#201 ディーと2人でのんびりと
久しぶりにのんびりとした朝を迎えた。
服を着てトントンと梯子を下りると、ディーが朝食の用意をしてくれている。
「おはよう。」って挨拶をするとタオル片手に井戸へと出かける。
リオン湖越しに見るアクトラス山脈はまだ大分雪に覆われているけど、後1月足らずで急速に新緑に覆われるんだろう。
井戸の水で顔を洗うと、水が少し温かく感じる。やはり、ここは早春なんだ。
家に戻ってテーブルに着くと、ディーが早速朝食を並べてくれる。
ディーも俺に付き合ってくれるみたいで、彼女の前にはスープ皿が置いてあった。
「頂きます!」と言って、ハムを挟んだ黒パンを齧る。エントラムズでは白いパンだったけど、俺にはこっちの黒パンの方が好きだ。何と言っても食べ慣れてるしね。
朝食を終えて、さぁ、今日は何をしようかな。ってお茶を飲みながら考えていると、扉を叩く音がする。
早速、ディーが扉を開けに行って、来客をテーブルに案内してきた。
やってきたのは、セリウスさんとキャサリンさんだ。
「無事で何よりだ。…所で他の連中が見えないが?」
「御后様達は一緒じゃなかったんですか?」
2人とも、俺とディーの2人しかいない事を不思議そうに訊ねてきた。
そんな、2人にお茶のカップを置くと、ディーが俺の隣に座る。
「用事が出来たみたいで、俺達2人が先に帰って来たんだ。サーシャちゃんとミーアちゃんはイゾルデさんとアトレイム王国に向かったし、御后様とアルトさんそれに姉貴はテーバイ王国に向かった。」
「ちょっと待て、イゾルデ様が何でお前達と行動しているのだ。…お前達が出かけてからの事を話してみろ。」
う~む。やはり、セリウスさんに隠し事は出来ないな。
俺は、簡単にテーバイ王国との争いと交渉。その後の御后様の頼み事。そして、エントラムズでのザナドウ狩りを説明した。
「なるほど…やはり、ギルド長を受けたのは少し早まったようだ。…いいか、アキト。今度、村を離れるときは必ず連絡しろ。俺も付いて行く。」
「…虐げられた者達の国ですか。悲しい国ですね。でも、その心がザナドウで癒されるなんて…。」
セリウスさんとキャサリンさんの感想だ。
「だが、トリスタン殿の考えが少し分った。どうやら、サーシャ様の嫁ぎ先を内定したようだな。お前達をエントラムズに行かせたのはそのためだろう。エントラムズも侮れん。お前達を使ってザナドウ2匹を狩ったのだからな。」
セリウスさんはパイプを煙らせながら呟いた。
「でも、絹の商会が出来れば私も絹のドレスを買えるのかしら…。」
キャサリンさん。その心配は相手が出来てからしてください。
「多分買えますよ。でも、ちょっと軋轢を起こしそうです。これは、御用商人の方々と事前に調整しなければなりません。」
「絹とはそれ程の物なのか?」
「まぁ、そうなります。…俺達には関係ないと思いますが、女性には極めて人気があります。そして貴族達にもね。」
そう言って俺もタバコに火を点けた。
「それはそうと、ミーアちゃんの相手として、エントラムズのパロン家の孫が候補に上がりそうですけど…。」
「パロン家と言えば御后様の妹、サンドラ様の嫁ぎ先。…何ら問題は無い。」
「いや、そうではなくて…。ミーアちゃんはハーフですよね。それが原因で苛められないかなと思って…。」
俺の言葉を聞いて、セリウスさんはジロリと俺を睨む。
「種族間の結婚は稀な事ではない。確かにアキトの言う事も可能性としてはあるが、エントラムズの貴族改革でそのような輩は、速やかに排除されるだろう。…それに、仮にもお前の妹だ。そのような噂が王の耳に入ったとたん、どんな事になるか知らない貴族達でもあるまい。…それよりも、相手の腕は立つのか?」
セリウスさんの目は獲物を求める目だな。爛々と輝いてるぞ。
「どちらかと言うと、クオークさんとスロットを足して2で割ったような感じですね。それに、御后様と同じような病で寝込んでいたみたいです。」
「そうなると、お前も含めて例の件を実行するのは難しいぞ。」
「まだ、先の話です。勝負の方法は色々あるでしょうから、じっくりと考えますよ。」
そんな話をセリウスさんとしていると、キャサリンさんが興味深そうに俺達を見ている。
「お兄さんがいると、そんな事になるのね。…私には妹しかいないし、お父さんも早くに亡くなったから、そんな事にはならないわ。」
キャサリンさんはちょっと残念そうだ。
「まぁ、そう悲観するな。それよりキャサリンの方はうまく進んでいるのか?」
「とりあえず、お母さんの了解は得たわ。彼もゆくゆくは面倒を見ても良いと言っているしね。」
これは聞き捨てならない。
「キャサリンさん、結婚するんですか?相手は誰です?俺の知ってる人ですか?」
「後で紹介するわ。今は、王都に行ってるみたいだから…。」
う~ん。何かはぐらされた気分だぞ。
とは言え、おめでたい事には違いない。
「おめでとうございます。お祝いは、姉貴達が戻ってから相談しますので、ちょっと待っててくださいね。」
「前にもこれを貰ってるから、十分よ。」
そう言って、ベルトに挟んだ杖を指差したけど、それはそれってやつだ。やはり何か送ろうって心に決めた。
「ところで、ギルドの方はどうなんですか?そろそろ畑仕事が始まって、依頼が集まってると思うんですが。」
「あぁ、結構集まっている。スロット達とキャサリン達が頑張っているお蔭で、町に廻さずに済んでいる。それに、強敵も今の所はまだいない。出て来た時には、アキト頼むぞ。」
「任せてください。」
力強く頷きながら俺は言った。
2人は満足そうに俺を見ている。
「さて、邪魔をしたな。暇なら、家を訪ねてくれ。ミケランも随分と心配していたようだ。」
そう言って立ち上がると2人は帰って行った。
俺達を心配している人がいるだけで、此処は俺達の故郷だと思う。
確かに俺達はこの世界に生まれた訳ではないけど、故郷は何処か?と聞かれれば俺はこの村の名を言う事だろう。
そんな感傷に、突っ込みを入れる姉貴もいないので、ここは村の中を一回りして暇を潰す事にした。
俺の後をディーも一緒に付いてくる。
先ず向ったのは、会社の方だ。あれからどうなったのか、ちょっと気になってきたのも確かだし…。
作業場に隣接したログハウスの扉を開けると、暖炉の前にソファーを移動してのんびりとユリシーさんがパイプを煙らせている。
「今日は!」
「あら、いらっしゃい。…社長なら、そこに居るわよ。」
チェルシーさんが記帳していたペンを下ろすと、暖炉を指差した。
「何だ?…誰か来たのか。」
「今日は。…どうです。会社は?」
ユリシーさんは向かい側のソファーをパイプで示す。どうやら、座れと言ってるようだ。
俺と、ディーが座ると、チェルシーさんがお茶を用意してくれる。
「会社はまぁ、順調じゃ。…暮れに一旦儲けを精算して、利益の一部は出資金に応じて還元した。皆喜んでおったよ。…色々取り組んだが、需要は紙が一番じゃな。御主が作らせた屋台も順調じゃ。あれから30台は作ったぞ。今年の狩猟期には屋台が勢揃いすると思うと愉快じゃな。」
ユリシーさんがははは…と笑い出した。
「木工製品はそれなりに売れておる。まぁ、これは生活用品じゃから当然じゃな。鳩時計はあれからさっぱりじゃ。売れるところには売れてしまったという事じゃろう。」
確かに、姉貴の考えた時計は、まだこの世界ではあまり使わないよな。
「ところで、何か良い案を持ってきたろうな?」
そうだ、ユリシーさんが此処でパイプを楽しんでるのは、暇を持て余している姿以外の何者でも無い。
ここは、何か直ぐに考えねばならない。でないと帰して貰えなくなりそうな気配だ。
落ち着こうとお茶を飲むカップに手を伸ばそうとして、ふと閃いた。
「ユリシーさん。このお茶のカップですけど…木工製品ですよね。ただ、丸く深く削ってありますが、これに持ち手を付けられますか?」
俺の話を聞くと、ディーがサササーっとラフなスケッチを描いた。
「マスターの言っているのは、こんな形のカップを木工製品で作れないか。と言う事です。」
ディーはユリシーさんにスケッチを見せた。。
どれどれって、言いながらスケッチを受取り考え込んでいる。
「かなりな難問じゃ。問題はカップと取っ手の接着じゃな。接着剤は色々あるが、長期的に持たねば意味が無い。…しかし、形は良いな。しかも持ちやすい。これが製品化出来れば売れそうじゃわい。」
ちょっと、ホッとした。
「ところで、夏辺りまでに作っていただきたい道具があるんですが…。」
「道具じゃと…。どんな品じゃ。」
俺は綿繰り器と綿スキ器それに糸車の話をする。
ディーが俺の話を元に簡単なスケッチを描いていく。
それをジッとユリシーさんは見つめていた。
「綿スキ器はシープルの毛を毛糸にするのに使う道具に似ておるの。糸車は麻糸を紡ぐのに使用している糸車でよいじゃろう。問題は、綿繰り器じゃ。この丸い2つの棒の隙間が問題なのじゃな。隙間は少ない程良いがくっ付いていてはダメと言う事か…そして、上下の棒が巻き込むように回転するのか…。」
「出来ますか?」
「出来ない事は無い。むしろ簡単な方じゃが、一体何をするのだ?」
「綿布を作ります。糸車まで出来れば、次は織機です。図面は少し待ってください。マケトマムで綿糸を作り、ネウサナトラムで綿布にします。これが産業になれば村は発展しますよ。」
ユリシーさんはジッと図面を見ていたが、やおら俺の顔を見る。
「分かった。しかし、御主も物知りよの。一体何処の国から流れてきたのやら想像も付かんぞい。」
苦笑いで誤魔化してお茶を飲む。
「じゃが、ハンターならばこんな村の生活まで首は挟まぬものじゃ。御主、何故にそこまでするのじゃ?」
「此処に家があるからですよ。それにこの村の冬の暮らしを知っているからです。」
「そうか。…此処で暮らしていれば、暮らしを良くするのは当たり前じゃのう。ワシもここに居場所を決めるぞい。おぬし等がいて、御后様がいれば退屈する事はありゃせんだろう。」
何時の間にかユリシーさんは蜂蜜酒を飲んでいる。何処から出したんだか分からないけど、俺にもカップに注いでくれた。
ディーに、ツマミを頼んだら、暖炉でザナドウの外套膜を炙りだした。
スルメ1匹分程度だったけど、辺りに香ばしい匂いが漂う。
「美味しそうですね。」
何時の間にかチェルシーさんがユリシーさんの隣にマイカップをもって座っている。
もちろんカップの中身は蜂蜜酒だ。
「はいできました。」
ディーが木の皿に素早く肉片を千切って入れていく。
ユリシーさんが手を伸ばしてその一辺を手に取ると、くんくんと匂いを嗅いでいる。そして口に入れて噛み始めた。
「ほぉ…中々の味じゃな。」
「香ばしくて、美味しいです。そしてこの歯応え…たまりませんわ。」
「所で、これは何の肉じゃ。獣でも魚でも無いぞ。ワシは100年以上生きとるが、この肉は初めてじゃ。」
やはり、美味しい事は確かだよな。今度はたっぷりと仕入れてきたからしばらく食べられるぞ。
「ザナドウですよ。エントラムズの南西の山脈で狩りました。」
その言葉に、2人は硬直した。そして、恐る恐るその肉片を見る。
「辿り着けない楽園の味じゃな…。長生きはするものじゃ。」
「ザナドウを狩ろうとするハンターはザナドウに殺されると聞きましたが、そしてザナドウを倒した例は余りにも数が少ないって聞きました。」
「過去に3回じゃよ。その内、1回はアキトが一昨年狩ったものじゃ。確かに未だ狩りたる者無しと言われたレグナスを狩れるのじゃ。ザナドウはそれに比べれば容易いのかも知れんのう…。」
「ザナドウって両親から昔話として聞いた事がありますが、こんなに美味しかったんですね。」
チェルシーさんが残りの肉片を見て残念そうに呟いた。
意外と、皆に好評だ。これは早いとこ、烏賊を探した方が良さそうだ。案外売れるかも知れないぞ。