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#002 霧が晴れて

 

 どうやら朝になったようだ。

 霧の明るさが増してきたが、見通しの悪さは、昨日のとおり周囲数m程度の見通し距離だ。

 昨夜の怪異は幻だったのだろうか。時間が経てば経つほどに、現実味が無くなってきている。


 「おはよう!」


 姉貴の能天気な声が、静寂の中ではやけに大きく聞こえる。


 「おはよう、姉さん。……未だ霧が晴れないからしばらくは動けないよ」


 「そうだね」って言いながら、ザックの中をごそごそと漁っている。

 やがて、昨日のオニギリの残りを取出して、焚き火の隅に放り込んだ。俺のザックからはトレッキング用の鍋を取出し水筒の水を入れて熾火にかける。


 そんな姉貴を見ながら、昨夜の老人の話をしていると、突然姉貴は俺に振り返った。


「少しその話は当ってるかも、矢上家の古い名前はヤマガミと言うのよ。『この辺の山岳信仰を一体化した山神の神官だった』と、お爺ちゃんが言ってたのを覚えてるわ。」


 姉貴はそう言いながら焚き火から、オニギリを取出して、ホイルを剥くと鍋に放り込んだ。お味噌をニューっとチューブから取出すと鍋に入れてかき回している。


 少しづつ霧が薄らいできた。もう、周囲10m以上は確認できる。

 回りを見てる内に、小さな苔生した祠を見つけた。

 何となく、昨夜の老人の姿にも見える。そういえば、老人の消えた方向は祠の方向と同じだ。


 「はい!」って姉貴が、雑炊モドキをカップに入れて渡してくれた。

 薄ら寒い状態で食べる熱い雑炊はとりあえず体を温めてくれる。


 「アキト……。食べながらで良いから、聞いてくれる?」


 俺は、先割れスプーンを口に入れながら頷いた。

 

 「昨夜ね、変な夢を見たの。……変よね、私は寝ていなかったもの」


 いや、十分にお休みでした。と姉貴には言えないのが辛い。


 「老人が……ぼろぼろの着物みたいなものを着た小さな老人が出てきて、言ったのよ。『望みを叶えてあげる』って。

 それじゃぁ、って事で……老いず、病にかからず、どんな言葉も理解できるようにって、言ったんだけど、……どうやって確かめたらいいと思う?」


 ちょっと待て、今の話ってさっき俺が話したこととリンクしてるじゃないか。……待てよ、もっと重要なことがあったような…。そうだ、『同行させる』だ。これって、どこかに誰かと行くという時に使う言葉だぞ。


 「あの……姉さん。ひょっとして、どこかに行きたい。って考えたことあるの?」


 「あら! 良く知ってるわね。……偶に思うのよ。自分達の力だけで暮らしてみたい。ってね」


 何気に複数形であることが気にはなったが、ここはスルーしよう。

 朝日のせいか霧が更に晴れていく、もう100m程度先まで見通せる状態にまで回復した。


 焚き火を頼りに野宿した場所は、20m程の小さな広場だった。先ほどの祠を祭った址なのだろう。踏み固められているためか木々がこの場所には生えないようだ。


 周辺の木々は緑に覆われ……? 

 ちょっと待て。今は秋だぞ!

 だが、確かに生い茂っている。季節的には初夏の様相だ。


 俺達が来た獣道を探すが何処にも見当たらない。いくら獣道と言っても痕跡すら無くなるはずはない。

 懸命に探すが、広場の周囲にはやはり痕跡は無かった。

 霧は薄れてはいるが未だ遠くの山並みまでは見えてこない。現在位置を特定して、下山する方角を探すとするか。


 ようやく、遠くの山並みが薄く霧を通して見えるようになった。

 しかし、ここは何処だ?

 全く見覚えの無い山並みが聳えている。一番高い山は富士山のようにも見える。


 「如何したの。アキト?」


 呆然と立ち尽くす俺を見上げて、姉貴が訝しげに声をかけた。


 「俺達の裏山じゃない!」


 俺の声に、姉貴も立ち上がると周辺の山並みを見る。


 「……何処だろね?」


 実に気の抜ける問いではあるが、2人とも見覚えの無い場所だとすれば、此処は何処なのだろう。


 「ギョェー…」


 おかしな声で鳴く鳥が俺達の上を飛んでいく。

 雉のように見えなくもないが、…雉はあんなに空高く飛び回ることは無い。


 「アキト。……ひょっとして、だけど此処は、私達と違う世界かも……」


 それは、俺も考えていた……。しかし、それを言ったら姉貴が不安になるかもと、言えない言葉だったんだ。だが、姉貴もそう考えるなら、此処は間違いなく異世界ってことになる。


 ガサガサ……と音がして、向かい側の藪からちいさな動物が姿を現した。

 しきりに小さな頭を動かすと俺達に気付いたのか、藪の中に飛び込んでいった。


 「見た!?」


 姉貴は、驚いた顔で俺を見る。

 さっきの動物は、よく見る野うさぎのようだったが、長い耳の変わりに角が頭の両側から生えていたのだ。

 ウサギとは違う動物かもしれないが、角の長さと生えてる位置がウサギの耳のように見えた。

 

 「見た!……でも、今まで見たこと無い」

 

 あんなのがいたら、パンダ以上の珍種だ。しかも俺の町の裏山にいるなんて聞いたことも無い。

 やはり、姉貴の言うように……此処は異世界。

 そして、俺は姉貴の望みのままに異世界に同行してしまった。ということになるのだろうか。


 姉貴がザックの中からクロスボーを取出して組立て始める。

 肩当のついた台座の左右にカーボン繊維で作られた弓を取付け、先端の滑車に弦を張っていく。

 ショルダーバックのような矢筒を首から肩に通して持つと、最後にバックの中から、小太刀を取出してベルトに差す。


 「ほらほら、アキトも準備をする!」


 姉貴の行動をあっけに取られて見ていたが、その声で我に返った。

 ザックの中からグルカナイフを取出して、ジーンズのベルトを緩めてナイフケースを腰の後ろになるようにベルトにしっかりと取付けた。


 姉貴を見ると、採取鎌の鎌を取外して、クナイを柄の先端に取付けている。

 ホントに何処まで武器マニアなんだか……。


 「最後はこれね!」


 姉貴がザックの中から包みを2つ取出す。

 そして大きいほうの包みを俺に差出した。


 大きめの赤いバンダナに包まれた物はずしりとした重量がある。

 バンダナを解いて、現れた物は……。


 「姉さん。……これは、何処で手に入れたのでしょうか?」


 現れた物は拳銃だった。しかも、M29の改造品。

 俗に熊でも一発で倒せるって言う、マグナム44リボルバーだ。

 しかも、バレルは7インチ。…ガン・スミス特注品と見た。


 「バイト、3ヶ月分よ。凄いでしょ。私のはこれね」


 そう言って膝のバンダナを解くと、現れたのはM36の4インチモデル。やはり特注品のようだ。


 「姉さん。日本では、これを持てないような気がするんだけど……。何処で手に入れたの?」


 「アレックさんに頼んだら、簡単に買ってきてくれたわよ」


 あの外人。只者ではないと思っていたが……。やはり外交官だったのか。

 『南の島で泳ごう!』って誘われて行った先がグアム……。


 安宿宿泊かと思ったら、海軍基地の兵舎に泊めてもらった。

 そして、昼はひたすら射撃訓練。夜になってようやく泳ぐことができた。

 おかげで、南の島に5日も滞在したのに日焼けせずに帰って来れた。

 それを、昨年から何度となく繰り返していたんだよな。


 ちょっと、待て。

 そうすると、姉貴は此処に来る前から、この日が来ることを知っていた事になるぞ。


 装備が増えた事で全体のバランスを取るために、サスペンダーがついた装備ベルトを取出して武器の取付け位置を変更する。


 装備ベルトにM29のホルスターを取付ける。グルカナイフは柄が肩位置に来るようにサスペンダーの肩当後方に固定した。最後に、44マグナム実包が6個づつ入った2つのポーチをホルスターの両側に付ければ、今度こそ準備終了だ。


 「姉さん。……ひょっとしてだけど、此処に来ることが解ってたの?」


 姉貴は、ベルトにレスキュー用の大型ポーチを取付けていたが、俺の問いにこちらを見た。


 「……解ってたわ。あの老人は今まで、何度も現れたの。どうやら、この世界を去るみたいで、縁者の私の願いをずっと聞いてくれた。……私達だけで家のしがらみも無く暮らしたい。そう願ったら、叶えてやろうって」


 「……姉さんだけじゃ不安だし。……しかたないか」


 他人だけど……生まれたときから一緒に居る姉貴と別れるのは願い下げだ。

 姉貴に交際を申し込んだ相手には何時も言っている。


 「俺を越えたら認めてやる!」


 おかげで、姉貴が高校へ入学して以来、毎月のようにヤサ男をボコボコにしている。

 今の俺がこうしているのも姉貴のおかげだし、ある意味、姉を超えた感情も少しはあるような気がしないでもない。


 「アキトならそう言うと思ってたわ。……じゃぁ、出かけましょう!」


 姉貴は、残り火だけになった焚き火を足で踏み潰すと、ザックを肩に藪の中へ進んで行く。

 俺も、急いでザックを背負うと姉貴の後について行った。



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