#198 デジャブー 2nd
エントラムズ王都の南西に広がる山脈から3日掛けて麓の村まで下ると、ケイロスさんの副官達が出迎えてくれた。
「予定通りのご帰還ですね。…倒せましたか?」
「あぁ、どうにかな。…だが、あのやり方はワシ等には無理だ。実際の狩りについては道すがら部下達に聞くがいい。」
走りよって尋ねてきた副官に、ケイロスさんが応える。
荷馬車の傍には天幕が張ってあり、久しぶりにゆっくりと寝る事が出来る。
でも、その前に狩りの成功を祝って、ささやかな宴会だ。
村で購入できた蜂蜜酒の樽は2個らしいけど、王都に帰れば豪華な宴会が待っているだろう。
副官達が周辺の荒地で仕留めたリスティンに似た獣を焚火で炙りながら、焼けた肉をナイフで切り取って食べるのも野趣が溢れて新鮮に思える。
俺達だけだと、もったいないからこんな感じで調理は出来ないからね。
小さな樽2個の酒は直ぐに無くなったけど、ザナドウ狩りの様子を身振り手振りで話し始める彼等を見ていると飽きが来ない。
酒が無くなったと、ケイロスさんやハンター達が私物の酒を持ち出して振舞う。
そんな感じで俺達の宴会は深夜まで続いた。
あくる日、二日酔いの頭を押さえながら冷たい水で顔を洗っていると、姉貴が声を掛けてきた。
「二日酔いなの?」
「あぁ、元々飲めないしね。…でも、不思議だよね。サフロナ体質、毒無効でもアルコールは中和出来ないなんて…。」
姉貴を見ると、昨夜あれほど飲んでいるのにケロッとしている。
「毒と認識されていないみたいね。まぁ、飲まなければ良い訳だし…あまり飲まないようにしたほうがいいわ。」
そんな姉貴の忠告を聞き流して、皆の所に歩いて行く。
そこで簡単な朝食を済ませると、お茶を飲みながら出発の準備が整うのを待つ事になった。
帰りの荷馬車では、来るときのような思いつめた雰囲気は無い。
皆の表情は晴れやかで、後ろの馬車では酒を飲んでいるのか、少し騒がしい声が聞こえて来る。
ケイロスさんも「しょうがない奴らだ…。」とは言っているけど、咎めることはしないようだ。役目が終れば少し位、ハメを外しても黙認してきたのだろう。
王都までの途中で2回野宿をすると、3日目の昼過ぎには北東に王都の城壁が見えてきた。
城壁の南側の楼門を通ると、王宮までは広い通りを一直線に進めば良い。
王宮前の広場で俺達は荷馬車を降りる。
ケイロスさんが素早く荷馬車を降りると俺達を集めた。
「明日には王宮の広間で国王から褒美を得る事になるはずだ。アキト殿達にはパロン家に馬車を迎えに出す。ハンターの方々はギルドに迎えを出すのでギルドで待ってもらいたい。以上だ。」
解散してパロン家に歩き出そうとした時、副官が慌てて走って来た。
怪訝そうに副官を見ると、ハァハァ…と息を整えている。
「ちょっとお待ち下さい。今、馬車が来ます。隣国の御后様を歩かせる訳にはいきません。」
「何、3M(450m)も歩く事はない。馬車は無用ぞ。」
御后様はそう言うと先頭にたって歩き始め、その後を元気良く嬢ちゃんずが着いて行く。
「そう言うことですから、お構いなく…。」
姉貴がそう言って俺とディーを促がす。
2週間程の日程で狩りをしてきたから、俺達の服装は決して綺麗とは言えない。その上、投槍やクロスボーを背中に背負ったりしているから、貴族街の注目を浴びるのは仕方ないけど、俺達を指差して囁くのは良くないと思う。貴族なら堂々と多少の事には目を瞑って欲しいものだ。
そんな事を思って歩いていると、早速俺達を見咎めた人物が御后様の行く手を阻んだ。
俺的には勇気ある行動だと思うけどね。
「待て、何処のハンターかは知らぬが此処は貴族街。そのようなムサイ姿で歩く場所では無いぞ!」
どんな奴が、無謀な口を御后様に開いているのかを見に行くと、着飾った若い貴族が数人立っている。
それを御后様と、イゾルデさんがニコニコしながら見ていた。ディーは少し下がって臨戦態勢だし、アルトさんとミーアちゃんはいつでもグルカを一閃出来る様に柄を握っている。サーシャちゃんは…ポーチに手を入れていた。
「ムサイと言われようとものう…。今、狩から戻った所じゃし、着替えも持っておらぬ。早よう退いてくれぬか。待つ者もおるしの。」
御后様は、若い貴族相手に遊んでいる。ここは俺も様子を見てよう。
御后様の言葉に、ちょっと腹が立ったようだ。
「我らを知らぬとは、どこぞの田舎から出てきたのやら…。見ればその貧相な男を除いて皆、若い女性ではないか。我らの館に来い!…態度によれば貴族の夫人になれるやも知れぬぞ。そっちのガキ共は侍女位になれるかもな。」
この、坊ちゃん、とんでもない事を言い始めたぞ。
そう思って、俺が一歩前に出ようとした所をイゾルデさんに止められた。
「これは、お仕置きが必要かしら…。」
相変わらずのにこにこ顔でイゾルデさんが呟く。
「何だと!」
若い貴族達はそう言うなり、腰に差した剣を抜いた。
豪華な造りで高価であることは確かだが、実戦用ではない。飾りで差しているような剣だ。
その剣の切っ先を御后様に向けると、
「ずべこべ言わずに我が館に来ればいいのだ。…でないと!」
若い貴族は最後までいうことが出来なかった。
御后様が長剣を抜いて構えたからだ。その威圧感が後ろにいる俺にまで伝わってくる。
額に汗を浮かべながら御后様に剣を向けていた男が、その威圧感に耐え切れなくなった。
「えい!」っと声を上げて、御后様の胸を目掛けて剣を突こうとしたが、あまりにもぎごちない仕草だから、軽く身をかわされてしまった。
そして、御后様の長剣が男の剣を持つ手に振り下ろされる。
ズンっという音が聞こえた気がする。剣を持った男の腕は手首より先が、剣を握ったまま石畳に転がった。
トコトコとディーが前に出てその手首から剣を引き抜いて、手首を大空高く放り投げる。
そこには、トンビみたいな猛禽類がくるりと舞っていた。そして、ディーの投げた手首を足で掴むと、どこかに飛んでいってしまった。
手首を失った男は残った手で急いで失った手首の根本を縛り上げる。
そして、残された手で懐から爆裂球を取り出すと、その紐を口に咥えた。
紐を引き抜くと同時に男が仰向けに倒れていく、途惑っている男の顔が見えたけど、それよりも俺は急いで皆を後ろに下がらせた。
ドォン!っと炸裂音が貴族街に響くと、男の残された左腕が吹き飛んでいる。
その男の足を見て倒れた原因が判明した。
一瞬にして足を両断されたらしい。やったのは御后様か…。何て早業だ。
慌てて逃げようとする男達の足にボルトが命中して炸裂する。
嬢ちゃんずが放ったのは爆裂球付きのボルトだったようだ。1人がすばやく俺達から遠ざかるも、ディーの投げたブーメランで足を切り取られて転倒している。
ちぎれた足や腕を一箇所に集めると、ミーアちゃんが【メル】で焼却した。
これで、いかに【サフロナ】を使おうとも、手足が再生する事は無い。
タタタ…と近衛兵が俺達の所に集まってきた。
「ご無事でしたか。この者達は?」
「いきなり我に剣を向け、その後に爆裂球を使おうとしたのじゃ。成敗したが後の始末を願えるか?」
「分りました。直ぐに背後関係を洗います。」
そう言うと、近衛兵の隊長は荷車を持ってこさせて男達を積み込んだ。
そして、何事も無かったかのようにパロン家に向かって歩き出す。
余り人気の無い通りではあるが、先程の騒ぎを聞いて飛び出してきた者も多い。そんな彼等の注目を浴びつつ俺達はパロン家の門をくぐった。
パロン家ではサンドラさんが俺達を暖かく迎えてくれた。
客間でお茶を飲みながら順番にお風呂に入る。長らく入っていなかったから、たとえ体は毎日【クリーネ】で清潔さを保っていても、ゆったりと風呂に浸かって汚れを落とすのとは訳が違う。
俺は、最後になったけれど、お蔭でのんびりとお風呂に浸かる事が出来た。
風呂から出た時には俺の迷彩服は綺麗になって畳まれていた。侍女の誰かが【クリーネ】を掛けてくれたんだろうけど、こんな心使いもありがたく感じる。
皆の待つ客室に戻ると、扉の向こうに姉貴が立っていた。いきなり姉貴が口に指をあてて「シー!」と呟やく。
とりあえず頷く事で了承の意を告げると、姉貴と嬢ちゃんずが扉にピタっと張り付いて聞き耳を当てる。
テーブルに着くと、お茶を飲んでいる御后様に訳を聞いてみた。
「どうやら来客らしい…。さっきの貴族の坊ちゃんに関係がありそうなのじゃが…よく分らぬ。」
御后様は我関せずのスタンスだ。イゾルデさんもサーシャちゃんが皆に混じって聞き耳を立てているのを微笑ましそうに見ている。
でも、さっきのあれは…ちょっとやり過ぎだったように思えるぞ。たぶんその事で、親達が抗議に来てるんだと思うけどね。
扉で様子を伺っていた4人がバタバタとテーブルに引き揚げて来た。
そして、席に座ったと思ったときに扉が開かれて、サンドラさんが俺達の前に現れる。
「…まっこと聞き分けの無い御仁達でしたわ。この家にいる8人の賊を引き渡せ、と煩いのなんの。」
サンドラさんは全く困った顔なんてしていないけど…。
「何方なのです?」
「王国の大臣とその取巻きの貴族なのですが、息子を襲った賊がこの家に入ったのを見た者がいると言い出して…。家の周りを私兵が取り囲んでいるんですのよ。」
イゾルデさんに、面白そうな顔でサンドラさんが応える。
「もう少ししたら、近衛兵が来るでしょう。いくら大臣でも、王妹の嫁いだ家に私兵を投入する事は出来ません。」
これからの出来事を期待しているような眼差しだ。
こんな所を見ると、やはり御后様の妹なんだと思ってしまう。
コンコンと扉が叩かれ、侍女が客室に入ってきた。
「失礼致します。ケイロス様が近衛兵を率いて見えられましたが、いかが致しましょうか?」
「お連れしなさい。」
サンドラさんがそう言うと、侍女は部屋を出て行く。
そして、数人の部下を引き連れたケイロスさんが客室に入ってきた。
「歓談中、すまぬ。…表の大臣より知らせがあった。賊をパロン家が匿っているとの事で改めに参ったのだが…。ひょっとして、御后様達をあやつらは賊と言っておるのか?」
ケイロスさんは俺達を見るとそう言った。そして直ぐに帰ろうとした所を、御后様が引き止める。
「まぁ、待て。大臣とその取巻きと言えば、我もかつて覚えがある。…奴等はこの国に必要か?」
「必要か?との問いには否と応える外はありませんな。…私利私欲の為に大臣を続けておるような輩です。先般のモスレムの大事の時にさえ、王の友軍派遣を潰しております。そして、今はカナトールからの亡命貴族をその財宝と引換えに受け容れておりますが、難民は一切受け入れを拒否しております。」
御后様は黙ってケイロスさんの言葉を聞いていたが、やおら立ち上がった。
「皆も、我に続け。一応嫌疑を晴らしておこうぞ。」
ケイロスさんの先導で俺達は館の庭に出る。そして、門の所で此方を覗っている、でっぷりと太った如何にも貴族ですと言った感じで着飾った男の所まで歩いて行く。
「大臣。パロン家には此方の来客がおられるだけでしたが…。」
「こいつ等です。俺は見てました。」
太った大臣の影から貧相な男が顔を出して俺達を指差した。
その男に数枚の銀貨を渡すと、大臣は俺達を指差す。
「よくも、我が息子達を不具者にしてくれたな。…パロン家もパロン家だ。このような輩を保護するとは言語道断。如何に国王の妹が降嫁していようと、御家取り潰しは免れぬぞ。ケイロス、ご苦労であった。賊を早く我が兵達に引き渡さぬか。腕を1本ずつ切り離して豚の餌にしてくれるわ。」
大臣は顔を赤らめて、そう言い切った。取巻きの貴族達も賛同しているみたいで、しきりに早く渡せと息巻いている。
「そうですか…。分かりました。」
ケイロスさんがさも残念そうに、大臣達に呟くと部下を振り返って腕を上げる。
「帰るぞ!」
そう言うと、ケイロスさん達は門を出て城に帰ろうとする。
「待て!…ケイロス。任務を放棄するのか?」
大臣の怒鳴り声に、ケイロスさんが振り返る。
「いいえ。この家に賊はおりません。我等は帰るのみです。」
「ならば、我等が取り押さえる。者共、掛かれ!!」
大臣の私兵が一斉に俺達を取り囲む。そして剣を抜いて切りかかってきた。
だけど、所詮は弱い者いじめに特化した私兵達だ。30人程の手勢だったが
全て返り討ちにしてしまった。御后様、イゾルデさん、アルトさんの3人でだ。
それを見た大臣がケイロスさんに向かって怒鳴り声を上げる。
「ケイロス。お前のせいで我が私兵がやられたぞ。早く、この賊を捕らえるのだ!」
その声を聞いてケイロスさんが引き返して来た。
「捕まえろ。そして直ぐに彼らの館に行って一族を引き立てろ!!」
近衛兵が立ち尽くしている大臣と取巻きの貴族に縄を打つ。
「何故だ。仮にもワシは大臣だぞ。そのワシに縄を打つとは…ケイロス、気は確かか?」
「至って正気。大臣殿が殺めようとした相手は隣国の御后にして我が国王の妹アテーナイ様ですぞ。そして、そのお隣が次期御后のイゾルデ様、何れも隣国モスレムの王族に繋がるもの。それを拷問の上に殺めようとは…。裁断は王にお任せしますが、これで王都も住み良くなりますな。」
ケイロスさんはそう大臣に告げると、俺達の所に歩いてきた。
「御后様には、ご迷惑をおかけ致します。しかし、これで風通しが良くなります。」
「何の事はない。これで兄様も動きやすかろう。それで良い。」
引き立てられていく大臣を見ながら御后様は呟いた。
でも、俺には疑問がある。御后様の顔を何故大臣は知らなかったんだろう?
夕食時に聞いてみた。
「大臣は姉様が嫁に行ってから、カナトールよりいらした婿養子なのです。大臣の家系を閉ざしたくないと、先代の大臣が言っておりました。」
そう、サンドラさんが教えてくれた。
大臣って家業なんだ。それでは物事が上手く行かないような気がするぞ。
さて、そうなると…。明日の王様との謁見が少し楽しみになってきた。