の棒を目安に粒金の採取を継続する。
夕刻までに採取した粒金は革袋で4個約20kgにはなるだろう。
俺達は此処で終了だけど、夜間はディーが1人で採取を継続する。夜1人ぼっちは可哀想だけど、ディーにすれば昼も夜も余り変わりは無い様だ。
そして、次の日の朝、俺達が目にしたのは、革袋2個の粒金だった。
こんな感じで4日も続けると、サンプリング調査で赤とダイダイに色分けした粒金の分布が濃い場所の採取が粗方終ってしまった。
集めた粒金の量は革袋で54個、総重量は270kgを超えている。
今日も、落穂拾い的に敷地の中をディーの金属探知を使って採取しまくっているが、昼食時の段階で皆の集めた量をあわせても俺の片手に乗る位だから、ほぼ終了と考えていいだろう。渚辺りにはまだ結構な数がありそうだけど、それは後のお楽しみってことで良いと思うぞ。
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その日の夜、ボルスさんが王女達を連れて帰って来た。
早速、食堂でディオンさんを交えて状況を聞くことにする。
侍女達がお茶を俺達に配り終えるのを待って、ボルスさんが王宮での裁定について報告してくれた。
「アトレイムの貴族政治は終わりを迎えました。18の貴族の内、今回の不祥事に加担したものが11家、全て貴族資格を剥奪。罪の軽重に応じて斬首から平民への身分移行となっております。
残りの貴族は中流以下ですから、実質の政務は国王主体となりますが、これにはしばらくの間、補佐的に残った貴族の力を借りる事になるでしょう。ですが、残りの貴族について加増は行われません。
ハサンとその一味は火炙りの刑に処せられました。ハサンの財産及び罰を受けた貴族の所領及び財産の差押さえを継続しておりますが、莫大な金額が国庫に入る見込みです。」
ボルスさんはそう言ってお茶を飲んだ。
「父よりの伝言です。望みを申せ。望み無き場合は処罰する。とのことです。」
ブリューさんの言葉に、ディオンさんが笑い出した。
「ははは…。まっこと国王らしきお言葉ですな。どうします?」
と言いながら姉貴を見る。
「此処は思い切って、大きく出ましょう。…ブリューさん。国王様に伝えて下さい。この別荘の敷地に、修道院を建ててください。ってね。これが今回の件についての私達の望みです。そして、あの革袋を半分を持って行って下さい。残りは、修道院の運営資金に廻します。」
姉貴の望みを聞いて、ブリューさん達は驚いたようだ。ちょっと口を開けたまま一瞬ポカンっとしてたぞ。
「それは、貴方達には何も利益をもたらしません。そんな事はアトレイム王国のする事であって貴方達がする事では無いと思いますが…。」
「本来はね。でも、これは私達の望みなの。修道院を作ってもらう事。それをディオンさん達に寄付することでこの別荘の維持をお願いしたい…ということだから、全く私達に利益が無い訳じゃないのよ。
それに、これは近々分る事だけど、此処に別荘を持ちたいのには訳があるの。」
たまに、この別荘を訪れて甲イカを食べたいんだな。と俺は理解した。
「分りました。そのように手配いたします。」
そう言った王女の顔は諦め顔だ。
「しかし、王国南端のこの地に修道院ですか…。行く行くは、と考えておりましたが。」
「貴族の圧政と悪徳商人の犠牲者は少なくないでしょう。彼女達もなるべく取り込んで欲しいのです。」
「重々承知しております。しかし、果樹園が形になるのはかなり先ですぞ。運営資金が枯渇しては…。」
「残りの粒金を使ってください。私達の取り分は頂きました。」
そう言って、今日集めた粒金を入れた小さな革袋を見せる。
「ちょっと待って頂きたい。…それは余りにも少なすぎます。せめて半分以上はお渡ししませんと、我が国としても面子があります。」
カストルさんが椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
そんな姿をボルスさんが諌めたので、ちょっとボルスさんにぶつぶつ言いながらも席に着いた。
「私達の取り分はまだ砂の中にあります。西の集落の人達が頑張って採取しても、それ程西に向かう事は出来ないでしょう。サンドワームの脅威に脅かされるからです。となると、そこから西の粒金は誰も採取できません。これが私達の取り分になります。」
「屁理屈ですな。…されど、そうなれば莫大な粒金が貴方達の取り分となりますね。国王に恥をかかせずに済むということですか…。」
ディオンさんの言葉に姉貴が頭を下げる。
「なるほど、国王の言われた通りのお方だ。私欲が無いと言う事が良く分りました。…国王は私に言いました。娘には是が非でも褒美を聞いて来い。と言ったが、要求する褒美もたぶん私的なものではあるまい。虹色真珠とはそれ程のものかと思うばかりじゃ。もし、娘の要求する褒美が私的なものでないならば、これを与えよ。…との仰せです。」
ボルスさんは細長い布包みを姉貴に差し出した。
「これは?」
と言いながら包みを開けてみる。そこにあったのは1本の儀仗だった。金細工で細かな装飾と宝石が散りばめられている。
「アトレイム国軍5000人の指揮を執る元帥杖です。…万が一、我が国に戦乱が起こった場合、その元帥杖を示せば国軍は貴方に従います。…もし、貴方方が遠方の地に去る場合には、ディオン殿に御渡し下さい。」
カストルさんとディオンさん、それに2人の王女が黙って姉貴の持つ元帥杖を見ている。
国軍全ての指揮を取れるって、そんな物騒な物を姉貴に渡すもんじゃないと俺は思うぞ。
「長い目で見た場合の保険ですね。使うことが無いように、記念として頂きます。」
姉貴は丁寧に元帥杖を布に包み直すと、バッグの中に仕舞いこんだ。
「保険と言われましたかな?」
「はい。この杖を他国のハンターに渡した目的は、民の為の政策を忘れたならば介入せよ。との国王の意思と思われます。現国王は民の為の政治を行うでしょう。…ですが、次の国王、更に次の国王と代が変わった時にも同じように政が行われる保証は有りません。そこで、次の国王が民を忘れないために、国軍の介入を私に託したと思いますが。」
「たぶん、仰る通りでしょう。…そう言う意味での保険なのですな。」
姉貴の応えにディオンさんが頷いた。
「と言う事は、これで一件落着となる訳じゃな。…となれば、約束は覚えていような?」
「覚えてます。明日から海で遊びまくります。アキトもいいよね。船は出来てるんでしょ。」
「あぁ、バッチリだ。メイクさんに、漁師に使ってもらって問題が無いか確認して貰ってる。」
その後は、海でどうやって過ごすかが話題の中心になった。
近衛兵の部隊もボルスさんの部隊は王女様と一緒に王都に戻すことにして、カストルさんの部隊が敷地の警備を継続するらしい。
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次の日、朝早くに朝食を済ませ食堂に全員が集合した。
今日は遊びが主体だから、各自の武器は置いていく。それでも、俺はグルカだけは持っていくし、姉貴とアルトさんも安物の短剣を持っていくようだ。
後は、お弁当と水筒なんだけど、姉貴達の荷物がやたらと多い。ディーが籠に入れて運んでいくようだけど、大きな籠に一杯詰まってるぞ。
嬢ちゃんず達は何故かしら、熊手と小さな桶を持っていくようだが…粒金目当てかそれとも貝を採る為なのかはよく分らない。
ディーは籠を背負って、投槍を1本杖代わりに持っているけど、一体何を獲ろうと言うのだろうか。聞くのもちょっと怖いので見てるだけにしてるけどね。
ディオンさんに借りた小さな籠に、甲イカ釣りの道具を入れると、全員が帽子を被った事を確認して、テラス側から漁師町へと階段を下りて行く。
此処からだとマリアさん達が漁師町へ行く街道の海側に苗木を植えているのが見える。
10人近くで何かの苗木を植えており、残りの10人程で、植えられた苗木に柄杓で水を掛けている。まだ、下の貯水池までは水が来ないようだから、上の貯水池から荷馬車で運んでいるようだ。
強い日差しの下で黙々と働く姿に俺は黙って頭を下げた。
まだ始まったばかりだけど、俺達が次に来る時には漁師町への街道は並木道になっているに違いない。
そんな事を考えながらのんびりと漁師町に向かって俺達は歩いて行った。